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人魚隠しし灯篭流し  作者: 淡雪みさ


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邪淫の罪



 文は椅子の背もたれに背を預け、医者に出されたお茶を飲みながら窓の外を眺める。

 外では吊るされた提灯が揺れている。


「今夜は明るいですね」

「明日から銀鱗祭りですからね。島民が張り切って飾り付けていました」

「この島のお祭り、盛り上がるらしいですね」

「ええ、年に一度の行事ですからね。私は不気味なので参加しませんが」

「不気味……?」

「あの、神輿に乗っている偽の神。あれはよくないものですよ」


 神輿に乗るのは、人魚族で御爺様と呼ばれている異形だ。

 聞くだけで吐きそうになるざらついた声を思い出し、ぞわりと背筋に寒気が走った。


「……私もあれは、よくないものだと思います」

「人魚族は、おそらく元々人の形をしていないのでしょうねえ。人の姿を模倣することで人と共存して生きてきたのでしょう。あの偽の神は相当な高齢だ。もう人の形を作る気もないらしい」


 出会った時、珊瑚は他の姿にもなれると言っていた。珊瑚も元はあの異形のような姿をしているのだろうか。


 窓の外で強風が吹く。病院近くに吊るされていた提灯がいくつか地面に落とされてしまった。


「拾いに行きましょうか。最近風の動きがおかしいですねえ。もしかすると、台風かもしれません」


 医者が厄介そうに呟いて立ち上がり、裏口から外へ出ていく。

 文と虎一郎もそれに付いていった。


 提灯を拾って結び直してから病院に戻ろうとした文は、虎一郎が立ち竦んでじっとどこかを見つめているのに気付く。

 湿気を含んだ風が吹き、草木が揺れた。

 そしてその風と共に、どこからか女の嬌声が聞こえてくる。


「ああ、あぁ、いいわ、もっと」


 ――よく聞いたことのある声だった。

 はっとして文の体が強張る。


「どうしたんです。文さん」


 病院に向かっていた医者が不思議そうに戻ってくる。

 文はその問いに答えず反対方向に歩み始めた。嫌な予感がする。背に汗が伝った。


 見ない方がいいかもしれない、そう思いながら、声のする方に近付く。幸いにも、虫や草や川の音がその場に近付く文たちの足音をかき消してくれた。


 古い家屋が立ち並ぶその中に、ぼんやりとした明かりの灯った家がある。


 隙間から覗き込んだその先で――裸の珊瑚が、複数の男たちと交わっていた。


 男の体の上に跨り、喘ぎ狂っている珊瑚の姿を見て立ち竦む。

 決まった相手以外と行為に及ぶのは、邪淫の罪なのではなかったか。それを教えてくれたのは、珊瑚であるのに。


「ああ、いい、いい……っ」

「まったく、珊瑚様はこれがお好きですねえ」

「よくもまあ毎晩飽きもせず」

「今度こいつの長男を持ってきますよ。ブツがでかいんで珊瑚様も気に入るでしょう」


 髪を一つに結んだその組み紐は、文が珊瑚にあげたものである。よく似た別人ということは絶対にない。


 それだけでなく――珊瑚のうなじに、鱗が見えていて息を飲んだ。


 発症している。


 動揺してよろめき、後ろに倒れそうになった文を虎一郎が支えた。

 ここまで付いてきた医者は全く動じておらず、ふむと顎に指を置いて頷く。


「ははぁ、そういうことですか」


 文はこれ以上珊瑚の狂ったような喘ぎ声を聞くのに耐えられず、虎一郎と医者を引っ張って早足でその場を離れた。


(あれは何? あんなの、珊瑚さんじゃない)


 文の知っている珊瑚は、花のような優しい笑顔を浮かべているはずだ。

 しかしあの珊瑚は――その肢体で男たちを受け止め惑わし、高い声で欲情を誘う化け物だった。


「おかしいと思ったんです。鱗生病が最近また島に増え始めたのが」


 文に引っ張られながら、医者が悠長に話を続ける。


「……どういうことですか」


 病院の中に入ったところで、文は遅れて医者に聞き返した。

 心臓がばくばくと嫌な音を立てている。


 珊瑚を囲んでいた男たちの言い草からして、珊瑚がああいったことをしていたのはあれが初めてではない。自分の知らない珊瑚の怖い部分を垣間見てしまった気がして、初めて珊瑚に拒絶感を覚えた。


「鱗生病の感染経路の一つは性行為。近年の異常な感染の広がりは、彼女が原因ということでしょう」


 あまりの衝撃で、冷静な医者の分析がなかなか頭に入ってこない。


「邪淫の罪というのを聞いたことがありますか」

「……この島で大罪として扱われている事柄ですよね」

「今は知られていませんが、鱗生病が性行為によって感染するというのは当時一部では多く囁かれていた説だったんです。現代においてこの島の人間が女性の純潔を重視するのも、当時鱗生病が大流行したことで性行為が厳しく取り締まられ始めたという経緯もあるのですよお」


 座り込んでいた文は居ても立っても居られず立ち上がった。


「珊瑚さんに、あんなことはやらない方がいいって伝えなきゃ……。きっと珊瑚さんは、あの男の人たちに騙されているんです」

「わざとやっている可能性については考えないのですか?」


 医者に問い返され、黙り込んだ。

 何も言えなかった。


「昔からあるじゃないですか。梅毒にかかった遊女が、自分の未来が明るくないことを嘆いて他の男を道連れにしようと、自身が病気であることを知っていながらそれを隠して行為に及ぶ……って話。人というのは自分が不幸であると他人の幸せを許せないものです」

「…………」

「珊瑚様は私が見てきた中でも特別に賢い女性です。そして歪んでいる。そんな彼女が、何も分からずに大罪を犯しているわけがない」





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