13歳。婚約披露パーティ
婚約披露パーティーという名の、王城主催の社交会は、色とりどりのドレスとキラキラした宝石たちと、お酒と香水が混ざった匂いが印象的なものだった。
玉座に座る国王夫妻の脇、一段下がった位置に王太子であるステイと私が座った途端、各領地の貴族たちが引っ切り無しに挨拶に来た。
私は言われた通り、ただ笑ってやり過ごす。
小難しい話題も、腸が煮え繰り返るような苦言も、適当な言葉で黙らせていくステイに感心していた。
また一人私たちの前に挨拶にきた貴族が口を開く。
「まだ学園に入学して間もない王太子殿下が婚約を決めるとは、女神の本心を量れずにいたアリストロメリアの如き所業かと。」
無駄に贅肉が付きすぎているせいか、首と顎の境界線が分からない狸爺…もとい、狸伯爵が嘘っぽい笑みを浮かべている。
アリストロメリアとは神話に登場する女神を一途に愛した勇者である。
その一方で愚者とも伝えられている彼に例えた時点で、王太子に対する不敬なのだが、当の王太子殿下は涼しい顔を崩していない。
「アリストロメリアに足りなかった物が何かを、そなたは分かるかい?有象無象の虚言を遮る術だと私は考えているんだ。アリストロメリアは私より遥かに優しい心を持ち合わせているのだろうな。私は彼のようにはなれないよ。」
ステイの好戦的な視線に狸が尻尾を巻いて逃げて行くのを、私は必死で笑いを堪えていた。
「ちょっと、やりすぎたか?」
「青い狸を初めて見ました。」
「次は赤いキツネにしようか?」
「それは…美味しいですか?」
私たちにしか聞こえない声と内容で笑い合う二人を、国王夫妻が楽しそうに見ていることなど、この時の私は気付かなかった。
主要な賓客たちの挨拶が一段落付いた所で、会場内に音楽隊の優雅な演奏が響き始める。
「貴方たちのお披露目なのだから、主役が踊らないというわけにもいかないわね。」
王妃殿下が悪戯な顔でこちらに声を掛けた。
出来ることなら、どこから狙われるか分からない場所に立つのは控えたい。
だが、国王妃の言葉を無下にするわけにもいかないと、ステイを見れば、彼も同じことを考えたのだろう。
一瞬と言える間ではあったが、難しい顔をしたのが分かった。
「足を怪我していることにしましょうか…?」
「いや、ここであからさまに警戒をしている素振りをするのも、相手の思う壺だろう。僕たちなら敢えておびき出すくらいでないと、らしくないんじゃないか?」
「!?」
思いもよらぬ言葉に私は声を失ってしまった。
「大丈夫。君を護りつつ踊るくらい、造作もないよ。」
「大きく出ましたね…」
「アテーナを見せびらかすって約束を、君のメイドたちにしてしまったからね。」
ふと、側に仕えるメイドたちを見る。
マーシャの手元には大量のフォークが入った籠があるのを見て、彼女の思惑を察する。
「あれを投げる気?」
「いつぞやの公園を思い出すね。」
「……はは。」
あの頃より、毎日練習を積み重ねているマーシャの投擲の腕は格段に上がっているだろう。
しかし、いかにも何か企んでいるような笑顔で立っているメイドって…どうなの?
「ルシードたち護衛もやる気満々だし、彼らを信用すべきじゃないか?」
煮え切らない私の目の前に、ステイが王子様らしく手を差し伸べてきた。
私の後ろに立つ護衛たちをちらりと見れば、皆一様に周囲への警戒を露わにしている。
「彼らに見せ場を用意しないと、後々面倒臭いですね。」
私も応えるように、優雅に気品をもって、彼の手を取ることにした。
「せっかくだから、楽しもう。」
悪戯小僧のように笑ったステイに、私は嘆息する。
「ステイは私の専属たちで楽しみすぎです。」
「…妬いてるの?」
思わぬステイの言葉に、私は言葉を失う。
「…へ?」
「僕の何よりの楽しみはアテーナだから大丈夫だよ。彼らはアテーナのアクセサリーみたいなものさ。」
全身の毛穴が一気に開いたように、汗ばむ感覚を覚えて、私は戸惑う。
そんな私の様子を面白がるように、ステイの唇が私のおでこに触れた。
会場中から悲鳴やらざわめきやらが一斉に沸き起こる中、私はステイに引かれる形でダンス会場に連れられて行く。
「今日はステイに翻弄されっぱなしで、ちょっと悔しい。」
「きみの素直な気持ちを知ったからね。僕のこと『大好き』なんでしょ?」
婚約の儀でのことを言っているのだろうと察し、その後のステイとのキスを思い出してしまった私は、全身が熱くなるのを自覚した。
「あ…あれは、ステイだけじゃなくて、そこにいた皆に向けた言葉で」
「僕のことも大好きなんでしょ?」
じっと見つめられたら、頷くしかないじゃない。
「大丈夫。僕はアテーナ以上に大好きだって言えるからね。」
「そんなの…」
分からないじゃない?って言う前に、ステイのステップが変わったことに気付く。
「アテーナなら合わせられるでしょう?ついて来て。」
「もう…」
元々ステップが激し目な曲ではあったが、そこにアレンジを加えたステイの動きについて来いと言われ、私は思考を一旦横に置いてダンスに集中することとした。
ターンをしながら周囲を見れば、私たちに視線が集中していることが分かる。
「目立ちすぎじゃない?」
「目立たなくてどうするの?今日の主役だよ?」
当たり前のように答えるステイだが、笑顔を見せながらも周囲に意識を向けているのが分かる。
この人は本当に無茶をする。
そんなことを思った矢先、突然ステイに腕を掴まれ、思わぬ方向へターンさせられる。
私が先ほどまでいた場所で何かが弾けるのを視界の端で捕らえ「うわあ」と声を漏らすと、ステイが私の耳元で「そこはキャーじゃないの?」と笑った。
私がステイを睨もうとした瞬間、今度はステイに抱き抱えられ飛ばされる。
「うひょっ」
またも眼下で何かが弾けているのが見えて、私を狙う者の腕に感心してしまった。
「動いている人を狙うなんて、難しいでしょうに。」
「そうだね。でも、お陰で場所の特定が出来たみたいだよ。」
ステイがちらっと視線で指す方を見れば、ルシードたちが一人を拘束している場面が見えた。
「まだいるね。」
そうステイが呟くと同時に、私の身体はステイに抱えられ音楽に合わせるようにくるくると回転する。
背後で「ぎゃっ」と悲鳴が聞こえ、ステイの肩越しにマーシャがフォークを投げた態勢から戻るのを見た。
「私より私の専属の扱いが上手いってどうなの?」
「彼らはある意味、僕と同じ目的で動いているからね。意思疎通が楽なんだよ。」
華麗に見えるように床におろされた私は、何事もなかったようにステイと共に最後のポーズを決める。
会場からは拍手が沸き起こり、私が狙われていたことに気付く者はいないようだった。
「見事に捕まえたようだな。」
席に戻るや国王が満足げにステイに告げる。
「取り調べは任せますよ。」
ステイが悪そうに笑ったのを、私は見なかったことにした。
「お嬢様、何か飲まれますか?」
席についてすぐに、何事もなかったようにマーシャが聞いて来る。
「そうね、冷たいジュースがいいわ。」
私が答えた直後、手元にグラスが置かれた。
「何を頼まれても良いように…あらかじめ…用意していました。王子殿下も同じ物で…良いですよ…ね?」
シェリーがおずおずと言うのを見て、ステイが笑った。
「優秀な専属が増えたね。」
「ええ、私の自慢が増えそうです。」
一休みしている間に、背後にルシードたち護衛が戻っていることに気付き、「ご苦労様」と伝える。
彼らは一瞬顔を綻ばせたかと思うと、すぐに真顔に戻り「ありがとうございます」と呟いた。
22時の鐘を合図に、私とステイはパーティー会場を後にする。
未成年は帰る時間なのだ。
一旦、王太子妃室へ通された私も着替えて帰る支度をしていた。
そこへ両親とステイがやって来て、今日は城に泊まるようにと言った。
「まだアテーナを狙っている奴がいるから、城の方が安全だ。」
どうやら先に捕まえた犯人たちから、今度は上手く事情聴取が出来たらしい。
「シャトーバルゼン領の商業ギルド…というより、暗殺を専門とする犯罪組織が動いている。」
「シャトーバルゼン…ですか。」
第一王子コーネリウスの後ろに控えていたブリジットの存在が否応なしに頭を掠める。
「あそこは第一王子派だからね」
父親が悩まし気に私の顔を覗き込む。
派閥ね…。
第一王子が傀儡となっていることは知っているが、それはコーネリウスの意思とは関係ない所で動いているようだと思った。
なぜなら、あのダンスの時、コーネリウスは全くと言っていいほどに、私たちが襲撃を受けていたことに気付いていない様子だったからだ。
とても素直な笑顔で「ずいぶん突飛なダンスだったね。でも嫌いじゃない。」と意見をくれたくらいなのだ。
「兄上は良くも悪くも『鈍感』なのだ。」
ステイが苦笑いをすると
「それが王太子に選ばれなかった理由でもあるがな。」
父親が溜息を吐いた。
「分かりました。本日は王城に泊まります。」
私がそう答え、専属たちにもその旨を伝えていると
「マセガキ、まさかお前の部屋と繋がっているあの扉の鍵は閉まっているのだろうな?」
「ヤダな~お義父様。そんなの勿論開けますよ。」
「閉めろ!」
さっそくと言うべきか、父親とステイの言い争いが始まった。
それに対して苛々を見せ始める母親に、私は「ああ、またか」と思った瞬間。
「義父子喧嘩は別室でお願いします。今夜は私とシェリーがこの部屋に居ますので、旦那様が心配するようなことはございません。」
本日二度目となる、まさかのマーシャが場を沈めたのだった。
「マーシャ、良くやりました。」
皆が部屋を出てから呟いた私に、マーシャは首を横に振った。
「いえ、メイド長からの指示があったからです。」
聞けば、メイド長は父親とステイが顔を合わせる度に口論になる(じゃれ合いにも見えるが)度に、機嫌が悪くなる母親の愚痴を聞くのがしんどかったらしい。
その為、マーシャに前もって口論になるような時は対応するように協力を求めてきたのだと、マーシャが教えてくれた。
「私にとっては一番敵に回したら怖い人からの指示ですから。裏切れませんでした。」
溜息を吐きながら言ったマーシャに、私は吹き出した。
「それでも、見事だったわよ。マーシャ。」
「私は疲れました。」
その後、メイド二人に入浴され夜着に整えられる間、マーシャがシェリーにメイド長の怖さを話続けていたことは、内緒にしておこうと思った。




