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第17話 詠唱は理解されない

 翌日、王都の港に戻った俺たちは、そのまま倉庫に向かった。

 顔なじみになった管理のおじさんに頼んで扉を開けてもらおうとしたが、既に扉は開いていた。


 どうも嫌な予感がする……。


 扉の陰からこそっと覗いてみると、予想どおりの人物がいた。

 ボーデンだ。

 平民姿のボーデンが、これまた平民に偽装した従者と船の側で立っていた。


 ……帰るか。


 回れ右をしようとしたところで、マッシ―先生に腕を取られた。


「何をしとるんじゃ。さっさと入らんか」


 その声に振り向いたボーデンは、俺を見るなり、


「あ、バーデン。やっと来たか」


 と足早にやってきて、先生とは反対の腕をガシッと掴んだ。そこで、ようやく先生の存在に気づいたようだ。


「げっ、マッシ―先生」

「げっとは何じゃ、げっとは」


 先生はボーデンをひと睨みしてから「ほれ」と俺の腕を掴んだまま歩き出す。ボーデンも先生の視線から逃れるように俺を引っ張っていく。

 なすすべなく船の側まで連行されると、先生がその船を見ながらあごひげを撫でつける


「ふむ、船じゃな。」

「はい、船です」

「これに湯を入れるのか?」

「そうです」

「確か、バーデン様が自分でお湯を出すと言っていたと記憶しておるが」

「はい、遺憾ながら」

「いいから、さっさと湯を入れろ」


 猜疑的な目で俺を見る先生の反対側からボーデンが偉そうに命令していた。


「ていうか、なぜボーデン兄がここに?」


 聞くと、ボーデンは得意そうに腕を組んで顎をそらした。


「そろそろお前が帰ってくるころだろうと、朝から港で見張っていたのだ」


 ストーカーかよ!

 チラリと従者たちを見やると、また疲れた顔をしている。うちの兄がすいません。


「四の五の言わずに湯を入れろ」

「そうじゃな。入れてみてもらえるかのぅ」


 先生にも急かされて、はぁとため息を吐いて両手を天にかざす。


「世に遍く満つる聖なる水の素よ。我に至福を齎す熱き奔流となりてこの聖櫃を満たせ」


 詠唱の終わりと同時に手を腰だめに構え、船に向かって突き出す。


「給湯!」


 突き出した両手の周りの空気が凝縮して熱い湯に変わり、湯気を上げながらザァーザァーと船に向かって流れ落ちていく。


「バーデン様は湯を入れる前に何を言っていたのだ?」

「さぁ? この風呂もそうだけど、バーデンのやることは理解できないから考えないようにしてます」

「理解できないことがあれば、わかるまで調べなさいといつも言っておるじゃろう」

「だから一度聞いてみたんだけど、いきなり低い声になって『そうしろって囁くのさ。僕のごーすとが』って言いだすから、余計にわかんなくなっちゃって。でも、カッコイイからいいかと思って放置してます」

「はぁ~。儂の薫陶は殿下たちにはなかなか伝わっておらんようじゃのぅ」


 なんかごちゃごちゃ言ってるが、魔法に詠唱は必須だろ。


 船いっぱいに湯をはってふぅと一息つく。前よりは大丈夫になったけど、それでも疲れるんだよなぁ。


「半信半疑じゃったが、本当にこの船を満たすほどの湯が出せるのじゃな、バーデン様は」


 先生が呆れたように言葉を漏らす。

 やっぱりこれってチートな力なのか。


「あの、先生。この件は他言無用でお願いします」

「あいわかった」

「もう手遅れだと思いますが」


 ジーンの憐れみを含んだ台詞が気にかかる。それを問いただそうとしたところに、


「まず服を脱ぎます」


 と、ボーデンの声。見るとマッシ―先生に風呂の入り方を手ほどきしていた。なぜお前が。


「服を脱ぐのか?」

「着衣のままでは濡れるので」

「ふーむ」


 先生が躊躇ってる。やっぱり裸で入るのは非常識なのか?


「先生、無理をしなくても」

「いや、どうせ脱ぐなら若い娘の一人もいればよかったと思っておったのじゃ」


 俺の気遣いはセクハラまがいな理由で無駄にされてしまった。

 エロじじい、もとい先生は「ほっほっほ」と笑いながら堂々と服を脱ぎ始めた。そして湯船に入ろうとすると、


「ちょっと待った、先生」


 ボーデンが片手を出してストップをかけていた。


「入る前にかけ湯をしなければ。マナーですから」

「かけ湯とは?」

「この手桶で体全体に湯をかけるのです。体に湯をなじませるためです」

「そうかそうか」


 大工ギルドに作らせた手桶を持ったボーデンが、俺が適当に教えた理由を生真面目に伝えている。

 先生は教えられたとおりにかけ湯を終えると、よっこらしょと湯船に入った。


「あ、足を伸ばして、体を横たえるようにして、肩まで入って」


 なぜかボーデンが懇切丁寧にアドバイスをしている。

 先生が指示されたとおりに体を動かすたびに、ジャバジャバと湯が溢れていく。

 肩まで遣った先生が溢れる湯を確かめるようにぐるっと船を見回して「ふむ」と湯に濡れたあごひげをしごいた。

 マッシ―先生ならアルキメデスの法則を導き出しそうでヤバい。


「……バーデン様」

「な、何でしょう」

「今更じゃが、なぜ船なのかのぅ」

「そっちですか」

「ん? そっちとは?」

「何でもありません。船ですね。えーと、本来は適したものを作ろうとしたのですが、資金が無かったのと、代わりのものを探している時に運良く船が手に入ったから……ですかねぇ」

「まだ何か隠しておるようじゃが、まあいいわい。代わりに、その適したものとやらを教えなさい。儂が必要な資金を出そう」

「マジですか! いえ、本当ですか!」

「うむ。ただし儂の研究所に置くことが条件じゃ」

「ということは、先生も……」

「うむ。この湯に体を浸すのは体にも心にも良さそうじゃ」

「ありがとうございます。資料は城にあるので後ほど持っていきます」


 風呂信者が増えた。先生の研究室は二の城にあるから、今までよりも気軽に風呂に入れそうだ。

 いや待てよ。


「先生、岩亀の調査の方は?」

「おお、そっちもあったの。しかし、どうしたものかのぅ」


 先生が難しい顔になる。


「何か問題でも?」

「うむ。さすがに儂も資金が潤沢というわけではないのでな。岩亀の方もとなると心許ない」

「では岩亀を優先しましょう」


 温泉だよ、温泉。

 が、先生は首を横に振る。


「そっちは後回しで良いじゃろう。船で半日とはいえ距離がある。何をするにも時間が掛かり過ぎる。今はこの湯に浸るということをじっくりとたんの……研究する方が大事じゃ」


 今、堪能って言いかけたよな。この先生、自分が風呂に入りたいだけじゃないのか?

 でもまぁ、この倉庫と違って先生の研究室ならいつでも行けるし、俺が湯を出さなくても竈で沸かして入れれば済むから、俺にとってもメリットは大きい。ここは先生の言うとおりにしておくか。


「わかりました」

「バーデン様は理解が早くて助かるのぅ」


 先生は満足そうにひげをしごいてから、


「何、心配せずとも儂に任せておけばよい」


 と怪しい笑いを浮かべて、その身を湯に沈めた。

 ほんとに大丈夫かな、この先生。心配になってきた。

 あと、ボーデンはなんでもう湯船に入ってるんだよ!


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