13歳。第一王子と側近たち。
王城で一夜明け、王太子妃室にて朝食を済ませて夕方には自宅へ帰れるかと思いながら過ごしていると、マックが私に耳打ちしてきた。
「第一王子殿下が少し話したいと仰っていますが、どうしますか?」
意外な人物からの問い合わせに、私は逡巡する。
「ステイにも伝えてある?」
「伝える必要はないかと思います。」
マックの答えに「?」が頭に浮かんだ瞬間。
「僕も同席に決まっているだろう?」
そう言いながら部屋に入ってきたステイを見て、私は納得した。
「盗聴かしら?」
「見守りだ。」
私が睨むように質問するのを、悪びれもなく言い返す彼に溜息を吐く。
どうせこの部屋全体に魔法でも施してあったのだろう。
それはルシードも気付いていたに違いない。
だから、意味もない『耳打ち』をマックはしたのだと察した。
「まさか内緒話まで筒抜けになるとはね。」
「夫婦になる僕たちに秘密事は必要ないからね。」
「まだ婚約をしたばかりよ?」
「同じようなものだろう?」
当たり前のように私の隣に座ったステイに、これまた当たり前のようにお茶を出すマーシャ。
「ルシードはいつから気付いていたの?」
私が徐に尋ねると、後ろに立っていたルシードが「昨夜の護衛時です」と答える。
邸の護衛たちは順番で私の部屋の前の扉を守ってくれていた。
ルシードの順番は深夜3時からだったのだという。
ルシードと共に護衛についていた者には気付かないくらいの、ほんの微々たる魔力がこの部屋全体を包み混んでいることに気付いたらしい。
「最初は王太子殿下の守護魔法かとも思ったのですが…性格上、そんな甘っちょろいものではないだろうなと予感がしましたので、わざとお嬢様の秘密を相棒に話してみたんです。…そしたら案の定隣の部屋の扉が開き「それで?」と王太子殿下が顔を出したので、確信しました。間違いなく、殿下の盗聴の為の魔法がこの部屋全体にかけられています。」
「私の秘密ってなに?!」
「それは…まあ。」
「ちょっと!」
私の専属たちは優秀なのか、そうではないのか…ちょっと悩んでしまう。
「兄上との話には同席するから、気にするな。」
「…はい、そうですね。」
もはや警戒しないとならない相手は第一王子ではなく王太子の方だと理解した。
マックに第一王子への返事を伝えに行ってもらってから30分もしないうちに、第一王子コーネリウスが部屋にやってきた。
コーネリウスの後ろに控える側近たちを観察し、ブリジットの水色の髪がないことをからも、昨夜の私たちへの襲撃に関係していたことが容易に伺えた。
「国王からの正式な報告がある前に、直接謝罪をしたかった。」
項垂れるように、それでいて毅然とした態度は崩さない王子の様子に、流石だと感嘆の息を吐く。
「少なくとも、ここ1ヶ月のクランベナー領主令嬢への襲撃などは、私の部下が仕組んだものだった。何も知らなかったとはいえ、申し訳ない。」
私とステイが並んで座る目の前で、コーネリウスとその側近たちが頭を下げた。
「で…殿下、私は無事でしたし頭を上げてください。」
謝罪され慣れしていない私は焦ってオロオロしてしまうのに対し、隣でステイは涼しい顔でお茶を飲んでいる。
「ちょ!ステイも止めさせてってば。」
「ええ?悪いことしたら謝るのは人間として当然のことじゃん?謝らせてあげなよ。」
ステイの言葉に後ろにいるマイクが頷く。
「ところで…なぜステイがここにいる?まさか朝食をここで一緒に?」
コーネリウスが謝意を述べる時よりも微妙な表情を浮かべて問うてくる。
この世界では、恋愛小説などでの表現方法の一つに、「同じ部屋で一緒に朝食を摂る」ことは「一緒に夜を明かす」ことを意味している。
私は慌ててコーネリウスの言葉を否定する。
「違いますよ。ステイがこの部屋に来たのは先程ですからね?」
「一晩中アテーナの寝息は聞いていたけどね。」
ステイの言葉にコーネリウスと側近たちが引きつった表情を見せる。
「ステイ!誤解を生む言い方は止めて下さい。それはステイが勝手に盗聴していただけでしょう?物理的に一緒にはいませんでした。」
私の言葉に、コーネリウスと側近たちが蒼褪めて、固まってしまった。
「アテーナイエー嬢は、弟の(盗聴という)行動を許したのか?」
「許したつもりはありませんが、言ったところで無駄ですから…諦めました。」
私が「あはは」と苦笑いを見せると、コーネリウスが小さく息を吐きながら「そうか」と呟いたのだった。
そんな周囲の空気など気にする様子もなく、ステイがコーネリウスに疑問を投げた。
「兄上はいつ、知ったのです?シャトーバルゼンの暗殺ギルドが動いた一件を。…見た所、兄上にいつも張り付いていた執事のような側近がいないようですが?」
あまりにわざとらしい言い方に、コーネリウスの後ろにいる側近たちの方がオロオロとし始めた。
大丈夫かしら?
第一王子の側近は人数の割に…シューリッツのようなベテランがいないように思う。
そういえば…みんな若いわね。
側近の入れ替えが激しいとは聞いていたけれど…見るからに第一王子に苦言出来る人材がいないようだ。
私はそっと隣に座るステイと、その斜め後ろに控える好々爺を見る。
「昨夜遅くに、王室に呼ばれ一連の話を父の執事から聞いた。私は何も知らず、気付くことさえなく、お前たちのダンスを見ていたのだ。情けない兄だ。」
「あの…護衛の方々も気付かなかったのですか?」
コーネリウスの後ろに控える側近たちは7名もいるため、護衛もいるのだろうと思って尋ねてみれば、
「側近たちは、私が苦手とする頭脳派揃いなんだ。私には城の護衛が2人…その日によって付くが、自分の身は自分で護れるから必要ない。」
「ああ…皆さん頭が良いのですね…。」
自分たちの利益の為に頭を使う側近ばかりなのだろうか…。
なんだか偏りが酷くて居た堪れない。
「アテーナイエー嬢の側近たちが優秀なんだよ。」
コーネリウスの言葉にマーシャが照れ、ルシードが鼻息荒く頷くのが見える。
「確かに私の側近たちは、私より私の命を大事にしてくれます。昨日も『自分の命を大事にしろ』と叱られてしまいました。」
「それは…頼もしい。」
コーネリウスが苦笑いでステイをチラリと見る。
「ええ…私がダンスを踊る間に城のフォークを投擲代わりにするメイドや、お客様に気付かれないように俊敏に動いて犯人たちを確保する護衛は…本当に珍しいでしょうね。特に指示もしていませんでしたし。」
私は敢えて、コーネリウスの後ろに控える側近たちに視線を移す。
「第一王子を『側近たちの傀儡だと言われるような愚者』にするのも、『実直で誠実な優しい英雄』にするのも、側近たちの努力次第だと、私は身を持って知っています。それに…」
私の視線を目の前の第一王子に戻すと、一気に告げた。
「側近たちの苦言も受け入れてこそ成り立つ信頼関係があることも。」
私の言葉に、一気に部屋の空気が冷えたのは言うまでもない。
私はお茶を飲みながら、様子を伺う。
「ステイの言う通りだったよ。あの時、マグレインを手放したことがそもそもの私の間違いだったんだな。」
「じゃあ、呼び戻すのか?」
ステイの言葉にコーネリウスは首を横に振る。
「いや、マグレインを裏切ったのは私だ。私の側近には戻せないよ。だが、噂が本当なら…なんとかしてやりたい。」
マグレイン?
知らない名前が出てきたが…第一王子の元側近であることは分かった。
噂って何?
私は隣のステイを見つめる。
ステイは私の疑問に気付いた様子で
「マグレインはね、兄上の側近で幼少期から兄上の教育係をしていた、僕で言う所のシューリッツなんだよ。…で、数年前にあろうことか兄上はマグレインを解雇してしまったんだ。学友たちでもある新しい側近たちと歩調が合わないって理由でね。確か今はマグレインは実家のある領地に戻って、農民に混じった自給自足生活をしているって噂があるんだよ。」
「農民…時給自足……素敵ですね。」
「アテーナの感覚なら、そうなるね?」
私の感覚なら…か。
「王城勤めが長かったマグレインが農業など、上手くいくわけがないだろう?」
コーネリウスが苦しそうに吐き出す台詞に、私は首を傾げてしまった。
「心配でしたら、見に行ってみたらいかがですか?」
「な!?」
「想像と事実が同じとは限りませんよ?それに、これは私の勝手な想像ですが、植物を育てるって楽しいんですよ。特に人間関係で疲れている時は。農業が盛んなクランベナー領の農民たちが特別なわけではなく、農民たちは農業に興味を持った人間に対して優しいんです。案外、新しい技術開発議論や、新しい植物の話題とかで意気投合しているかも知れませんよ。」
勝手な想像でマグレインという人物を不幸認定するのは失礼だ。
心配なら見に行けばいい。
直接会って、聞いてみたらいい。
なんだかんだと気にするくらいに信頼していた相手なら、あちらも第一王子を心配している可能性だってあるのだから。
「これから行ってみますか?」
「これから!?」
「ええ。気になることは早めにスッキリさせたいじゃないですか?」
「ね!ステイ。」
と隣を見れば、「やれやれ」と彼は笑った。
「…アテーナイエー嬢も一緒に来てくれるか?」
「別に…」
「駄目だ!兄上の問題なんだから、兄上が解決して下さい。」
私が返事をしようとした言葉に、ステイの怒りの言葉が被された。
「ところで、マグレインさんのご実家はどこなんですか?」
笑顔で怒りを醸し出す隣の王太子に問う。
「ユーベリーナ領だ。」
「ああ…なるほど…。」
確かに、第一王子たちがユーベリーナ領地に入れるかも怪しい感じではあるわね。
領主の娘を退学にまで追いやった過去があるのだから。その上、幼い頃から側近として面倒をみてくれていた人を解雇したとなれば…ユーベリーナ領にとっての第一王子はさぞ、悪者だろう。
「それこそ、側近たちの腕を試す機会と捉えるべきでは?主の要望を叶えてこその側近冥利。是非に頑張るべきでしょう。」
ずっと好々爺なニコニコ笑顔で黙っていたシューリッツの発言に、コーネリウスの後ろで数名の側近たちが肩をビクリと揺らすのが見えた。
「場所が場所だけに、今日行くのは無理でしょうが、あちらの領地に納得して貰える型でも来週には実現出来そうですね。第一王子殿下はそれまでに謝罪の手紙を書いてみたらいかがでしょうか?」
ステイがものを言わせぬ威圧を漂わせ提案する。
もはや提案というより脅しのレベルなのは気のせいか?
「ああ…。そうだな。そうしよう。お前たちもこの度の愚行を挽回するチャンスと思って、協力してくれ。」
「はい。」
一つ覚悟が決まったというような表情でコーネリウスが指示を出すと、数名の側近たちが部屋から出て行った。
頭脳は明晰なのだから、上手いことやるでしょう。
話が一区切りついた所で、マーシャがお茶を淹れ換える。
「アテーナイエー嬢のメイドは平民だというのは本当なのか?」
マーシャの丁寧な所作を見ていたコーネリウスがふいに口にする。
「ええ。マーシャもシェリーも、執事のマイクも平民ですよ。貴族だろうが、平民だろうが…そんなことは微々たることだと分かるでしょう?」
私の答えにコーネリウスが考え込むのが分かった。
「ああ、本当にそうだな。」
少しして発したコーネリウスの言葉が本心であることは、誰もが分かることだった。
「で、ブリジットのこれから決まる処遇に対してだが。兄上にとっては、あまり嬉しくないものとなるだろうけど、対策は考えているのかい?」
ステイの言葉に、コーネリウスの後ろに控えていた側近の一人が発言を許してほしいと名乗りを上げた。
「スティアーノ王太子殿下、アテーナイエー・クランべナー嬢、この度は私めの発言をお許しください。私はホールイエール・ワトフォードと申します。」
ワトフォードといえば、魔法騎士団団長の家系ではなかったか?
「マッキンウェー・ワトフォードは私の父です。」
私の疑問を読んだのか、ホールイエールがニコリと付け足した。
「じゃあ、あなたも魔法が得意なのですか?」
「父の足元にも及びませんが、それなりにと答えておきます。」
なるほど。
自信満々な受け答えから察するに、魔法の種類も魔力量もそれなりに多いことが分かる。
「実はこの度ブリジットが地下牢での取り調べにおいて、コーネリウス様に唆されたと発言している旨の情報を得ております。しかし、コーネリウス様は御覧の通り…何も知らなかった所か、気づくことさえなかった始末です。それもこれも、私たち側近が普段からコーネリウス様の耳障りになるような情報を隠してきたことが原因であることは明確な事実でしょう。そこで、お願いなのですが…。」
ホールイエールがステイをじっと見つめ、一つ大きく息を吐いたのが分かった。
「コーネリウス様の魔法騎士団への入隊を王太子命令として下しては頂けませんでしょうか。実に勝手なお願いであることは重々承知しております。元々、コーネリウス様の希望は魔法騎士団への入隊であることと、我々側近たちの見立てでは騎士団の方が向いていることとを考え、将来的には騎士団と魔法騎士団を統括する指導者としての役目を担うことが最良と考えます。」
なんと…第一王子側近にもまともな人材がいたではないか?!
確かに、第一王子が騎士団長よりも剣の腕が立つことは有名な話だ。
そこに魔法騎士団への入隊を希望したいことは、以前ステイから聞いていた話だった。
「先ほどのクランべナー嬢のご指摘の通り、私たち側近はあまりに自分たちの立場を優先する余り、主であるコーネリウス様の要望を無視しておりました。『傀儡と噂される愚者』にしてしまったのは私たちの落ち度です。ですが、コーネリウス様が今一度決意を胸に抱かれた今だからこそ、『実直で誠実な優しい英雄』に導き支援する役目を、私たちに頂きたいと願います。」
ホールイエールが片膝を付けた綺麗な礼をするのと同時に、コーネリウスの後ろに控えていた側近たちも同じように礼を取ったのを見て、第一王子が「お前ら…」と涙ぐむ。
その様子を一部始終見ていたステイが一つ大きな溜息をわざとらしく吐いた。
「あー、結局兄上の希望はこうやって叶えられていくんだよな~。昔から最後には兄上の思った通りに物事が運ぶんだからさ。」
言葉とは裏腹に嬉しそうなステイの笑顔に、私も嬉しくなってしまった。
「婚約者だけは、お前に譲ったつもりだが?」
第一王子がニヤリと笑って答えた瞬間、ステイと私が引きつってしまった。
「ふざけるな!アテーナは私が手に入れたんだ。最初から兄上の出る幕はなかっただろう?」
「ああ、はいはい。盗聴してまでか?アテーナイエー嬢、もし弟の言動に我慢がならなくなったら私に言うがいい。」
「あ…ありがとうございます。」
「そんな時は来ないから大丈夫だ!煩いから、兄上は魔法騎士団へ行ってしまえ!」
まさかの理由で魔法騎士団への入隊が決まった第一王子とその側近たちは、何度もお礼を言いながら部屋を後にした。
「シューリッツ、国王に報告を。」
「既に済ませました。」
流石はシューリッツと思った私の視界の端で、マーシャが崇拝するかのような仕草を見せたが…敢えて、知らないフリを決め込むことにした。




