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人魚隠しし灯篭流し  作者: 淡雪みさ


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19/41

花びら様




 母の過去の発言を不可解に思っているうちに、最後の死体を病院まで運んでくることができた。


 せっかちな医者は奥から出てきてさっさと虎一郎を連れて行ってしまった。

 心配になり、咄嗟に駆け寄って声をかけた。


「虎一郎、本当に大丈夫? 針、苦手じゃない?」

「針? 何で?」


 医者の言う通り椅子に座り、着物の袖を捲って腕を出している虎一郎が、きょとんとした顔で文を見つめる。


「針くらいなら平気だよ。何度も使われたことあるから」

「使われた……?」

「僕、〝出来損ない〟らしいから。〝矯正〟しなきゃいけないって、昔色々された」


 ふにゃりと笑いながら言う虎一郎。

 文は斧を持って殺そうとしてきた中年の女性のことを思い浮かべ、彼女たちなら針で刺すことくらいやりかねないと悲しい気持ちになった。

 やはり、人魚族は歪んでいる。


 虎一郎がじぃっと文を見つめている間に採血は終わった。

 彼は一度も医者や針に目をやらず、文ばかりをその視界に捉えており――あまりに見つめてくるので少し気まずかった。


 文は床に付いている虎一郎の泥や血で汚れた長い髪が気になり、医者からハサミを借りて傍に寄る。


「虎一郎、髪を切ろうか」


 虎一郎の長い髪を掬い、少しずつ切っていく。

 虎一郎は文の手に全く抗わず、大人しく椅子に座っていた。


「人魚族って髪が伸びるのが早いんだね」


 出会った時と比べて随分と長くなった髪に感心する。

 人魚族の髪が一日でこんなに一気に伸びるということは、珊瑚もあの綺麗な髪を毎日切っているのだろうか。


「僕だけだよ」

「虎一郎だけなの?」

「うん。僕だけ、食べたら伸びる」

「ふうん……私がおむすびをあげたおかげかな」

「気持ち悪い?」

「ううん。たけのこみたいで凄い」

「たけのこって、なあに」

「食べたことない? たけのこご飯、おいしいんだよ。植物なんだけど、たけのこは他の植物よりも短時間で成長するの。ちょっと見ない間にうんと長く伸びてたりする。虎一郎の髪みたいにね」


 虎一郎が楽しそうにくすくすと笑う。 虎一郎は文よりも体が大きい大人であるのに、やけに子供っぽい笑い方をする。

 文はその無邪気な表情を見て、島にたけのこがあれば食べさせてあげたいとすら思った。


 虎一郎の髪を短くすると、さっぱりして綺麗な顔がよく見えるようになった。


「人魚族って皆美形だね」

「びけい……」

「かっこいいってこと」

「文、僕のことかっこいいって思ってるの?」

「うん。虎一郎は女の子に好かれるだろうね」

「じゃあ結婚しよう」

「け……結婚?」


 急に話が飛躍したので、文は調子の外れた声を上げてしまった。


「……虎一郎、意味分かってる?」

「うん。男と女が、交わることでしょ?」


 虎一郎が真顔で答える。

 結婚という事柄の意味を知らないわけではないらしい。


「私は虎一郎の〝本物の母親〟なんじゃなかったの?」


 実際のところは別として、虎一郎にとって文は母親ということであるのに、何故求婚してくるのか不思議だった。


「うん。だから結婚できる」

「……ごめん、どういうこと?」

「人魚族は、血が繋がってる相手としか結婚することを許されていないんだ。それ以外と交わると、……えーっと……じゃいんのつみ? って言って、地獄に堕ちるらしい」


 邪淫の罪。珊瑚が言っていた、この島の大罪である。

 決まった相手としか愛し合うことを許されていないとは聞いたが、人魚族にとってはそれが近親者だと言うのだろうか。


「特に女の人は、大体お爺様のお相手をすることになるから……その前に、僕が文を僕のものにして、守ってあげたい」


 〝お爺様〟――きっと、御簾の向こうにいた異形の影のことだ。


 話を聞いているだけでも気持ち悪くなってきて黙り込んでしまった。

 あの、声を聞くだけでもぞっとするような異形の存在と、人魚族の女性は子供を作っているというのだろうか。ともすれば珊瑚も。

 しかし気持ちが悪いというのも文が人間であるからこその感性であり、人魚族にとっては違うかもしれない。


 そう自分に言い聞かせて切り落とした白い髪を掃除していた時、


「――――ッおかしいっ!!!!」


 机を大きな力で叩く音がして振り返る。顕微鏡を覗いていた医者が苛立ったように何度も机をバンバンと叩いていた。


「感染していない!」


 医者は大声で言いながら、物凄い勢いで立ち上がった。


「父さんの仮定が間違っているのか? そもそもこのリンパ球が鱗生病の指標とはならない? いや、そんなはずは……」


 ぶつぶつと呟きながら爪を噛んでいる。


「私の予想が間違っていた? いや、何か別のかからなかった原因があるはず……」


 何か医者にとって不都合なことが起きたということだけは分かるので、静かに医者の独り言が終わるのを待つ。今口を出したら怒られるような予感がした。

 しばらくして、医者はふうと息を吐き荒々しく椅子に座った。


「――おかしいですねえ。そこの虎一郎さんとやらですが、感染していません」


 一瞬、しんと室内が静まり返る。


「……感染してないって、鱗生病にかかってないってことですか? いいことでは」

「よくありませんよお。私の予想が外れました。文さん、これ見てください。こっちが拡大した文さんのリンパ球で、こっちが虎一郎さんのものです」


 医者が不機嫌なのは分かるので、言われた通りに顕微鏡を覗き込んだ。

 顕微鏡を使うのは初めてなので少しわくわくする。しかし、見ても何が何だかよく分からない。


「……えーっと……」

「虎一郎さんの方は核が類円形でしょう。しかし文さんの方は違う。私はねえ、これで感染しているか感染していないか見分けていたのですよお」

「核って、この色の濃い紫のところですか?」


 もう一度覗き込んで観察する。

 文の方のリンパ球は特徴的な花びらのような形をしているが、虎一郎の方は丸い。一目で別物だと分かるくらいには形が違った。


「鱗生病の感染者は、花びら様の異常なリンパ球を持つのです。これは私の先代が発見したことで、私の代でも患者全てを確認しましたが例外はありませんでした。文さんが回収した死体も全て花びら様だった。それが虎一郎さんは違う。私の仮定が間違っていたということです。はぁ、やってらんねえです」

「仮定というのは……?」

「私はねえ、前例のないことではありますが、特定の一族にのみ異常に感染しやすい病気というのがあるのかもしれないと考えていたのですよ。先代の記録を見ていても、|人魚族だけが百発百中で感染している《・・・・・・・・・・・・・・・・・》。私の前の前の世代までは、まだ人魚族の方から治療を拒否していたわけではないので、一族全員を調べることができていたんです。そこでは皆この花びら様のリンパ球を持っていました」





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