第21話 侍女たちのあられもない姿に目のやり場が無い
使用人の名前を変更しました。
マウラ→アナミー
父から許可を得て、温泉開発計画はスタートを切った。
地図を頼りに調査や測量が行われ、ルートが確定すると、後は土系の魔法で見る見るうちに道が造られていく。それもコンクリートのようなしっかりとした材質で、重い荷物を運んでも十分に耐えられそうだった。
並行して、マッシ―先生を中心にしたチームが船で岩亀に行き、測量を始めとしたもろもろの調査も行っていた。
そうこうしているうちに、俺は祖母の住む離宮を訊ねることになった。
離宮から岩亀へ行く海側の道が先に完成したので、それの視察と、合わせて温泉開発計画の開発本部を離宮に置くことになったためだ。
離宮は王城から馬車で半日足らずの距離にある。
昼過ぎに王城を出て、西隣のタズール領へ続く街道を進んでいくと、森を抜けた先に大きな潟が現れた。その周囲を葦のような草が生い茂る湿地が囲んでいる。街道はそれに沿うように左へ蛇行していくが、馬車は右の脇道へと進む。するとすぐに、小山を背にした落ち着いた感じの大きな洋館が見えてくる。歴代の王太后が暮らした離宮だ。
「よくおいでくださいました。バーデン殿下」
とてもいい笑顔の祖母が俺を本館に招き入れる。ちなみに、公の場なので殿下呼びだ。
僕は本館の大きな扉を抜けて中に入る。けれど、従者のジーンたちはついてこない。
離宮は代々王太后が暮らしていたので原則男子禁制なのだ。俺は王子だから例外に当たるのだろうと思っていたら、お子様だからとわかって少々微妙な気持ちになった。
「あの、殿下。これが祖父が言っていた『風呂』でしょうか?」
歓迎の晩餐の後、用意された客間へ行くと、そこには新品の浴槽が置いてあった。お祖母さまの計らいだろう。それを目敏く見つけたのは、ジーンたちの代わりにと連れてきた俺のお世話係のアナミーズだ。問いかけたのは紺髪のアナミー。彼女にしては珍しく、積極的に訊ねてきた。
「アナミーたちは初めて見るんだっけ?」
「はい。祖父には聞いておりましたが、こうして目の前で見るのは初めてです」
「私もお城の侍女仲間の間で噂になっていたので、いつか見れたらいいなぁって思ってました」
桃色髪のアナミーも興味津々に眼を輝かせている。
「なんなら二人とも入ってみる?」
気軽に誘うと、両人とも顔を強張らせた。
「め、滅相もございません」
桃アナミーは恐縮して頭を垂れた。
「……あの」
一方の紺アナミーはすごく遠慮がちに
「もしお許しをいただけるのなら、私は入ってみたく存じます」
おおっ! 紺アナミーは意外にもチャレンジャーだったようだ。
「うんうん、全然オッケーだよ。許す許す」
上機嫌な俺に、彼女は困ったような顔を向けた。
「畏れながら、殿下。『おっけー』とは何でしょうか?」
あ、やべ。
「え、えーと、問題無いっていう意味の言葉だよ。今考えた」
適当にごまかしていると、
「ミ、ミーちゃんが入るなら、私も入ってみる」
と、桃アナミーが対抗心を燃やした。いいねいいね!
二人とも入る気になってくれたので、まずはお手本を見せよう。
浴槽に魔法で給湯すると、さっそく驚かれてしまった。紺アナミーなんて、微妙に悔しそうにしている。
お湯が溜まって、服を脱ごうとしたら、二人に慌てて止められた。そして、いつものごとくすっぽんぽんに剥かれて、体をきれいにされる。まぁそれにはもう慣れたけど、さすがにお風呂に入る一部始終を二人からじっと注視されると、妙に恥ずかしい。あんまりゆっくりできずに上がることになった。
お湯を吹き取ってもらい、ワンピース状の寝間着を着せられる。
「じゃあ、今の要領で入ってみて」
そう勧めるが、紺アナミーはじっと浴槽のお湯を見つめたまま動かない。
あ、僕が入った後の汚い湯には入れないよな。
「ごめんごめん。今お湯を入れ直すよ」
と、排水用のバルブを捻ろうとしたところで、
「と、とんでもございません」
と、彼女は俺の手を止めた。
「殿下にまたお湯を入れていただくなど、そのようにお手を煩わせるわけにはまいりません。むしろ殿下のお入りになったお湯に入るのは光栄の極み。ただ……」
「ただ?」
紺アナミーはそれ以上は言わず、ぎゅっと口を閉じていた。何か躊躇っている? もしかして、入るとは言ったけど尻込みしてるのかな。まぁそういう習慣が無いから無理もないか。
紺アナミーに無理しなくてもいいよと言おうとしたら、バサッと衣擦れの音が横から聞こえてきた。
「ミーちゃん、先に入るね」
見ると、桃アナミーがお仕着せを大胆に脱ぎだしていた。あっという間に裸になると「体をきれいにするんだっけ」と全身くまなくかざした手を這わしている。
俺はそれを極力見ないようにしてるのに、桃アナミーが、
「殿下、こんな感じでいいですか?」
と聞いてくる。仕方がないから、俺はちょっとだけ視線をやって「うん、いいよ」とオッケーを出した。
すぐにばしゃんとお湯が跳ねる音がする。
「ア、アナ。平気なの? お湯の中に入って」
やっぱり尻込みしていたのか、紺アナミーが恐る恐る桃アナミーに訊ねていた。
「うん。小さい時はよく裸で海に入って遊んでたから。お湯でも平気だよ。ていうか、お湯の方が気持ちいい!」
なんとも生き生きとした声が返ってくる。その様子に、今度は紺アナミーが対抗心を燃やしたようだ。
「殿下、お目汚し失礼いたします」
と、お仕着せを脱ぎだす。そんなお目汚しだなんて、むしろ眼福だから。といっても、俺は見てないけどね。
しばらくして、ちゃぷんと静かにお湯の中に入る音に続いて、ざざーっとお湯が溢れる音がする。
しばしの沈黙。
「ど、どうかな?」
背中越しに声をかける。
「殿下。これは、その、何と言ってよいのかわかりませんが、体全体が刺激されて、次第に熱を持っていくような、初めて感じる不思議な感覚です」
「それは、気持ちイイって言うんだよ」
紺アナミーの要領を得ない感想を、桃アナミーが一言で言い変えた。聞きようによっては、イケない妄想をしてしまいそうだ。
それはともかく、彼女たちにも風呂の良さを体感してもらえてよかった。お祖母さまの侍女たちもそうだけど、案外女性の方が入浴に対するハードルが低い気がする。うちのジーンとかルイたちは頑として入ろうとしないし。今のところ、男性陣はボーデン兄とマッシ―先生だけなんだよな。母上とかはどうなんだろう? 何も言わないから興味が無いのかと思ってたけど、誘ったら入ってくれるかな? 温泉ができたら招待してみようかな。あ、拗ねるから父上も招待しないとダメだな。入るかは怪しいけど。できたらいろんな人に入ってほしいなぁ。初めは船の湯船で自分だけ入れればいいと思ってたけど、なんか公衆浴場って感じにしたくなってきた。
ふと気づくと、背中越しに聞こえていた二人の声が聞こえなくなっていた。最初の興奮が収まって、静かに堪能しているのかなと放置していたが、あまりにも静かすぎてちょっと心配になってきた。
そーっと振り返ってみると、二人ともくったりと首を傾げて目を閉じている。
「アナミー?」
恐る恐る声をかけてみたが、返事が無い。
ヤバい! のぼせたのかも!
急いで駆け寄って「おいっ!」と桃アナミーの肩をゆすると、
「殿下ぁ、とっても気持ちイイですぅ」
と、ほわほわとした声が返ってきた。紺アナミーの方も、
「こんなの初めてですぅ、殿下ぁ」
と、こちらも蕩けた様子で薄く眼を開けた。少し意識はあるみたいだ。
「もう上って! のぼせてる!」
「ええぇ? まだイヤですぅ」
「もっと気持ちよくなりたい」
こりゃ、自力で上がるのは無理そうだな。誰か呼んで……。
いや、これ彼女たちの失態にならないか? 俺をお世話するはずの侍女が俺に手間をかけさせたなんて知られたらマズいだろ。だいたい誰かを呼びに行く時間も惜しい。
そう結論付けた俺は、やむを得ず致し方なく断腸の思いで湯船につかる全裸の彼女たちを独力で引き上げる決断をした。いや、ラッキーとか思ってないから。お風呂回はこうでなくっちゃとかも思ってないから。
鍛錬で身体強化をしているおかげで、8歳のお子様でも10代の少女を難なく抱き上げることができたやわらかい。
2人並べてカーペットの上に寝かせる桃って着痩せするタイプだな。
のぼせた時は冷たいタオルで頭を冷やすといいんだけど、この世界ってタオルが無いんだよな紺は性格同様控えめなスタイルか。
とりあえず冷風で頭部を冷やそう二人とも髪色と同じ――って、ええいっ雑念が多すぎる!
俺はパンパンと頬を叩いてのぼせた二人の処置に専念した。視線を彼女たちの顔に固定して冷風を送り続け、意識がはっきりしてきたら冷たい水をゆっくり飲ませた。
そこからがたいへんだった。
彼女たちは俺の前に平伏して、己の粗相を恥じて職を辞すと言い出したのだ。せっかくお風呂の良さをわかってもらえたのに、それでは困る。
俺は彼女たちに、そもそも風呂に入るように言い出したのは自分なので責任を散らなければならないのは自分だ。それに、わざわざ人を呼ばずに自分一人で対処したのは二人に世話を続けて欲しかったからだとこんこんと説いた。
すると、俺の想いを理解してくれたのか、
「殿下に一生ついていきますぅ」
と、桃が涙を流して訴えてきた。
紺も厳しい顔で、
「自分の失態とはいえ、これで覚悟が決まりました」
と、決意を伝えてくる。何の覚悟か聞くのが恐い。
二人ともちょっと大げさな気はするが、とりあえずアナミーズの解散は阻止できた。
それはともかく、さっさと服を着ろ。いつまで裸を見せつける気だ。さっきから眼のやり場に困ってるんだよありがとうございます。




