13歳。不審者現る。
夜明け前、目が覚めた私は二度寝が出来そうにないと諦め、ベッドから出ると机の引き出しの鍵を開ける。
施錠した引き出しの奥、カラクリ仕掛けの宝箱の中から出した数枚の紙。
開けば、今までの記憶を殴り書きした数枚の紙が出てくる。
その中の一枚を手に取り、眺める。
こうして見ていても…なんて短命な前世たちだろうか。
そりゃあ、創造主も気にするか…。
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1回目 弟に代わって腹減らしのために父に刺殺された。(5歳)
2回目
3回目 避難した城の一室にて、赤い口紅の女性に射殺される(14歳)
4回目 生贄として海に投げられ、後から落ちてきた男児を助けてサメに食べられる(15歳)
5回目 小さな子供をかばって馬車に轢かれた(18歳)
6回目 酔っ払い(見合い相手)に絡まれていた女性を助けて撲殺(17歳)
7回目 空襲で母と妹を失い、ご飯をくれたイボ爺を看取って餓死(8歳)
8回目 父親の借金を背負って風俗街に売られ、薬漬けになった(18歳)
9回目 片方の腎臓を臓器提供した後、多臓器不全になった(24歳)
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2回目の前世の記憶のみ空白のままであることを、ここの所ずっと考えていた。
今まで、前世の記憶は突然思い出すことがほとんどではあったが、なんとなく…そんな気がするっていう予感みたいなものはいつもあった。
しかし、2回目の前世の記憶だけはないのだ。
思い出そうと意識すれば、まるで脳みそに針がたくさん刺されたかのようなチクチクした痛みがし、それはどんどん強くなるため途中で諦めざるを得ない状態になる。
思い出しちゃいけない記憶なのかしら。
それにしても、刺殺・射殺・食べられ・轢かれ・撲殺・餓死・薬・臓器不全…って、もう他に死に方がないんじゃないかってくらい死にすぎだ。
既に『死に方コンプリート』していそうな状態なのに…まだあるのかしら?
紙を睨んでいる間に、空は白んで行く。
少しずつ窓から朝陽が差し込んでくるのを見、私は鍵付きの引き出しにまた戻すと、そっとベッドに横になった。
以前、私が起きていたことでマーシャが心配してしまい、医者まで呼び出すという事態になったことがあるからだ。
「健康な人は寝坊するくらい寝れるはずです。」
そんなマーシャ理論が飛び出し、「それはお前だけだ」と冷静なルシードに突っ込まれていたっけ。
「お嬢様!そろそろ起きてください。」
いつの間にか眠っていたのね…
目を開ければ大きな溜息を吐くマーシャがいた。
「いつまで寝てるんですか?学校がお休みだからって、緩みすぎです!」
…お前が言うか?
苦笑いを漏らしつつ、現実に戻る。
「今何時?」
「10時になる所です。」
結構、寝たわね。
「朝食はどうされますか?」
「…軽いものでお願い。」
ふと見まわせば、シェリーの姿がない。
「シェリーはお休みの日だったっけ?」
私がぼーっとした頭で尋ねると、マーシャが眉尻を下げた表情を見せた。
「孤児院に不審者が現れたとかで、シェリーとマイクが孤児院から呼び出しを受け、奥様とメイド長に連れられて、朝早くに邸を出ていきました。不審者も何を考えているのでしょうか…孤児院には金目のものもないでしょうに…。」
「え?捕まったの?」
「…それが…どうやら、高度な魔法を使う犯人らしくて、逃げられたようです。」
「犯人は魔法を使える人間なのに、マイクやシェリーが呼び出された意味が分からないわね?」
「奥様がご一緒ですから、大丈夫ですよ。」
「まぁ…そうね。」
犯人としては疑われていないのだろう。
ただ、彼らに話を聞かなければならない事情があるわけで…それが何なのかは全く見当もつかない。
まぁ…考えても無駄よね。
帰って来たら聞いてみましょう。
私はマーシャの手で手早く身支度を整えられると、朝食が運ばれてくるのを待った。
「あ、そういえば…ステイ様がお見えになるそうですよ?」
え?いつ?
「やあ!アテーナ!おはよう。」
今かよ!
「ステイ、おはようございます。ごめんなさい、今日は私寝坊しちゃって…。」
これから食事なのだと伝えるタイミングで、丁度食事が運ばれて来た。
「ああ、構わないよ。僕には君が食べてる姿を見ることも至福の時間だからね。」
「それはーどうも。」
言い出したら聞かないステイには慣れた。
ステイを気にすることなく食事を並べてもらう。
「お嬢様がお食事の間、ステイ様は黒豆茶を召し上がりますか?それとも、麦茶にしますか?」
マーシャの質問に、ステイが目を見開く。
「麦茶があるのか?」
「麦茶は去年から邸内のみで飲んでいます。まだ、思った味が出せてないのよ。あ、ステイの意見も聞きたいから、是非飲んでみて。」
前世では夏といえば…なポピュラーなお茶だったから、簡単に作れると思っていたのだが、何か違うのだ。
しかし、それが何なのかは分からない。
私の説明に、ステイは頷くと氷の入ったグラスに注がれた茶色い水を見つめた。
「見た目は麦茶だな。」
「ええ。」
「匂いは…少し弱いか?」
「そうなのよ。」
「味は……。水と変わらないな。」
「そうでしょう?それで悩んでて。」
私は目の前に出されたサンドイッチを頬張りながらりながら頷く。
「アテーナ…」
「なに?」
「卵付いてる。」
徐ろに伸ばされたステイの指先が、私の口元を拭う。
それをとても綺麗な仕草で、ペロリとステイが食べたのを見て、私は激しくむせ込んだ。
「大丈夫ですか?お嬢様!」
「ゴホッゴホッ…だ…大丈夫…」
あわてたマーシャに背中を擦られ、私は息を整える。
そんな私の様子を満足そうに見つめてくる、目の前の婚約者を睨む。
「ちゃんと意識して貰えて良かったよ。」
「もう…」
水代わりに麦茶を飲み干し、一息つく。
はぁ…。
味は水だわ。
「香ばしさが足りないんじゃないか?」
「炒ってはいるだけどなぁ…やり方が違うのかしら?」
「まぁ、前世と同じとは限らないしな。」
「そうよね。」
まだまだ、課題が残っている麦茶は置いといて、ステイの本題を聞き出すことにする。
「それで?今日ステイが現れたことと、孤児院に現れた不審者の話には繋がりがあるのかしら?」
「流石、話が早い。アテーナ…黒髪で赤い口紅が印象的な女性に心当たりはない?」
私の頭の中に過ぎったのは、3回目の前世で私を銃で撃ち抜いた記憶だった。
…幸せは長くは続かないのよ…
彼女は私にそう言って笑ったのだ。
赤い口紅がついた口元が弧を描くように上がったのを…私は最後に見た。
あれ?
あの人…どこかで見ているわ。
どこだったかしら?
「前世で汐里の墓に居たんだよ。黒髪に赤い口紅の女性が。君の同僚だと言っていたが?違うんだろうな。」
「なぜ違うと分かるの?」
「シューリッツの…イボ爺の記憶の中にも全く同じ人物が居たんだ。」
ステイの言葉に、彼の後ろに控えるシューリッツを見る。
「…アヤが川に流されたと教えに来た女性が、黒髪に赤い口紅でした。」
「!!」
どういうこと?
「…で、さっきこの部屋に来る前に君の弟にも聞いてきた。…彼を崖から突き落したのは黒髪の赤い口紅の女だったそうだ。」
「え?ミッシェイルは自分から飛び込んだんじゃなかったの?」
「突然走り込んできた女に突き飛ばされたそうだ。」
私は、マーシャに食器を片付けるように指示を出すと、朝仕舞った机の引き出しから、カラクリ式の宝箱を取り出して、中を開けた。
中に入っていた紙の束を手に持ち席に戻ると、それらを片付けが済んだテーブルの上に広げる。
「アテーナ…これって」
「前世の記憶のメモたち。見て、私が彼女に殺されたのが3回目。ミッシェイルが4回目で、シューリッツは7回目。ステイは9回目なの。」
私が指を指しながら説明すると、ステイとシューリッツがテーブルの上を覗き込んできた。
「2回目の記載が空白だが?」
「全く、思い出せないのよ。これだけ。思い出そうとすると激しい頭痛に襲われてしまって。」
「…どういうことだ?」
私にも分からないと、首を横に振る。
「それにしても…死に方もバラバラですね?」
今度はシューリッツが驚いた表情を向けてくる。
「そうなの。だから2回目の死はここにないものだと思うんだけど…さっぱり分からなくて。」
私の疑問に、ステイとシューリッツが思考する。
ほどなくして
「まさか…」
ステイの呟きに、シューリッツが頷く。
「呪いですね。」
え?呪い?
そんなもの、本当にあるの?
藁人形を木に打ち付けるあれ?
私が藁人形を左手に、トンカチを右手に持つ女性を想像して青褪めていると
「禁術の中には呪い関係のものがいくつかあったはずです。」
「今は地下の書庫に厳重に保管されている。」
2人の話で、そっか…魔法か。と納得していると、
「失礼ですが、アテーナイエーお嬢様を縛っている言葉に思い当たる台詞などはありませんか?」
シューリッツから尋ねられ、私は頷く。
「幸せは長くは続かない…ずっと私の中にある不安な言葉だわ。」
ステイとシューリッツが目を見開いたかと思うと、互いに何か確信したように頷き合っている。
「え?どういうこと?」
「アテーナ、思い出して欲しい。魔法を発動するには呪文が必要だろう?呪文は言葉だよね?…つまり、呪いにも言葉が必要になるんだ。普段は使わない言葉がね。」
「!!」
確かに、魔法を発動するには呪文を呟くか、強く念じる必要がある。
魔法は『言霊』ということだったのか!
前世で菊池先輩がスピリチュアルにハマっていた時に、言霊については聞かされていた。
『幸せな言霊を発していれば幸せになれるのよ。逆に不幸な言霊を発していれば不幸になってしまう。他人を恨んでいたら自分に返ってくるから、他人を恨むのではなく幸せを願ってあげることが大事なの。いつか自分に返ってくるのだからね。』




