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人魚隠しし灯篭流し  作者: 淡雪みさ


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おかえり



「帆次、あの……遠くで犬に吠えられてるモノも怪異?」

「……文ちゃん、あれが見えるのか? ここからだと相当な距離だろ」

「よく分からないんだけど、この島に来てからやけに遠くのものが見えるようになって……」


 帆次は文の話に何か言いかけたが、しばらく無言になった後、文の質問に答え始めた。


「文ちゃんの予想通り、あれも怪異だ。群れをなしてるが実質は昨日文ちゃんを追ってきたものと一緒。たまに深夜に山からおりてきてああやって何か探してんだよ。あいつらが通った跡は、翌朝猪や猿の死体があったりする」


 文はその光景を想像して血の気が引くような心地がした。

 文が見た限り、島の民家の戸は夜間厳重に閉められている。それもこの辺りを頻繁に怪異が蠢いているからだと思うと納得できた。


「何かを探してるってことは、その探してる物を捧げたら怪異は山に帰るってことかな?……あ、でも、子供が好きってことは、子供を捜してるって可能性もあるのか」


 食べ物などであれば与えられるかもしれないが、さすがに生きた島民の子供を捧げるというのは難しいだろう。文はううーんと唸った。


「過去にも何人か島の子供がさらわれたらしいが、それでも怪異は山から出てくる。何か別のものを探しているのか、子供の数が足りないか……だな」

「えっ、実際に子供がさらわれたこと既にあるの?」


 ぎょっとして聞き返す。


「本当にいなくなったなら、警察に連絡した方が……」

「この島に警察はいねぇよ。それに、人魚信仰が強いこの島じゃ、さらわれたのも神隠しだとか、あの子供は贄になったから名誉あることだとか言って親も満足げにしてたぞ」

「そんな……」

「連れて行かれかけて生きて帰ったガキもいるみたいだけどな。あいつらは汚いものが嫌いだから、小便かけたか何かで。そのガキが言う話じゃ、あの怪異は子供のような拙い喋り方をしてたらしい」


 文が出会った怪異は一切言葉を喋らなかったため、喋る個体もいるのかと驚きつつ聞く。


「拙い喋り方で、なんて言ってたの?」

「〝寂しい〟〝遊ぼう〟だとよ」



 :


 帆次に連れられて珊瑚の屋敷に帰ったのは朝方だった。帆次には文が医者から借りてきた本を読むように伝え、また数日後に会う約束をした。

 夏の朝は明るくなるのが早い。まだ四時だというのに空が少し白み始めている。

 昨日のようにこっそり屋敷の中に入った文は、忍び足で自身の部屋に戻り、部屋の隅に畳まれている布団を敷いた。


 最近悪夢をよく見るため寝るのが怖く、あまり眠れていない。だが今日は良い夢を見られそうだ。

 いい気分で目を閉じると瞼の裏に帆次と見てきた星空が広がる。

 その時、頭上で何か布が擦れるような音が聞こえた。



「どこに行っていたの」



 枕元に、腰まで伸びる長い白髪の男が立っている。暗闇の中、血のように赤い目だけがギラギラと光っていた。

 悲鳴をあげそうになったが、それ以上に恐怖が勝って体が動かない。

 よく見れば、見覚えのある男だ。見た目が変わりすぎていてすぐには分からなかった。髪が長くなり、少し肥えたが――あの部屋の穴の底に座っていた男、虎一郎である。


「な……何してるの。穴から出られたの?」


 虎一郎が文を覗き込みながらこくりと頷く。

 文は虎一郎に危害を加えるつもりがないことを感じ、ほっとしながら上体を起こした。

 虎一郎は穴の底にいた時は土まみれで汚い格好をしていたが、今は上質な着物を身に纏っている。出られるのなら一体何故あんなところにいたのかという疑問が残るが、それはひとまず置いておいて質問した。


「貴方、結局誰なの?」

「虎一郎」

「そうじゃなくて……それは私の付けた仮名でしょう。このお屋敷に棲む人魚族なんだよね? それは合ってる?」


 虎一郎がこくりともう一度頷く。

 そして、文が寝ている布団の中に勝手に入ってきた。


「え? ちょ、ちょっと」


 ――手足が驚く程に冷たい。本当に血が通っているのか疑わしい程だ。

 もしかしたら寒いのかもしれないと思った文は戸惑いながらも虎一郎に布団をかけた。夏なので文は布団がなくとも眠れる。


「ぼく、ふみ、すき。ふみは?」


 布団の中で赤い目を輝かせながら、虎一郎が囁くように聞いてくる。


「嫌いではないけど……」


 というよりも、好き嫌いを語れる程に文は虎一郎のことを知らない。

 文の答えに満足気に笑った虎一郎は、不可解なことを言い始める。


「やっぱり。やっぱりそうだ。君が本物だ」

「……本物って?」

「僕の本物の、お母様」


 どういうことかと問う前に、布団の中からは寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。


(今朝会った時より髪伸びてるし……)


 この島に来てから、不思議なことばかり経験する。

 文は眠る虎一郎の顔をじっと観察した後、虎一郎とは少し距離を置くために畳の上で眠った。



 :



 夕刻、文は珊瑚に頼まれて一人で買い物に行くことになった。

 人魚族には人魚の鱗を象った家紋があり、その家紋が記された着物を着ていると島の人間はどんなものも無償で与えてくれるという。特別にその着物を貸してもらった文は、数日ぶりに市場へ赴いた。


 市場へ着くと嫌でも見世物のように牢に閉じ込められた罪人たちが目に入る。

 痩せ細った罪人たちの牢獄を気にもとめず、当たり前のように通り過ぎていく島民たちが、文の目には薄情に映った。


(ご飯も与えてもらえないなんて……)


 彼女たちの姿が、穴の底に閉じ込められていた虎一郎の姿と重なる。


 文は周囲を見回し、島民たちが自分たちの買い物に一生懸命になっているのを確認してから、おそるおそる牢の近くまで近付いた。


(少しくらいなら、気付かれないよね)


 袋からさきほど買った食べ物を取り出そうとした文は、しかしすぐにその動きを止めることになった。


「――やめておきなさい」


 まるで地の底から響くような、ひどくしわがれた声だった。


 振り向けば、そこには見たことのない老婆が立っていた。

 くすんだ灰色の衣をまとった老婆は、朽ちた木のように痩せ細っている。背中は大きく曲がり、顔は深い皺と影に覆われていた。灰色がかった濁った瞳が奇妙に光り、文をじっと見つめている。


 文はその目が恐ろしく、咄嗟に食べ物を与えようとした手を引っ込めた。


「島の掟を破った者に情けをかけてはならない。秩序が守られなければ、また島で多くの死人が出てしまう」


 老婆の口元は薄く開いており、黄ばんだ歯が不規則に覗いた。彼女の手は骨ばっていて、爪は長く、何かを掴むようにカギ爪のように曲がっている。


「……ご……ごめんなさい」


 小さな声で謝罪すると、老婆は目を細めてゆっくりと文に近付いてきて、文の顔をじっと覗き込んだ。


 そして――にちゃりと笑った。



「|お帰りになられたのですか《・・・・・・・・・・・・》」




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