第4話 孤高の剣士
キャラの名前の読み方
雪倉冬貴
燕泉凛
こんな場所で会うなんて――。
信じられない思いと同時に、全身に緊張が走った。
冬貴は思わず息を詰まらせる。
よりによって、こんな危険な状況下で。
「なんでこんなところに……それも、一人で……?」
呟きかけて、冬貴は目を見開いた。
彼女はボロボロだった。
黒髪は土埃にまみれ、手足には無数の切り傷や擦り傷が刻まれている。服もところどころ焦げ、裂け、肌が覗いている。
このゲームでは、受けたダメージが視覚的に反映される。
「こんなに……」
全国大会とその予選で見た、敵を次々と斬り伏せていた孤高の剣士。
無双するあの姿とはあまりにも違う、傷だらけの少女。
(これほどの実力者でも、ここまで追い詰められるのか……)
そのような考えが頭をよぎり、冬貴の胸がざわつく。
だが、その間にも。
ドラゴンが、地を揺るがすように低く喉を鳴らした。洞窟内に反響し、まるで大地そのものが唸っているかのようだ。
冬貴はハッとする。視線を上げると、ヴェルキオスがゆっくりと首をもたげ、胸元が不気味に脈動しているのが見えた。
次の瞬間、大きく息を吸い込む音が響き渡る。
圧倒的な力を前に、冬貴の背筋に冷たい汗が伝った。
(ブレスがくる!)
しかし――。
泉凛はその場で微動だにしない。
「なんで……逃げないんだ!」
その時、冬貴の視界に小さなアイコンが映った。
「麻痺……!?」
痺れのデバフアイコン。彼女は動けない。
(本当は、関係ないはずだ。彼女は別の学校のプレイヤーで、ここでゲームオーバーになろうと、自分には何の影響もない……)
それでも。
こんな場所で、ぼろぼろになって、独りで追い詰められている彼女を見捨てるなんて――。
「くそっ!」
冬貴は体が先に動いていた。
「っ!」
ドラゴンが口を開いた。灼熱のブレスが吐き出される。
その瞬間、冬貴は泉凛にタックルをかけた。
「うわっ!」
泉凛が驚く声が聞こえた気がした。
二人は転がり、地面を擦る。
次の瞬間、背後で雷撃が炸裂した。
青白い閃光が視界を焼き、空気が弾けるような轟音が鼓膜を叩く。
肌を刺すような電流の余波が空間に残り、耳鳴りが鳴り止まない。
「はぁ……っ」
泉凛は何も言わない。
冬貴は荒い息をつきながらも、彼女を抱え上げた。
「……!」
ヴェルキオスがこちらを睨む。次の攻撃は時間の問題だった。
冬貴は迷わず駆け出す。
ドラゴンの視線から逃れるように、洞窟の岩陰、死角を縫って――。
「頼む……気づくな……!」
冬貴は全力で駆けた。
息が詰まる。熱い。
背後で、再びドラゴンの喉が鳴る。
焦りに駆られながら、ようやく洞窟の隅、暗がりに滑り込んだ。
「っ……ここなら……!」
冬貴は壁際に身を潜め、ようやく泉凛を背中からそっと降ろした。
「……助かった?」
泉凛はまだ混乱している様子だったが、冬貴は手早くアイテムウィンドウを開き、【打ち消しポーション】と【回復ポーション】を取り出す。
「飲んでくれ」
泉凛は渋々それを受け取り、ゴクリと飲み干した。
直後、デバフ解除のエフェクトが泉凛の身体を包み、HPバーが回復する。
「……アンタ誰よ!? なんでここにいんのよ!?」
いきなり怒鳴られた。
(……お礼もなし、か)
「上層で戦ってたら、足元が崩れて、ここに落ちた」
「……あっそ、不運だったわね」
泉凛がそっけなく言い放つ。
その態度に、冬貴はふと感じた。
(動画で見た通りだな)
孤高で、誰にも頼らず、自分だけで勝ち抜こうとする。他者を寄せ付けない強さと、どこか棘のある孤独さ。
泉凛はそう言い放ち、立ち上がると、再びドラゴンのもとへ歩き出した。
「待て!」
冬貴は咄嗟に声をかける。
「どうしてこんなところに一人でいるんだ?」
「なによ? 私の勝手じゃない?」
「……あのモンスターは、このダンジョンのエリアボスだぞ。強豪校のパーティですら苦戦するレベルの」
「知ってるわよ。でも、あいつのアルカナ素材が欲しいの」
「だったら、鋼月学園のメンバーを誘えばいいだろ? 燕泉凛。君は、名門校のプレイヤーじゃないのか?」
泉凛は一瞬だけ動きを止める。
「……私のこと、知ってるのね」
「ああ、全国大会の試合を見た。すごかったよ」
沈黙。
やがて泉凛は低く呟く。
「部員は誘えないのよ」
「どういうことだ?」
冬貴は疑問符を浮かべるが、ある可能性が脳裏をよぎる。
(彼女はあの時も単独行動だった……確かに実力は抜きん出ていたけど、仲間と連携する姿はほとんど見なかった)
嫌な予感が胸を刺す。
「もしかして、チームの中で孤立しているのか?」
その言葉が届いた瞬間、泉凛の眉がピクリと動いた。
「うっさいわね!」
吐き捨てるように言うと、ギロリと冬貴を睨みつける。
「アンタに何が分かるのよ! 私は、私一人でやれるんだから!」
強がる声とは裏腹に、その瞳にはほんの一瞬、揺らぎがあったように見えた。
しかし、冬貴が何かを返す前に、泉凛は踵を返してドラゴンへと向かっていく。
「待てって……!」
冬貴の声は、彼女の背中に虚しく吸い込まれていった。
読んでくださりありがとうございます!
この小説を読んで
「面白そう!」 「続きが気になる!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、作者の更新の何よりの原動力になります!
よろしくお願いします!