表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魚隠しし灯篭流し  作者: 淡雪みさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/41

仮説の共有



(……私もそう思う)


 頭の中で違う理由を探そうとしているだけで、文も本心では医者と同じ意見だった。


 同時に、嫌な可能性が頭に浮かんだ。

 鱗生病が爆発的に広がったのは、大昔、霧海村から村人が訪ねてきた時。

 人魚族は本来血縁者としか子をなさない。大昔の大流行も、人魚族が他種族と交わったことがきっかけなのではないか。


「……あの、仮説を言ってもいいですか」

「ええ、どうぞ。物事を観察して知り、仮説を立てることは大事ですよお」


 医者に促され、文はよろよろと歩いて椅子に座り、麦茶を飲んでから自分の予想を語り始めた。


「人魚族は元々、何らかの理由で全員感染していると仮定して。鱗生病は、人魚族が近親交配を繰り返している閉鎖的な一族だったからこそ感染が最小限に抑えられていたのではないでしょうか。でも、霧海村から人々が神様を運んできた時――おそらく、人間の中で初めて人魚族の誰かと性交渉をした者がいた」


 名を出すのに抵抗がありわざとぼやかして伝えたが、それがきっと珊瑚の両親だ。

 七海の口ぶりからすると珊瑚の父親は霧海村から来た人間で、さらにはかなりの遊び人。島で性交渉をした相手は珊瑚の母だけではないだろう。その頃まだこの島が性に開放的であったのなら、感染した人間がまた別の人間と行為に及び、そしてその別の人間がまた別の人間と……と繰り返されたと考えてもおかしくはない。

 そして、霧海村から来た人間が村に戻った時、村でも流行が広がった。


「人魚族が鱗生病の病原体に特別弱いのではなくて、強いんだと思います。だから感染しても発症までが遅い。それと違って人間は、感染したらすぐに発症する。だから当時は一気に死亡者が出て騒ぎになった……ということだと思います」


 話している内に落ち着いてきて、緊張が解けてきた。

 文はいくらか冷静な気持ちで医者を見据える。


「人魚族は死体の遺棄も適当でした。それ以前の感染はそれが原因だと思います。火葬する習慣もなくて、死んだ人はそのまま捨てている。おそらく殺した奇形児もでしょう。その血に傷口が触れた人間が感染した。ただそんな機会は滅多になく、その頃はまだ島でも数少ない珍しい病気だったはずです」


 ちらりと虎一郎に視線をやった。

 辻褄は合うが、何か引っかかる。そう思いながら話を続ける。


「虎一郎が感染していないのも、穴の底にいて人魚族の人と性行為をしていなかったからでは……」

「それだけでは少し不十分です、文さん」


 それまで黙っていた医者がここでようやく口を挟んできた。


「一生のうち、出産のための性行為を過度に強いられているのは、人魚族の中でも女性だけです。先代の残した記録では、性経験が一切ないのに鱗生病で死んでいく人魚族の男が沢山いた」

「……性体験がなくても感染していたってことですか?」

「大昔、病院に来た人魚族の男のほとんどが問診で性体験の有無について無しと答えているのですよお。おそらくですが、人魚族の中でも特定の男のみが女性と交配しているのではないでしょうか」


 すぐにあの、一族からお爺様と呼ばれる異形が思い当たる。

 彼が一族の女を独り占めしているとして、感染の原因を輸血や性行為に限定すると頻度が高すぎる。

 確かに以前医者から借りた記録を読む限りでは男も百発百中で感染していたし、他にも何か原因があったと考えるのが妥当だろう。


 虎一郎に人魚族に特殊な習慣がなかったか聞こうと思ったが、長年穴の底に閉じ込められていた虎一郎に聞くのも可哀想かもしれないと口を噤む。

 しかし、文の視線に気付いたらしい虎一郎が先に言った。


「文が知っている以上の特別なことはしてないよ」

「……凄い。よく私の聞きたいことが分かったね」

「文のことなら分かる。以心伝心、ってやつ」

「でも虎一郎、ずっと穴の中にいたんでしょう? どうして人魚族の習慣について断言できるの?」

「僕、耳がいいから。穴の中で人魚族のお話、全部聞いてた」


 穴の底で一度も来ない母親を待ち続け、ただ家族の話し声に聞き耳を立てて暮らす日々は、どんなに寒かっただろう。苦しかっただろう。

 胸が締め付けられるような心地がして、文は虎一郎を抱き寄せて撫でた。虎一郎は嬉しそうに擦り寄ってくる。


 気がかりなことはまだまだある。

 珊瑚のうなじにあった鱗について、おそるおそる医者に問いかけた。


「珊瑚さんは……」

「発症してしまっているので、もうだめですねえ」

「…………」


 文は俯き、膝の上の拳を握り締める。

 病というのはどうしてこうも残酷なのだろう。こちらの意思に関係なく、誰にでも襲いかかっていく。

 虎一郎が心配そうに覗き込んできた。


「文、何でそんな顔してるの? あんな女、どうでもいいじゃん」

「……そんなことない。私にとっては命の恩人で、友達なんだよ」


 虎一郎は珊瑚が嫌いであるようだが、文にとってはそうではない。

 珊瑚があんなことをするほど心を追い詰められているのなら助けてあげたい。しかし、残された時間が少ない――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ