96帰還
远くの山々にオレンジ色の雲が漂い、夕日が荒野を赤く染めている。商隊のラクダや馬たちは荒れた平原で休んでいた。
その荒野を馬に乗った3人の少女が進んでいる。レイラとザーラが並んで歩き、ルーナは少し離れて後ろにいた。
「心から感謝しております、ザーラ姫。商隊を見つけてくださっただけでなく、カン国内の通行証まで用意してくれて、本当に感謝の念に堪えません」
「気を遣う必要はないよ。お前たちがいなかったら、また多くの人々が無駄に死んでいたかもしれないね」
そう言った後、ザーラは突然馬を止めてレイラをじっと見つめる。
「実は……カン国内の情勢は非常に厳しい。我々クイリザル人が半分の世界を征服したとはいえ、三代目のカガンが亡くなって以来、クイリザル・カン国は6つに分裂してしまう。最悪なことに、各カン国で互いに戦争までしてるし。今残っているのはクイリザル・カン国、ガイル・カン国、チムザル・カン国、そしてマンクルス・カン国の4つだけ」
「ザーラ姫、その話なら北方の私たちも知っていますが……どうして今それを?」
「かつての栄光を取り戻し、各カン国の敵対を解消したい。それに、領主として能力のある人材がどうしても必要なのだ。だからお前たちに、ここに残ってほしいと思ってた」
レイラは後ろにいるルーナを一瞥し、二人とも少し驚いているようだ。
「本当に申し訳ないけど、ザーラ姫……」
「もういい」
ザーラは手を振って、レイラの言葉を遮った。
「お前たちが北方に戻ることは分かってる。でも、いつでもあたしのところに来ていいってことだけは覚えておいてほしい」
そう言うと、ザーラは二人に軽く頷いてから馬を走らせ、草原の町へと戻っていく。
「レイラ、どう思う?」
「彼女は本気だと思うよ」
「でも、戻らなきゃいけないのね。悪い予感がするし、早く帰らないと……」
夜が更け、気温が急激に下がってきた。昼間は灼熱のような砂漠も、夜になると寒さで震えるほどだ。旅人たちは手慣れた様子でユルトを建て、寒さをしのぐ準備をしている。周囲には金属の棒が立てられ、魔物の襲撃に備えていた。
一方で、レイラとルーナは商隊のキャンプから少し離れた場所にいる。レイラは小走りで戻ってきた。
「寒いから商人から酒を分けてもらったよ。一緒に飲もう!」
「またクミスとかじゃないでしょうね」
「ふふーん、今回はちゃんと普通の酒だよ!」
焚き火は時折火花を飛ばし、遠くから魔物の鳴き声が聞こえてくる。ルーナはその不気味な声の方向を探ろうとしている。
「なんだか魔物が前より落ち着きがない気がするし」
「気のせいじゃない?それより味はどう?」
「結構おいしいわね」
「それはよかった。それでルーナ、ご家族はどうだった?」
「えっ?なんで急にそんな話に?」
「同じ転生者同士、ちょっと気になっちゃって」
「弟がいるんだけど、日本に会いに来たときに事故に遭っちゃったの。全部一瞬の出来事で……まだ生きてるかどうかも分からない」
ルーナは少し沈んだ表情をしながら酒をもう一口飲んだ。
「弟さん、きっと無事だよ。むしろ、この世界に来てる可能性だってあるし」
「そうだったらいいけどね……お前さ、どうやってこの世界に来たの?」
「あんたと大体同じよ。ロンドンで事故に遭ったの」
「なんて不運なの……」
「でも今では、全部意味のあることだって思ってる。この世界のほうがずっといいから」
「アニナに感謝しないとね」
「そうだよね……」
女神アニナの名前を聞くと、レイラの表情が少し曇った。周りを見渡すと、座っている場所には空になった酒瓶がいくつも転がっていた。
「そういえば女神アニナ、このゲームに予約特典があったって話じゃない?ルーナ、何かもらったの?」
「えっ!?急に言われても思い出せないけど、確か能力とか武器だったかな……あ、そうだ!シリアルコードってものがある気がする」
レイラは急に真剣な表情になった。
「そのシリアルコードって、確か公式サイトの抽選イベントに関するものだったよね?それについてまだ覚えてる?残念だけど、私は外れたんだ」
「なんでそんなに気にしてるの?」
「女神が管理してる世界樹と関係あるって話を聞いたよ。もしかしたら、もっと強力な力やスキルを手に入れられるかもって」
ルーナは何もない空間に向かって手を動かし始める。何かを操作しているらしい。
「ええっと、見つけた!確かJTY798452。このシリアルコード、アニナから聞いたんだけど、ただのシリアルコードじゃなくて、世界樹への重要なパスワードらしいよ」
「本当?私の記憶では、それはスキルや能力に関するものだったはずだけど」
「絶対違うよ。アニナが直接そう言ってたもん」
レイラは酔っ払ったルーナをじっと見つめた後、立ち上がる。
「JTY798452...アニナがこれを渡した理由って何なんだろう?世界樹に入るためだけ?」
「この世界に来たときにね、彼女から『おめでとうございます』って言われたの。そして、聖女として生まれ変わるのを許してくれて。このシリアルコード、そんなに重要なものじゃない気がするけど」
「なるほどね...」
その瞬間、レイラは微笑んだ。その表情にルーナは興味をそそられた。
「何がそんなにおかしいの?」
「聖女を引き当てる確率なんて、すごく低いんだよ。やっぱり、あんたの運はすごいわね」
「だから言ったじゃん、あたしの運がいいって!」
「そうだね...でも、明日の朝早く出発するから、もう寝た方がいいよ。ここは私に任せて」
「そうだね。ちょうどあたしも疲れてたし」
「交代のときに起こすから」
「えー、ちょっとだけ長く寝かせてよ~」
ルーナは欠伸をしながら背を向けた瞬間、漆黒の枝が腹を貫いた!
自分の腹が貫かれ、血がどんどん流れ落ちていくのを恐怖の目で見つめた。何が攻撃してきたのかすら分からない。
聖女としての強靭な身体能力を持つ彼女ですら、その枝から逃れることはできなかった。
まるで魔力を吸い取られているようだ。
「レイラ?...どうして......」
「ごめんね、ルーナ。あんたはいい人だよ...でも、私にも私の立場があるさ」
「立場って...なに?」
レイラの右手は漆黒の枝に変化し、その枝が鋭い武器となってルーナの腹を貫いていた。ルーナは振り向こうとしたが、力がまったく入らなかった。
「あんたの弟は、この世界にいるはずよ」
「え?」
「次に会うときは、私たちは本当の敵同士。そして、そのときの私は、こんなに優しくないよ。さよなら、ルーナ」
ルーナの心臓は分岐した枝によって貫かれ、完全に動きを止めた。彼女のもがいていた両手も、力なく垂れ下がってしまう。
その後、漆黒の枝は収縮し、何事もなかったかのように元の状態に戻った。
レイラはルーナの死体を静かに見つめ、ため息をついた後、指を鳴らした。すると白髪の老人がゆっくりと焚き火のそばに現れ、聖女の遺体をじっと見る。
「お見事です。聖女が女神の力を使う前に始末するとは」
「お世辞はいいよ、スタチュート。彼女にはまだ一度だけ復活の機会が残ってるぞ。さあ、行こう。いつ復活するかわからないから」
「今ここで死体を処理しておけばいいのでは?」
「無駄だよ。聖女の肉体なんてただの容れ物だ。それより、頼んでいたことは全部終わった?」
「全て準備完了です。それと、地元の魔王教の信徒たちには本部への移動を命じておきました」
「よくやったね。むしろ私がいない間、君がうまくやってくれたおかげだ。本当に長い間、ご苦労様」
「それが私の役目ですから」
スタチュートは礼をしながら、レイラに敬意を示した。
「じゃあ、戻ろう。勇者がすでに到着していた」
「了解だよ、魔女様」
スタチュートは指輪を投げて転送門を召喚し、その中へと入った。レイラは焚き火のそばの死体に目を向ける。
「本当にごめんね、ルーナ……でも、この全てを無駄にはしないから」
そう言うと、魔力で服を変え、転送門をくぐる。
転送門の出口は本部付近にあり、そこは魔王教の本部がある町、アナスタシだった。
この都市は480年以上、人族に一度も陥落されたことがない要塞であり、世界最大の魔王教信者の集まる場所でもある。そして信徒の数は150万人を超え、世界で唯一魔王教が支配するところ。
レイラは本部の神殿を見渡し、崖の上に立ち、街全体を眺める。
巨大で美しいこの町は生き生きとし、活力に満ちていた。遠くには巨大な城壁と、大型の魔物がこの都市を守っているのが見える。
「アナスタシは百年経ってもほとんど変わらないね。この空気、本当懐かしいな。でも城壁は改修されたみたいだね」
「そうです。メビウス様が特別に修繕を命じました。最近、襲撃事件が多いですから」
「ふーん……あれは赤色警報?」
遠くの鐘楼が赤く塗られ、街中には魔物の軍隊が巡回している。ただ、守られているのは人間だった。
「そうです。そして会議で一つの決議が通りました。勇者を追うのを諦め、戦力を縮小することに決めました。ただし、勇者の存在が他の人族国家に確認されたら、我々の状況は非常に厳しくなります」
「魔王がまだ降臨していないからね。最悪なのは、魔王を復活させるのも困難なことだろね」
「おっしゃる通りです……」
「スタチュート、先に行ってて。まだやることがある」
「かしこまりました」
スタチュートが去ると、レイラはゆっくりと会議本部の石の階段を登り、この町の空気を再び感じ取る。
扉を押そうとすると、中にはすでに一人の男が立っていた。青い燭光が床全体を照らし、ステンドグラス越しに差し込む陽光が部屋を彩っていた。
メビウスは入ってきたレイラを見て、満足そうに微笑んだ。
「本当に帰ってきたんだな…オリビィア。久しぶりだな」
オリビィアは少し懐かしむような表情で部屋を見渡し、短く答えた。
「そうね…本当に久しぶり……父上」




