1.スタートを幸先よく切りたい
『レイラ、本当に良かった!やっと帰ってきてくれたんだね、全部お兄ちゃんのせいだよ!あの日わざとあそこに置いてきたり、手を離したりしなきゃよかったんだ。もう嫌いだなんて言わないから、許してくれる?お願い……』
雨の中で私を抱きしめて泣く男の人の姿が目に入る。
こんなに弱々しい人を初めて見た。服も髪もびしょ濡れで。
暗い空、黒い雲、豪華な門、雨つぶが私たちの体に当たる。
その時初めて変だと気づいた。ここはイギリスに似てるけど、イギリスじゃない。
ロンドンの空気、あの街の匂いはまだ覚えてるけど、ここには血の匂いだけだ。
ああ、鼻から血が出てるからか。全身もすごく痛い。
徐々に抱きしめてる人が誰かわかってきた。声がすごく分かりやすいから。
でも本当だと信じられなかった。でも弱ってるから抱きしめてあげた。泣き顔を見るとつい慰めてあげたくなる。
私を泣きながら抱きしめる若い男性はゲームのキャラクターだった――ディラン・フェリウェム。
どれくらい抱き合ってたかわからない。他の人が来るまでずっと。 もう一人背の高い男性が私と彼を抱きしめて泣いた。
それはディランのお父さんだった。
豪華な門の奥に白髪の美少年が私を見てるのも気づいた。目に光がなくて、憎しみに満ちた目で私を見てるだけ。
すぐに彼もわかった――オエリ・エザルド。でも彼は私を見るのをやめて人混みから離れて行く。
「お嬢様、もう起きましたか?」
この夢は懐かしいな。花の香りがする。夢の中の白髪の少年が目の前に現れた。
「お嬢様、やっぱり起きていましたよね。早く起きないと、ディラン様がまた怒りますよ」
「あと10分……」
「お嬢様は本当に…ディラン様が怒っても助けませんよ」
言ってから布団を引っ張ろうとしたけど、私は起きる気がしなかった。
布団を取れなかったオエリちゃんはカーテンを開けようとする。
「それじゃあカーテン開けますよ」
「待って……」
オエリちゃんを止めようとしたけど間に合わなかった。 眩しい日光が刃のように目を刺した。一瞬目が開けられなかった。
「ああ!目が!!体が溶けちゃうー」
ベッドで転がりながら目を覆った。
「はぁ。お嬢様、何してるんですか……吸血鬼じゃないんだから……」
オエリちゃんがため息をつくのが聞こえた。目もだんだん日光に慣れてきた。
少しずつオエリちゃんの姿が見えてきた。ああ、もう制服を着てるんだ。
小柄な体だけど意外としっかりしてる。家事も上手だし。 紫色の透き通った瞳、優しくて可愛い顔、きれいな肌。
羨ましいな。この子は女の子より可愛いじゃないか。許せない! でもこんなに愛らしい姿を見るとつい頬をつねりたくなる。
「何をニヤニヤしてるんですか、お嬢様。ついに頭がおかしくなったんですか?制服はベッドの上に置いてありましたから、後で着替えて朝食を済ませてくださいね。それからディラン様と一緒に馬車で学校に行きますから。では失礼し……え!何をするんですか!お嬢様」
細い手首を掴んで胸に抱き寄せた。
「キスしてくれないと起きられないよ」
「お嬢様……もうからかわないでくださいよ」
彼はすぐに私の抱擁から逃れて私を押しのけた。
オエリちゃんは枕を取って私の顔に押し付けた。息ができない。苦しい。
枕を取り除いてやっと呼吸できた。でもその代わりに真っ赤になったオエリちゃんの顔を見てしまった。心の中で何かが目覚めた気がした。
「お嬢様……もう知らない!」
オエリちゃんはそう言って部屋から走って出て行った。
冗談が過ぎたかもしれない。彼には申し訳ないと思った。でも本当に可愛いな。
口元がつい上がってしまった。
ダメダメ!私は淑女だから、品位を保たなくちゃ。
話は変わるけど、この世界に来てもう6年目だよね。
フェリウェム伯爵家の悪役令嬢レイラとして転生した私は、前世の記憶も忘れてない。
この世界は前世でプレイした乙女ゲーム『Ultimate Love』の世界で、まさかこんなところに来るとは思わなかったけど、神様に会ったこともないし、まあいいや。
この乙女ゲームには5人の攻略対象がいて、オエリはその一人だった。この可愛さはゲームの彼とそっくりだ。
ベッドから起き上がって制服を着始める。
この制服はこの国で一番有名な魔法学校フォスタンイーン魔法学校のものだ。服飾は華やかで、黒と白の配色が落ち着いて見える。かっこいい黒色のマントも付いてる。
この魔法学校は誰でも貴族でも入れるわけじゃなくて、厳しい試験と面接に合格しないといけない。
だからこそこの学校は北の国々で一番大きくて良い学校になったんだ。
鏡の前に立って、漆黒の髪、エメラルドのように美しい瞳、細身の体、繊細な顔立ち。
この姿は前世とは全然違う。今の私がこんな生活をしてるなんて信じられない。
もう一度この美しい体を眺めてから階下に降りる。
「お嬢様、遅すぎますよ」
一階に降りるとオエリちゃんが朝食を用意してるのが見えた。いい匂いがする。
「花茶だね、ありがとう、オエリちゃん」
オエリちゃんの顔に笑顔が浮かんだ。ずっと見ていたいくらい。前は私に敵意を持ってたのに、今は仲良くなった。
「オエリちゃんの料理は一生食べていたいな」
「お嬢様……それって……」
時計の時間に気づいた。やばい!間に合わない!早く朝食を食べなきゃ。
「そうだ、もう時間がないんだった。今日は入学式だもんね。早くしなきゃ」
そうだ、今日はフォスタンイーン魔法学校の入学式だ。失敗できない日だ。それに、ゲームの最初のシーンでもある。ヒロインが攻略対象と出会う大事な日。
ヒロインじゃないけど、それでも重要だ。
どうしてフォスタンイーン魔法学校に早く入りたかったかって? 今通ってる学校は教えることが簡単すぎて、周りの人も幼稚すぎるから。もっと自分を充実させたかっただけ。
でもこれはゲームと違う。悪役令嬢の「私」は本来ヒロインと会うのは一年後だった。
一年早くフォスタンイーンに来れば、オエリちゃんと一緒に学校に行けるし、お兄ちゃんにも会えるし、問題ないと思っている。
ヒロインがお兄ちゃんを選ぶときに、悪役令嬢の「私」が登場するんだ。
でも彼女は学校には現れない。入学新生の名簿を一ヶ月前に調べたけど、ヒロインの名前はなかった。
名簿を手に入れられたのも伯爵令嬢の身分のおかげだね。
でもこの気持ちは何だろう? 期待もあるし、イライラもする。
庭園の門まで行くと、馬車の横に立ってる人がお兄ちゃんだ。私と同じ黒髪で、兄妹で母さんの美しい緑色の瞳を受け継いだ。お父様はいつも私たちは母さんに似てるって言ってる。
「二人とも早くしなよ。これからフォスタンイーンに行くんだから、遅れるとまずいよ、貴族としても……」
「すみません、ディラン様。私がお嬢様を早く起こせなかったせいです」
「そんなことないわ、女の子ってきちんとお化粧をしてから出かけるものよ、だから少し時間がかかっただけで、オエリちゃんと全然関係ないから」
「お嬢様……でも次からは早く起きてください」
私たちの家の馬車なら、なんとか間に合うでしょう。
入学式の日がスムーズに進むといいな。