第22話 現場事務所は華が無い
アナミーズののぼせ事件(非公開)があった翌日。俺たちは馬車に乗って、完成した道路の視察に出立した。
左手に海を見ながら、馬車はゆっくりと進む。
道路は馬車が余裕で通行できるほどの幅で、凹凸も少ない。ところどころ広くなっているのは、すれ違い用だろうか。
「あとはガードレールがあると安心だな」
「がーどれーるって何かしら」
何とはなしに口から出た言葉を、祖母に拾われてしまった。
「あ、転落防止用の柵みたいなのがあったら安心だなぁと思っただけです」
祖母の問いはごまかして、必要事項を述べる。
「あら、それは良い案ね。さっそく造らせましょう」
そう言って、隣に座る侍女さんにメモを取らせた。
そんな感じで、何点か気づいたことを指摘しつつ馬車は岩亀のある浜に到着した。
砂浜の奥に広場が造ってあり、その片隅に四角い建物がある。そこが現場事務所だ。
そこには既にマッシ―先生を始めとした岩亀調査チームと道路建設チームが待機していた。職人ギルド長のオードナーもいる。
祖母と並んで歓待の言葉を受けると、さっそく視察だ。ちょうど干潮なので、岩亀までは歩いて行ける。けれど、簡易とはいえドレスを纏っている祖母には少々難しい。浜から眺めるだけにしておこう。それでもちゃんと亀っぽく見えるあたり、さすがは岩亀様だ。
道路は広場の先も海岸線に沿って続いている。もう少し先で、街道側から来る道と繋がるのだとか。それにはもう数日かかると説明を受けた。
その後は、一旦休憩。
簡易テーブルで祖母とお茶を飲む。海風が気持ちいい。
給仕はお祖母さまの侍女。指先からお湯を出してお茶を淹れていた。これが噂の上級侍女か。
「この後は職人たちと打ち合わせよね?」
祖母の問いに「はい」と頷く。
今までは道路の敷設だけだったけど、今日から本格的に温泉作りに取り掛かる予定だ。それをこれから俺が各職人さんたちに説明することになっている。
「バーデンだけで本当に大丈夫? 」
王太后という立場上、祖母はその打ち合わせに顔を出さない。
「あなたは見た目が子供だから、職人たちに侮られないか心配だわ」
見た目だけじゃなくて、実体も子供なんですが。まぁ、中身はおっさんだけど。
「なんとかやってみます。この計画を言い出したのは僕ですからね」
「それはそうだけど」
「それに、ここにお祖母さまがいらっしゃるだけで十分睨みは効いてますよ」
「それ、女性に対する褒め言葉ではありませんよ」
お祖母さまが可愛らしく拗ねる。でも、実際王太后の後ろ盾があるのは大きい。ていうか、俺って王子なんだよな。それだけで王家という後ろ盾があるはずなんだけど……。まぁいいか。温泉に入りたいっていう情熱があれば、なんとかなる。……はず。
休憩が終わると、いよいよ現場打ち合せだ。
それほど広くない現場事務所にむさくるしい男たちが集まっている。
漁師ギルド長のバッカイ。職人ギルド長のオードナーを始めとした土木ギルド、大工ギルド、石工ギルドなどの各職人ギルド長。後は港湾ギルド長とか運送ギルド長等々。皆、今日のために呼び寄せてあった。
ジーンが進行役になって打合せが始まる。
「それではバーデン殿下、お願いいたします」
って、いきなり俺に振ってくるなよ。
「えっと、一応僕がこの計画の責任者ってことになってるから、僕から説明するね」
しかたがないので、若干の子供らしさを演出しつつ説明を始めると、バッカイとオードナー以外は胡乱な視線を向けている。ぼんくら王子が何言い出すんだって感じ。
「この計画は、ここにお風呂に入る施設を造ることが目標だよ」
部屋の中央に大きなテーブルがあり、その上にはマッシ―先生たちに測量して作ってもらったこの周辺の地図が広げられている。その地図に描かれた岩亀を指さす。
すると、すぐさま質問の声が上がる。
「そのお風呂ってのは何だ?」
その潮枯れた大きな声のしたほうを見ると、髭もじゃの大男が隣にいるバッカイに「言葉遣い!」とどつかれていた。バッカイの知り合いかな。
「あー、お風呂っていうのは、お湯の中に裸で入ることだよ」
説明すると、大半が首を傾げている。
これを理解してもらえないと困るんだよな。
「まぁ、聞くよりも見たほうが早いね。バッカイ」
声をかけると、「はっ」と顔を引き締めて立ち上がる。
「僕の船は持ってきてる?」
「はい。既に浜に上げて固定してあります」
「ありがとう。じゃあ、一旦船のところに移動しよう」
と、事務所から外へ出て、船の湯船が置いてある場所に男どもをぞろぞろと連れて行くことになった。これは予定の行動。みんなには一度その眼でお風呂を見てもらおうと考えていた。
船の湯船の傍にはもう既にマッシ―先生が待機していて、早く風呂に入れさせろと眼で訴えていた。はいはい。
マッシ―先生に実演してもらった成果はまぁまぁといったところ。先生は、ギャラリーがむさい男どもしかいないことにぶつくさ文句を言ってたけど、アナミーズやコイジーさんにこんな萎びたモノは見せられないからね。
「お風呂についてはこれで理解できたと思うから、事務所に戻って説明の続きをするよ」
そう告げて、現場事務所に戻ろうとすると、
「待った!」
と、さっきも聞いた潮枯れ声に止められる。
「俺も入ってみてぇ!」
「言葉遣いに気を付けろって言ってんだろ!」
またバッカイにどつかれている。あと、ジーンもケールも押さえて。
「殿下、すいません」
バッカイが代わりに謝ってくる。
「うん。で、誰?」
「俺は港湾ギルドのワナルだ……です」
ワナルはバッカイにどつかれそうになって言い直した。
「ワナルはお風呂に入ってみたいの?」
「ああ、いえ、はい。入ってみたいでございます」
んー。入りたいっていう人には打ち合わせの後で入ってもらおうと思ってたけど……。まぁいいか。興味があるうちに体験してもらうほうがいいかも。
「どうぞ。他にも興味のある人は入っていいよ」
「ありがてぇ、でございます」
ワナルはさっそく服を脱ぎだした。そして船の湯船に入るなり、「あ゙あ゙あ゙ぁ~」ともじゃもじゃの髭の間から声が漏れる
「なんだこれ! くそ気持ちいいぞ!」
ワナルの遠慮のない感想に、他の面々も興味を持ち始める。
「そんなにか?」
「どんな感じがするんだ?」
「気持ち悪くないのか?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に、ワナルはニカっと笑った。
「こんなもん口で言えるか。入んなきゃわかるかよ」
その言葉につられたように、他のギルド長たちも次々に服を脱ぎだした。いや、裸の男たちとか見たくないから。需要無いから。
途中お湯をつぎ足しながら、なんやかんやと入浴体験は終了した。
ところで、風呂に入っていない人物が約3名。バッカイとオードナーと、オードナーを若くしたようなおじさんだ。彼の肉親かな。
「バッカイは入ってみたくないの?」
聞くと、バッカイは申し訳なさそうに大きな体を縮こまらせる。
「実は、私も殿下の真似をして、家の小舟に湯を満たして入ったことがありまして」
「ほうほう。隠れて風呂に入ってたんだ」
「誠に申し訳ございません!」
「いや、別に謝ることじゃないから。で、どうだった?」
「はいっ。まっこと気持ちがよく、体の疲れが取れるようでした!」
「だろう?」
俺が満足げに頷くと、バッカイも緊張を解いて屈託のない笑顔を見せる。
「他の漁師仲間にも好評でした」
「重畳、重畳」
風呂仲間が順調に増えているようだ。たぶん、オードナーたちも個人的に入浴しているのだろう。それについては文句は無い。むしろどんどん広めて欲しいまである。
事務所に戻って、再びテーブルの上の地図を囲む。
「これでお風呂のことはみんなも理解してくれたと思う」
皆、ほくほくとした顔で頷いている。先に入浴体験をしておいて正解だったな。ワナルには感謝しておこう。
「風呂の良さはわかりましたが、なぜこのような辺鄙な所に造るのですか?」
「王都に造れば良いのでは?」
もっともな疑問が上がった。
それに対して、俺は地図の岩亀を指で丸くなぞる。
「実は、この岩のある辺りでは自然にお湯が沸き出てるんだ。さっきは僕がお湯を出したけど、いつもそういうわけにもいかないし、いちいちお湯を沸かすのも大変だろう」
「その湧き出ているお湯を利用するために、ここにお風呂にはいる施設を造るのですね?」
オードナー似のおじさんが俺の意を汲んで発言した。
「なるほど」
「確かに、それは便利だな」
「だが、場所がなぁ」
「いや、街道からの道が繋がれば、王都からでも半日あれば来れそうだ」
「しかし、毎日というわけには」
口々に意見が交わされる中で、
「殿下ぁ、船では来れるんでございますですかぁ?」
潮枯れた大声が聞こえた。ワナルだ。
「ああ、それは考えてなかったな」
「じゃあ、桟橋を造りましょう! この港湾ギルドのワナルに任せてもらえれば、王都の港のものよりも立派なものを造ってみせますぜ!」
バッカイもうんうんと頷いている。
ノート王国の領土の北半分は半島なのだが、ほとんどは低山で占められているせいで交通の便が悪い。必然的に、移動に船を利用することが多くなる。
「わかった。認めよう」
「話が早くて助かるぜでございます」
「でも、王都のより立派にしちゃダメだよ。父上が拗ねるから」
そう付け加えると、軽く笑い声があがった。うん、雰囲気もいいね。
「じゃあ、説明を再開するよ」
「応!」
威勢のいい男どもの声が返ってくる。
さあ、源泉かけ流しへ突き進むぞ!
今回のキャラ名に使った方言
わなる : 怒鳴る




