8歳。いざ、神殿へ。
「お父様、お母様。おはようございます。」
「ああ、おはようアテーナ。」
「おはよう。アテーナの礼も綺麗になってきたわね。」
8歳になった私は上級貴族令嬢としてのマナーや知識を学ぶ日々を送っていた。
知識については家庭教師よりも博識になってしまっていた私のために、母親が週に2日教えてくれる時間を取ってくれているのだが、マナーに関しては前世たちの記憶があまり役に立たない為、王国でも選りすぐりの講師を週3日、家庭教師として屋敷に呼んで、去年から教えて貰っている。
その他にも魔法の技術特訓のための家庭教師が週2日。ダンスの先生が週1日。
気付けば勉強漬けの毎日になっているのだが、それもこれも今日行われる『祈りの儀式』に備えてのものでもあった。他にも学校に入学するまでに、ある程度知識の底上げをしておいた方が良いという理由もある。
「今日はいよいよ『神殿』に行く日だね。昨日は眠れたかい?」
「いつも通りに寝ましたから、大丈夫です。ご心配くださり、ありがとうございます。お父様。」
相変わらず親馬鹿な父親が眩しいくらいの笑顔を朝から向けてくれる。
「アテーナなら大丈夫ですよ。きっと素敵なご加護を賜れますわ。」
母親がふんわりと柔らかい笑顔を向けてくれて、私の心も落ち着いていく。
親子三人がダイニングの席に着いたところで、メイドや使用人たちが食事を運んでくれる。
今日の朝食はミートオムレツに生野菜のサラダ(ごまドレッシング仕立て)、クロワッサンにベリージャム、煮リンゴの入ったヨーグルトだ。
サラダにのった角切りトマトを口に運ぶ。
「今日もバシュッツ様のトマトは美味しいですね。」
私の言葉に、そういえばと父親が教えてくれた。
「なんでもトマトの品種改良に乗り出すことにしたようだよ。アテーナが言っていた話をしたら興味を引いたみたいでね。王都からも植物研究所の職員を一人派遣させて、本格的に取り組むそうだ。」
それは是非、頑張っていただきたい。
そしてミニトマトを作り出してくれ!
王都の植物研究所の職員と聞いて、少々心配ではあるが…乾いた土地について調べもせずに『呪い』と言い張った過去があるからね。
「ところで、なんで領主なのにお父様は他人事な言い方なのですか?」
ちょっと気になったというだけだけど。
「ああ、今回この話の指揮に付くのはスティアーノ王子殿下だからね。私は彼の補佐に回るだけだよ。」
「まあ!」
ちょっと残念そうな顔をする父親の言葉に、私より驚いた表情を見せたのは母親の方だった。
「スティアーノ王子殿下はクランべナー領に滞在されますの?もしかして、王妃殿下がご一緒かしら?」
ああ…、そっちね。
思わず父親と目を合わせて苦笑する。
お母様のレイラーン王妃殿下への愛情は健在だ。
こんなに王妃殿下を愛している母親を、なぜ父は好きになったのかと尋ねたことがあった。
父親は少し照れながら言った。
「王妃殿下を見つめる彼女のとろけるような表情に一目惚れしたのだ。」と。
最初から王妃殿下好きな女性を愛してしまった父に軽く同情する。
「メーティス。残念だけれど、二人とも領地に滞在はしない予定だよ。王子殿下はその研究の時だけ来て夕刻には城に戻る予定だからね。」
「そうですの…」
そりゃあ、そうだろう。
クランベナー領は王都にほど近い。馬車で2時間の距離なのだから。
あからさまに残念そうに俯く母親だが、胸元には5年前に父親がプレゼントしたネックレスが輝いている。
なんだかんだで仲睦まじいのだ。
そして、そんな母親のお腹には赤ちゃんがいて、あと3か月もすれば生まれて来る予定だ。
「ふふ。お母様はまずはお身体を大事にしてくださらないと、私の弟が困ります。」
「え?」
「弟ってわかるの?アテーナ。」
両親が不思議そうに私を見つめる。
私は自信を持って頷く。
「はい。お母様のお腹からは男の子の色というか…空気感というか…オーラのようなものが見えますからね。間違いなく男の子ですわ。」
「そうか…男の子か。」
「アテーナが言うなら、そうなのね。」
二人は感慨深げに微笑み合っていた。
そんな二人に構うことなく、私は朝食を終えると「用意がありますので、お先に失礼します。」と告げ、席をたった。
私自身、弟が生まれることに感謝しているのだ。
もし女の子だったなら、私か妹のどちらかが婿を取って領主を引き継がねばならないことになっていたのだから。
女性領主はなかなかに厳しいのを知っている。
貴族社会は特に、男尊女卑思考が根深くあり、女性は男性の身分によって階級を上げられると思われているからだ。
実際、玉の輿を狙う女性も多い為、権力とお金がある男性がモテるのは本当だろう。
そこに感情があるのかは疑問だけど。
しかし、私はまず恋愛をしたいと思わないのだ。
未婚で女性領主となれば、今以上に奇異の目で見られ、領地民たちにも迷惑をかけることになる。
また、偏った考え方の殿方を婿に取ってしまった日には、領地運営が行き詰まりを迎えてしまう。
幼い頃から父親の仕事ぶりを目の当たりにしてきた子供が引き継ぐのが最良であり、それは男の子であるべきなのだ。
もし、私が政略結婚でお嫁に行くとき、マーシャは一緒について来てくれるのかしら?
ふと専属メイドの進退が不安になってきて、今必死に私の着替えを手伝ってくれている彼女を見つめる。
「お嬢様?もしかして、朝ごはん食べすぎちゃいましたか?」
「は?」
「いえ、お腹周りが苦しくて、そんな顔をされているのかと思いまして。」
「…どんな顔?」
「…1週間くらい、お通じがない時のような苦しそうな顔ですかね。」
どんだけだよ!
メイドの心配をしたら便秘で苦しいのかと心配されるとか…
「ぷっ。マーシャらしいわ。」
「ありがとうございます。」
褒めた覚えはないけれど、嬉しそうにお礼言っちゃったよ。
もう、マジ可愛い。
マーシャによって着付けられた装いは、神殿に行くに相応しい、落ち着いた紺色に金と白の刺繍が入ったドレス。
袖元と裾には大量の白いフリルがあしらわれており、地味だけど存在感のある…見る人が見ればそれなりにお金のかかっているドレスなのだ。
姿見で確認して、「うん。こんなもんよね。まだ8歳だもの。」と納得していると、マーシャが「動かなければ、お淑やかに見えます。」と真顔で答えた。
「ところでお嬢様、ご貴族様たちが行う祈りの儀とは、一体どういったものなのですか?」
マーシャは平民の出だ。
貴族の儀式には疎くて当たり前なのだ。
だから、私は簡単に分かりやすく説明する。
「貴族が持っている魔力の種類の特定と、量の測定といった所かしらね。」
「種類ですか?」
「ええ。魔法にもいろいろな種類があるでしょう?例えば、お父様なら『雷』『水』『風』それから、空気を読める『光』ね。お母様は『火』『風』それから言葉を覚える『音』。どれも使い方次第で富にも罪にもなり得るから、ちょっと勘違いしちゃう貴族もいるのよ。貴族も平民も同じ人間なのにね。」
「なるほど。それでは、王族はもっと沢山の魔法属性の種類をお持ちなんですかね?」
「誰がどんな魔法を持っているかは、詳しく知っているのは国王様と神殿長様くらいだから、本当の所は分からないわ。でも、魔力量に関しては、王族が桁違いに多いと聞いているわよ。」
2年前には私とほぼ互角だった(想定だが)ステイの魔力量も、今はきっと倍以上違うに違いない。
図書室にある本や、文献を調べてみても、王族より多い魔力量を所有する貴族は、過去に一度もいなかったのだから。
それは、王族がこの国全体を豊富な魔力でもって守っているからだと書かれていた。
どうやって守っているのかまでは分からず終いだったが、きっとバリアを張っているとかではないかと想像する。
「お嬢様は毎日お勉強をされているじゃないですか?それは今日の儀式の為だと伺っています。ならば、お嬢様の魔法属性の種類はきっとこの国でも5本の指に入るくらい多いでしょうね。」
「それは、マーシャの買い被りよ。私より努力している人たちは沢山いるわ。」
「…そうでしょうか?」
マーシャの呟くような疑問を、私はスルーした。
家庭教師の下で魔法の勉強をして分かったことがある。魔法は料理に似ているのだ。
魔法属性の種類は調味料みたいなもので、いくつかの属性を掛け合わせることで便利に使えるようになる。
例えば『火』と『風』でドライヤーのような温風にできたり、『雷』と『光』で懐中電灯のようなものができたり、『音』と『水』でオルゴールのようなことができたり…組み合わせで様々なことが出来るようなのだ。
だから1種類よりは数種類の属性の種類が得られた方がいい。
その為の勉強漬けだったのだから、マーシャの言う通り、是非に沢山の種類をゲットしたいものである。
王都にある神殿までは、馬車で片道2時間かかる。
今日は父親が付き添いで来てくれるのだが、母親は大事をとってお留守番だ。
クランべナー領の家紋が入った馬車の中で、父親と向い合せで座った私は、そっと窓の外を眺めていた。
そんな私に父親が考える風に口を開く。
「アテーナは魔法がうまく扱えるようになったら、どんなことをしたいとか…考えているのか?」
私は目を瞬かせ、そして少し考える。
「私は、どんな魔法が使えても、使えなくても…今まで通りの生活を望みます。興味の赴くままに調べて、思いついたことをやってみて…それが誰かの笑顔に繋がるのなら、幸せです。」
「…そうか。」
綺麗な言葉にして伝えてみたが、結局の所、『私らしい自由を満喫したい』というだけだ。
だって、私はこの世界で『我儘に生きる』ことをルール化されているのだから。
でも、そうね…前世でアニメの『ドラ●もん』がいたら…とか、『●●の実』があったら…とか考えていたように、答えていいのならば。
「風の魔法がうまく使えるようになったら、空も飛べるのでしょうか?」
私は空を飛び回りたい。
「そんな魔力量があるのは王族くらいだが…そうだな。国王のあいつなら飛べるのかもしれないな。」
幼馴染を思い出して、少し苦い顔をした父親を見て、諦めた。
空が飛べたら馬車とか乗らなくて良くない?と思ったのだが、そう上手くはいかないようだ。
なにせ、前世で馬車に轢かれた記憶があるものだから、馬車が正面から走ってくる姿が好きにはなれないでいる。PDSDになるほどの恐怖はないものの、「なんか、好きじゃないのよね。」程度には、苦手意識が働く。
この点は私のメンタルの強さに感謝も覚えている。
魔力量の問題となっては、諦めるしかないのだけれどね。
こればかりは『遺伝』によるものが大きいからね。
その後、父親とは世間話をして時間を潰した。
甘芋の効率的な宣伝方法や、これから植えるならどんな植物がいいかなど。
そんな話の中で『甘芋をメインに使ったデザートを売りにした甘味処』の話は、盛り上がった。
芋ようかんや大学芋、石焼き芋や干し芋など。
サツマイモに似た食感と甘さを持つ甘芋ならではの美味しい食べ方は色々だ。
私としては美味しい物が増えることこそが、喜びであるため、嬉々として芋料理について熱く語った。
いつの間にか、馬車の窓からカリミット王国の国王陛下が住む王城が見えてくる。白い壁に青い屋根。前世の欧州にあったいくつかの有名な城を思い出し、「こっちの方が立派だわ」と溜息が漏れる。
あ、実際に見たことがないから、本当の所は分からないのだけれど。
そんな王城を横目に馬車は走り続け、賑やかな人通りを抜けた所で停車した。
「着いたね。」
父親に言われ外に出る。
ギリシャのアテネにある白い石でできた丸い柱のようなものがいくつも建ち並び、モスグリーンの大きな屋根を支えている。どことなく古代遺跡のような風貌があり、神聖な場所だと空気が伝えているようだ。
門のすぐ外には賑やかな商店街が立ち並ぶ中、ここだけ異質な空間があった。
「ようこそ、おいでくださいました。祈りの広場は奥です。」
神官服の数人の男性たちが丁寧にお辞儀をしながら教えてくれる。
「ありがとうございます。では、お父様、行ってきます。」
神官にお礼を述べ、振り返って父親に挨拶をすると、父親が何故か目を潤ませて手を振ってくれた。
なぜ、泣く?!
親馬鹿思考が定着している父親の言動は、娘の私の予想の斜め上をいくため理解不能だ。
ぎょっとしている私の耳に、思わず吹き出す声が聞こえそちらを向くと、一人色の違う神官服を着た男性が声を漏らさぬように肩を震わせて笑っているのが見えた。
そちらに視線を移していた私に気付いたのか、父親も彼を見て大行な溜息をついたのが分った。
「おお!ランデル。久しぶりじゃないか。」
「ゼイウス。お前の親馬鹿という噂は王国中に広がっているが、実際目の当たりにすると、なかなか様になっているじゃないか?」
ランデルと呼ばれた神官は父親の友達らしく、神官長らしい。
そんな神官長ランデルに笑われていることも気にならない様子で父親は言う。
「アテーナが可愛いすぎるのが悪いのだ。お前にも分かるだろう?この姿を見たら守らないわけにいかないと思ってしまうじゃないか?そんな娘がもう8歳だぞ。あっという間だったようにも思うし、長かったようにも思うが、8歳なんだ。これが感動せずにいられると思うか?」
興奮気味な父親の言い分を、神官長ランデルは笑顔のまま答えた。
「私は父親になったことがないので、お前の気持ちは分からん。…だが、お前みたいな父親に育てられた娘なら、きっと素晴らしい女性になるに違いないと思うよ。」
思わぬ穏やかな台詞に、私はランデルを見上げた。
彼の赤い瞳とぶつかって、はっとして挨拶を交わす。
「あ、あの。挨拶が遅くなってしまいました。私、アテーナイエー・クランべナーと申します。父がいつもお世話になっております。」
心がけて丁寧に挨拶する私に、ランデルは微笑んだ。
「ランデル・モズリーだ。君の父親とは悪友だ。」
「神官様が悪友ですか?」
「神に仕えていてもヒトである限り、欲はあるからね。欲にはある程度忠実に生きないと、後悔するだろう?」
含みのある言い方を得意げに言う彼の周りには、時々風が吹いている。
「風魔法ですか?」
「微かな音をこうして拾っているんだよ。」
なるほどと私が頷くのを、ランデルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「アテーナイエー嬢は父親に関係なく優秀なことで有名だからね。お目にかかれて光栄だよ。」
「有名…?」
「ええ、トマトや甘芋の誘致で領地はまた潤い、ドレッシングの発案で野菜嫌いの子供たちの栄養状態が良くなり、新しい歌はクランべナー領では誰もが歌える歌だと言うではないですか。他にも、第二王子と互角に戦ったとか、頭の悪い中級貴族を破門にしたとかね。」
「少し、大袈裟ですね。」
「噂とは、そういうものでしょう。」
事実であることも大半を占めているのだが、私が中級貴族を破門にした覚えはない。
2年前の公園での騒ぎの後、邸に戻ってから父親にその出来事を話した結果、マークナーの悪事が色々と明るみに出た挙句、彼の纏めていた商業ギルドから苦情が届いたことをきっかけにして、国王から直々に『中級貴族マークナーを破門とする』というお達しが出たのだ。
どうやら、王子も国王に話をしていたようで、王国側と領主側から同時に責められる結果となったマークナーは、逃げるように国を出たと聞いている。
最後まで逃げ足の速い方でしたね。
「祈りの儀式の為に来たのだろう?ほら、行きなさい。私は久しぶりに悪友の相手をしておくから。」
「アテーナ、頑張っておいで。」
「はい、行ってきます。」
ひらひらと手を振る二人に一礼し、神殿の奥へと歩みを進めることにした。
長い廊下の突き当りに、その扉はあった。
神官が丁寧に「どうぞ、お入りください。」と高い天井まであるのではないかと思われる大きな木製の扉を開けてくれた。
「ありがとうございます。」
神官にお礼を言って中に入ると、途端、目の前に広がるステンドグラスと聖女の絵、それから独特な香の匂いに驚愕する。
タロットカードの教皇が座る後ろに描かれているようなその光景は、『これぞ神殿』と伝えているようだ。
明かりが差し込むステンドグラスの両脇に飾られた二枚の聖女の絵。
高い所にあるが、多分、今の私の二人分の身長より大きいだろう。
幼い頃に何度も読んだ絵本『建国の神話』を題材にしたであろうその絵は、片方は光輝く聖女が誕生した瞬間の、もう片方は民に癒しの力を与えている瞬間を現した物だ。
建国神話。
この国に住まう民なら誰もが一度は聞いたことがある、有名な童話のような物だ。
戦争が続く世で、何人もの人や獣が死んでいき、世界が恐怖に包まれていた時代。
ある日どこからともなく現れた聖女が不思議な力を放ち、戦争を終結させ、人々の心を癒し、新しい国と新しい国王を作った。
聖女と国王の約束は今もなお守られており、その約束が破られる時、世界はまた恐怖に包まれる。
そんなような話だ。
嘘か本当かは分からない。
前世でもそうだったが、神話とはそういうもの。
日本神話みたいに『夫婦神が棒で掻き混ぜて列島が作られた』とかいうよりは真実味があるではないか。
なぜ掻き混ぜる?という疑問を抱いたものだ。
奥から一人の男の子が近づいてきたのを視界の端に捉え、そちらを向く。
「やあ、アテーナ。」
「あら、ステイ。2週間ぶりね。」
2年前に公園で魔道具対決をしてから、私たちは月に2回くらいの頻度で会っていた。
当時の不安であった「普通の遊びをしらない私が、王子と遊べるの?」は、策士と言われるほどに頭脳明晰な第二王子とは気が合ったので、杞憂であったのだ。
幸いに、母親もレイラーン王妃に会える機会が増え、私に何度も感謝してきた。
「アテーナ、また何か凄いことをしたみたいだね?」
彼の言葉に、何のことだろう?と首を傾げると
「領地内に珍しい食事ができるレストランを開業したんだろう?」
「ああ!うどん屋のことですか。」
実は、商業ギルドを取り締まっていたマークナーがいなくなって、新しい貴族が立つことになったのだが、心機一転という気持ちと先行投資的な意味もあり、領地内の特産である小麦を使った『うどん』を提案したのだ。
最初は皆、初めて見る白い細長い麺に訝しい顔をしていたのだが、『かけうどん」『ざるうどん』『天ぷらうどん』『焼うどん』など数種類のメニューを試食した途端、乗り気になってくれたのだ。
初期費用は私のお小遣いから出したのだが、今ではその数倍の額が徴収できている。
そろそろ『カレーうどん』を開発しようかと思っている所なのだが、香辛料が足りないのだ。
それは、ターメリック。
この世界にもあるといいんだけど。
「ステイだって、今度トマトの品種改良に着手するって話じゃない?」
今朝、父親が話していたことを伝えると、彼は少し照れたように笑い
「アテーナが食べたいって聞いたからね。小さいトマト。」
と答えた。
あら、私の願望を叶えるための行動だったの?
なんて良い子なんでしょう。
「ふふ。それは楽しみだわ。一口サイズの小さいトマトなら、丸かじりできるもの。」
「アテーナの一口サイズって、小さいのかい?」
「失礼ね!それなりに小さいわよ。それなりに。」
ふざけ合いながらの会話を楽しむと、彼は徐に時計を確認し、忘れていた今日の用事を思い出させてくれた。
「僕はもう終わったから、アテーナも早く済ませておいで。」
「うん。ちょっと行ってくるね。」
手を振ってステイと別れる。
ふと、気付くと数人の貴族令嬢たちが「なに?あの子」という目で見ていたが、気にしない。
そりゃあ、王族に向かって気さくすぎる会話をしている令嬢がいれば、気になるわよね。
でも、いちいち説明している余裕もないので、儀式が行われる最奥の間に向かう。
最奥の間に入ると、数人の順番待ちの子供たちが暇そうに長椅子に座っているのが見えた。
近くにいた神官が「順番になったらお呼びします。」と言ったので、頷き、私も近くの椅子に腰かける。
奥の白い石造…聖女かな?の前には大人が立って丁度良い高さの教卓があり、その上に置かれた黒い球を神殿長だろう白い髭のお爺さんが覗き込んでいるのが見えた。
どうやら、あの黒い球に念を込めることで、神殿長にはどんな種類の魔法があるのか、どのくらいの魔力量を持っているのかが分かるようだ。
呼ばれる順番は結構ランダムらしく、身分や来た順番などは関係なく名前が呼ばれていた。
私はいつなのかしら?
本でも持ってくれば良かったかな。なんて思っていると、「アテーナイエー・クランべナー。前に。」と突然名前を呼ばれてビクッとしてしまった。
前に歩み出て、神殿長から簡単に説明を受ける。
私は頷き、言われた通りに黒い球に手をかざして、念を込めるように手のひらに集中すると、黒い球がピカッと光るのが見えた。
その光りの中を覗き込んだ神殿長は、一瞬、目を見開いたかと思うと、元の好々爺のような笑顔に戻り
「お疲れ様。詳細は邸に文で知らせます。」
と言うと、慌てたように手元の紙に何やら書き込んでいるのが分かる。
どんな魔法があったのか…どのくらい魔力量があるのか…
気にならないわけではないけれど、近いうちに分かることだしね。
神殿長にお礼を告げ、私は元来た道を戻ることにした。
馬車の前で待っていてくれた父親を見つけ、走り出す。
「お父様!終わりました。」
「おかえり。アテーナ。」
大きな腕に包まれ、「私、緊張していたのか。」と自覚した。