知らない人から物を貰うな。
目が覚めると草原に寝そべっていた。
なんだココ……記憶が曖昧だ。
オレはどこかに行こうとしていたような……。
周りを見渡すと見知らぬ場所。知っていても記憶がないのだから分かるわけがない。
そんなことを考えて途方に暮れていると、遠くから男女二人組が近づいてきた。
紫のフレアスカートとブラウスを着た胸のデカいボブの女と、黒のスキニーパンツに白いシャツ・緑のミリタリージャケットを着た短髪の男。
……そのジャケットのセンスはいいな。
「あんたも異世界転移してきた人?」
なんだこの全身タイツ野郎は……変態か?
永岡は紺色の全身タイツ──まるでサーファーが使っていそうなピッチピチのウエットスーツを着ている男に話しかけた。
癖のある白いメッシュの入った長髪を肩まで伸ばしているその男の姿は──傍から見れば変態だ。
そいつは異様な服装も相まって草原の上で強烈な存在感を放っている。が、俺は妙な親近感をコイツに感じた。
「イセカイ転移? なんだそれ?」
「なんつーかココは日本とは違う世界だろ?」
「二ホン?……地名か?」
日本語もペラペラ喋ってるし、元いた場所で寝ていたので同し転移した人間と思ったが、勘が外れたかな?
「すまん、記憶が無いんだ」
あ〜なるほど。そっちのパターンね。
「記憶が……大変……」
俺の隣にいた山田は心底心配そうにしている。
「しょうがない、お前も一緒について来いよ。名前は覚えてるか?」
「ひょうどぉ」
「兵藤? 下の名前は?」
「覚えてない」
自身の名前しか覚えてないこの男。俺たちは自己紹介を終え、コイツと一緒に行動することにした。
初対面のハズなのに何故かそばにいると懐かしさを感じる。日本のどこかで会った? いや、コイツに会っていたら分かるはず。だって─────
「兵藤、その恰好は何?」
「知らん、でもフィット感は抜群」
兵藤の服は太陽の下でキラキラ黒光りしている。
その場を後にした俺たちは人里がないか探した。
するとその直後に、とんでもないものに遭遇する。
「うおおッ、エルフ! エルフだ!!」
宛もなく歩いていると出会った少女。
ギリシャ神話に出てきそうな白い服を身に纏い、薄ピンク色の髪をおさげに結んで肩にたらしている。背中にぶら下がているのは矢筒と弓だろうか?
透き通るような肌に長い耳、そして宝石のような赤い瞳を持ったこの少女は、この世の物とは思えないほど美しかった。さすがエルフ、最高だぜ。
「エルフ? ああ[エリフ]のこと?」
「エリフ?」
「うん、私はエリフのセラグレイ・アースリー」
エルフじゃない、いや種族名が違うだけか?
「"セラル"って呼んで」
ニコッと笑うセラルは顔を赤らめながら兵藤を見ている。おいおい、この作品の主人公は俺だろうが神様? ぶっ殺されてぇのか?
「貴方たちは?」
「私は山田ー」
「俺は永岡、んでこっちの変なやつは兵藤」
「ヤマダにナガオカ……それにヒョウドル?」
「ヒョウドウ、兵藤な。なんでも前の記憶がないんだとよ」
セラルは記憶がないという兵藤を見て、少しだけ困惑していた。記憶喪失の奴なんて異世界でも相当珍しいのだろう。
出会ったついでに異世界転移や日本という場所について聞いたが、そんなこと知らない様子。
「何を言ってるのか分からないけど、故郷に戻る方法がなくて困ってるってことかな?」
正直言って俺はこのまま異世界を冒険して暮らしたい。けど、山田は戻りたがってるみたいだし、多少は情報を集めとくべきだな。
「まあそんなとこ、分かることがあったら教えてほしい」
「だったら──ウt「腹減った」
「おい」
「仕方がないだろ、生理現象だ」
「ふふ、少ないけどコレ美味しいよ」
セラルは笑いながら手持ち袋に入っていたチョコレートを兵藤に手渡す。
「うまい。コレもっとよこせ」
それを当たり前のようにムシャムシャ食べて催促する兵藤。
「ごめんね、今持ってる食べ物はそれだけなの」
「ふん、使えない女だ」
と食べ物をくれた初対面の女の子に対し、普通に罵倒する図々しさ全開の兵藤。だけどセラル本人は何故か嬉しそうだった。
「少し離れた場所に街があるの、そこに行けばいっぱい食べれるよ。一緒に行こ?」
歩いて2時間ぐらいの所にある街。そこに行くには大きな森を通る必要がある。その森は非常に複雑で、慣れない者が入れば迷うこと必死。
自ら道案内を買って出てくれたセラルの言葉に甘え、そのついでと歩きながら色々教えてもらった。
はるか昔、【魔王】という存在がいた。とてつもない力を持ち、人々に恐れられた魔王。
しかし、そんな魔王も突如として現れた【勇者】アルカディアスによって倒されてしまう。ほどなくして平穏を取り戻した世界には、魔物の残党だけが残った。
が、魔物の中には上級よりもさらに上とされるバハムウトやドラキュルといった伝説級・神話級の怪物もおり、まだまだ被害は甚大。
そのため、冒険者や国の騎士たちは様々な魔物を狩り、治安を維持している。
「これが120年前ぐらいからの歴史」
「なるほど、他には?」
[魔法]と言われる超常の力には、元々の才能が重要とされている。膨大な魔力を持つが魔法が使えない者・魔力は少ないが魔法が使える者など、魔法使いも様々で俺はおそらく後者。
他にも[魔道具]という魔力を必要としない自律した特殊なアイテムも存在し、セラルが使っている魔法袋もその一つ。魔法袋に入る大きさ、規定された容量を越えなければなんでも入る。
◇
とそんなこんなで、ダラダラ話しながら歩いていた俺たち。そんな中で鬱陶しそうな顔をしている兵藤の姿がそこにはあった。
その兵藤の腕には、セラルが体を寄せるようにピッタリくっついている。
「ねえねえ兵藤? 街についたら一緒に遊ぼうね!」
無条件で好かれるのはラノベの常だけども!
なんで俺じゃないの!? 俺の分はまだなの?
ねえ! 誰か答えてよ!!
「鬱陶しい。ない胸を押し付けるな」
「……」
泣きそうになりながらもセラルは耐える。
「兵藤! 女の子にそんなこと言うなんて失礼だよ!」
兵藤を注意する山田。そんな声に反応し、山田の胸元を見たセラル。
「うぅ……」
我慢できずに泣いてしまった。
「どうしたの? えッえッ?」
無自覚って怖い。
「私だって立派な大人なのに……」
「大丈夫だよ、まだまだセラルは成長期なんだから気にしちゃダメ!」
「そうだぞ、子供なんだから大きくなるだろ」
セラルはおそらく中学生ぐらいのはず。今でも美少女だが、将来はもっと綺麗なお姉さんになるに違いない。
「子供って……私今年で220歳だよ?」
「「に、220歳ッ!?」」
俺と山田が同時に叫んでしまった。
そうだ、異世界に見た目と年齢は関係ない。
人間だと22歳ぐらい?……じゃあ無理じゃん!
「ババアじゃねえか。婆さん、飯はさっき食べたじゃろう」
食ったのはお前だろうが。
「あらあらお爺さん……そうだったかしらねぇ。頭を撫でてもらえれば思い出せるかもねぇ」
この子順応性高けーな。
とふざけていたが……。
「止まって」
突然進行を止め、俺たちに伏せるよう促すセラル。
「ん? どうした、なんかあったか?」
「シッ、……あれを見て」
セラルが指さした先には大きさ10m以上はある
オオカミとスライムだった。
「あれはマスターフェンリルンとキングスレイム? 伝説級の魔物がなんでこんなとこに……」
あのモンスター達は、魔物の中でも【伝説級】と呼ばれる存在らしい。そんな連中が街に続く森の前で大怪獣バトルをしている。
「どうやらフェンリルンの方が優勢みたいだね」
フェンリルンは強い消化液を持っているためか、酸に対する強い耐性を持っている。
そのためキングスレイムの酸性液は効かず、体の半分以上が食われ、中央にあるコアが少しはみ出した状態になっていた。
「このまま隠れてやり過ごそう。巻き込まれたら危険」
確かにあんなのと戦っていたら命がいくつあっても足りない。あいつ等に喧嘩を売るのは相当の馬鹿かイカれだ。
「……ん? おい、兵藤?」
ふと俺が隣を見ると、堂々と立っている兵藤の姿が。……何してんだこいつ、みんなが必死に伏せて隠れてんのによ。
と考えていると兵藤は大きく振りかぶって何かを投げた。
「ばッ、お前──」
空高く飛んで行ったソレを俺は目の端で捉えた。
宙に高く投げられたそれは────。
チョコレートだった。