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人魚隠しし灯篭流し  作者: 淡雪みさ


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36/41

捜索


 :


 結局虎一郎の背中に乗って移動することになった千代子は、虎一郎と共に山を駆け巡って珊瑚を捜した。しかし、やはり山奥にも珊瑚は見当たらない。

 虎一郎は走りながらぼそりと呟いた。


「今日は化け物たちが騒がしい」

「え? 何も聞こえないけど……」

「人魚族の子供の声は、多分別の生き物には聞こえない」


 そういえば珊瑚も、遠くの我が子の声を聞き取っていた。

 人魚族というのは何とも不思議な種族だ。人間とは違う生体を持つ――だからこそ、神にも成り代われてしまったのだろう。


 山の下に松林があった。背の高い松の木々が天に向かってまっすぐに伸び、その針のような葉が風に揺れるたびに囁くように音を立てている。深く息を吸い込むと、仄かに甘い香りと土の湿った香りが混ざり合って鼻に届く。


 林を抜け、道に出た時、黒い着物を身に纏った美しい中年女性――七海が立っていた。待ち構えていたという雰囲気ではない。あちらも千代子たちを視界に捕らえた瞬間、声にならない様子で身動いだ。

 まさか千代子が生きているとは思っていなかったのだろう。七海は千代子を凝視した後、千代子を抱える虎一郎を見て青ざめた。

 そして、急に鬼のような顔になる。


「アンタ、ここにいちゃいけないよ」


 厳しい声だった。


「ここはお爺様の神輿の進行方向だ。見つかったら今度こそ何をされるか分からない。どこに逃げたんだが知らないが、さっさとそこへ戻るんだ」


 まるで心配するかのように低い声で警告してくる七海。

 その腹は大きく、何かを身籠っていることが窺えた。七海のような年齢でもまだ子を産むことを強いられるのだ。


 七海が虎一郎の腕を掴み、焦って導くように反対方向に引っ張ろうとした――次の瞬間、七海の片腕が飛んだ。


「七海さ……っ!」


 七海の名を呼ぼうとして、言葉にならなかった。

 人の腕一つが松林の地面にぼとりと落ちる。やったのは虎一郎だ。


「虎一郎、何してるの!」

「こいつ、僕を掴んだ」


 心底不愉快そうに、蛆を見るような目で血を噴き出す七海を見下ろす虎一郎。


 彼は自分を置き去りにした人魚族全員を恨んでいる。きっと、だから触れられただけでこんなことをするのだ。


 人魚族は治癒能力が高い。この程度では死ぬことはないだろう。しかし痛いのは同じだ。千代子は虎一郎の背中の上で暴れ、地面に降り立った。


 七海に駆け寄る。腕のない状態で仰向けに倒れた七海は、虚ろな瞳で曇り空を見上げていた。

 予想通り息はある。しかし意識は薄れているようだった。


「七海さん、七海さん! 聞こえますか!?」


 どうしていいか分からず何度も呼びかける。

 すると、七海が薄っすらと開けた目で千代子の方を見上げた。そして何かを囁く。口元に耳を近付けてその声を聞くと、「逃げるんだ」とこの期に及んで未だ千代子に向けた言葉を放っていた。


「し、止血……っいくら人魚族でも腕の欠損なんてなかなか治らないんじゃ……」

「早く……逃げて……」

「七海さん、何でそんなに私のことを……!」

「アンタは、こんな場所にいちゃいけないよ……」


 七海が懇願してくる。

 きっと七海は千代子のことを、二百年も前に無理心中しようとした娘と重ねているのだ。それを察した時、胸が締め付けられるような心地がした。


 下から衣類を剥ぐ音がして、はっとそちらに顔を向ける。

 まさか七海を喰う気なのではと焦ったが、その予想は外れていた。

 ――虎一郎が、七海の乳を吸っている。


「何してるの!?」


 悲鳴にも似た声が出た。

 虎一郎の肩に手をやって半ば無理やり七海から引き剥がす。

 しかし、虎一郎は用は済んだとでも言うように満足げに笑っていた。曇っていて周囲が薄暗いためか、その表情は千代子の目に不気味に映る。


「これで僕が感染すれば、文の言うことが正しかったって分かる。僕、文の役に立ちたい」


 虎一郎は暗い穴の中、ずっと人と関わらずに暮らしてきた。だから、必要とされることに執着している。

 そして昨日の発言で、鱗生病の原因を一緒に探れば千代子の役に立つと学習してしまったのだ。


「虎一郎、鱗生病がどんな病気か分かってないの?」

「僕たちは発症が遅いんでしょ」

「でも、発症したら死ぬのよ! 治療法は未だない!」

「それでもいい。文の役に立てるなら」


 千代子は思わず、虎一郎の頬を平手打ちした。

 虎一郎が驚いた顔をして立ち竦む。


「今後、私の許可しないことはやらないで」

「……文……ごめん……怒った……?」

「怒ってる。虎一郎が自分のことを大切にしないから」

「……大切……僕が……?」

「こんなことされても嬉しくない。七海さんのことだって……目の前に現れた人のことを、突然傷付けたりしないで」


 千代子が震える声で伝えると、虎一郎はまるで叱られた子供のようにしゅんとした。


(でもこれも、当然だ……)


 虎一郎は何も知らない。外の世界のことも人との関わり方も。

 実質的には生まれたての赤子と変わらない。虎一郎をこんな状態にしたのはあの家だ。虎一郎を閉じ込めざるを得なくした、あの一族のせいで。

 虎一郎だけを責めるのは間違っている。




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