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第3話 従者たちは遠慮が無い

本日3話目です。

 異世界人の異常性と俺の評価はともかく、


「あのね、僕は茹蛸の気分を味わいたいわけじゃないからね。入っても大丈夫なくらいの熱さにして。あと、鍋もなんか違うんだよね」

「誠に申し訳ございません。バーデン様ならばあるいは可能かと過剰に期待してしまった私の落ち度でございます。せっかくのバーデン様のご要望に応えることができず、自責の念に堪えません」


 いつもは泰然としているジーンが珍しく落ち込んでいる。

 まあ、俺もお湯に入りたいとしか言わなかったからなぁ。ジーンが悪いわけじゃない。ちょっとした基礎的な認識の齟齬だ。


「いや、ジーンを責めているわけじゃないんだ。僕の説明も悪かったし」

「お心遣いいただき、恐縮しきりでございます。それでは、お湯には水を入れるとして、入れ物は何がよろしいでしょうか」


 ジーンが普段のおっとりとした顔に戻って辺りを見回していると、


「こちらはいかがでしょうか」


 と、調理人が樽を転がしてきた。

 樽かぁ。まあ、鍋よりはましか。


 料理人たちは床に置いた樽に鍋のお湯を移して、手から出した水で温度を下げていく。


「ふむ。よろしいかと存じます」


 今度は素のままの手を樽のお湯の中に入れていたジーンが告げてきた。

 念のため俺も手を入れてみる。うん、いい感じ。


「じゃあ、入るか」


 そう言って服を脱ぎだすと、ジーンたちが慌てだした。


「な、何をなさるのですか」

「何って、服を脱いでるんだよ。風呂に入るから」

「服を? なぜ服を脱がねばならないのですか?」

「このまま入ったら服が濡れちゃうだろ」


 何を当たり前のことを。


「いや、それはそうですが」

「ここでは少々……」


 ジーンたちが何かごちゃごちゃ言ってるが、さっさと服を脱いでしまおう。いつも脱がされてばかりだったが、自分で脱げないわけじゃないんだぞ。


 樽の高さは俺の胸より下ぐらいだから、ちょっとよじ登る感じでまたごうとしたら、


「あらまあ、お可愛らしいこと」


 と、料理人たちのいる方から女性の声が聞こえた。見ると、料理人のおばさんたちが生暖かい視線を俺に向けていた。いや、ちょっと目線が下にいっている。


 ヤバい。風呂に入ることに夢中になって、ギャラリーがいることをすっかり忘れていた。

 ま、まあまだ8歳だし? おばさんたちに見られたからといってどうこうないし? 一人だけお手伝いっぽい少女が顔を赤らめてガン見しているのが気になるが、今更やめるわけにもいくまい。ええい、ままよ!


 と、ここまでの思考に5秒。

 樽の縁をまたいで、足先からゆっくりとお湯に入れていく。完全に跨る格好になって若干股間が痛いが、なんとかまたぎ越して左足も入れた。それから徐々に膝を曲げていき、ついに肩までお湯に浸かると、ざばぁと樽からお湯が溢れ出た。ほどよい水圧が体を包み込み、じんわりと熱が伝わってくる。

 これですよ、これ! これが欲しかったんだよ!


「あ゙あ゙ぁ~」


 思わず声溢れ出た。


「バーデン様、そのような声を出されては王子としての品格が疑われます」


 ジーンが眉間に皺を寄せて咎めてくる。

 何とでも言ってろ。品格とかこの至福の時に比べたら些事だ。


 ジーンや料理人たちに囲まれるなか、ふと、従者の一人がじっと俺を見ていることに気づいた。ひょろっとした体形で萌黄色の長髪をうなじのあたりで縛っている落ち着いた感じの少年だ。名前は確かルイだったか。


「ルイ、何かあったか?」

「はい。バーデン様の樽から首だけを出されているお姿が、捕縛された海賊のようだと見ておりました」


 いや、何言い出すんだ。

 しかし、言われてみると、この樽から顔だけ出してる絵面は、剣を刺されて樽から飛び出す髭面の海賊みたいだ。


「……もう上る」


 興が削がれて立ち上がると、もう一人の従者が「手伝います」と駆け寄ってきた。癖の強い赤髪のがっちりした体つきで、見るからに活発なタイプだ。ケールという名前だったと思う。


「ああ。頼むよ、ケール」

「失礼いたします」


 ケールはそう声をかけて俺の背後から脇に手を差し込むと、「それっ」と俺を持ち上げた。

 彼は背が高いので、俺の体は成すすべなく完全にお湯の外に出た。公開露出である。またあのお手伝いの子が一点を凝視しているのが高い視点から見えた。見られて減るものじゃないが、そんなにまじまじと見られると興ふ、恥ずかしくなるからやめて欲しい。


 衆人環視の中、ケールは全裸の俺を厨房の床に下ろすと、ルイと手をかざして水を排除し始める。


 一応たっぷりのお湯に浸かるという目的は果たせたが、やはり風呂は足を伸ばして入りたい。


「樽は狭い。僕が足を伸ばしても入れる大きさのものはないのか?」


 ケールたちに服を着せられながら料理人たちに問うと、


「うーん、いくら子供とはいえ殿下が足を伸ばせるほどの大きさの鍋や樽は見たことがないですねぇ」


 と言われた。いや、だから鍋とか樽とかから離れようよ。

 そこへ、


「バーデン様が十分足を伸ばせるものがありますよ!」


 と、ケールが声をかけてきた。


「おおっ。何か思いついたか?」

「はい。棺桶です!」


 自信満々に提案するケールにどうツッコもうかと迷っていると、代わりにルイがツッコんだ。


「君は馬鹿ですね。棺桶では底からお湯が漏れるでしょうが」


 うん、まあそうだけど、そうじゃない。


「じゃあ、鉄で作ったらどうだ?」

「鉄ですか。確かに鉄ならば水漏れしませんから是としましょう」


 是じゃねーよ!

 仮にも王子を棺桶に入れようとするとか不敬がすぎるだろ。


 どうすんだとジーンを見やると、


「ルイ・ハイダー、ケール・サライツ。それ以上は首が飛ぶことになりますよ」


 と、二人に向けて冷ややかに告げていた。どうやら大目に見るようだ。まあ、俺の要望を受けてのことだし、不問にすることに異論は無い。

 とは言え、あの二人が将来側近になるのか。ちょっと、かなり不安だ。


今回のキャラの名前に使った方言


はいだるい : 疲れている つまらない

さらいつける : 放りやる まとめて投げつける

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