第8話 泉凛の過去
キャラの名前の読み方
雪倉冬貴
燕泉凛
システム通知が視界に浮かび上がった。
『【雷葬のヴェルキオス】の討伐が完了しました』
『討伐報酬:100,000G アルカナ素材【雷霊核】を入手しました』
電子音声が淡々と告げるが、その報酬はあまりに破格だった。
「十万……!?」
泉凛が目を丸くする。額に浮かんだ汗もそのままに、虚ろな瞳で浮かぶ数字を見つめる。
「すごい素材……それに、この金額……」
「……さすが宝物庫の番人ってわけか」
冬貴も思わず唸る。
このゲームでは、基本的にモンスターに与えたダメージが一番多いプレイヤーだけが素材を報酬として手に入れられる。
今回は泉凛がダメージを稼いでいたため、冬貴に入った報酬は金貨だけだったが、それでも十分すぎる収穫だった。
ゲームのショップで一流の装備や、洗練された重ね着をそろえることができる金額だった。
二人はしばしの間、放心したように立ち尽くす。
ヴェルキオスのブレスによって二度も崩壊したダンジョンだったが、すでに修復が始まっていた。冬貴と泉凛が地上へ上がろうと動き出す頃には、足場として十分に機能するほどに回復した。
【雷葬のヴェルキオス】討伐後、ダンジョン内は異様なほど静けさに包まれている。
どうやら、ここのモンスターたちは、主を失ったことで一時的に活動を止めるらしい。
時折、遠くで風が通り抜ける音がするだけで、さっきまでの殺気立った気配が嘘のようだった。
「拍子抜けするくらい静かだな」
「無駄に緊張して損したわ」
冬貴たちは、念のため周囲に注意を払いながら、慎重にダンジョン内を進んでいった。
しばらくすると、ダンジョンの出口にたどり着いた。
空は紫と藍が入り混じる夕暮れ。
現実世界とも時間が連動するこのゲームでは、日の移ろいもリアルタイムだ。
風が吹き抜ける中、泉凛が何かを言いかけ、口を噤む。
「……ご、ごめ……」
「なんだ?」
冬貴が聞き返すと、泉凛は顔を伏せながら、か細い声で言葉を絞り出した。
「……ちょっとだけ、ワガママ言い過ぎた……かも……」
まるで自分に言い聞かせるような声音だった。
冬貴は、思わず目を瞬かせる。
「どうしたんだ急に……」
「う、うるさい! ただの気まぐれよ!」
すぐさま顔を背け、銀髪を翻す。
「まあ、別にいいけどな」
冬貴は肩をすくめ、静かに言葉を続ける。
「全国大会での君の戦いを見たときから思っていたんだが、どうしてあんな独善的なプレーをするんだ?」
「な、なんでアンタなんかに……」
泉凛の声は震えていた。だが、その先の言葉が続かない。唇を噛みしめ、視線を泳がせる。しばらくの沈黙。迷っているのか、それとも、言うつもりがないのか。
「無理に聞こうとは思わないけどさ……」
泉凛はやがて小さく息を吐き、ポツリと呟く。
「……ママが、元プロだったの」
「プロ?」
「……【東京レヴナンツ】ってとこ。聞いたことある?」
冬貴はプロリーグの2部にそのようなチームがあることを思い出す。
「ああ、聞いたことある。でも、1部には上がったことはないんだっけ?」
アルカナフォージャーのプロリーグは、多くのスポーツのリーグと同じく昇降格制度がある。
リーグは、チームの強さに応じて1部、2部、3部と分かれており、シーズンの成績が良いチームは昇格して上のリーグへ、悪いチームは降格して下のリーグへ移る。
「……そう。どれだけ頑張っても、1部に届かなかったのよ」
泉凛は、少し視線を落としながら言葉を続けた。
「仲間に足を引っ張られたって……母さんはずっとそう言ってた」
母親の声が頭に蘇るのだろうか。彼女の顔には、ほんのわずかな陰りが見えた。
「……」
冬貴は何も言えず、ただ耳を傾ける。
「だから、私に託したの。『お前は1部のチームに行け』って。小さい頃から、ずっとゲームの特訓ばかりだった」
淡々と話しているようで、ところどころ声に力がこもる。
「学校から帰ると、母さんとずっと対戦して……負けると怒鳴られて……」
そこまで言うと、一瞬だけ言葉に詰まる。
「泣きながら練習したことも、何度もあった」
苦い記憶を掘り起こすように、吐き出す。
「……」
冬貴は再び沈黙する。軽々しく言葉を挟めるような話ではなかった。
「でも、そのおかげで、同年代には負け知らずだったわ」
泉凛はそう言ったが、そこに誇らしげな色はなく、むしろ虚しさのようなものが滲んでいた。
「誰かに頼る必要もなかった。……ていうか、頼るって発想がなかったの」
拳を軽く握り締める。その指先がわずかに震えているように見えた。
「母さんに、『人に頼るな、自分一人で勝て』って、何度も言われてたから」
最後は少し早口になった。
強がっているようにも、過去から目を逸らしたいようにも感じられる語調だった。
「……一人で戦うのが、当たり前になってたんだな」
「……ええ。でも、それが普通だと思ってたし、私はそれで強くなれた。だから……全国大会で負けたとき、本当に訳が分からなくなった。『一人で強ければいい』って教えられてきたのに……」
夜の風が、二人の間を通り抜ける。
「他人と協力する方法なんて分からない……。それに、もし裏切られたらって思うと、怖いのよ……」
泉凛の瞳が、どこか遠くを見つめていた。
「……」
冬貴は腕を組み、しばし考える。
「確かに、協力って難しいよな」
夜の空気に混ざるように、冬貴は静かに言った。
「自分の思い通りにプレーできなくなることもあるし、足を引っ張られることだってある」
泉凛がちらりと横目で見てくる。問いかけるでもなく、ただ反応をうかがうような視線。
冬貴は続けた。
「でもさ、強いプレイヤーでも、単独で戦うより、相性のいい仲間と組んだほうが本来の実力以上の力を発揮できることがある。逆に、仲間と噛み合わなければ、思うように動けなくなることだってある」
「……そんなの、結局は運じゃない?」
泉凛が少し拗ねたように首を傾げる。
「確かに、誰とでも完璧に組めるわけじゃない。でもな、誰とも組めない人間なんていない……と、思うけどな」
冬貴は泉凛の目を真っ直ぐに見据えた。
「君だって、本当は一人で戦うことに限界を感じてるんじゃないのか? 誰かと背中を預け合って戦う方が、もっと楽しいかもしれないって思ったことはないか?」
「……それは……」
泉凛が少し視線を落とす。
「……今日の戦い、俺は全力を出せて、楽しかったぞ」
「……え?」
泉凛が小さく息を呑むのが分かった。
「最初は、正直『なんだこいつ』って思ったけどな。でも、最後はお前がいてくれてよかったって思った」
冬貴がそう言うと、泉凛は視線を落とし、頬を少し染めた。
「……ま、まぁ……アンタとやるのも、悪くはなかった……わよ」
「それは、楽しかったってことか?」
「ち、違う! そういうわけじゃなくて!」
慌てたように顔を背ける。
その仕草が妙に可愛らしくて、冬貴はつい口元を緩めてしまう。
だが、ふと泉凛が口をモゴモゴと動かし始めた。何かを言おうとしているが、うまく言葉にならない様子だ。
しばしの沈黙のあと、泉凛は少しうつむき、ぽつりと声を絞り出した。
「……その……助けてくれて……ありがと」
顔を上げず、視線を彷徨わせながらの言葉だったが、それでも精一杯の感謝だった。
冬貴は一瞬驚いたが、すぐにいつもの調子で短く返す。
「ああ」
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※【アルカナフォージャー】では、パーティーでモンスターを討伐した際、最もダメージを与えたプレイヤーがアルカナ素材を報酬として獲得できます。
ただし、そのプレイヤーは、ゲームが「一定の活躍を見せた」と判断したパーティーメンバーに対し、報酬の受け取り権利を譲渡することも可能です。