13歳。新たな専属たち。
第一王子が居なくなり、ステイが大きく伸びをしたかと思うと、私の肩に頭を乗せてきた。
「お疲れ様。」
私は気にせずお茶を飲む。
その間も視界の隅でメモを取りまくるマイクが気になり、声をかける。
「ところで、マイクは何をメモしているの?」
「今は、アテーナ様とステイ様のご様子ですね。」
「?!」
「あはは!いいね。是非『ラブラブだ』と書いてくれ。」
絶句する私と、面白がるステイの様子が詳細に書かれたメモ帳をその辺に置き忘れないことを願う。
「お嬢様、自分、ちょっと外してもいいですか?」
ルシードの発言に、私は大した理由も聞かず了承する。
「私は夕方までここにいるつもりだから、いいわよ。」
夕方、王城に来る父と一緒に帰宅予定なのだ。
魔法陣で帰宅する私たちより先に、側近たちを馬車で帰す手はずになっている。
「お嬢様。私、今魔法がない自分をとても悔しく思っています。」
マーシャの突然の発言に、私は「ああ、シューリッツと離れるのが嫌なんだな」と察する。
「そうね…魔法がなくても公園の対戦型魔道具に使われているような魔法を溜めとく道具を使えば、魔法陣が発動しそうだけど…どうなのかしら?」
私は徐にシューリッツを見る。
この中で一番そういうことに詳しそうだったからだ。
シューリッツは少し逡巡した後、
「可能だとは思いますが…もしもの時の対策が難しいですね。」
どうやら、魔法陣での移動の最中に魔力切れを起こした人間たちが、行方不明になる事故が年間に数回は起こっているとのこと。
時の狭間に行ってしまう為、見つけ出すことが難しいのだとか。
私も知らなかったことだが、魔力量が心配な学生たちは何個もの魔法備蓄具を持ち歩いているのだとか。それもこれも、通学途中に時の狭間に迷い込まない為の自衛の策だという。
ふと、前世でスマホの充電器をいくつも持ち歩いていた同僚を思い出す。
あれと似た感覚なのだろうか…。
「時の狭間ね…」
「私、諦めます。お菓子は忘れない自信ありますが・・・普段持たない魔道具を忘れない自信がありませんから。」
マーシャが心底残念そうに言うのを見ていたステイが、
「兄上の最初の仕事にしてしまうか?今まで行方不明になった者たちを救う手立てにもなるかもしれないしな。」
と呟き、マーシャだけではなく、シェリーとマイクの顔もほころぶのが見て取れた。
入団早々に難問を突き付けられる第一王子には同情するが、頭脳明晰な側近たちを思い出し、何とかなる気がしてきた。
「ところで…ステイはいつまでここにいるつもり?お仕事は大丈夫なのかしら?」
一応、王太子である彼が暇である可能性は低いだろう。
そんな彼の婚約者になった私ですら、来週からは王太子妃教育がみっしりと予定されているのだ。
「午後には戻るよ。」
「いえ、今すぐに戻るべきかと思いますよ?坊ちゃん。」
「坊ちゃんはやめろ!」
ヤル気ゼロのステイにシューリッツが苦言を刺す様子が面白く、笑ってしまう。
私に笑われたのが気に障ったのか、ステイはやっと私の肩から上体を起こすと
「分かったよ。仕事に戻るよ。じゃあアテーナ、夕方には見送りに行くから。ちゃんと部屋にいるんだよ?ルシードはきっと騎士団に捕まっているから、しばらく戻らないと思うけど…ここにも君の護衛はいるし、扉の前には城の騎士を配置しておくから。」
「随分な警戒態勢ですこと。」
「昨日、命を狙われた人が言う台詞?」
「…はい。ありがとうございます。」
ステイが立ち上がり、私の頭をひと撫でして部屋を出ていくのを見送ると、ずっと気配を消すように立っていたシェリーがやっとのことで口を開いた。
「緊張しました…」
あ、緊張していただけだったのね。
「マーシャ先輩はやっぱり凄いですね?相手は王太子殿下なのに、ご自分の言葉で意見が言えるなんて。」
「マーシャとステイの付き合いは長いから…かれこれ7年?」
「もう、そんなに経つんですね…シューリッツ様は変わらず麗しい。」
ああ…そっちね。
「でも、私たちも魔法陣を使えるようになったらどんなに便利でしょうね。」
先ほどの話を思い出すようにシェリーが話す。
魔法が使えない平民にとって、魔法は憧れなのだとか。
孤児院でも農民になりたい者が多いのは魔道具を使えるからだという。
「じゃあ、シェリーとマイクをクランべナー領立公園に連れて行ってあげないとね。」
私の発言に食いついたのはマーシャだった。
「はい!次こそはお嬢様に勝ちますよ!」
「ふふ。私は強いわよ~。」
「王太子殿下も誘いましょうね。」
マイクがわざとらしく大きな声で言ったかと思うと一枚の紙を手渡してきた。
紙には『盗聴』と書かれていて、「ああ…」と納得する。
「そうね。ステイも誘わないとね。」
幾分、棒読みになってしまったことは許してほしい。
どうせ隣の部屋で聞いているだろう彼が、仕事を放り出して入ってくるよりはマシだ。
「このお部屋は、これから先もお嬢様がお使いになるのですよね?」
ふとマーシャが聞いてくる。
「そうね。王太子妃教育も来週からあるし、使うわね。」
私が不思議なことを聞くとマーシャを見れば
「ちょっとくらい配置などを変えてもいいですよね?」
と言ってきた。
そういえば、と私も部屋を見回す。
邸の自分の部屋との配置の違いがあちらこちらにあり、メイドとしては不自由な動線もあるのかもしれない。
「マーシャとシェリーが使いやすいように変える分には問題ないわよ。」
私の答えにマーシャはお礼を述べるとすぐに動き出した。
「実はこのお茶を淹れる棚をですねこっちに移動して欲しいんですよ。そうすると、ここに隙間ができるじゃないですか?で、こっちの棚をこう向きを変えたら…私の休む場所が作れる。昨夜ずっと考えていたんです。お嬢様が勉強中、私は暇だなって。」
動線関係なかった!
「…マーシャの好きにして。クラインドとメイヒールも悪いけど、ちょっと手伝ってあげてくれる?マーシャにやらせると間違いなく、壊すから。」
私が護衛たちに頼むと、護衛二人も納得したかのように苦笑し、「はっ!」とすぐに動き出した。
「まさか、王太子妃の部屋に自分の隠し部屋を作ろうとは…」
マイクが愕然とした表情で呟く。
「マーシャだからね。昔から彼女は自分の欲に素直な人よ。」
「『アテーナイエーお嬢様以外には仕えられない』と彼女が言っていた本当の意味が分かりました。」
「…早めに分かって良かったわね。ただ、彼女の平和のためにもメイド長には内緒にしてあげてね。」
「はい。」
思い当たることがあったのか、マイクはそれ以上何も言わず、またメモを取り始めていた。
マイクってメモ魔なんだな~。
そんなことを思いながら、ぼうっと見つめていると今度はシェリーがおずおずと話しかけてきた。
「あの…アテーナイエーお嬢様にお願いが…あります…いいですか?」
昨日の挨拶の時も思ったけれど、シェリーは内気な子なのかもしれないな…なんて思いつつ、
「なあに?シャリーのお願いなら聞きたくなるわね。」
と悪戯っぽく答えてみせると
「あ!畏れ多いです…!あの…私はマーシャ先輩のように身体を鍛えることは無理があると思うのですが、その分ほかの事でお嬢様のお役に立てるようになりたいのです。…それで、その…お邸の図書室の本を読む許可をくださいませ。」
「なんだ、そんなこと?良いわよ。私が学校の間、シェリーとマイクは図書室でお勉強なさい。…あ、家庭教師をつけるべきかしら?」
「そんな!」
遠慮するシェリーに私は真剣な表情で伝える。
「これは投資よ。私はあなたたちの未来を買うの。主らしいことがしたい私の欲望を、あなたが咎める権利はないのよ?だから、悔しかったら沢山学んで立派になって、幸せになって見せて頂戴。」
私が人差し指を立てて言うと、真っ赤な顔をしたシェリーとマイクが頭を下げた。
「悔しくはありませんが、精進します!」
「ありがとうございます!一日も早くお役に立てるようになります!」
二人の覚悟を聞いて、私は安堵する。
他人に未来を勝手に買われたのに悔しくないなんて、なんて器が広い子たちなのかしら?
私がニコニコとしているうちに、マーシャと護衛たちの模様替えが終わったようだ。
マーシャは簡単に開いたスペースを掃除すると、中から興奮気味に声を上げた。
「お嬢様!ここに筋トレグッズを常備しておいても良いですよね?!」
「もう!好きにしたらいいでしょう?」
「やったー!」
マーシャはいくつになってもマーシャだった。




