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俺が池で肝試しした時の話

作者: 清月 郁

本作品は生理的嫌悪感を伴う描写が含まれています。

苦手な方はご注意ください。

俺の話を、どうか聞いてくれないだろうか?


誰に相談してもバカにされるだけで、信じてくれないんだ。

もしかしたら、お前たちも信じてくれないかもしれない。


でも、もう限界なんだ。

誰かに話を聞いてもらわないと、頭がおかしくなりそうだ。

笑い話とか、つまんない話だと思ってくれていい。

どうか最後まで聞いてほしい。






これは、俺が高校一年生の頃の話だ。


夏の修学旅行で、二泊三日某県の避暑地として有名な場所に行くことになった。

そこは自然豊かな場所で、国の自然遺産として指定されている森なんかもあった。


初日から、俺達は先生に連れられて観光名所を巡った。

だが自由に行動できないせいで滅茶苦茶退屈だった。

一番楽しかったのは、移動中のバスで先生にばれないようこっそりとトランプしたことだろうか。

それ以外は観光ガイドの説明をバックサウンドにして、ずっとクラスメイトとくっちゃべってた。




そんなこんなでいつの間にか夕方になり、宿に到着した。

そこそこ年季の入った如何にも老舗という感じの場所だったが、和室がとにかく大きかった。

一部屋に六人くらい押し込まれたんだが、それでも広いなって感じるほどだ。


俺達はテンションが上がっちまって、めっちゃ大はしゃぎしたよ。

定番の枕投げは勿論、いい年して鬼ごっことかかくれんぼもしたっけ。

騒ぎすぎたせいで先生に怒られたが、それでも俺達の遊びは止まらなかった。



日が沈んだ頃に風呂に入ると、親友の馬場がある提案をしてきた。


「なぁ、折角だから肝試ししね?」


馬場の話だと、宿の隣に人気のない公園があるらしい。

そこにある大きな池が有名な心霊スポットで、夜に身投げをした女性の霊が出るだの泥のバケモンが出るだの色々噂があるそうだ。

中には何かに襲われておかしくなった奴がいるとのこと。

先生の目を盗んでこっそり抜け出して、さっくりと池の周りを歩かないかという話だった。


俺はその時テンションMAXだったから、何も考えずにノリで答えた。


「おう、いいぜ!」


風呂から出た後、俺と馬場を含め乗り気になったクラスメイト合わせて五人で脱出計画を練った。

とはいっても、俺がいる部屋が一階だったからそこに集合して窓から出れば楽勝だった。


一番の問題は、見回りしている先生が様子を見に部屋に入ってくることが稀にあったことだ。

だが馬場の話を聞いていた友達が、俺達が既に布団に入っている体を装ってくれることになった。

おかげで俺達はノリノリで宿から抜け出すことができた。


……そう、その時までは楽しかったんだ。






五分も立たないうちに、俺達は目的地に到着した。

辺りは気持ち程度の明かりだけで、懐中電灯がないと道がどこか分からなくなるくらいだった。


まだ真夏だというのにすごく肌寒くて、ジメジメしていたのを未だに覚えている。

なんだか誰かに見られている気がしたが、池の水が波打つ音しか聞こえなくて、虫とか鳥とかの気配すらない。


霊感どうこうの問題じゃない。

明らかになんかヤバかった。


「おいおい、まさかここで怖気づいた腰抜けはいるのか?いねぇよなぁ?」


馬場が皆の気持ちを嘲笑うように、煽り散らした。

今思えば、馬場自身も恐怖を誤魔化そうとしていたのかもしれない。

しかし言い出しっぺのアイツが宿に戻ろうなんて言うはずもなかった。


幸い手元にスマホはあったから、明かりは確保できた。

だから俺達はそのまま、池の外周の道を恐る恐る進む羽目になった。




……結局、何事もなく俺達は池を周り終わった。

むさ苦しい男同士でくっついて歩いたもんだから、怖さというよりも気持ち悪さが勝っていた。

時折波音や風の音でビビりな奴が悲鳴を上げていたが、仲間の冷ややかな目しか飛んでこなかった。


「……んだよ、何にもねぇじゃねぇか!」


馬場はあまりにも拍子抜けすぎて、苛立ちを露わにしていた。

来た時におびえていたのがバカみたいだった。

道中に石碑とかあればもっと雰囲気があったかもしれないが、それすらもなくてただ暗い夜道を五人で歩いただけだった。


「くそっ!あー、むしゃくしゃする!」


怒りの限界に達した馬場は、近くに落ちていた石を徐に拾った。

そして感情のままに、思いっきり池に向かって投げた。



石は綺麗な放物線を描いた後、水面を4回くらい跳ねる音が聞こえた。

その後ぽちゃんと石が沈む音が聞こえると、瞬く間に歓声が上がった。


「――おい、聞いたか!?

四回跳ねたぜ!クォーターだ!!」

「馬鹿か!それは”四分の一”だろ!

言うならクアドラプルだ!」

「くあ……ど…………?なんだそれ!聞いたことねぇぞ!」


俺と馬場も含め、ミラクルが起きたことにみんなが感動していた。

この肝試しでこの時が最好調だった。

夜で近所迷惑とか考えずに、俺達は大はしゃぎした。




だがそんな楽しいひと時は、一瞬で静寂に変わった。


――バシャン!


池の方から、何かが飛び出た音がした。

カエルとか魚とかじゃない、もっと大きいヤツだ。

いつの間にか、気温がさっきよりも下がってめっちゃ寒かった。


俺達は、一体何が起きているのか誰も理解できなかった。

逆に何も考えられなくて、どうすればいいのかさえ分からなかった。


ズリッ、ズリッ、ズリッ……


その間も何かは這いずっている。

しっかりと耳を澄ますと、こちらの方に向かっているようだ。

それにさっきから水中にいるかのように物凄く息苦しい。

俺は思わずチビりそうだった。


やがてその何かの影が目視できる距離に来たかと思うと、ゆっくりとその姿が大きくなっていった。

どうやら立ち上がったみたいだが、暗すぎてよく見えない。

だが奴からは絶えずビチャビチャと大量の水が滴る音が聞こえてくる。


(……ヤバい、逃げないと)


俺の頭ん中は、そんなことでいっぱいだった。

多分他のみんなも、おんなじことを考えていたと思う。


だが俺は好奇心に負けて、地面を照らすスマホのライトを徐々に上へをかざした。

本能的にマズいのは分かっちゃいたんだが、気が付いたらヤツを照らしていた。



ヤツの正体は、人の形をした何かだった。

よく見ると、長い髪の女だ。

血の気は全くなく、びしょ濡れ。


それだけじゃない。

なんか違和感あるなって思ったんだが、全身泥まみれだった。

髪の毛も、ワンピースも、肌もまっ茶色だ。

元の色が分からないくらいに。


明らかに、この世のものじゃなかった。

俺達はみんな、一気に血の気が引いた。


「う……あ……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


女の霊を見た馬場が、一目散に逃げだした。

俺達も馬場の後を追うようにその場から走り去った。

その間背後からは視線を感じたが、それでも俺達は構わず宿の方へと慌てて戻った。




宿に戻った後、俺達は真っ先に布団の中へ潜った。

脱出を手伝ってくれたクラスメイトからどうだったか聞かれたが、誰も口を開くことはなかった。

本当に、身の危険を感じたんだ。

一刻も早く寝て忘れたかった。


馬場に関しては戻ってきてから少し体調が悪そうだった。

その時はあんなのを見た後だからまぁ仕方ないかと思ってたし、本人も寝れば治るって考えていたようだ。

だから俺達はそのまま、流れるように眠りについた。






翌日、俺は何事もなかったかのように目を覚ました。

まだあの時の女の姿と凍えそうな空気ははっきりと脳裏に残っていた。

だが思い出したくもなかったから、いつもの調子を装っていた。

一緒に行った仲間も俺と同じで、無理やり平然を装っている様子だった。



でも、馬場だけは違った。

体調は相変わらず悪いようで、むしろ悪化したみたいだ。

顔が真っ白で、物凄く寒そうにしている。


先生に相談した方がいいって俺は勧めたんだが、このくらい大丈夫だって力なく笑っていた。

アイツは変なとこで頑固になる癖があったから、なんか意地になってただけだったはずだ。

でもこういう時は話を聞かないから、俺は不安ながらも黙らざるを得なかった。




その後、朝食の時間になった。

俺は特になんともなく、おいしく完食した。

だが隣に座った馬場は食欲もないようで、ほんの数口しか食べなかった。


「おい、お前本当に大丈夫か?」

「……?あ、あぁ……」


馬場はそう言ったが、明らかに顔色がさらに悪くなっている。

それに上の空になってるみたいで、返答も曖昧だった。


「……ちょっと……便所…………」


馬場はどうやら吐き気を催したようで、口を抑えながら立ち上がろうとした。

その時バランスを崩して馬場は倒れそうになった。

俺は慌てて馬場の体を支えてやった。


「お、おい!一緒に行こうか?」


馬場は弱弱しく頷いた。

明らかに彼の体調はマズかった。

便所に行った後、先生に相談して最悪の場合救急車を呼んだ方がいいかもしれない。

そう考えてしまう程だった。



俺が肩を貸しながら馬場は歩き出した。

しかしゆっくりと食堂の入り口へと移動している最中に、馬場はとうとう吐き気の限界を迎えてしまった。


「う……うぷっ……オロロロロロ――」


馬場は突如下を向いて、黒い何かを吐き出し始めた。


その時は、阿鼻叫喚な光景だったよ。

近くにいた女子は黄色い悲鳴を上げ、男子も真っ青になっていた。

中には気絶した奴もいて、先生達は血相を変えて馬場のもとへと駆け寄った。



……一番恐ろしかったのは、馬場が吐き出したものだ。

明らかに食べ物じゃなかった。


多分あれは、真っ黒な泥だと思う。

どっかの汚い池の底に溜まったような、ヘドロみたいで嫌悪感を抱いてしまうヤツ。

しかも滅茶苦茶かび臭い上に、人の中に収まっていたのが不思議なくらい物凄い量だった。




俺は全身泥まみれになりながらも、先生の指示通りに空き部屋に馬場を運んだ。

道中も時々泥を吐いていたが、担任に渡されたバケツのおかげでさっきみたいな大惨事にはならなかった。

それでも状況が最低なのには変わりなかった。


空き部屋には、引率の先生達に加えて旅館の主人と女将がいた。


「流石にこんな量の泥を吐くなんて異常すぎる……

君、何か心当たりはないか?」


担任は俺に真剣な眼差しを向けた。

俺にもわけわからなかったが、心当たりは一つしかなかった。


あの時、池から這い上がってきた泥まみれの女――

そいつ以外に、原因は考えられない。

俺は宿から抜け出したことを怒られるのを覚悟して、昨日あったことを全部包み隠さず話した。


予想外にも、俺は無断外出で怒られることはなかった。

その代わり主人がものすごく怯え始め、いきなり声を上げた。


「今すぐ一緒に行った生徒たちを呼んできてください!

お前、近くの寺のお坊さんに電話してくれ!早く!」


女将は主人に急かされるようにどこかに電話をかけ始め、一人の先生は大慌てで昨日肝試しに行ったメンバーを呼びに行った。


「……君達、とんでもないことをしたね」


主人は脂汗を滲ませながら、きょとんとしている俺にあの池のことについて教えてくれた。




昔、この付近に一人の女が住んでいたらしい。

ごく普通の商家の娘だったが、家庭環境は最悪だったみたいだ。


当時女性の人権が軽視されていて、その女は休みなく家事をさせられていた。

毎日ぼろ雑巾のように扱われ、唯一の味方だった母親は小さい頃に病で亡くなった。


ある日、女は富豪の家に嫁ぐことになった。

政略結婚ではあったものの、当時の環境から抜け出せると期待していたみたいだ。

しかし実際はその逆。

相手は女のことを見下し、暴力を振るうことがしょっちゅうあった。


やがて女はとうとう限界に達して、例の池で身投げしたらしい。

あそこは底に大量の泥が溜まっているせいで遺体は見つからず、現在でも女は沈んでいるらしい。



その時からだ。

池の周辺で女の幽霊が目撃されるようになったのは。

実際に見た人の話では、池を荒らしたり騒いだりすると出てくるみたいだ。

宿の主人の推測では、やっとの思いで得た安眠を邪魔されたせいで現れたのではないか、とのことだ。




この推測が正しければ、池に石を投げこんだ馬場はその女の霊の逆鱗に触れたとことになる。

だとすれば、今起きていることに説明がつく。


「早く専門の人に対処してもらわないと、最悪その子は死ぬかもしれない」


そう言うと宿の主人は顔を青くして下を向いてしまった。

因みに女の霊を見た俺達も、気に触れてしまった可能性があるらしく、一度お祓いを受けるべきと勧められた。


その後まもなく、昨日の肝試しに行ったメンバーは揃い、流れるように近くの寺に向かうことになった。




寺についた後、俺達はそのまま本堂に通されお祓いをされた。

お祓いの前と後で特に体が軽くなったとかはなかったが、気持ちが少し楽になった気がした。


一番深刻な馬場に関しては到着後に奥へ通されて、かなり念入りに行われたそうだ。

俺達のお祓いが終わってから五時間後くらいにやっと馬場は姿を現した。


「馬場!もう大丈夫か!?」

「……おう、なんとかな」


どうやら吐き気も収まり、体力はかなり消耗しているものの朝よりは元気になったようだった。



だが、お坊さん曰く馬場の状態は良くないらしい。

あらゆる手を尽くして何とか呪いの症状を抑えることはできたが、霊の怨念は消すことができなかったらしい。


あの女の霊は水のある環境に現れることができるみたいで、馬場は今後一切水場に近づくことを禁止された。

プールや海は勿論、風呂場やトイレも危険みたいだ。

しかしそんな生活は明らかに厳しい。

だから馬場はそのまま寺に残り、お坊さんによって清められた水を使った生活を強いられることになった。







その日以降、馬場とは会っていない。

何しろ怖くて、あの場所に行く気になれないんだ。

それに俺自身もあの後、水が怖くなってしまったし。


……だって、湯船を張った風呂場に入ったりプールに近づくと、誰かの視線を感じるんだ。

周囲にそれらしき人影はないし最初は気のせいだと思っていたんだが、年月が経つにつれ強くなってきた。

多分、あの女が俺にも目をつけたんだと思う。



俺はある日を境に、水場に近づかないようにしている。

どうしても避けられないトイレとかシャワーも、なるべく短時間で済ませるようにしている。

それでも最近では、視線以外にもかび臭い匂いがするようになったんだ。


もちろん、お祓いはしてもらったさ。

でも、全くよくならない。

……もう、時間の問題かもしれない。




更にまずいことに、今度会社の出張で海に面した場所を拠点としている取引先に行くことになってしまった。

上司に色々と掛け合ってみたんだが、全部徒労に終わった。

しまいには全ての事情を話しても、笑われて頭の心配をされる始末。

それに今回の取引先はかなりの大口で、失敗は許されない。



だから俺は、海の近くに行かないといけない。

もしかすると、何も起きないかもしれない。


だが俺の本能は、行ってはいけないと訴えている。

行けばあの女の霊に殺される、そう確信してしまっている。




この話が、俺の遺言になるかもしれない。

最後に一つ、これだけ言わせてくれ。




――絶対に、軽はずみな気持ちで死者の眠りを妨げるな。

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