5・染まらない色
今日は三者面談の日。
簡単な挨拶を終えると、新井先生が口を開いた。
「学業に関してはとても優秀で申し分ありません。ただ、ほとんどの時間を一人で過ごしていて、人との交流が少ないのが心配です。
余計なお世話かもしれませんが。」
そういうの言わなくていいのに…。と思いながら、私はただ自分の膝を見つめている。
「すみません。昔から人見知りなもので…。」
母が申し訳なさそうに謝罪する。
「いやあ…すみません!高校生相手にこんなこと言うのもどうかと思ったのですが…。
杉野。お前、気の合う友達を作ってみたらどうだ?友達は多い方が楽しいぞぉ!」
「はい。すみません。」
私は1秒でも早くこの場から離れたかった。
友達がいないのはお前の能力不足だと責められたような気がした。
母は夜勤明けで疲れてるんだっつーの。余計な心配させたくなかったのに。
やっぱり新井はきらいだ。
「いや。別に謝ることじゃないんだけどな!はっはっは!」
「はい。すみません。」
反射的に口早で返事をしたら、その場が凍りつくのを感じた。
私は膝の上でやり場のない両手を小さく握りしめた。
昼休みは1分でも早く食事を済ませ、本を読んでいる。
トイレ以外は基本的に席を立たない。
この時間だけが、別世界に浸れる至福の時間なんだ。
「すーぎのさん!」
げ。また来た。
見上げると、いつもの自称仲良し3人組が前に立っていた。
「ごめーーん!数学の宿題、終わってなくてさ。またプリント見せてもらってもいいかな」
いつものように無言でプリントを出そうとすると
ピシャッと取り上げられるようにプリントを取られた。
「ありがとー!!やっぱ持つべきものは友達だよねぇ!」
私は黙ったままずっと本に視線を向け、一刻も早く時が過ぎるのを待っていた。
この前断ったら嫌がらせしてきたくせに。
◇ ◇ ◇
授業が終わったので、委員会の時間まで図書館で本を読むことにした。
読んでいる本にはこんな言葉が綴られていた。
『日本語は美しい。花が枯れるという現象にも様々な言い方がある。
桜は散る、椿は落ちる、菊は舞う、牡丹は崩れる・・
こんなに表現豊かで、美しい言語を僕は他に知らない』
「きれいな言葉。」
つい口から出てしまった。
そんな声に気づかなかったように、本棚の後ろ側で声が聞こえた。
例の仲良し3人組の2人が話している。
「杉野さん、かわいそうだよね。何も言えないことをいいことに、いつもあんな風に使われちゃってさ。」
「りこ、言ってたよ。使える奴はこっちから声かけて使ってやらないとって。」
「やばっ。性格わるっ!」
「てかりこってさー。山口に馴れ馴れしく話しかけるの、まじうざいんだけど。」
「まな、1年の時から山口にぞっこんだもんねー笑」
「うるせー!」
2人の笑い合う声に耐えられなくなって、私はトイレに駆け込んだ。
鼓動が、全力走をした直後みたいに速くなっている。
ねぇ。どうしてそんな乱暴な言葉が使えるの?
「大丈夫。大丈夫・・。」
思わず叫びたくなる衝動を抑えながら、私は両手を胸に当てて何度も自分に言い聞かせた。
あんな会話、日常茶飯事なのに、どうして受け流せないんだろう。
こんなに苦しくなるんだろう。
こんなにも、生きづらいんだろう。
◇ ◇ ◇
帰宅してお風呂に入った後、三者面談のことを思い出しながら日記を書き始めた。
『杉野、お前気の合う友達を作ってみたらどうだ?友達は多い方が楽しいぞぉ!』
新井に言われたとき、本当はこう言い返したかった。
「ありがとうございます。
ただ、今は無理して誰かと一緒にいるより、一人で本を読んでいる方がずっと楽しいんです。」
続きを書くのがだるくなって、ベッドに勢いよく倒れた。
(なーんて言えるわけない)
◇ ◇ ◇
翌日、私はバイト先に向かった。
どうしてバイトをしてるかというと、他でもない、本を買うためだ。
バイト先は、ホームセンターにある園芸エリア。
働き始めて1年と半年を過ぎていた。
「ちょっといいかしら。この植物なんだけど、日当たりが悪くても育つのかしら?」
「えーと・・。少々お待ちください。」
社員の菅野さんが足止めを喰らっているのを見かけた。
私は片手をさりげなく上げて「私が引き受けますよ」の合図を送りながら近づいた。
「アジアンタムですね。そちらは直射日光が苦手な植物です。室内の明るめのお部屋でしたら育ちますので、
半日陰で良いと思います。
シダの仲間なので乾燥が苦手です。霧吹きなどでこまめにお水をあげてください。」
「あら、お若いのによくできた社員さんね。ありがとう。」
お客様は商品を持ったまま会釈をしてレジの方へ歩いていった。
(良かった。一昨日なんとなく読んだ植物図鑑が役に立った。)
「どーーもっ!」
菅野さんは投げやりな感じでそう言い放つと、そそくさと去っていってしまった。
(私、余計なことしちゃったのかな…)
バイトを終える前、掃き掃除をしている時に菅野さんの声が聞こえた。
「たかがバイトの分際でしゃしゃり出てきてさ。私の立場ないよねー。」
「でも杉野さんってかわいいですよね。空気読めないけど。」
「あんたも全然読めてないからっ!」
「冗談っすよ〜!」
あぁ。やっぱり余計だった。やらなくていいことをやってしまった。
私はただ、菅野さんとお客様の手助けをしたかっただけなのに。
けど、それは単なる自己満足でしかなかったんだ。結局、自分の為だったんだ。
私は二人に気づかれないようにそっとその場を離れた。
◇ ◇ ◇
休日に散歩をしているとき、とあるカフェを見つけた。
元々入る予定はなかったけど、看板の「おいてけぼり」というネーミングが、なんとなく今の自分にしっくりきた。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
私が頷くと『律』のネームプレートが入った若い男性店員が、テーブル席まで案内してくれた。
渡されたメニューに目を通すと
『お好きなドリンク+カウンセリングレター』というものがあるのを見つけた。