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39罪悪感に苛まれる怪物

 -六年前-


「レイラ、帰ってきてくれてよかった。やっぱり一ヶ月も行方不明だったし、体中に怪我もあるし、内傷にも何かあるかもしれない。でも安心して、午後には王都で一番の医者が来て、もっと詳しく診てくれるから」

「うん……」


 お父さんは私のベッドのそばに座っている。彼の手は大きくて温かくて、ずっと私の髪を撫でてくれる。

 手のひらの温もりが私の冷たい髪を温めてくれるし、この冷たい身体も温めてくれる。

 雨水に濡れてしまったせいで、ふわふわの毛布に包まれていても、私の身体は止めどなく震えて咳き込んでいた。


 そんな私を見て、お父さんの顔はやがて優しさや温かさではなく、悲しみや恐怖に変わっていく。

 彼はゆっくりと全身を震わせ始め、頭を下げて涙を流す。お父さんはとても弱くて無力で、彼の頭や頬を撫でたりしたいけど、この弱々しい身体では何もできない。

 お父さんは亡くなったお母さんから受け継いだネックレスを握りしめる。

 彼の涙がネックレスに落ちるし、床にも落ちる。ベッドに横たわっているだけでも滴り落ちる音が聞こえた。


 私にできることは自分の身体や無力さを憎むことだけ。お父さんに泣かないでほしいと言いたいし、私は大丈夫だと言いたい。

 でもこの身体の前の持ち主は本当に弱すぎる。手すら挙げられないし、さっきの返事もとても辛かった。

 でも私は全力を尽くしてみて、最後の力を振り絞って腕を上げる。悲しみに沈むお父さんに触れようとする。

 今度は私が彼の髪を撫でる番だ。お父さんは驚いて涙を止める。そして私の手を強く握って離さない。

 彼の目には恐怖と不安しかない。お母さんと同じように家族を失うことを怖がっている。

 私はまだ転生してきたばかりだけど、彼の心や感情やすべてがすぐに分かる。元々空っぽだった心が一気に満たされる。


 やがて私の目からも涙がこぼれ始める。涙が頬を伝って毛布に染み込む。汚してしまうかもしれないと気にする余裕はない。

 お父さんと一緒に泣きたいし、支え合いたい。お父さんがもうこんな風に泣かなくて済むようにと決心する。

 その時、ドアの方から人の気配がするのに気づく。彼は入ってこないで、ぼんやりと立っていて、目には虚しさや悲しみが溢れている。

 あれは兄さんだ。彼はずっとそこにいて、私たちを見ている。まるで他人のように。

 お父さんも気づいた。彼は涙を拭って、お母さんの形見をしまって、立ち上がる。すべてが落ち着くまで待ってから、兄さんに向き直る。


「ディランか。どうして入ってこない?」

「ああ……あなたはわかっているはずです、僕、僕のせいなんです……」

「もういい!」


 お父さんが兄さんに怒鳴った。部屋の空気が一変する。

 兄さんは突然の叫び声に驚いて、お父さんの目を見られない。両手でズボンを握りしめて皺を作る。


「もうお前を責めてないんだ。でも妹はどう思ってる?妹はまだ許してないんだぞ。だからお前は妹の世話をしっかりしろ。わかったか?」

「はい、わかりました」


 兄さんの答えはとても弱々しく、とても無力。彼の目の周りは真っ黒で、疲れ切って見える。

 無力感と消耗で心身ともに衰弱していた。今の兄さんは私よりも壊れやすいかもしれない。

 お父さんは言って、兄さんの横をすり抜けて部屋を出て行った。私と兄さんだけが残された。


「……」


 兄さんは何も言わなかった。

 どれくらい経ったか分からないけど、兄さんは勇気を出して私のそばに来た。いすに座って私を見るのではなく、立ったままだ。 私には分かる。それは自責や罪悪感の目だ。彼の心身を長く苦しめてきたんだろうな、彼はもう限界に近いように見える。触れただけで壊れそうだ。


「に、兄さんか」


 私の本当のお兄ちゃんじゃなくて、彼はレイラ・フェリウェムのお兄ちゃんだけど、こんな彼を放っておけない気持ちがする。

 兄さんが壊れてしまわないように、私は必死に彼を呼んだ。彼に元気になってほしいと思う。

 でもそれは兄さんをさらに自責させることになったみたいだ。彼はひざまずいて、ゆっくりと私のベッドのそばに移動する。


「僕のせいだ、レイラ。全部兄さんのせいだ、レイラ……僕は本当は君を憎んでああしたんじゃないんだ、わがままな君に教訓を与えようと思って、わざと手を離して、わざと君を一人にしたんだ……結果君は誘拐されちゃった、僕も思ってなかったんだ。僕を許してくれるか……僕を許して……」


 彼は私の手を掴んで、慈悲や赦しを求める目で見つめる。何か言わないと、兄さんはここで本当に壊れてしまうかもしれない。


「わ、私は、許したよ……兄さん」

「ああ!」


 兄さんは叫んで、泣いて、すべてを捨てた。何も気にせずに泣くし、何の品格もない姿だ。弱くて無力で、悲しくて虚弱だ。

 彼がどうやって耐えてきたのか分からない。考えただけでも恐ろしい。

 でも私は本当のレイラ・フェリウェムじゃない。他人の身体を盗んだ泥棒に過ぎない。

 私はなぜロンドンの街で死なずにまだ生きているのだろう?しかもレイラ・フェリウェムとして生き続ける。神の理由分からない。


 レイラ・フェリウェムの代わりに兄さんを許すことができないのに、ただ見ているだけの傍観者なのに。

 でも心の中では彼が罪悪感に苦しむのを見たくない。だから勝手にレイラ・フェリウェムの代わりに決めてしまって、彼を許してしまった。

 私がしたことは本当に正しいのだろうか?それも分からない。

 その時、部屋の外から足音が聞こえる。誰だろう? 兄さんはそんな些細なことも気にせず、泣き止まった。

 毛布の上に顔を埋めてずっと寝ている。

 私も頑張って兄さんの髪を撫でていて、それは乱雑で手入れされていない髪だ。しかも皺が寄ってしまっている。貴族としては見苦しいかもしれない。


「ありがとう、レイラ」


 兄さんは顔を上げて私を見る。その時の彼は少し理性や人間性を取り戻したようだ。

 その時私は気づいた。兄さんの目には希望があった。

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