6・薫とカウンセリングレター
メニューにはこう書かれていた。
『カウンセリングレターとは?
カウンセリングレターは、元カウンセラーの店長と手紙のやりとりができる毎月数名限定のメニューです。
お好きなドリンクと共に封筒と用紙を2枚お渡しします。
ペンで相談したいことを書き、お会計の際にお渡しください。
お返事は3週間後であればいつでもお渡しできます。
来店時に店員に引換券をお渡しください。
店長からのお返事レターをお渡しします。』
(何これ。こんなのあるんだ。)
自分の生きづらさについて一度、誰かに相談してみたいと思っていたので、注文してみることにした。
「あの、これ、お願いします。」
「カウンセリングレター」と言葉に出すのはなんだか恥ずかしくて、指差しで注文する。
「承知しました。ご用意いたしますので、少々お待ちください。」
男性店員も察したのか、注文内容を復唱することはなかった。
渡されたレターの中には、白紙とは別に一枚の紙が入っていて、印字でこう書かれていた。
『あなたの悩みはなんですか。私とあなたは初対面同士です。誰にも話しません。
どうぞ遠慮なくお書きください。』
私は紙に悩んでいることをそのまま書くことにした。
『私は高校2年生の薫と言います。ずっと生きづらさを感じながら生きてきました。
周りに馴染めず、友人はいません。
同級生が使う乱暴な言葉が好きではありません。
他の子が夢中になっているメイクやアイドルに興味がないので、話は合わないと思います。
バイトにも行っていますが、職場の人からは嫌われています。
というか、私を好きな人なんていないと思います。
私も自分のことが嫌いです。
学校に行くのが苦痛です。
母に自分は自閉症か何かあるんじゃないかと相談したことがあります。
発達障がいがあるかないかのテストを受けに行ったことがありますが、
結果は何も当てはまりませんでした。
私は障がいがある訳でもないし、不登校でもない。
親にこれ以上心配をかけたくなくて、毎日学校に通っています。
周りから見たらどこにでもいる普通の学生に見えるでしょう。
でも、本当に生きづらいんです。
誰にも言えなくてつらいです。 』
やっぱり出すのをやめようかと一瞬思ったけど、こんなこと誰にも相談できないし、
半ばやけくそで店員に渡した。
◇ ◇ ◇
3週間後、私は再び来店し、アイスレモンティーを注文した。
会計時にカウンセリングレターの引換券を渡すと、店員から手紙を受け取った。
「お待たせいたしました。店長からのお返事です。またのご来店をお待ちしております。」
◇ ◇ ◇
家に帰り、手紙を開いた。
『薫ちゃん。初めまして。店主のみほです。
お手紙ありがとう。全部読みました。
手紙を読んで、自分の高校時代を思い出しました。
私が高校生の時の日記にこんなことが書いてあったので、そのまま抜き出します。
『誰にも会いたくないと思う日がある。
何もしたくないと思う時がある。
そんな気持ちを抑えながら
平気なふりをして
埋もれるように、目立たないように
周りの人と同じ顔をして歩いてる。
明日こそ、1日を生き抜くことができなくなるんじゃないかと
無性に怖くなることがある。
自分に自信がない。
自分を好きになれない。
時間は止まらず、流れていくのに。
他の人は、まるで当たり前かのように、今を生きているのに。
もう頑張れないって
くじけそうになる。
生きるのが辛い。』
私も生きるのが辛いって思うこと、今でもあります。
だけど、今までたくさんの人に支えられて生きてきました。
勇気を出して、自分をさらけ出せる場所や人に出会えたら、きっと生きやすくなります。
薫ちゃん、辛くなったらいつでもここにおいで。
大丈夫。
あなたの居場所は
ここにあります。』
涙がぽたぽた落ちて、せっかく書いてもらった字が滲んでしまった。
「うう…。ああああああーーーー!!」
ずっと堰き止められていた水が溢れて流れるように、私は声をあげて泣いた。
ずっと誰にも話せなかった。
私、今までずっと、孤独で切なかったんだ。
あなたはここにいていい。
そのままで、ここにいていいと
初めて言ってもらえたような気がした。
手紙にはドリンク一杯無料券が同封されていた。