第20話 父は祖母にも勝てない
どうやら祖母とのあれこれは、マッシ―先生の工作だったようだ。
祖母はカガン王国のマットー家令嬢時代に自らの商会を立ち上げていて、今でもそこからの収入が結構あるらしい。先生はその資金力に目を付けて祖母を巻き込んだのだ。
場所は変わって、二の城にある来客用の部屋。
贅沢に飾られた室内に高級そうな調度品が並び、中央に置かれた座り心地のいいソファーには青紫のドレスを纏った祖母が品良く座り、その対面に俺とマッシ―先生が座っている。
祖母の侍女さんたちがお茶とお菓子を準備し、ジーンは俺の後ろに、ルイとケールと戦闘メイドのコイジーさんは壁際で待機だ。
「それで、バーデンとシィはどのようなことを計画しているのかしら?」
いつまでも祖母に様付で呼ばれるのも落ち着かなかったので、仲間に巻き込んだタイミングで呼び捨てにしてもらった。
「王都から西へ行ったところに熱海の浦というのがあって、そこでは熱水が湧き出ているのです。その湯を使って風呂に入りたいと思っています」
「あら、それはいいわね」
祖母はポンと両手を合わせる。
「それはいつできるの?」
「まだまだ先です。現地の調査もこれからなんですから」
「そうなの」
祖母は露骨にしょぼんとする。それも数瞬、すぐにふわりと笑い、
「それが出来上がったら、私もお風呂に入れてもらえるかしら」
と期待の籠った眼差しを向けてきた。
「もちろんです」
となると、船の湯船ってわけにいかないなぁ。
「ところで、それはどこにできるの?」
「王都の港を出て衝立の瀬戸を過ぎたあたりですよ」
先生が用意してくれた王都周辺の地図(わりと大雑把)に指を滑らせて説明する。
「あら、そこだと離宮と山を挟んだ反対側になるわね」
祖母が地図の一点を指で示した。そこは王都から西隣のタヅール領へ続く街道から少し海側に入った場所にある小さな潟の畔で、船から見えたあの小山のちょうど向こう側だ。
「でも、道が無いわ」
地図には道が描かれていなかった。
「僕たちも行く時は船を使いましたし、漁村のようなものも見当たらなかったから、熱海の浦に行く道は無さそうですね」
「こんなに近いのに、お風呂に入る度に船を使うのは困るわね。道を作りましょう」
叔母の指が離宮から熱海の浦まで、海岸線に沿うように山のすそ野のカーブを時計回りになぞった。おばあちゃん、自分の離宮から直で行くつもりだ。
「それでは後々不便ですので、こちらの街道から入れるようにしましょう」
叔母とは反対側の山すそを反時計回りにカーブを描くと、祖母がムッと膨れた。いちいち年甲斐も無く可愛い仕草をするのはやめて欲しい。
「では、二つとも作ることにします。この辺りは王家の直轄地だから問題無いでしょう」
直轄地って、王の許可がいるんじゃないの? 大丈夫?
俺の心配をよそに、祖母は次々と話しを勧めていく。もうこれ祖母のプロジェクトと言っても過言じゃない気がしてきた。
その日の夜、本城の迎賓の間(小)にユーゼン王太后が招かれた。迎えるのは息子であり国王でもあるハイデン陛下とその家族。
カガン王国産の金箔をふんだんに使用した豪華な部屋で、使用人に傅かれながら6人が静かに晩餐を進める。いや、約1名あまり静かにできてないボーデン兄がいた。
やがて夕餉が終わり、食後のティータイムになってようやく父が問いかけた。
「王太后、いえ母上。此度の訪問の理由を教えてもらえませんか」
めったに離宮から出てこない祖母が王城にやってきた理由が気になるようだ。
「マッシー卿に呼ばれましたのよ。とてもおもしろいものを作ったからと」
「おもしろいものというのは、もしや……」
「風呂、というものでした」
「やはり……」
父の顔が見るからに嫌そうになる。
「あれはとても良い物ですね。毎日でも使いたいくらいです」
「では離宮の方に用意させましょう」
「いえいえ。陛下のお手を煩わせるほどのことではございませんわ」
祖母は微笑んでそう言ってから、ふっと顔を陰らせた。
「ですが、一つ困ったことがありますの」
「な、何ですか?」
父が問うと、祖母はさりげなくその視線を使用人たちに向けた。
父はそれに気づいて、使用人たちを下がらせた。祖母はそれを待ってから、それでも声を潜め気味に父に問いかける。
「陛下はお風呂で使う浴槽をご覧になったことがございますか?」
「ま、まぁ一応は」
やっぱり知ってたのか。
「あれになみなみとお湯を入れなければならないのですが、侍女たちではとても無理ですし、厨房で沸かした湯を運ばせてもお湯が冷めてしまいますでしょう? かといって、厨房に浴槽を置いてそこで裸になるなんてもってのほかですし」
頬に手をあてて「困ったわ」と嘆息してみせている。そしてちらりと俺に視線を投げてきた。
「そこで私、考えましたの。これはぜひバーデン殿下のお力を借りねばと」
「ま、まさか、マッシーのようにバーデンにお湯を出させようと言うのですか!」
父が思わず立ち上がりかける。あ、それも知られてたのね。
「バーデンは王子ですぞ! いくら母上とはいえ、許せるわけがない!」
と、いつになく大きな声で非難した。先生の場合は、俺もボーデン兄も入るから見逃されていたのだろうか。
「あらあらまあまあ。畏れ多くも殿下にそのようなことをお願いするわけがありませんわ」
対する祖母は全く慌てた様子無く、余裕の笑みを浮かべて話を続ける。
「これもマッシー卿に聞いたのですが、何もしなくても湯が沸き出ているところがあるとか」
「あ、ああ。熱海の浦とかいう場所だったと思うが」
「ええ。ちょうど離宮の裏山の向こうになるそうですわ」
「う、うむ」
父も祖母の言いたいことがうすうすわかってきたようだ。
「ですからね、いっそのことお湯の沸いている場所にお風呂を作って、そこに入りにいけばいいのではないかと考えていますのよ。離宮から近いですし」
「そ、それは」
「いえ、必要な費用は私の資産から捻出しますから、国に負担をおかけするようなことはございません。ただ、あの辺りは王家の直轄地でしたでしょう? お風呂の設置とそのための道路の造設を許可していただければ十分でございます」
「そ、そういうことであれば、許可いたしますが」
父は流れであっさりと許可を出した。
これは俺の想像なんだけど、祖母が岩亀温泉の開発を最初から言い出しても、父は許可を出さない可能性があった。だから祖母は俺を給湯係として匂わせて父の反対を引き出してから、それなら開発を許可するほうがましと父に考えさせたのだと思う。
だが、まだ話は終わっていなかった。
「それとバーデンにどのような関係があるのですか? お義母さま」
珍しく母が口を出した。
「それはもちろん、この計画を立てたのがバーデン殿下だからですよ」
え、ちょっと、お祖母ちゃん!
ほらぁ、父上がこっち見て睨んでる。
「本当なの? バーデン」
「あ、はい。いえ、熱海の浦で湯が沸き出ているのを見た時に、この湯をお風呂に使えないかなぁと思ったのは確かですが、そこから先のことは先生とお祖母さまが主導されて」
母上の問いに、しどろもどろになって答える。嘘は言ってないと思う。
母上は少し考えてから、「ハイデン」と父上に顔を向けた。
「バーデンが関わっているということは王家も関わっているということですよね?」
「う、うむ」
「では、王家からも資金を提供いたしましょう。かまいませんわね?」
「う、うむ」
「そういうことになりましたので、お義母さま。バーデンのこと、よろしく頼みますね」
「はい。お心遣い感謝申し上げます。王妃陛下」
母上とお祖母さまがにっこりと微笑み合う。その背後にバチバチと火花が散って見えるのは気のせいだろうか。
これはアレだな。温泉ができた後の利権とかそういうヤツだ。決して嫁姑の諍いじゃないことを祈りたい。




