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第23話 ここに温泉がある!

 温泉計画が本格的にスタートしてから半年あまり。雪が降る季節を挟んで、温泉入浴施設は一応の完成をみた。


 まずは源泉がある岩亀の一帯を埋め立てた。

 干潮を利用できたとはいえ、建築土木関係での魔法の貢献度は凄まじく、前世の重機を使用した工事よりも早いかもしれない。むしろ、埋め立てた地盤が安定するのを待っていた時間が一番長かったほどだ。

 埋立地はテニスコート2面分ほどの大きさの島になっているせいで、いつのまにか『湯ノ島』と呼ばれるようになっていた。

 湯ノ島と現場事務所のあった砂浜の広場の間には、石造りの橋が架かっている。埋め立てて繋げてもよかったのだが、橋のほうが風情があると思ったのだ。

 馬車や馬で来た人は広場で降りて、そこから歩いて橋を渡ることになる。現場事務所は待合所にリフォームした。


 湯ノ島に建つ施設は20m×5mくらいの横長のレンガ積み。このレンガは前世のものと違って、魔法で造られている。それを仕切っていたのは、あのオードナー似のおじさん。聞けば、オードナーの息子で石工ギルド長だそうだ。どうりで以前浴槽を作る相談をオードナーにした時に、レンガを利用する案を推してきたわけだ。納得。ちなみに、紺アナミーとは叔父姪の関係。

 施設の壁はレンガだけど、屋根は木製で、壁とは少し隙間がある。これは湿気を抜くためだ。


 温泉は男女別にして、内風呂とその海側に露天風呂を設けた。洗い場が要らないのでスペース的に助かっている。

 内風呂には王国の北部に生えているアテという檜っぽい樹を使って檜風呂ふうにしてみた。

 露天風呂は、雰囲気を出すためにわざわざ自然石を使った。側面はレンガ壁で囲ってあるが、海側に壁は無い。塩害に強い植物が植えてあるから丸見えではないけど、開放感があっていい。

 露天風呂の向こうには、源泉と岩亀がある。岩亀の周りはプールのように丸く抜いてあり、そこに湧き出た温泉が溜まって、なんだか岩亀様も温泉に入っているように見えてほっこりする。


 俺は今、その岩亀様越しに海を眺めつつ露天風呂を堪能している。


 ついに、ついに俺は温泉に入ったのだ!


 前世を思い出してから約1年半。最初の頃は風呂に入るのも難儀したんだっけ。それが今じゃ源泉かけ流しの露天風呂だ。これまでの苦労がお湯に溶けていく。


「あ゙あ゙あ゙ぁ~」


 横からボーデンの吐息が聞こえる。

 おかしい。今日は俺とお祖母さまで温泉の入り初めするはずだったのに、なんでこいつがいるんだ? 招待した覚えは無いんだが。


「なぁ、バーデン。なんでこのお湯はしょっぱいんだ?」


 ボーデンが言うように、この温泉のお湯は塩分が多いのか、けっこうしょっぱい。


「やっぱり海の傍にあるからかなぁ」


 俺の返答を待たずに、ボーデンは自答する。

 俺は温泉には詳しくないから正解はわからないが、マッシ―先生も「海から湧き出ておるせいかもしれんのぅ」と言っていたので、ボーデンの言うことは案外当たっているのかもしれない。


 そのマッシ―先生だが、


「ほうほう。向こうも楽しそうじゃのぅ」


 女湯との仕切りの板塀に耳を密着させている。覗いていないだけマシだが、なぜいるのだろう? 岩亀の調査が終わって、王都に帰ったんじゃなかったのか?

 その女湯からは祖母の声だけでなく、母の声まで聞こえてくる。


 いや、ほんとにおかしい。

 なぜか俺と祖母以外にも温泉に入っているメンバーがいる。 


「バーデンは始めからこれを考えていたのかい?」

「わっ、ヨ、ヨールデン兄」


 いきなり後ろからヨールデンの囁くような声が聞こえた。珍しく長兄のヨールデン兄まで来ているのだった。ちなみに父は来ていない。できた桟橋がちょっと王都のよりも立派だったからといって、拗ねるのは大人げなくないですか。


「8歳にしてこんなものを造ってしまうなんて、僕よりも優秀なんじゃないかな」

「こ、これは、その、お祖母さまとかマッシ―先生がいらしたからできたことで」

「でも、元はバーデンが考えたことなのだろう? 僕にはとても出てこない発想だよ」

「ぼ、ぼんくらだから……ですかねぇ」


 ヨールデンは謎の笑みを湛えたまま俺を見ている。思い返せば、俺が風呂の要望書を出した時から、ヨールデンはこんな表情で俺を見ていたことが度々あった。


「バーデンはどこまでいくつもりなんだい?」

「はい? どこまでって、温泉に入れたからもう十分満足なんですけど」


 すると、ヨールデンは更に笑みを深くして声を潜める。


「僕に代わって父王の後を継ぎたい、とか?」


 微笑んでいるのに、その瞳は不安そうに揺れている。

 まさかヨールデンからそんな疑惑を持たれていたなんて思いもしなかった。彼は俺から見ても優秀で、次期国王としての教育もしっかり受けているし、誰もが王太子として認めている。むろん、俺だって兄を押し除けて王太子になる気は微塵も持っていない。


「ま。まさか。ありえませんよ」

「僕としてはこの国が発展するのなら、バーデンに王太子を譲ることも吝かではないよ?」

「イヤですよ、王太子なんて。めんどくさい」


 俺は温泉に、元を質せばお風呂に入りたかっただけなんだから。


「めんどくさいって……」


 ヨールデンは急に力が抜けたように眉を下げた。


「僕だって、王太子なんて面倒だと思っているんだけど」


 そう言って、顔を半分湯に沈めてブクブクと不満を泡に変えている。


「そこは兄弟ガチャだと諦めて、頑張ってください」

「バーデンが何を言っているのかわからないけど、とりあえず王になる気は無いってわかって安心したよ」


 お湯から出した顔は、いつもの自信に溢れた兄上に戻っていた。


「でも、確かにこれは気持ちがいいね。これをどうにか利用できないか……」


 ヨールデンは早くも温泉の利用価値について思案しだした。さすがは次期国王。まぁ、そのへんはお任せするので頑張って。




 お湯から上がって、建物の外で海風に当たって涼んでいると、祖母が母を伴ってやってきた。その様子は和気あいあいとして、以前のような火花を散らす背景は見えない。

 実は、渋るジーンに無理やり聞いたところによると、やはり祖母と母はあまり仲が良くなかったようだ。

 父には祖母たちが用意した婚約者候補がいたのだが、とある夜会で母に一目ぼれした父がその婚約者候補を退けて強引に母と結婚したらしい。王族としてどうかとは思うが、前世が現代日本人の俺としては、父を見直すエピソーだ。

 そういうこともあって、先王が亡くなってからの祖母は離宮に引き籠って、母とは顔を合わせなかったらしい。

 それが今は、お肌がどうとかと楽しそうに母と語らっている。これも温泉の効果なのかもしれない。


「あら、バーデン。何をしているの?」


 母が俺に気づいて声をかけてきた。


「火照った体を冷まそうと、風にあたっていました」

「確かに、ここは海風が気持ちいいわね」

「温泉に入ると、お風呂よりも体が温まる気がするわ」


 祖母もそう応えて風にあたって目を細める。


「この辺りに休憩できる場所を造ってはどうでしょうか? お義母さま」

「あら、それはとてもいい考えね」

「椅子とテーブルを据え付けて、花木を植えて庭園風にするのはどうでしょうか」

「それなら四阿あずまやも造りましょう」


 祖母と母がとんとんと話しをすすめているところにヨールデンたちも集まってきた。


「それならば、もう少し風格のある建物にしないと釣り合いが取れないですね」

「そうねぇ。今のはただの蔵のような外観だものねぇ」


 ヨールデン兄の提案に母も同意する。まぁ、とりあえず温泉に入れたらいいだけの施設だから、俺にはそこまでのこだわりは無かったんだよね。


「王族の使用するものならば、それなりの贅を凝らさなければ他の貴族家に侮られかねませんから」


 ヨールデンが難しい顔で指摘すると、


「お言葉ですが、王太子殿下。これはバーデン殿下と私のものですよ」


 と、祖母が異を唱えた。すると、すかさず母が割り込んでくる。


「いいえ、お義母さま。王家からも出資していますから、王家にも所有権はございますわ」

「それはバーデン殿下の分でしょう?」

「いえいえいえ。あくまで王家としての出資ですので」

「そうですね。僕もこれは王国として管理する価値があると思います」


 ヨールデンも絡んできた。


「ですけれど、この計画はあくまでバーデンのものですからね。所有権の第一人者はあの子ですわ」

「ならば王国としてこれを買い上げましょう」


 なんだかめんどくさい話しになってきた。

 すると、


「ちょっと待ちなされ」


 と、マッシ―先生が仲裁に入ってきた。


「いっそのこと新たに建てればどうじゃ」

「なるほど」

「それを王家専用にするわけか」


 先生の文字どおりな建設的な案に一同が頷く。


「いや、王家のは今のを改修すればよい。新たに建てる方は誰でも入れるようにするのじゃ」


 おお! それはいいな!

 バッカイやワナルも気に入ってたし、侍女さんたちも気軽に入れるのはいいことだ。ぜひそうしよう。


「そして、そこは今のように男女を分けずに一緒にするのが良かろうて」


 んん? 何言い出すんだ、このじいさん。混浴とか、エロ目的な匂いしかしない。

 案の定、まわりから「エロジジイ」だの「いい歳して、早く枯れろ」だのと非難を浴びている。

 そしてまた話は元に戻り、喧々諤々の主張が飛び交い始める。


 俺はそっとその場を抜け出して、一人浴場に戻った。




「お祖母さまと母上、温泉で仲良くなったと思ったのに、簡単にはいかないなぁ」


 湯に浸かってため息と共に困惑を吐き出す。

 ヨールデン兄もいろいろと画策してるようだけど、俺はそこまで関わる気はさらさらない。この温泉があればいい。

 まぁ、そのためなら所有権を主張するのも吝かではないし、温泉を発展させる案も出そう。

 それでも今は、ただただ無心になって温泉に浸かっていたい。


 体全体を包み込むお湯。

 そこから伝わってくる温もり。

 豊富な塩分による効能。

 立ち上る白い湯気。その行方には、湯気が集まったかのような白い雲を浮べる青い空。

 絶え間なく繰り返す波の音。

 全てが俗世の煩わしさを遠ざけてくれる。


 ここに至福の場所がある。


「あ゙あ゙あ゙ぁ~」


 思わず零れた声は、独り占めの露天風呂に心地よく響いて消えていった。


最終回っぽいですが、もう一話あります。

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