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第13話 説得も楽じゃない その1

 漁師ギルド長のバッカイによれば、熱海(あつみ)の浦に熱水が湧き出る場所があると言う。

 もしかすると温泉かもしれない。

 それをこの目で見てみたい。なんなら温泉に入りたい!


 そうは思ったものの、ジーンが言うように熱海の浦まで行く許可をあの父が簡単にくれるとは思えない。今回は母の後押しのおかげで船の視察ができたが、さすがに次は母も反対するかもしれない。やはり慎重に策を練る必要がある。子供のおねだりでも、実務的な要望書でもない方法を模索しなければ。「却下」の一言で終わりにされないような、何か反対しづらい材料が欲しいところだ。


 うーん……。

 俺が頼りなく思えるのか過保護なのかは知らないが、俺が何を言っても危険だなんだと言って許可が下りる気がしない。ということはだ、俺じゃない誰か、許可が下りそうな誰かに協力してもらうってのはどうだろう。

 例えば、漁師ギルド長のバッカイ……は、別に許可が無くても行ってるか。そこに俺がついて行く理由がいるんだよな。

 献上された船の試操? いや、あれ一人乗りだし、無理だ。他には……体験航行? 海岸が多いノート王国は移動に船を使うことが多い。その経験を積むのは悪いことじゃないはずだ。いや、それならわざわざバッカイに頼る必要はないか。王家にも船はある。

 あ、じゃあ王家の船でもいいや。ヨールデン兄は船に乗ったことがあるっぽいから、頼んで同行させてもらうというのは? ヨールデン兄は俺が船に興味があると言ったら嬉しそうだったし、一緒に乗せてくれるんじゃないか? あー、でも、王太子になったヨールデンは父の下で忙しくしているからなぁ。岩亀の調査なんかに行けるかどうか怪しい。

 ……あ、調査か!

 その言葉でピンときた。

 俺の脳裏にある人物が浮かんだ。




 今日の座学の講師は年配のシィ・マッシ―先生だ。

 先生は隣国のカガン王国から招かれた博識な人で、ノート王国だけではなく、周辺の国まで含めた歴史や地理、動植物のことを教えてくれている。


「先生は岩亀のことを知っていますか?」


 講義が一段落してお茶を飲んでいる時、そう聞いてみた。


「岩亀? はて、そのような亀は聞いたこともないが、もしや儂の知らぬノート王国にしか生息していない亀かのう」


 先生は白くなったあごひげをしごきながら興味深そうに話しに乗ってきた。

 よかった。予想どおりだ。

 バッカイによると、岩亀のことはその近辺の漁師しか知らない話だそうで、(おか)の人はまず知らないだろうということだった。ましてやマッシ―先生は隣国出身で、こちらに来てから数年程。いくら先生が博識でも知らないだろうと予想していた。更に、この博識の先生は、


「岩亀は生き物の亀ではなくて、熱海の浦という所にある亀に似た岩だそうです」

「なんじゃ、岩か」

「でも、聞いた話ですが、その岩亀のある海の水は熱いのだそうですよ」

「海の水が熱い? まことか?」

「僕も行ってこの目で見たわけじゃないので本当かどうかわかりませんが、もし真実ならとても不思議だとは思いませんか?」

「ああ、全くじゃ。海の水が熱いなど、普通ではありえんことじゃ。いったい何が原因でそうなっておるのか……。不思議じゃ」


 知らないことや不思議なことがあるととことん解き明かそうとする研究者なのだ。


「うーむ。これはぜひ調べてみたいのぅ」


 ほらね。


「僕もそう思います」


 予想どおりにことが運んで、安心半分期待半分で先生の次の言葉を待っていたが、いつまでたっても応答が無い。あごひげを撫でつける先生は、どこか躊躇っているように見えた。


「何か差し障りでも? 予算ですか?」


 足りないのなら俺から出してもいい。おやつが無くなるのは心苦しいが、温泉のためなら3年くらい我慢するのも厭わない所存だ。


「そんなものは何とでもなる。儂が心配しておるのは講義の方だ。儂が調査に行っておる間、誰かにバーデン様の講師を代わってもらわねばならんからの」


 なん……だと……?

 この先生、自分だけ調査に行くつもりだ。そんなことさせてなるものか!


「先生! 講師の代えなんていりませんよ!」

「むぅ? しかし、誰かがせねばならんじゃろ? もしや、その時間遊ぼうと考えておるのかな?」

「何を言っているのですか、先生! 僕も調査に同行するに決まってるじゃないですか!」

「バーデン様が? なぜ?」

「先生がいつも言っているじゃないですか! 自分の目で見て観察することが重要だって!」


 そうまくしたてると、先生は目を見開いて俺を凝視した。


「おお、バーデン様の口からそのような言葉を聞けるとは。物覚えは良いのに、何を教えても手応えのなかったあのぼんや……大人しい王子殿下が。うんうん。ようやく儂の薫陶が伝わったかと思うと感慨もひとしおじゃ」


 嬉しそうに俺の両手を握りぶんぶんと振っているが、この人にもぼんやり王子って思われてたのか。


「では、先生。僕も一緒に調査に行っても?」

「ああ、もちろんじゃ」


 先生はニッコリと笑ってうなずいてくれた。よしっ!

あとは父を説得するだけだ。


「それにしても、ずいぶんと急に変わられましたなぁ、バーデン様は」


 次なる野望へ燃えているところへ、そんなことをひょっこりと言われた。

 ヤバい。また8歳の子供に擬態しきれてなかったか。


「いや、その、父王陛下に名前をいただいてからというもの、なんだか急にやる気が出てきたみたいで」


 それらしい言い訳をしてみた。ジーンも調理人たちもそんなことを言っていた気がする。


「なるほどなるほど。王家の御子には8歳になってから名を授けるという風習は儂のいたカガン王国にもあったのじゃが、正直に申せば、それほど意味のあることとは思っておらなんだのじゃ。強いて挙げるならば、幼子は些細なことで亡くなってしまうからの。名を付けた子を亡くすというのは辛いもの。国を導く王家の跡取りともなればひとしおじゃろう。故に、しっかりと育ち、然程心配する必要のなくなる8歳になる頃に名前を付けるのじゃろうと考えておったのじゃ」

 

 ああ、そういうのは前世の歴史でもあった気がする。


「しかし、バーデン様の例を見るに、その考えを改めねばいかんようじゃのぅ」


 先生の眼がキラリと光る。


「王家の名付けには儂の知らないなにがしかの力があるのかもしれん。実に不思議じゃ。これは是非とも――」

「先生、先生。今は岩亀です! い、わ、が、め!」

「む、そうか?」

「そうです。岩亀の調査に専念しましょうよ」

「そうか。そうじゃな。うむ」


 先生はようやく納得して、その怪しい探求心を引っ込めてくれた。

とにかく、あとは父を説得するだけだ。


今回のキャラ名に使った方言


~しまっし : ~しなさいよ

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