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人魚隠しし灯篭流し  作者: 淡雪みさ


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神を失った島民



 :


 火の粉が夜空に舞い上がり、まるで亡霊たちが最後の別れを告げているようだった。

 あれだけ大きく、銀鱗島で存在感を放っていた屋敷が、ただの燃え殻となっている。

 千代子は空を見上げながら、煙の行き先をいつまでも目で追っていた。


「おい、文ちゃん!」


 どれくらい経った頃か、傷だらけの帆次と虎一郎が千代子の元へ走ってきた。どうやら何とか無事だったらしい。彼らの身体能力を知っているため心配はしていなかったが、元気な姿を見られて少しほっとした。


「お~ま~え~な~! 勝手な行動が過ぎるぞ?」

「……うん。ごめん」


 説教してくる帆次に素直に謝る。

 その声に元気が籠もっていなかったためか、帆次は何か察したように眉を下げた。


「……何かあったか?」

「友達が死んだ」


 帆次の隣に立っていた虎一郎が、煙臭いはずの千代子をぎゅっと抱き締めてくる。


「文、泣かないで」

「……もう泣いてないよ」


 泣いてる場合ではない。前に進まなければならない。

 ぐずっと鼻水を啜った千代子は、帆次に確認した。


「怪異はどうなったの」

「それが、戦ってる俺を見た島民が急に桑持って応戦してくれたんだよな」


 千代子は思わずぷっと噴き出す。


「何それ?」


 千代子がようやく笑ったことで、帆次も虎一郎もほっとした様子だった。


「俺らが神だと思い込んだみてぇだな」

「じゃあ、もう海雲族が差別されることもなくなる……? これからは海雲族が神として、正当に銀鱗島を統治することができるのかな」


 期待して帆次を見上げるが、帆次は首を横に振った。


「そう単純でもねぇよ。神を失った島民の混乱は続くだろうし、これまで病の原因だと差別してきたものをそう簡単に受け入れられねえって人の方がきっと多い。そもそも、何を神として祀るかは人間の自由だ。今後は俺達以外の何かが神になるかもしれねえ」


 千代子が俯くと、帆次は元気付けるように続ける。


「そんな顔すんな。努力はするよ。文ちゃんが一度この島の神を壊してくれた。俺達はどんな形でもやり直せる」

「……壊したのは私じゃないよ」


 ――長年続くこの島の神の歴史を断ち切ったのは珊瑚だ。あの人は、きっと誰よりも悲しみと憎しみでできていて――きっと誰よりも勇敢だった。



 千代子は顔を上げ、背後に立っているであろう濡羽色の上質な着物を着た男に向かって声をかける。


「私、虎一郎と一緒に本土に戻ります。お父さん」


 振り向くと、端正な顔立ちをした父の髪が風に揺れていた。

 彼はその金色の瞳でじっと千代子を見下ろした後、ぽつりと問いかけてくる。


「本当に行くのか。外の世界は危険だというのに。現にお前は一度自死しようとしている」

「もう大丈夫です。辛くても苦しくても、私には使命がある」


 父を見据えて言い切った。


「本土に戻って鱗生病を治す方法を探します。救えなかった分救えるように」


 ――千代子にとって珊瑚は、千代子を生かし、生きる目的を与えてくれた、〝本物の神様〟だった。


 千代子は懐から組み紐を取り出し、父に渡す。

 父はわずかに目を見開き、手渡されたそれをじっと見つめた。


「これは……霧海村の……」

「燃えない素材でできてるんです。これだけ残っていました」


 彼は泣きそうな顔をしながら、弱々しく掠れた声で呟く。


「……懐かしいな。あの女も、この組み紐で恋文を灯篭に結び付けて、俺に送ってくれていたんだ」


 それはおそらく、千代子と帆次の母親のことだろう。


 父は悲しげに、愛おしそうに組み紐を指先でそっと撫でた。

 そして、まるで愛した女性の形見を見つけたかのようにそれを握り締める。


「この島唯一のお医者さんにも鱗生病のことは伝えています。彼は島民の誤解を解く手助けをしてくれると思います。どうか彼らと一緒に……」

「ああ。海雲族への差別の歴史を断ち切る。お前は好きにするといい」

「いえ、私は島の外で……もっと人や技術のある場所で、鱗生病を治す方法を探して、必ずこの島に持ち帰ります」

「――いや」


 父は千代子の決意を否定した。


「もうこの島には戻ってこられないだろう。銀鱗島は先の戦争で愚かな人間に踏み荒らされた頃に、もうなくなっている」


 風が吹き、千代子たちの髪を大きく揺らす。


 驚く千代子を見下ろしたまま、父は優しく微笑んで最後に言った。



「それでも伝えたいことがあるのなら――〝灯篭流し〟をするといい」




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 潮の香りがする。顔を上げると目の前に海が広がっていた。


「文。かんとうってどういうところ」

「島よりも広いところだよ。人がいて、住宅が沢山あって、子供がいて、学校っていうところがあって」


 波が押し寄せる。何度も何度も。波打ち際を見つめているうちに、不思議な高揚感を覚えた。一歩一歩と海に近付く。


「文、僕のこと怒ってる?」


 突然七海の腕を切り落とした時から、虎一郎はずっとそのことを気にしていたらしい。不安げな虎一郎の、自分よりもずっと高い位置にある頭を、背伸びをして撫でた。


「過ちを犯したら、次から改めて。虎一郎は知らないだけでしょ。外の世界のこと、全部私が虎一郎に教える。私が虎一郎の〝本物の母様〟になるために」


 虎一郎の表情がぱっと明るくなった。虎一郎は分かりやすい。この素直さがあれば、本土へ連れて行ってもうまく成長させていけるだろうと思った。


「まずは、虎一郎が本当に感染したか調べないとね」

「文と一緒ならどこでも行くよ」

「先生にはさよなら言った?」

「うん。先生も僕の母様だから、また会おうって言った」

「先生はなんて?」

「〝もう会えないでしょう〟って」


 目を凝らせば、遠くにビルの建ち並ぶ本土が見えた。


「……来年は、一緒に灯篭流しをしよう」


 未来へ向かうような気持ちで海に足を浸からせる。

 体が水に沈んでも、ゆっくりと息を吸うことができた。


 煩わしかった水の音はもう聞こえない。




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