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第15話 岩亀がいないじゃない

 指先を曲げた親指のような形をした半島。その第一関節の内側のあたりを丸く抉るように湾が形成されている。

 その湾の南側にある大きな港町がノート王国の王都、ナーナ=オシーである。


 今、ナーナ=オシーの港を一隻の帆船が出港していく。

 俺が乗る王家の船だ。

 目指すは熱海の浦。岩亀様のまします海だ。


 漁師ギルド長のバッカイの案内のもと、船は2本のマストに張った帆に風を受けて順調に進んでいる。

 魔法がある世界だから魔法的な何かで動かすのかと勝手に思っていたが、普通に風力で動くようだ。その点を質問したら、よっぽどの凪でもない限り魔法の風は使わないとのこと。

 まぁ馬車だって馬が引いてるし、有るものを利用するのは当然っちゃ当然か。


 港を出て陸地を左手に、湾の中央を占める大きな島を右手に見ながら北西に進んだ船は、やがて衝立瀬戸と呼ばれている陸側と島側の両方が大きく張り出して海が狭くなった場所を抜けると陸側に舵を切った。

 そうして見えてきた低い山の袂が熱海の浦らしい。らしいと言ったのは、海上に突き出た岩が一つ見えるだけで、肝心の岩亀は影も形も無かったからだ。


「いないじゃない、岩亀。ここであってるのか?」


 バッカイに問いただすと、


「岩亀様は引き潮の時にしか見えないのですよ」


 と、申し訳なさそうに教えてくれた。


「あー、じゃあ今は海の中ってこと?」

「そうです。潮の流れに乗せてきましたからね。今はちょうど満ち潮なのです。夕方前には潮は引きますから、その頃には見えるようになりますよ。それまではこの船でお待ちください」


 あまり近づくと座礁する恐れがあるとのことで、少し沖で碇を降ろす。

 船の甲板から改めて見ると、緑の木々でこんもりとした山の下にいくばくかの砂浜が広がっていて、そこから30mくらい手前に薄茶色の大きな岩が波に洗われていた。よく見ると、その周辺にもいくつか岩陰が覗いている。バッカイが言うには、そのあたりに岩亀があるらしい。


 太陽が真上を過ぎ西に傾くとともに、いくつもの岩が波の上に現われた。


「そろそろ行ってみましょう」


 バッカイの合図で甲板に固定してあった小型の船が海上に降ろされる。俺がバッカイから買った船と同じく船首が鋭角で船尾がフラットなタイプの、二回りほど大きい船だ。

 それに俺、マッシ―先生、バッカイともう一人漁師っぽい男の4人で乗る。ジーンやルイたちは居残りだ。船の定員が4人までなので、操船に2人必要と言われればこの人選しかない。ジーンはだいぶ抗議したようだが、海の上では海の男の言うことが絶対なのだ。


 全員が乗り込むと、船尾に陣取った漁師がやおら海の中に片手を突っ込んだ。すると船がゆっくりと動き出す。


「え、これどうやって動いてるんだ?」


 不思議に思って聞くと、


「どうって、水でですが」


 漁師が当たり前だろと言わんばかりに答えた。

 詳しく聞くと、魔法で水を操って推力にしているようだ。これができないと一人前の漁師にはなれないらしい。凄いな異世界の漁師。


 船首に立ったバッカイの指示で巧みに誘導された船は、波も穏やかだったこともあり、無事目的の岩礁に到着した。そして岩の一つに飛び移ったバッカイがロープで船を繋ぎとめる。

 薄茶色のやや丸みを帯びているものの表面がごつごつとした岩が散らばる中に、一際目立つ大きな岩があった。ここから見えるそれは、差し渡し5mほどの中央部が盛り上がった平たい感じの岩で、表面には細かい凹凸が見られるが、まさしく亀の甲羅のような形だった。おまけに頭のように見える岩までくっついていて、なるほど岩の亀だと納得した。


「ふむ。泡が湧いておるな」


 マッシ―先生が言うように、波に紛れてあちらこちらに泡が見える。


「まだ潮は引くかの?」

「はい。もう少し引くと思います」


 バッカイが答えると、先生は顎髭を撫でつけてじっと泡を見ている。


 更に海面が下がると、波間に白い湯気を上げる岩が現れた。よく見ると岩の隙間からこんこんと水が沸き出ている。いや、お湯か。

 そういう湯気を上げている場所が何か所かあった。海中に手を入れると、かなり水温が高い。ていうか熱い。


 やがて岩亀がほとんど姿を現して、一部砂地も見えるほどになった。船も底が海底に着いたのか揺れなくなった。

 すると先生は船から降りて、まだ所々に水が残っている岩混じりの砂地をパシャパシャと音を立てて湯気の元へと歩き始めた。

 俺も行こうと船から降りようとしたら、ひょいとバッカイに抱えられた。そしてそのまま先生の後を辿って運ばれる。なんか子ども扱いされているようで非常に遺憾だ。まぁ実際子供なんだが。


 湯気を上げている岩の前でじっと立っている先生の横に降ろしてもらい、俺もその岩を観察してみる。

 やや濃い茶色の岩と岩の間から、湯気をともなった透明な液体がけっこうな勢いで湧き出ている。かなり熱そうで、さすがに触ってみようとは思えなかった。


 そういえばと、くんくん匂いを嗅いでみた。やはり硫黄臭はしない。

 ま、温泉かどうかは別としても、十分風呂には使えそうだ。

 でも、このお湯を樽か何かに汲んで持ち帰ったとしても、王都に着くころにはさすがに冷めているだろうし、それを温め直すのは手間だな。

 こっちに浴槽を作って入るのが楽そうだ。干潮の今ならここに船を固定できるし、船の湯船にこのお湯を汲み入れて温泉を堪能する時間くらいあるだろう。潮が満ちてきたら、船をあの砂浜まで運べばいいかもしれない。問題は気軽に入りに来れないってことだ。 


「そろそろ戻りましょう」


 あれこれとシミュレーションしているうちに、バッカイの大きな声が聞こえた。いつの間にか海面が上がってきている。先生は岩亀の向こうの砂浜まで行っていたらしく、ひょこひょこと走って戻ってくる姿が見えた。

 俺がまたバッカイに抱えられて船に戻る頃、ゆっくりと船が浮かび始めた。岩亀もまた波間にその姿を隠そうとしている。

 それはまるでゆっくりと熱い湯に浸かるようで、ちょっと羨ましく思えた。


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