第17話 天才プレイヤー、阿賀野氷純 ①
キャラの名前の読み方
雪倉冬貴
燕泉凛
小針御代
櫛形耕平
阿賀野氷純
【エリアオメガ】の中心部から南へ進むと、荒廃した元工業地帯が姿を現す。
朽ち果てた鉄骨と割れたコンクリートが乱雑に積み上がるその一角に、かつて化学工場だった建物があった。
壁面は錆びつき、地面には原料だった樹脂が今もなお滲み出し、水たまりを作っている。
異様な光景だった。しかし、その場にいた金属でできたウサギやシカは、垂れ流された樹脂を舐めることに夢中になっていた。
彼らに紛れるように、ひとりの少年が静かに佇んでいる。
右腕は、人間らしい形を失い、異形のレーザーブレードへと変貌していた。
【身体改造系アルカナ】――【エリアオメガ】を故郷とするプレイヤーの特権。己の肉体を武器やアルカナで改造することができる。
彼はその異形のレーザーブレードを振るい、樹脂を舐めていたモンスターを無造作に切り裂いていた。
蒼白い刃が閃くたび、獣たちは一瞬の抵抗も許されず、無機質な断面を晒して崩れ落ちる。
「見つけた!」
鋭い泉凛の声が廃墟に響く。
「アンタ、私たちの部に入りなさいよ!」
いきなりの強引な勧誘に、隣で御代が慌てて制止する。
「ちょ、ちょっと泉凛ちゃん、いきなりそんな、押し付けるみたいじゃ……」
少年、阿賀野氷純は首をかしげる。その仕草は妙に可愛らしく、だがどこか無感情だった。
「あ……」
ふと、彼の視線が脇に逸れる。右腕を動物に向け、呟いた。
「君たちもこいつらを狩りに来たの? 珍しいね」
無造作にレーザーブレードを振るい、金属のシカを両断しながら言った。
「【金属動物】がここに樹脂を舐めに来るって情報、攻略サイトにもほとんど載ってないんだけどな……まさか、知ってたの?」
唐突に口を開いた氷純に、冬貴は思わず目を瞬いた。
不意を突かれたようで、なんと言えばいいのか一瞬迷う。
「……俺は雪倉冬貴。深越高校アルカナフォージャー部の部長だ。君を勧誘するために探してた」
氷純は目を細める。
「ボクを……探した? どうやって?」
「君の部屋にあったノートを見た。そこに必要なアルカナ素材や、それが入手できる場所が細かく書いてあったから、それを頼りにここに来た」
「へえ……ノートを見たんだね」
一瞬、驚いたような顔を見せるも、すぐに無表情に戻る。
「それにしても……ボクの部屋まで入ったんだ。強引だね。……ん? あれ? ちょっと待って。君は……」
氷純は冬貴の隣のついさっき叫んでいた少女の正体に気づき、戸惑いの表情を見せた。
「……鋼月学園の燕泉凛!?」
泉凛が即座に反応する。
「今は深越高校だから! 私はここで全国を目指すって決めたの!」
氷純の目がわずかに揺れる。
「へえ……なぜそんなこと……意味がわからないね」
気のない返事。しかし、冬貴には興味が滲んでいるように見えた。
「君の同学年の子たちや、先生からも話を聞いた」
冬貴は間を置かずに続ける。
「ソロのランクマッチで、中学時代から『ヴァンガードランク』に到達していたそうだな」
泉凛が不思議そうに顔を上げる。
「ランクマッチって何よ?」
「1対1で対戦するモードだよ」
御代が丁寧に説明する。
「5つのランクがあって、勝ち上がると上位に行ける仕組みなんだよ。プロや強豪校は参加できないけど、強いアマチュアが集まる場所。……『ヴァンガードランク』は1番上のランクで、上位数%のプレイヤーしか行けないの」
「へえ……まぁ、悪くないんじゃない?」
泉凛がにやりと笑う。
「頼む。近いうちに練習試合があるんだ。負けたら廃部になる。……でも、部員が足りない」
冬貴は拳を握る。古びたVR機器、焦る仲間たちの姿が脳裏をよぎった。
「深越高校のアルカナフォージャー部って弱小だよね。それに、ここ最近は全く試合に出てないって聞いたけど?」
「……そうだな」
「練習試合で勝って、どうするの? 存続した後も、細々と部活動を続けるの?」
氷純は淡々と問いかける。
「俺たちは全国を目指している」
その言葉に、氷純は小さく息を吐く。
「……弱小校が、全国?」
クスッと笑い、氷純は嘲るように言った。
「燕泉凛がいるけど……それでも、絶対に無理でしょ」
その鈴のような声には、冷たく鋭い皮肉が込められていた。
だが――
「君だって全国に憧れてたんじゃないのか?」
冬貴が静かに切り込む。
氷純の微笑みが一瞬、固まった。
「何を言ってるの? あれは、才能ある者だけが行ける場所だよ? こんなボクには……」
「君のノートを見た。最初の方のページ。全国の強豪校の情報がびっしりと書かれていたな」
「……っ」
氷純の目がわずかに揺れる。
「本当は、出たかったんじゃないのか?」
その問いに、「あれ見たんじゃ、嘘ついても意味ないか……」と呟き、氷純は苦笑を漏らした。
しばらく沈黙。
「……昔はね。でも、もう終わった話だよ。推薦も貰えなかったし……」
「どういうことだ?」
冬貴が問いかけると、氷純は少しだけ俯き、静かに過去のことを話した。
「ボクの家は……勉強第一で、毎日親に詰め込まれてさ。正直、逃げたいくらい辛かった」
氷純は目を伏せ、遠い記憶をたぐり寄せるように言葉を紡ぐ。
「そんなとき、たまたま始めたアルカナフォージャーが、唯一の息抜きになった。気づいたら夢中になって……それこそ、現実逃避みたいにね」
御代が小さく頷く。
「ゲームではどんどん強くなっていった。でも、その分勉強は手につかなくなった。授業にもついていけなくなって……学校にも行かなくなった」
泉凛が少し驚いたように「そんなに……」と呟く。
「学力の水準を満たせなかったから、推薦は取れなかった。強豪校に行く道も、そこで閉ざされた」
(確かに、強豪校が優秀なプレイヤーを求めているとはいえ、高校である以上、学業が第一だ。一定の学力を満たさなければ推薦はもらえない……)
冬貴は黙って氷純の言葉を受け止める。
「それからずっと、後悔してる。結局、今もこうして引きこもってる……」
氷純は静かに息を吐く。そして最後に、少しだけ力なく笑った。
「強豪校に行けなかった時点で、ボクの夢は終わったんだよ」
それを聞いて泉凛はムッとする。
「終わってないわ! 私たちと全国に行くわよ!」
「ああ。俺たちと一緒に全国を目指さないか?」
氷純は、一瞬視線を落とし、ふっと力なく笑った。その笑みには、どこか諦念と哀愁が滲んでいる。
「アルカナフォージャーの全国大会ってさ……結局、強豪校のための舞台なんだよ。毎年、顔ぶれはほとんど変わらない」
冬貴はわずかに眉を寄せ、「それは……」と口ごもった。
氷純は目を細め、淡々と続ける。
「大会が始まってもう数十年経つけど、設備も資金も十分じゃないような学校が全国に出た例なんて、一度もない」
その現実を突きつける言葉に、場の空気が少し張り詰めた。
しかし、その静けさを切り裂くように、泉凛が勢いよく前に踏み出す。
「それでも、私たちなら必ず行ける!」
瞳を燃やし、強く拳を握る。
「だって……私がこの目で見て、感じたから。冬貴ちは、この学校のアルカナフォージャー部はすごく強いって!」
「へぇ……あの燕泉凛が強いっていうほどなんだね……」
その熱意に、氷純の目がかすかに揺れる。驚きと戸惑いが一瞬だけ表情に浮かんだ。
「ちょっとだけ興味が湧いてきたなぁ。ねぇ。勝負しよう。ボクと戦って、そっちが勝てたら入部してもいいよ」
「アンタが私に勝てると思ってるの?」
泉凛は剣を抜き、挑発的な笑みを浮かべた。
「戦うのは君じゃない」
氷純は冬貴を指差す。
「燕泉凛には勝てないだろうし、もう一人の子は多分支援職……だから、戦う相手は君」
「1on1の対戦場に移動する?」
「うーん……ここでいいや」
冬貴の返答に、氷純は肩をすくめた。
「じゃあ、用意スタート」
その瞬間、戦闘が始まる。
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