表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

第1話 異世界には風呂が無い

全24話。今日は3話まで投稿します。

よろしくお願いいたします。

 物心がついてからずっと、自分が自分じゃないような、そんな妙な感覚があった。

 何かしっくりこない感じがして、ぼーっとしていることが多かった。

 そのせいか、周りからは『ぼんやり王子』とか『ぼんくら王子』なんて呼ばれていた。




 僕はノート王国の3番目の王子として生まれた。

 今日は8歳になった僕の名付けの儀式がある日だ。

 この国の王族には幼児の間は名前をつけずに『一の御子』とか『二の姫』というふうに呼んで、8歳になってから名前をつけるという習わしがある。理由はよくわからないけれど、名前が付いて初めて王族の一員として認められるのだという。


 名付けの儀式は王城内の謁見の間で行われる。

 長い廊下のような部屋の中央に深い赤色の絨毯が伸び、その先の一段高くなった所にある背もたれの高い椅子に座るのは父である国王陛下。その隣には母の王妃陛下。やや後ろに二人の兄殿下。絨毯の両側には国中の領主たちがずらりと並んでいる。

 僕は皆に見守られる中、国王陛下の前で跪いていた。


「三の御子よ。お前は今から『バーデン』と名乗るがよい」


 厳かにそう告げられたその時、僕は自分がこことは別の世界で生きていたことを思い出した。

 それは、日本のとある地方のどこにでもある家庭で生まれ育ち、地元で公務員として働くこと10年、仕事の出先で交通事故に巻き込まれるまでの記憶。


 もしかして、俺はその事故で死んで転生したのか……。


 はまっていたウェブ小説にそういうのがよくあったからか、意外に落ち着いた気持ちで現状を受け入れられた。

 そして、今まであった違和感のようなものがすっかり消えていることに気づいた。

 もしかすると自分が自分じゃないように感じていたのは、転生前の記憶がはっきりしていなかったからかもしれない。


 ストンと腑に落ちて生まれ変わったような気持ちでいると、周りからひそひそと囁き合う声が聞こえてきた。


「どうしたんだ」

「言葉を忘れたのかしら」

「やはりぼんくら王子だな」


 おっと。転生のことに意識がいってしまって、今が儀式の真っ最中だということを忘れていた。


「どうした。気に入らぬか?」


 おまけに、王からは不審そうな声音で問いただされた。


「は、はい。いえ、素晴らしき名をいただけたことに感動のあまり打ち震えておりました。バーデンという名、謹んで拝受させていただきます。以後、『バーデン・ノート・ワックラー』を名乗り、誠心誠意この国と国王陛下に尽くすことを誓います」


 平静を装いつつ慌てて答えた台詞は事前に教えられていたものと違ったが、王からは咎めるような言葉は出てこないから問題は無いだろう。若干残念な子を見るような目付きなのは今更だし。




 どうにかこうにか儀式とそれに続く祝宴を終わらせて城の中にある私室に戻ってきた時には、すっかりいつもの就寝の時間を過ぎていた。

 精神的にも肉体的にも疲れてきっていた俺は、すぐさまベッドにダイブしようとしたところを、


「三の、いえ、バーデン様。まずはお着替えを」


 というジーンの声に止められた。

 ジーンは俺の守役で、銀髪をオールバックに撫でつけている壮年の執事っぽい男性だ。


「でも、すっごく疲れてるんだけど」


 疲れすぎて素で応えてしまい、今のは王子らしくない言葉遣いだったかと心配になってジーンをチラ見すると、彼はそれには言及しなかったが、ため息を吐きそうな顔で、


「すぐに用意させますので、椅子に座ってお待ちください」


 と厳命して部屋を出ていった。いつもの使用人を呼びに行ったのだろう。

 それを見送りつつ、どっかりと椅子に座りクッションに身をあずける。


 はぁ~。


 深く大きな息が思わず漏れた。

 ……そっか、死んじゃったんだな、俺。

 父さん母さん、先立つ不孝をお許しください。将来のことは妹が見てくれるだろう。たぶん。

 仕事は、まぁ俺じゃなくてもできることだし、心配しなくてもいいや。

 結婚もしてないし彼女もいないし、心残りが全く無いとは言わないが、未練があるかというと案外そうでもない。

 それに、死んでしまった元の世界よりもこれからのことを考えた方が建設的だろう。


 異世界なんだよなぁ……。

 姿見に映る自分を見て、改めてそう思う。

 日本人とは明らかに違う彫りの深い顔立ち、少し青味がかった灰色の瞳。そして、明るい水色の緩くウエーブのかかった髪が、否が応でもここが元居た世界ではないことを告げていた。


 城もそこから見える王都の街並みも中世や近世のヨーロッパという感じだし、文明的にもその段階だと思う。

 その上、やはりと言うべきか魔法というものが存在する。

 もっとも、ここでは魔法とは言わない。魔法的なあれこれが昔から生活の一部になっていたせいだと思うんだが、特に区別するような名称は無い。

 魔法を使う時も魔法陣を描かないし、呪文を詠唱したりもしない。ごく自然に指先に炎を出して火をつけたり水を出してコップに入れたりしている。前世でライターで火をつける時やコップに水を汲む時に、いちいち「火よ、()の物に宿れ。着火!」とか「水よ、我が聖杯を満たせ。注水!」とか言わないのと同じ感覚だ。


 あと、生活に密着した魔法が発達しているみたいだ。特に汚れを落とす魔法が。

 だから、城の中も街も綺麗に保たれていて、中世世界でイメージしがちな汚さや臭さは皆無だ。なので当然――。


「お待たせいたしました」


 ノックとともにジーンが籠を持った2人の使用人を連れて部屋に戻ってきた。

 使用人は床に1m四方ほどの白いカーペットを敷くと、「こちらに」と俺を誘う。

 椅子から立って手前まで歩み寄ると、使用人たちが俺の靴を右左と脱がす。そして、裸足になってカーッペトの上に立った俺の服を脱がし始めた。

 祝宴用の煌びやかな衣装はあれよあれよという間に脱がされて、ついには下着まで脱がされた。つまり全裸。フルチン。しかも、使用人は十代半ばほどの少女たち。


「ううっ……」


 身じろぎする俺にかまわず、彼女たちは両手を俺の頭にかざしだす。そして、触れるか触れないかという距離で撫でるように動く手は、顔、首、肩へと下りていく。


 ……そう。こういう体の汚れを取る魔法もあるのだ。


「足を開いてください」


 腕、胸、腹、背中と終えた使用人の子たちが容赦無く命じてくる。そして、その白魚のような手で腰から下、足の先までしっかりきれいにされてしまった。


 今まであたりまえにしてもらっていたが、前世を思い出した今、めっちゃ恥ずかしい。体は子供でも心は大人だからな。いや、全然ご褒美だとか思ってないぞ。

 もっとも、彼女たちの方は俺にも俺の裸にも関心が無いようで、ただ黙々と作業をこなしているように見える。


 5分程の羞恥プレイが終わって、ワンピース状の寝間着を着せられる。

 彼女たちは脱がせた服とカーペットをテキパキと籠に入れると、靴を整えて「失礼します」と部屋を出ていった。

 ジーンも俺がベッドに入るのを見届けると、いつもどおりに灯りを消して「おやすみなさいませ」と退室していく。


 ようやく一人になれた。

 大きなため息とともに羞恥心を吐き出して、頭をリセットする。


 さっきみたいな魔法(前世を思い出した俺にはやっぱり『魔法』っていうほうがしっくりくる)は王侯貴族平民を問わず誰でも使っている。もちろん小さい子は上手に使えなかったりするし、個人として得意不得意上手下手もあるだろう。それでもありふれた魔法だ。体は言うに及ばず、服も部屋もきれいにできる。

 魔法で掃除ができるから箒やモップという掃除道具は無い。

 服の汚れを落とせるから洗濯もしない。

 体をきれいにできるから体を洗う必要が無い。水浴びもしない。ましてや風呂に入るという発想なんて生まれるはずがない。


 そう、風呂が無いんだ!

 生まれてから一度も風呂に入れてない! きっと今まであった違和感の正体は、前世云々よりも風呂に入れなかったからじゃないかと思うまである。

 そして今、日本人としての前世を思い出したからには風呂に入れないなんて我慢できない! ありえない! アイデンティティの喪失だ!


 よし、決めた。

 俺はなんとしても風呂に入る。

 俺は風呂に入りたいんだ!


去年、この小説を執筆中にあの地震がありました。

テレビやSNSで、ロケハンに行った場所の惨状を知り、こんなの書いてる場合じゃないと投稿を控えていました。

あれから1年が経ちましたが、温泉街はまだまだ復興途上です。

この小説を投稿することが何かの役に立つわけではありませんが、震災からの復興に尽力する方たちを微力ながら応援しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ