第7話 【雷葬のヴェルキオス】討伐
キャラの名前の読み方
雪倉冬貴
燕泉凛
広大なダンジョンの下層にて、冬貴は【雷葬のヴェルキオス】の猛攻をかわしながら疾走する。
ヴェルキオスの雷撃ブレスによって一度は崩れ落ちた天井は、ダンジョンの自己修復機能により、すでに元の形を取り戻していた。
このダンジョンは破壊されやすい反面、驚くほどの速さで修復されるようになっているらしい。
ズンッ、と大地が震えた。巨竜の爪が地を抉りながら迫りくる。
「――くそっ!」
冬貴はすかさず、素材を組み合わせる。
「リアライズ――【クイックブースト】!」
青白い魔法陣が閃き、冬貴の脚に淡い光が灯る。
瞬間、身体が軽くなる。
移動の速度と距離を上昇させるアルカナだ。
(間に合え――!)
冬貴は地を蹴った。
加速する視界。刹那、巨爪がすぐ背後を掠め、土煙が爆ぜる。
――ギリギリだった。
「ハァッ……ハァッ……!」
息を荒げながらも、冬貴は止まらない。
だが、ヴェルキオスは容赦なく追撃に転じる。
左翼が風を切り、鋭く薙ぎ払ってきた。
「――ッ!」
冬貴は反射的に横跳びで回避。
(こんな速さ……! よく燕泉凛はこれをかわしていたな……!)
思わず、ついさっきの泉凛を脳裏に浮かべてしまう。
だが、目の前の敵がそんな余裕を許すはずもない。
今度は尾がしなり、鋼鉄の鞭のように地面を薙いだ。
「クソッ!」
冬貴はさらに【クイックブースト】の効果に頼り、転がるように避ける。
心臓が跳ね上がる。
一度でもバランスを崩せば、粉々にされる。
――ヴェルキオスの猛攻の只中。
避け、回り込み、次の一撃に備え、息を詰める。
そして、ついに機が訪れる。
「――っし!」
冬貴は壁を蹴り、竜の頭上へ跳び上がった。
「リアライズ――はあああっ!!」
重力を無視するように、高く、高く舞い上がる。
しかし、ヴェルキオスも黙ってはいない。
「ギィアァァァァ!!」
雷を帯びた咆哮が轟いた。
刹那、ヴェルキオスの口腔奥で雷光が凝縮され、眩い輝きが放たれる。瞬間、空気が震え、周囲の温度が急激に上昇した――
ドォン!!
青白い雷撃が奔流となって炸裂し、凄まじい轟音とともに冬貴へと襲いかかる。
それは、ヴェルキオスが隙を見せたプレイヤーにのみ放つ、最大火力の技。冬貴をここまで落下させた、天井すらも穿つ必殺技だ。
空間を引き裂く轟音が響き渡り、雷撃の余波が衝撃波となって周囲に広がる。地面は焦げ付き、岩壁は瞬く間に砕け散った。
冬貴の影が空中を舞い、ヴェルキオスの眼光がそれを正確に捉える。収束した雷光が一点に集中し、今まさに炸裂しようとしていた――。
「かかったわ!」
泉凛の声が響く。その瞬間、白銀の魔法陣が閃き、冬貴の体に紋章が刻まれる。
直後、冬貴の姿が霧散した。
【幻影紋章】
それは冬貴がジャンプ直前に発動した、視覚を欺くアルカナ。ヴェルキオスが狙った標的は、ただの幻影にすぎない。
実体の冬貴は、ジャンプの動作をあえて見せた後、瞬時にアルカナを発動。そのまま地面に伏せ、息を潜めながら機を窺っていたのだった。
「――!」
ヴェルキオスの最大火力のブレスが虚空を裂き、天井に直撃する。
次の瞬間。
ガガガガガガッ!!!
天井が悲鳴を上げるようにひび割れた。巨大な亀裂が奔り、圧倒的な質量を持った瓦礫が怒涛のごとく崩落する。
「いけたか!?」
冬貴は荒い息をつきながら顔を上げる。だが――。
「モンスターに瓦礫があまり当たってないじゃない!」
割れた天井から降り注ぐ瓦礫は無作為に地面に落下しており、モンスターへのダメージは一部しかない。しかし--
「くそっ……! こうなったら――ディスパージ!」
冬貴は即座に【爪盾】と【雷盾】を削除し、最大5つまでであるアルカナ枠を確保する。そして――
「リアライズ、【落石操作】!」
冬貴の叫びとともに、白銀の魔法陣が荒れ狂う雷光の中に浮かび上がる。
周囲の空気が震え、一直線に地面に落ちるはずだった無数の瓦礫が、見えざる力に引かれるように一斉に軌道を変えた。
――ドォンッ!!
凄まじい音とともに、それらは弾丸のごとくヴェルキオスへ殺到する。
鋼鉄すら砕く巨大な岩塊が次々と鱗に叩きつけられ、衝撃波が辺りに炸裂した。
「グオォォォォォッ!!」
黒き雷竜が咆哮し、巨体を揺るがせる。粉塵と雷光が混ざり合い、まるで嵐がその場に凝縮したかのような光景だった。
「すごい……!」
冬貴は息を整えながら、泉凛に視線を向ける。
「……それで、ちゃんとやってたんだろうな?」
荒い呼吸の合間に問いかける。その声にはわずかな不安と期待が入り混じっていた。
「当然でしょ!」
泉凛は剣を肩に担ぎ、少し得意げに返す。しかし、その胸中に焦りがなかったわけではない。
次の瞬間――。
ゴゴゴゴッ……!
大地が低く唸る。
ヴェルキオスの足元――泉凛が冬貴に指示されて攻撃を加えていた箇所から、ひび割れが一気に広がる。
ヴェルキオスと大量の瓦礫の重量を支えきれなくなり、地面そのものが崩落した。
「グオォォォォッ!!」
雷竜の断末魔が洞窟内に響き渡る。その咆哮とともに、巨体は闇へと呑まれていく。
ドォォォン!!
重々しい衝撃音が下層から響いた。粉塵が舞い上がり、視界が白く染まる。
「開いた……!」
舞い散る塵の向こう、ぽっかりと口を開けた巨大な穴が露わになる。
その奥底には、ヴェルキオスが守護していた宝物庫が静かに佇んでいた。
壁際には古びた石柱が並び、無数の金銀財宝が積み上げられている。魔力を帯びた装飾品や武器が淡く輝き、空間には微かに雷の残滓が漂っていた。
泉凛は肩で息をしながら、崩落した地面を見つめた。
穴の底では、無数の金銀財宝が散乱し、その中心で【雷葬のヴェルキオス】が崩れ落ちていた。
「ほんとに……狙い通り落ちた」
冬貴は汗を拭いながら頷く。
冬貴はモンスターの移動経路を読み、ヴェルキオスが瓦礫崩落後に立つ位置を予想。そして、その地面に攻撃を加えて、崩れやすくするように泉凛に指示していた。
「お前が狙い通りに動いてくれたおかげだよ。……けど正直、あそこまでヒビ入れるとは思ってなかった。お前、どんだけ力強いんだよ」
「えっ……そ、そう?」
泉凛は一瞬驚いた表情を浮かべ、自分の剣を見つめた。
(すげぇな……こいつ)
二人は並んで穴の縁に歩み寄り、静かにその闇の奥を覗き込んだ。
――だが。
「……まだ、生きてる」
冬貴が硬い声で呟く。
瓦礫の隙間から、黒き竜がゆっくりと姿を現した。ボロボロになりながらも、その瞳にはなお消えぬ闘志が宿っている。
「しぶといわね……!」
泉凛が剣を握り直す。その瞳には、いつものような独善的な闘志ではなく、確かな信頼が宿っていた。
「行くわよ!」
その言葉に、冬貴は一瞬目を見開く。
(こいつが……共闘を?)
単独で突っ込み、無茶をしていた泉凛。だが今は違う。冬貴と歩調を合わせ、息を合わせる意思を感じる。
冬貴も剣を構え、決意を固めた。
「――ああ!」
二人の声が重なり、同時に駆け出す。
泉凛が瓦礫を蹴りながら、段差に足を掛けつつ器用に穴へ降りていく。その動きを追い、冬貴も慎重に足場を選びながら、素早く手元の素材を組み合わせる。
(MPはほとんど残ってない……でも――)
最後の力を振り絞り、渾身のアルカナを編み上げる。
「リアライズ――【クリムゾン・フレアアロー】!!」
炎を纏う魔法の矢が彼の手に具現化した。
同時に――。
赤黒いエフェクトが泉凛を包む。
ヴェルキオスが最後の力を振り絞って爪を振り上げるが、泉凛はそれを剣で弾き飛ばす。
「――【ルナティック・テンペスト】!」
紅い斬撃が竜の胸を貫いた、その刹那――。
「……ッ!」
冬貴の放った矢が、炎を纏いながら一直線にヴェルキオスの頭部へ突き刺さる。
「グァアアアァァ……!」
轟音とともに、ヴェルキオスの巨体がのけぞる。雷の残滓が空間を焦がし、散る火花が闇を一瞬照らす。
そして――ついに、その巨躯が崩れ落ちた。
ドゥン……!
大地を揺るがす轟音とともに、ダンジョンの深層に静寂が訪れる。
戦いは、終わった。
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