第19話 偶にはラッキースケベも悪くない
祖母が風呂に入ると言うので部屋から出ていこうとしたのを止められてしまった。
「あの、なぜでしょうか?」
右足を半歩踏み出した体勢のまま、首だけ振り返って聞いてみた。
「入浴の仕方を知っている者がいないと困るではないですか。とはいえ、シィはああ見えて好き者ですからね。安心できません」
やっぱりそうか、あのエロジジイ。今も「儂が代わろうか」って言いたそうな目でこっちを見てるし。
「その点、バーデン様はまだ子供でしょう?」
中身は30過ぎの男盛りなんだが。
まぁ一度見たとはいえ、熟知している者がいた方が安心なことに異論は無い。それでも、やっぱり後ろめたいんだよなぁ。
うーむと躊躇っているうちに、侍女の一人、20代に見える緑色の髪をした侍女が扉に鍵をかけて、その脇に立った。その動きがなんとなくSPを思わせる。もしかしたら戦闘メイドとかいうヤツか?
残りの侍女たちが祖母を囲んでドレスを脱がせ始めたので、くるりと回れ右をする。
背後から聞こえる衣擦れの音が止むと、祖母が問いかけてきた。
「これで入っていいのかしら?」
「念のために体の汚れを取ってください」
かけ湯の代わりだ。髪はアップにしていたから大丈夫だろう。
しばらくして祖母から「いいわ」と準備が整ったことを告げられた。
「では、熱さを確かめながらゆっくりと足を入れてください。あ、すべらないように注意して」
ちゃぽん、ちゃぷんと湯が跳ねる音。たぶん恐る恐る足を入れているのだろう。続くざばぁざばぁと湯が浴槽から溢れ出す音で、体をゆっくりと沈めている様子が察せられる。音だけで想像できてしまうのが、我ながらキモい。
やがて、「ふぅ~」という深く息を吐いたり、「はぁー」とリラックスするような吐息が何度も聞こえてきた。
「ねぇ、バーデン様ぁ。これ、いつまで入っていて良いのかしらぁ?」
少し間延びしたような口調で叔母が訪ねてきた。
「あまり長く入っているとのぼせてしまいますから、そろそろ上がってもいいと思います」
「そう」
少し残念そうな声がして、ザバァっと湯が跳ねる。
「体に着いた湯は丁寧に取ってください」
最後のアドバイスをして、祖母の身だしなみが整うのを待つ。
もう大丈夫だろうと振り返ると、ホクホクとした顔の祖母が俺に笑いかけてきた。
「バーデン様。これはとても良いものですね」
「そうですか。お祖母さまにそう思っていただけて、僕も嬉しいです」
風呂フレンズが増えた!
今日はいい収穫があったなと内心で喜んでいると、祖母は更に恐ろしいことを提案しだした。
「せっかくの機会なのだから、あなたたちも入ってみてはどうかしら」
言われた侍女たちはビックリし、戸惑い、押し付け合っていたものの、祖母には逆らえなかったようで、年長者から順番に入ることに落ち着いた。
再びの回れ右。
しばらく衣擦れや湯の音を聞いているうちに、背後の雰囲気が緊張したものから楽し気なものに変わっていく様が感じられた。どうやら侍女さん達にも好評なようだ。
そうするうちに、扉の脇に立っている戦闘メイドにもお呼びがかかる。
彼女は「不埒者が入ってくるかもしれませんので」と固辞していたが、祖母や他の侍女たちの誘いに抗しきれず「では少しだけ」と観念した。
しゅるしゅると布の擦れる音の中にカチャカチャと金属が触れ合う音が混じってくる。いったい何を持っているんだ。
ちょっと気になるが、見てはいけない。『こっき』という漢字はどう書くんだったかな。
脳内辞書を検索していると、
「バーデン様、ちょっと」
呼ばれて、「はい」と脊髄反射で振り向いた。
そこには浴槽のそばに集まった祖母と侍女たちに囲まれた戦闘メイドが裸体を隠そうともせずに突っ立っていた。
色白の、アスリートのように引き締まったボディがただの侍女ではないことを物語っている。若干胸部装甲が脆弱に見えるのが惜しい。あと、髪色が緑だと――。
ハッと我に返り、パッと体も反転する。
「な、何か、ありましたか?」
「それがね、少しお湯が冷たくなったように思うのだけれど」
あー。俺が入ってから祖母と3人の侍女が入っている。湯が冷めてしまうのも道理だ。
「今、行きます」
俺は視線を足元に固定して浴槽に近づいた。
なるべく侍女の裸を視界に入れないように見た浴槽には、7分目ほどの湯が残っていた。
手を入れてみると、なるほどもうかなり温くなっている。これでは風呂の魅力が半減だ。
「少しお湯を足しましょう」
両手をかざすと、
「殿下がなさるのですか?」
年配の侍女の驚き戸惑う声。
「湯を持ってこさせるものとばかり思っておりましたのに」
「いや、この方が早いから」
「それならば、私たちがいたします」
そういえば、上級侍女はお湯だしのエキスパートなんだっけ。でも、慣れてる俺がやったほうがいいと思う。
「大丈夫。いつもやってるし」
俺は侍女の申し出を断ると、詠唱は省略して「給湯」と少し熱めの湯を足していった。
「本当に殿下ご自身が」
「しかもこんなに勢いよく大量に」
「まだお小さいのに、凄い才能ですわ」
周りから驚きと賞賛の声が上がる。
これ、話が話なら、全裸の侍女さんが「スゴイです。殿下!」と柔らかいものを押し付けるように後ろから抱きついてきたり、なんならそのまま一緒にバスタブに倒れ込んで、「そうはならんやろ」っていう体勢になったりするんだけどなぁ。
現実はおばさんたちが褒め称える声がするだけ。
浴槽の9分目くらいまで足してから、湯の中に手を入れて温度を確かめ、気持ち水でうめて出来上がり。
「いいと思います。どうぞ」
と勧めても、戦闘メイドは突っ立ったままだ。
「で、殿下の出された湯に入るなどと、畏れ多いことにございます」
なんか面倒くさいことを言い始めた。
「誰が出してもお湯はお湯だよ。気持ちよく入ってくれたほうが僕は嬉しいです。だから、あなたも湯が冷めないうちに入って」
見えない戦闘メイドを促す。
いや、ほんとに早く入って。俺の理性が天元突破しないうちに!
「コイジー、バーデン様の言うとおりよ。遠慮なくお入りなさい」
祖母の勧めもあって、やっと戦闘メイド改めコイジーが湯に入る音がした。
それを背中で聞きつつ、ふーっと深く息を吐いていると、「バーデン様」と祖母に呼ばれた。
「シィから聞き及んでいましたが、この風呂というものを考案したのはあなたで間違いないようですね」
考案したわけじゃなく、再現したと言うのが正しいのだが、それは言わぬが花だろう。「ええ」とうなずいておく。
「そう。8歳とは思えないとても凄いことね」
うっ。イタイところを突かれた。
そろりと目をそらして話題を変える。
「あの、お風呂は気に入っていただけましたか?」
「ええ、もちろん。シィの言うとおり体が温まるし、何より心が安らぐもの。今日はこんな体験ができて、とても嬉しいわ」
祖母は本心から嬉しそうだ。よかった。
「だから、あなたにご褒美をあげたいの。何か欲しいものはなくて?」
ご褒美!?
今欲しいものと言えば岩亀に温泉を作る資金だけど、ご褒美に貰うものではないよな。
「……いいえ。特にはありません。お祖母様の笑顔がご褒美です」
あと、コイジーさんのゲフンゲフン。
ちょっとあざとい返答をすると、祖母は「そう」と残念そうにした後、ちらりと俺を見た。
「ところで、バーデン様」
「はい」
「シィからあなたと一緒に何か企んでいると聞いたのだけれど?」
「企んでいると言うのは少々人聞きが悪いように思うのですが、あることを計画しているのは事実です」
「では、私もその仲間に入れてもらえないかしら? きっと役に立てると思うわ。主に資金面で、ね」
祖母はパチンと片目を瞑ってみせる。
何から何までマルっとお見通しですか。