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第14話 説得も楽じゃない その2

 マッシ―先生の元を尋ねた翌日、俺は父に面会を申し込んだ。目的はもちろん岩亀を調べに行く許可をもらうため。


 面会は即日承諾が出た。

 時は夕食後。場所は父の私室。

 ジーンを伴って部屋に向かい、重厚な扉をノックして名乗ると、中から扉が開けられた。開けてくれたのは父の側近の一人。父と同年代のガタイのいい男性だ。

 誘われて中に入る。まず目に入ったのは、向かい合った大きな二人掛けのソファー。その一つに父の姿があった。


「座りなさい」


 対面のソファーに座るように促す父の手には琥珀色の液体が入ったガラスコップがあった。……美味そうだな。

 いつでも誰でもきれいな水が出せるこの世界では、水の代わりに酒を飲んでいたという前世の中世ヨーロッパと違い、酒は純粋に嗜好品だ。ノート王国では飲酒に関する年齢制限はなかったと思うが、さすがに8歳のお子様にはまだ早いだろう。美味そうだけど……。


「どうした? 座らんのか?」


 じっと父の手元を見ていたら、訝しげに問われてしまった。


「いえ、早く父上と一緒にお酒が飲めるようになりたいと思っていました」


 つい本音を漏らすと、父は若干呆れながらも顎をくいっと動かして俺に座るように促した。それでも、その口角が僅かに上がったように見えたのは気のせいではないだろう。


 俺は父と向かい合う位置に腰を下ろし、先ずは視察の礼から始めた。


「先日は献上船の視察に行く許可をいただきありがとうございました」


 父は「うむ」とうなずき続きを待っている。


「実はその時、漁師ギルド長から岩亀というものの話を聞きました。父上は岩亀のことをご存知ですか?」

「岩亀……。聞いたことがあるような気もするが、何だったか」


 父が壁際に控える二人の側近たちに顔を向けると、さっき扉を開けてくれた人とは別の、いかにも知的な感じのする方の人がそれに答えた。


「確か、熱海の浦にある亀のように見える岩のことでしょう」


 へぇー。さすがは王の側近。よく知ってるな。


「その岩がどうした」

「はい。聞くところによると、その岩亀のあたりの海の水は熱いのだとか。それ故に熱海の浦と言われているほどに」


 父の顔がまた側近の方に向き、彼が頷くのを確認している。


「僕はそれにとても興味を惹かれました。なぜ冷たいはずの海の水が熱いのか。とても不思議に思えて、マッシ―先生に聞いてみました。先生はとても博識ですから。ですが、先生にも説明できない現象だと言われ、ならば実際に現地へ赴き調査をしようという話に進展して、それに僕も同行するようにと誘われているのですが、どうでしょうか?」


 俺がすらすらと説明するのを聞いていた父は、グラスの酒を一口飲んで、おもむろに聞いてきた。


「あのマッシ―卿が調査に赴くのはわかる。だが、なぜお前がそれに同行するのだ?」


 予想された質問だ。


「マッシ―先生は常日頃、物事は自分の目で見て観察することが重要だと説いていました。それが学問の基本だと。なので、僕もそれに倣いたいと思いました」


 父は「なるほど」と小さくうなずくと、グラスをテーブルに置いて腕を組んだ。けれど、その表情は険しい。


「お前の意思は理解した。しかしな、海は危険だぞ。王家の船といえども嵐に遭えば簡単に転覆するぞ?」


 脅すように言ってくるが、これ王家の船を使ってもいいってことか?


「王家の船を使わせていただけるのですね」


 論点をずらして確認しておく。


「む……、そうは言っておらん。全ての船についての話だ。とにかく海は危ないのだ」

「そうですか。残念です」


 しょんぼりしておく。

 父は「うむむ」と唸った後、話の主題を思い出したように付け加えた。


「後は、ええと……船酔い! 船酔いするかもしれん。いや、絶対にする。あれは苦しいぞ。二日酔いよりも酷いぞ」


 この父親、8歳の子供に何言ってんだ。いや、知ってるけどさ、二日酔いの酷さは。


「陛下、よろしいでしょうか?」


 くだくだになってきた父に助け舟を出したのは、マッチョな方の側近だ。


「う、うむ。かまわんぞ」

「多少の危険はありましょうが、現場で体験してこそ得られるものもございましょう。いえ、むしろ現場に出てこそ鍛えられるというものです!」


 助勢はありがたいんだけど、別に鍛えたいわけじゃないからね?


 すると、「彼に同意です」と、知的な方の側近も加わってきた。


「あのマッシ―卿の下で直に教えを受けることができるのです。これは望んでもなかなか得られることではございません」


 それでも父は「うーむ」と唸って目を閉じている。

 そこへ更に側近の追い打ちがくる。


「陛下、王子の成長を見守ることも王の勤めであろうと愚考いたします」


 さすが王の側近。うちのジーンとは愚考のレベルが違う。

 父は腕を組んだままチラリと側近たちを見やって、「側近たちの忠言を受け入れるのも王の度量か」と呟き、その視線を俺に移した。そして、


「バーデンよ、しっかりと学んでくるがよい」


 と、重々しく許可を出してくれた。


 そこはかとなく茶番の匂いがしないでもなかったが、まぁ許可は許可だ。ありがたく拝受しよう。




 それからはもうマッシ―先生中心に物事が決められて、俺なんかの出る幕は無かった。

 そのおかげで俺は、調査に同行することになった漁師ギルド長との調整を口実に、港の倉庫に行っては船の湯船で入浴する余裕があった。まあ俺が行くたびにボーデンが監視と称して一緒に風呂に入りにくるのが鬱陶しかったが。



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