金色に光る目
「あたしはね、それに抗ったんだよ。若い頃のあたしは馬鹿だったんだ。一族を相手に歯向かえると自惚れていた。実際、あたしは一人目の子を別の屋敷に隠して育て上げた。十四年間、ずっと」
「それが、見つかってしまった……ということですか?」
「ああ。屋敷の他の者からはこっ酷い仕置きを受けたし、お爺様には子と決別するために自らの手で殺めろと言われた。もう、道は残っていなかったんだ」
平然と喋っていた七海の語尾が突然、震え始めた。
「だから、だからあたしは……一緒に死のうと思った。愛しい我が子を殺すしかないのなら、あたしも一緒にこの世を去ろうと思った。一緒に海の中に沈んだんだ。なのに――死んだのはあの子だけだった」
「…………」
「目を覚ます頃にあたしは海辺に引き上げられていて、あたしだけが助かっていた。見事、無様な死に損ないというわけ! アンタと一緒さ。あは、あははは、ハハハハハハハハハ!」
離れ屋の傍で笑われた時、何がおかしいのだろうと思った。人の不幸を笑う七海は何と醜いのかと。
しかし、違ったのだ。七海が醜いのではなく、醜く歪んでしまった理由がある。
体を拭き終え、用意された着物を身に着けた文は、がらりと戸を開けた。
「ごめんなさい。辛いことを思い出させて」
何と言っていいか分からなくて、七海と目を合わせることができない。
「人魚族の中には、姿形が変わっている子供だけじゃなく、姿は正常でも異常な行動を起こす子供も生まれる。そいつらを皆ひっくるめて、人魚族の間で何と呼んでいるか知っているかい」
「……分かりません」
「〝化け物〟だよ。自分たちが勝手に孕んで勝手にこの世に産み落としておいて、満足がいかなければ化け物扱いだ! ハハハ、随分勝手だとは思わないかい。親というのは、子供に何があっても与えて育て上げるために産むんじゃないのかい。そんな覚悟もないのに、簡単に捨てるくせに、親にならないでほしいね!」
荒々しく吐き捨てた七海は、ようやく落ち着いたように隣にいる文を横目で見た。
「話しすぎたね。アンタがあの子と同じ年齢だと言うから、嫌なことを思い返しちまった。……まあいい、付いてきな。飯を食わせてやる」
連れて行かれたのは珊瑚に与えてもらった部屋よりも小さな和室だった。四畳ほどしかない。そこには既に小さなお盆と卵や煮物、白米などの食事が用意されていた。
親切に食事を用意されたことで逆に不安を覚える。毒でも入っているのでは、と箸を手に取るのを躊躇っていると、「何も入れちゃいないよ」と後ろから七海が言ってきた。
「あたしがアンタの指導係ということになってる。何かあればあたしに聞きな。アンタはもうこそこそしなくていい。この屋敷の使用人として働くんだよ。これは命令だ。食事も一日一食は出してやる。その代わり、朝は早いよ。朝食の準備と掃除があるからね」
「ありがとうございます。……あの、珊瑚さんは今どこにいるんですか?」
「ああもう、珊瑚珊瑚うるさいねえ、飽きもせず。珊瑚はもう解放されているよ。アンタの部屋の場所は教えているから、そのうち遊びに来るんじゃないかい」
面倒そうに教えてくれた七海は、今日はもう休んでいいと言って部屋を出ていった。
小さな部屋に残された文は座布団の上に正座し、勇気を出して用意された煮物を食べてみる。変な味はしない。何か混ざっているということはなさそうだ。……それにしても。
(やっぱりお腹、空かないなぁ……)
医者は心因性のものだと言っていた。
確かに精神的に滅入ってしまってもおかしくない程には衝撃的なことが起こり過ぎている。しかしそれだけだろうか、と文は自分のお腹を擦る。
文はこの島に来てからあまり食べていない。それでも十分に動けている。まるで、体に食事が必要ではなくなったかのような――。
(私が本物の神様って、どういう意味だったんだろう)
医者は何か知っているような口ぶりだった。
こちらを惑わせるようなことばかり言って、決定的なことまでは教えてこない。からかって遊んでいるのでは? とすら感じる。
彼の冗談と考えるのが一番自然ではあるが、あえて彼が本当のことを言っていると仮定すると、文はこの島が祀る神様、人魚族の一員である可能性がある。
文は両親の本当の子供ではなく拾われた子だ。何らかの理由で幼少期に銀鱗島から本土に迷い込んだとしても不思議ではない。
そう考えると虎一郎が文のことを母親と呼ぶのも、血縁があるが故の勘違いなのかもしれない。
思考しながら用意された食事を無理やり口の中に含み、咀嚼する。
そしてふと、部屋に立てかけられた鏡に目がいった。
その鏡の中に映る文の顔、目の中が金色に光っている。
「え……っ!?」
驚いて鏡に近寄るが、その頃には文の目は元に戻っていた。
見間違い? いや、違う。確かに金色に光っていた。
鏡を持って唖然とする文の後ろで襖が開く音がした。
振り返ると、顔の一部を包帯でぐるぐる巻きにされた珊瑚がそこに立っている。
「珊瑚さん! 無事だったのね!」
鏡を放って駆け寄った。
珊瑚の様子が何かおかしい。いつものような笑顔は浮かべておらず、ぼうっと虚ろな目で文を見つめ、力ない笑い方をする。
「……文ちゃん……文ちゃんこそ、無事でよかった……」
「……珊瑚さん、どうしたの? その顔……」
「……抉られたの」
「抉られた?」
「目玉を……」
珊瑚がぶるぶる震えながら顔を押さえる。
文は一瞬、言葉を失った。数秒して怒りが芽生えてきた。
「何でそんなことされたの!? 屋敷の人達は私が犯人じゃないって認めてくれたんじゃ……!」
「文ちゃんが犯人じゃなくても、よそ者を招き入れるのはよくないことだもの。自業自得よ」
「そんな……!」
「大丈夫。わたくしは人間とは違って傷が早く治るの。一ヶ月も経てば元通りよ」
懸命に口角を上げて元気そうなふりをする珊瑚を、文は思わず力強く抱き締めた。
「こんなの間違ってるよ。いくら早く治るからって、痛いのは変わらない。家族にこんな風に扱われたっていう、心の傷も治らない」
――この家は間違っている。人魚族全体が、歪んでいる。
珊瑚の綺麗な丸い頭を文は撫で続けた。
すると、しばらくして嗚咽が聞こえてきた。珊瑚が泣いている。ずっと怖くて痛くて苦しかったのだろう。
文は珊瑚が泣き止むまで、ずっと珊瑚の傍にいた。
外が暗くなり月が出る頃、もう冷めきってしまった煮物やご飯を分け合いながら、珊瑚と文はゆっくり話をした。
「このお家のこと、どこまで聞いた?」
珊瑚が少し気まずそうに問いかけてくる。
文は正直に、虎一郎や七海から聞いた話を伝えることにした。
「お爺さんが神様だっていうことと、人魚族の女性はお爺さんとの間に子を産むってことと……子供は健康体では生まれてこなくて、最悪の場合捨てられたり殺されたりしてしまうってことかな」
「そう。じゃあほとんど聞いちゃったのね。文ちゃんに気味悪がられたくなかったのだけど……わたくしも、産んだのはお爺様との間の子よ。でもわたくしはよその人間の血を引いているからか、子供は全員、一人を除いて元気だったの。それも叔母様がわたくしのことを嫌いな理由だと思う。叔母様の子は、ほとんど死んでしまったから……」
七海が珊瑚の顔を叩いていた朝の光景が蘇る。
暴力的な女性だとは感じていたが、そのような背景があったらしい。




