同居人ひとり、子供がふたり・1
かたーーーーーん。
久方絵美は、仕事道具でもある絵筆を不覚にも落とすはめになる。
―――ある日、同居人が子供を拾って帰ってきた。
「……お前…………いくつだ………」
「すまなんだと思っている………二人だ………」
「マジかよ………」
年をきいたつもりのはずが人数が増えてしまい、久方はただ絶句するのみであった。いや、同居人のことだ。久方がその子供の年の話をしたことは分かっているのだろう。その上でわざわざ人数を答えるのだから、コイツは本当に。
同居人の名前を、周美言と言う。久方とはもうすぐ10年の付き合いになる。
まぁそのへんの話は追々していこう。今は子供の話だ。
イチから整理する。まず、周は今日、朝から妹夫婦の葬式に行っていたはずだ。両親とあまり仲が良いとは言えない周が訃報と日程を聞いたのは、唯一仲がいいらしい兄経由である。よって今も、周と子供は喪服で身を包んでいるわけだが。
「……………塩は」
絞り出した久方の言葉に、「ちゃんとやったよ」と周が答える。
「………着替えといで。そのかっこ苦しいでしょ」
「うん。ありがと久ちゃん」
落ちた絵筆を拾って、パレットに置く。随分と精神的に堪えたであろう同居人に、コーヒーを淹れてやるためである。
部屋から出てキッチンに向かうと、必然的にリビングダイニングにいる子供を目にするわけだが。その子供は二人とも、いわゆるブロンドの髪に透き通る水色の瞳をしていて、久方はまた頭を抱えたくなるのを耐えた。
シュンシュンと音をたてるヤカンを眺めながらコーヒーの香りに興味をくすぐられていると、いつものTシャツとハーフパンツになった周がよろよろとキッチンに入ってくる。
「ほれ、コーヒー」
「ん、あんがと」
コーヒーが入った大きいマグカップに口をつけた周は、ほうっと一つ息を吐いた。
「……で? 妹さん夫婦の葬式って聞いたんだけど」
「ソウデス」
リビングダイニングに子供を置いたまま話すのはかなり気が引けたが、見た目から年齢を察するに、上の子は小学校高学年くらいだろう。申し訳ないが少し待っていてもらう。全ては報連相を怠った同居人の責任である。
せめてもと牛乳をコップに移して渡すと、下の子はすぐに飲みだした。
「なんで子供を拾うような展開になるの」
「…………子供、なんだよね」
「は???」
それは知ってんだよ、という目で同居人を睨む。周は「そうじゃなくて」とやけに気まずそうに子供に目を向けた。
「妹の、子なの」
「………………………国際結婚だったのか、妹さん……」
出た言葉がこれだから、久方もかなり混乱しているらしい。妹の結婚は知っていたものの式には呼ばれなかった周本人も、「おれも今日初めて知った……」と少し呆れた顔をした。
「親御さん認めたのか? お前んとこ、典型的な毒親だろ」
「なんとかって感じ。婿入りを条件にOKしたらしいけど、今回のことが国際線の飛行機事故だったから棺に縋りついて泣いてたよ」
直接会ったことがあるのは片手で足りるほどだが、想像が容易すぎた。
「あの、」
二人で振り向くと、上の子が少し眉を下げた表情で立っていた。その背中に隠れるように、下の子もこちらを伺っている。
「ああ、放置して悪かった」
「さてと」と、久方がしゃがんで目線を合わせる。
「気の知らぬ馬鹿が悪かった。あれは周美言、私は久方絵美だ」
久方に親指で示され、周はやや項垂れる。
子供たちは少し顔を見合わせて、
「周桜です」「あまねつばきです!」
と、自己紹介をした。教育はよろしいらしい。
「ん、偉いな。ありがとう」
久方が口角をあげると、周が後ろから「年も言える?」と質問する。下の子が「よんさい!」と即答し、上の子は「10歳……」とややか細く答えた。
それから、周と久方を交互に見て、人当たりの良い笑みを浮かべた。
「あの、このおうちでの、お父さんとお母さん……ですか?」
「……………」
周は色々な意味で返答に困った。
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