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世界は私の我儘で出来ている。  作者: ツクヨミ
我儘に生きるって大変です。
3/35

3歳。我儘に勉強中

この世界で安心して身を委ねられる愛情に包まれ、すくすくと育った私は三年も経つ頃には、難しい言葉や文字をも理解出来るようになった。


両親の美貌はシッカリ受け継いだようで、自分で言うのもなんだが、なかなかの容姿淡麗具合である。

母親譲りの金色の髪は、少しウェーブがかって柔らかく艶めく。

父親譲りの青い瞳は、まつ毛が長くパッチリと大きく見開かれ、表情を豊かにしていた。


今朝も専属メイドのマーシャにお気に入りのドレスに着替えさせて貰った際、姿見の前でクルクルとバルーン状の裾が舞うのと一緒に、背中まで伸びた髪がふわっと靡く様を見てはニヤニヤとしていた。

そんな様子にマーシャは容赦なくツッコミを入れてくれる。

「そのニヤケ顔は気持ち悪いですよ。」


なかなかの毒を吐く彼女は、クランべナー領の小さな商店の娘で、彼女が幼い頃に母親が亡くなり、今は父親が再婚した継母とその二人の子である弟と妹がいるため、少しでも家計を助けたいと15歳で領主である父がいるこの屋敷に住み込みメイドとしてやってきた。

メイド見習いとして働きだした彼女は、とにかく不器用だった。

お茶を入れれば苦い上に茶葉がカップにこんもり入る。ガラスを磨けば指紋だらけになる。食事を運べば、なぜか私の席に来る前に空になる。

それでもめげない強さと、無駄にポジティブなくせに、他人には毒を吐くその性格が、私には面白く思えて、毎日部屋に呼んでは話し相手になってもらっていた。

平民として育ってきた彼女の話は興味をそそることが多く、そのざっくばらんな物言いもなかなか癖になるもので、先日、私は父に頼んで私専属のメイドとして起用を決めたのだ。


そんな私とメイドの日常は、午前中は邸内散策。午後は離れにある図書室で調べものである。

マーシャは本には全く興味がないようで、私が本とにらめっこして過ごす間、厚い本を両手に持って上げ下げをする…筋トレをして過ごす。


今日も私の本の文字を追う視界の隅に、息遣いが荒くなってきたマーシャの上下に動く腕が見える。

日常茶飯事であることで、私は全く気にならないのだが、他の人が見るとぎょっとするようだ。


「アテーナは今日もお勉強?」

ふと頭上から降り注ぐ声に、私に無条件の愛情を注いでくれる主だと分かり、笑顔で見上げる。

思った通りの優しい笑顔で私の顔を見たあと、私の手元の本を見つめる母親に私は答える。

「はい、今日はお天気と動植物の関係についてを学んでいるのでちが、お母様、雨粒の中にも様々な栄養素が入っていて、季節によって効用が違うんでちって。私びっくりちまちた。」


上手くさ行を発声出来ないもどかしさはあるものの、感動を精一杯伝えようと頑張る私を、お母様が微笑みながらも、その本の厚さと文字の量を見つめ驚きの表情を見せる。


「アテーナはこの本が読めるの?難しい言葉が多いでしょう?」

「はい。難ちい言葉は。こちらの辞典で調べて読んでまち。だから、なかなか進みまちぇん。」

「・・・凄いわね!」

母親は驚きつつも褒めてくれる。

彼女の素晴らしい所は「頑張っている」ことに関しては無条件に賞賛するところだ。

それが、どんな結果になろうと「努力した時間は無駄ではない」と真顔で言いのける。

実にカッコイイ女性だ。


その母親、メーティスは歴史学の教師だ。

週に3日教壇に立ち、それ以外の時間は歴史について研究を続けている。

そんな彼女のお陰で、我が家には様々な文献が揃っている。

その資料や文献たちは我が家の図書室に収められている為、私もそれらを読み漁ったりもする。


「アテーナイエーは努力家ですね。」

「私、目標はお母様でちから!」


優しく頭を撫でられ、誇らしい気持ちになる。


前世では自分の思うままに勉強することが叶わなかった為に、学習という今までにない楽しみを全力で満喫中である。そもそも、椅子に座って何かをする時間は食事以外にはなく、働くか家事をするかで動き回っていた。「座ってしまったら寝てしまう」が口癖のようになっていた日々を思い出して、苦い気持ちがもたげてしまう。


私の場合、健康に老年まで生きた記憶が皆無なので、この勉強し放題な環境は、創造主からの思いやりであろうと勝手に解釈している。

確かに9回も人生を経験してきたけれど、『学力』とは程遠い人生ばかりで『無知』ゆえの選択もしでかしていたと思えなくもない。


とは言え、学習環境が整えられ、知識はあるのに、人の心には無関心な大人にはなりたくないのだけれどね。

いつも誰かの陰口を言っては笑っていた人や、目の前の相手を見下すような視線を投げつける人。

無理難題を言ったかと思うと『無能』と罵り怒り出した人…色んな嫌な奴らがいたことを思い出しつつも、「反面教師だと思おう」と自分を奮起させていた。


私は知識を身に着けつつ、相手の土俵で対等に弱い者を護る為に戦える大人になりたい。

そのための『我儘』を邁進するのだ。


将来についての展望を考え込んでいた私に、母親が小さな疑問を投げかける。

「アテーナ、マーシャは何をしているの?」

珍獣を見るように、母親がマーシャを視線で指す。

「ああ、筋トレでちゅね。マーチャは勉強より運動がちゅきなのでちゅって。誰にも得手不得手はありまちからね。」


「なんだ、二人ともここに居たのか。アテーナは母親似で読書家だな。」

いつの間にか帰ってきた父親に、本を持ったままの態勢で抱き上げられる。


「お父様!おかえりなちゃい。私、今日はお天気と動植物の関係についてを覚えまちたから、良い子にちてまちたよ。」


誇らしく自慢すれば、お父様は決まって褒めてくれる。

それが嬉しくて、私の学習意欲は底を尽きないのだから、この両親の子育て術はなかなかの腕前だと感心してしまう。

そんな父親が筋トレ中のマーシャを見るのは初めてではないためか、マーシャの行動については追及する気配もなかった。

ただ、少しだけ笑ったのを私は見逃さなかった。


「ほう、今日は天気についてか。では私の秘技を頑張る愛娘に少しだけ見せてやろう。」


お父様は片腕に私を抱き抱えたまま、もう片方の手を少し動かすと、小さく呪文を唱えた。

節が目立つ大きな手をそっと開き、その手の平をじっと見つめれば、小さな音が聞こえ始める。


ジリジリ…ジリジリ…


この音、聞いたことある気がする。

よく見れば、手のひらに黄色い光がパチパチと瞬いていた。


次の瞬間、私のきらめく金髪が風もないのに乱れ出し、目の前の手の平に吸い寄せられるようにくっついていく。


「わあ!ちぇいでんきでちね!?」

「そう、これは静電気だからこのままアテーナに触るとどうなると思う?」

「イヤでち!ベチっとなりまちゅ。やめてくだちゃい。」


思わず持っていた本で顔を隠した私にイタズラ小僧のような顔をしたお父様は、「やってみないと分からないじゃないか。」と言って、思い切り私の頭を触ろうしてきた。


いや、マジでそれ危ないやつじゃん。

しかもお父様の目が座っているのが、なお怖い。


まさか、本当にやらないよね?

え?私、何かした?


あれか?

先日、お父様のハンカチでてるてる坊主を作って窓辺に飾っていたのを忘れていて、太陽光で色が褪せてしまったからか?

もしかして、お父様が晩酌で嗜んでいるお酒を厨房に持って行っておやつの材料にしてもらったからか?

ああ、あれか?

お父様が大事にしまっていた結婚前にお母様から送られてきた手紙の束を読んだ挙句、感想を付け足したのがバレたとか?


よくよく考えてみれば、恨まれることが多いかもしれない…


「うぎゃあああ!!!ごめんなちゃーい!!………あれ?」


一瞬だけパチっと音がしたかと思うと、キラキラと金色の光の粒がたくさん降り注ぐ光景に、私は唖然とする。


「痛くない…。」

「良い子のアテーナに私が痛いことをするわけがないだろう?」

笑うお父様に、お母様が小さく溜息を吐く。


「ゼイウス様。アテーナイエーの反応が面白いからって、からかうのは良くありませんよ。」

お母様の指摘にお父様が舌を出す。

「怒られちゃった」という表情をしたので、私は笑ってしまった。


「お父様、静電気を大きくちたり、雷槌を出ちたりも出来るのでちか?」


私はふと前世の記憶を思い出し尋ねた。雷が落ちたことで、タケノコの成長が何やら変わったという話を聞いた覚えがある。

この世界で是非とも検証したいたものである。


「そりゃあ出来るさ。」

「はわぁ。お父様は強いでちね。」


娘に褒められ相好を崩したお父様は、ふと何か思いついた様子でお母様に声をかける。

「今度の陽の日、アテーナと出かけてよいか?」


お父様の言葉の意味が分からず、お母様を見やる。

お母様は全てを理解しているかのように微笑み、頷いた。


そんな親子の会話中、筋トレの目標回数をこなし終えたらしいマーシャは、私の手から本を奪うと棚に戻しに離れた。

どこまでもマイペースなメイドで、私は嬉しい。

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