第1話 精神生命体としての誕生
意識が再び形を持ったとき、そこには空も大地も存在しなかった。
暗闇――と呼ぶには、あまりにも濃密な“何か”が、無限に広がっている。光がないのではない。そもそも、光という概念が成立していない。上下も前後も、距離すら曖昧で、ただ魔力だけが粘性を持った海のように満ちていた。
彼は、しばらくの間「自分が目を閉じているのだ」と錯覚していた。
だが、どれほど意識を凝らしても、瞼を開く感覚が訪れない。瞬きも、焦点も存在しない。そこで初めて、彼は気づいた。
――目が、ない。
同時に、息苦しさがないことにも思い至る。胸が上下しない。肺の感覚がない。心臓の鼓動も聞こえない。耳鳴りすらないのに、思考だけが異様なほど冴え渡っていた。
自分は、生きているのか。 それとも、完全に死んだのか。
その問いに、明確な答えは返ってこなかった。
ただ一つ確かなのは、「存在している」という事実だけだった。
意思を向けた瞬間、周囲の魔力がかすかに揺らいだ。水面に落ちた雫のように、波紋が広がる。だがそれは、腕を動かした結果でも、声を発した結果でもない。考えただけで、世界が反応した。
その感覚に、彼は戸惑いながらも理解していく。
これは力ではない。 自分が、この環境の一部になっているのだと。
人間だった頃、彼は常に「世界の中の一個人」だった。だが今は違う。境界が曖昧だ。自分と周囲の魔力の区別が、溶け合っている。
しばらくして、言葉にならない確信が芽生える。
――ここは、魔界だ。
誰かに教えられたわけではない。知識として与えられたわけでもない。それでも、直感的に理解してしまった。ここは争いを前提とした世界で、力の大小が存在価値を決める場所だということを。
そして、その理解と同時に、もう一つの事実が突きつけられる。
自分は、弱い。
圧倒的に、弱い。
周囲を漂う魔力の奔流。その中には、意識を向けただけで精神構造が軋むほどの存在が、無数にある。彼らは意思を持つ捕食者であり、上位存在だった。
対して、自分は――輪郭すら曖昧な、希薄な精神体。
名前もない。 役割もない。 序列にすら数えられない。
最下層に近い、名もなきデーモン。
それが、相沢 恒一だった“彼”の、新しい生の始まりだった。




