妹の通知
三年前に死んだはずの妹から、最初の通知が届いたのは、命日の夜だった。
風呂上がりにスマホを開いた瞬間、画面の上にひょこっと出てきたポップアップに、俺は手を止めた。
『美桜:にいちゃん』
思わず息が詰まった。
家族の中で、妹のアカウントを消せた人間は一人もいなかった。
思い出を消すようで、どうしてもできなかったからだ。
でも、こんな通知が来るはずがない。
開く勇気が出なくて、結局その夜はスマホを伏せて寝た。
***
翌日。
講義を終えてアパートに帰ると、また通知が来ていた。
『美桜:ずっとみてたよ』
鼓動がうるさいほど鳴った。
まるで今日一日の俺の行動を知っているみたいだ。
怖くて、けれど無視できなくて、震える指でトーク画面を開く。
そこには、誰かが打ち込んだとしか思えない文字が並んでいた。
『きょう にいちゃん かえりおそかったね』
『へや さむいよ』
俺は深呼吸を繰り返しながら、返信した。
「誰だ。やめてくれ。」
既読は付かない。
けれど直後に、メッセージが一つ増えた。
『うしろ、あったかいね』
全身に鳥肌が立つ。
振り返る勇気なんてなかった。
俺はそのまま玄関から飛び出し、コンビニの明かりが見えるまで走った。
***
それから毎晩、通知は届くようになった。
『にいちゃんのかお、すき』
『きょうもいっしょだったね』
『ふふ しってるよ』
“知ってる”って何だ。
妹は事故で──俺の目の前で──死んだんだ。
知ってるわけがない。
怖い。
でも俺は、恐怖よりも“美桜が戻ってきたのではないか”という、ありえない希望のほうが大きかった。
だから、その晩も通知が来た瞬間に開いてしまった。
メッセージではなかった。
写真だった。
部屋の床。
ぼんやりと写る、俺の後頭部。
撮った覚えなどない。
というか──昨日、部屋には俺しかいなかったはずだ。
思わず手が震えた。
その直後、スマホが震え、妹のアカウントから“通話”がかかってきた。
俺は拒否できなかった。
***
「……美桜?」
耳に当てたスピーカーからは、ザザ……ザ……と、湿った呼吸みたいなノイズ。
混じって、か細い声がした。
『ねぇ……にいちゃん……』
「なんで……お前……」
『あのね……』
ノイズが一瞬止まる。
『にいちゃんのかお……ないの』
その瞬間、通話が切れた。
ほぼ同時に、新しい画像が届いた。
開いた画面を見た瞬間、俺は声にならない悲鳴を漏らした。
俺の部屋。
俺のすぐ後ろ。
そこに、美桜が立っていた。
笑っていた。
だけど──
顔の皮を、両手でめくり上げていた。
まるで“俺の顔を探している”みたいに。
震える俺のスマホに、最後のメッセージが届いた。
『ねぇ……にいちゃんのかお、かして?』
そこで意識が途切れた。
***
気がついたとき、俺はベッドの上で動けなかった。
顔が重い。
何かが貼りついているような感覚。
震える手で触れようとして──やめた。
スマホが光ったからだ。
『にいちゃん、ありがと。
これで、いっしょだね』
その瞬間、俺の“皮膚の内側”で、誰かが笑った気がした。
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