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人魚隠しし灯篭流し  作者: 淡雪みさ


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山の怪異




 虎一郎から目をそらしたその時、人魚族の行列が近付いてきた。

 島民が祀る神体を乗せた神輿が運ばれてくる。

 隠れるにはもう遅かった。


 何人もの長身の男。人魚族の屋敷で見覚えのある者ばかりだ。

 汗が首筋を伝う。

 この状況はまずい。死んだはずの千代子と、同族殺しの罪がある虎一郎。そして、その目の前には腕をもがれて倒れた七海。端から見れば、千代子と虎一郎が共謀して七海を襲ったように映ってしまう。


『――文』


 男たちの向こう、島民が抱えている神輿の中の異形の声が脳内に響く。


『背後の男を殺し、己が命を絶て』


 ざらりと脳を舐めあげるような、聞くだけで吐きそうになる声で、異形は命じてきた。虎一郎を殺し、自殺せよと言っている。

 しかし、その命令を聞いたところで、少しも従おうという気は起こらなかった。


 行列の進行は止まり、人魚族の男たちが不気味なものでも見るような目で千代子を見つめる。


「この女……お爺様の支配が効いていない」

「そんな、まさか、名を奪ったはずだろう。お爺様の命に歯向かっているのに、どうして死なない?」


 彼らにとって、異形の支配下にある者が命令を拒んでも死なないというのは相当な異例なのだろう。男たちは怯えたように後退る。

 虎一郎が千代子を守るように立ちはだかった。


 横目で逃げ道を探していると、――――背後から大きな爆発音がした。

 千代子たちだけでなく、人魚族の男たちもその方向を見上げる。


 遥か向こう、人魚族の屋敷から、どす黒い煙が立っていた。その黒煙は強風に煽られて空高くゆらゆらと上がっていく。


 火事だ。人魚族の屋敷全体が燃え上がっている。


 大規模な火災を見たことがなかった千代子は驚いて立ち竦む。あれだけ炎が広がっていては、消火するのも困難だ。


 千代子は海雲族の目を使って視界に映る屋敷を拡大した。


 燃え盛る炎の中、崩れ落ちる屋敷の傍に、珊瑚がいる。


 彼女は祭りの最中もずっと屋敷の中にいたのだ。見つからなくて当然である。


「珊瑚さん……! ッきゃあ!」


 屋敷の方向へ走っていこうとした千代子の二の腕を人魚族の男が掴む。

 腕の骨をへし折る気かというくらい強い力だった。


「この女が首謀したに違いない!」

「どうしてくれるんだ! あの屋敷がなくなれば、俺達が怪異から隠れる場所がない!」

「日が暮れそうだ……! 誰か、誰か急いで黒い布を持ってくるんだ!」


 千代子の目前にいる虎一郎の顔が歪み、その瞳に殺意が揺らぐ。

 虎一郎は千代子の腕を掴まれたことに怒りを覚えているようだった。


「虎一郎、だめ!」


 このままでは虎一郎がこの場にいる全員を殺してしまう。

 そう予感し、制止するため叫んだその時、松林の向こうからどすどすと大きな足音がしてきた。


 ――何かが近付いてくる。それも大量に。

 熊や狼などの大きな獣を想像させる、重みのある足音だ。


 何かは分からないが、本能的に逃げなければと感じた。

 しかし、人魚族の男に腕をがっしりと掴まれていて引き剥がせない。


「離して!」


 男に対して怒鳴った時、何者かが彼に上空から蹴りを食らわせた。

 男は呆気なく気絶して倒れる。


 上空から跳んできたのは帆次だった。

 帆次も遠くを視ることができるため、千代子たちの異変に気付いて駆け付けてくれたのだろう。


「虎一郎、隠れろ!」


 帆次は瞬時に千代子を担ぎ、虎一郎に向かって命令する。


 次の瞬間、松林の中から、山に棲んでいるはずの怪異が飛び出てきた。


 おどろおどろしい程の数だ。顔のない者、四足歩行の者、腕が五本ある者――視界に入れるだけで精神に異常をきたしそうになる化け物達が、島民の担ぐ神輿に襲いかかる。人魚族に行列に続いていた島民たちが悲鳴を上げて逃げ出した。

 大量の怪異たちが怪力で神輿を打ち付け、壊し、人々にも噛み付く。現場は阿鼻叫喚を極めた。


「……っひぃ」

「しっ。声を出すな、見つかる」


 帆次が懐から黒い布を出して虎一郎と千代子に被せてくれた。

 千代子は怯えながらも息を潜め、神輿が解体されていく様を見守る。


『あそ ぼウ』

『サビシイ』

『おじ さま』

『山へ行コう』

『ずっといっしょ』


 怪異たちの不気味な声は、捨てられた子供たちの悲痛な叫びに聞こえた。




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