13歳。王家の一家団欒
王城の王太子妃室なる部屋に案内された私は、城のメイドたちによって身体中を浄められていた。
私と両親、それと護衛数名が魔法陣で王城にやって来たのは2時間前。
そろそろ、馬車でやって来るマーシャたちが到着する頃だろうか。
到着して早々に、お風呂に入れられ、全身油塗れにされてマッサージを受け、髪をトリートメントらしき香油塗れになってからの、着替えにメイク。
鑑の前に座った時には既にヘロヘロになっていた。
「本来ならコルセットを締めるのですが…アテーナイエー様には必要ありませんね。」
私は1ヶ月かけて肉体改造を行ってきた。
コルセットをする理由が、ボン・キュッ・ボンを強調するためだと知ってからは、ウエストの括れを作るべく、毎日かかさず上体を捻る体操をしていたのだから。
まだ13歳。胸とお尻の膨らみは成長途中だが、ウエストくらいは作れると、考え抜いた理由…それは…コルセットなんて付けたらお菓子が食べられないじゃない!?という不満だった。
「まだ、成長期ですもの。無理に締め付けられるのは嫌だわ。」
ふふっと笑って見せると「将来が楽しみです」と穏やかに返される始末。
流石、城のメイドだわ。
なかなかに手強い。
1人がメイクを、1人がヘアメイクを1人がネイルを担当してくれている中で、女性たちは噂話に花を咲かせ始める。
「そうそう、昨夜遅くに魔術師が拘束されたそうですね。」
「聞いた聞いた。グレステン邸に忍び込んで家主に魔術を掛けようとしたけど、不思議な光の紐に囚われて身動きできなくなったんでしょう?騎士団が到着した時には魔力を使いすぎて意識も朦朧としていたらしいわね?」
「神殿で特別付与されるお守りを持っていたのかしら?」
「そうじゃないの?グレステン邸と言ったら、信仰心が強いって有名だものね。」
グレステン邸の家主…つまり、恩師のことだ。
恩師は私の名前で神殿の印の付いた手紙を受け取り、信仰心の強さから手紙を開けてしまったようだ。
手紙には催眠作用のある粉が塗りたくられていた為、恩師の記憶はそこからはないらしい。
記憶がない間に忍び込んだ魔術師に、催眠術を掛けられかけた所で、私が昨日付与した光魔法が発動。発動と共に騎士団長に連絡が行く仕組みだった為に、ものの5分で御用となったわけだが。
恩師よ…昨日、あれ程のことがあったのに手紙を開けたのか?
神も流石に呆れるよ?
「アテーナイエー様も、聖女になってから何度も命を狙われてるって聞いてます。怖くないですか?」
「私には頼もしい護衛たちがいますし、ステイ…スティアーノ王子殿下も護って下さいますから。大丈夫です。」
「キャーッ!!熱々ですね!?」
マニュアル通りの回答をしただけで、彼女たちのテンションは上がる上がる。
他人の恋愛事情は、楽しいのね。
「スティアーノ王子殿下はアテーナイエー様の前では、クールな印象をかなぐり捨てると有名ですわね。」
「実際の所どうなのですか?」
「やっぱり、笑顔とか見られるのですか?」
ステイよ…城では笑わないのか?
クールとか…外面が酷く違い過ぎるだろう。
そういえば、私の前では暴走気味になるんだったか?
普段は常識的だと本人が言っていたような。
常識的に考えても、営業スマイルくらいはするよね…?
「お城での普段のステイを知りませんから…何とも。ただ、私には優しいですよ?甘芋の甘露煮くらいに。」
「甘露煮と比べられるなんて…予想外に甘々な例えで嬉しいな。アテーナ。」
げっ!
本人登場しちゃったら、
「キャーッ!!」
ほら。収拾つかない騒がしさになるやーん。
ああ…使い物になりそうにないメイドたちをスルーして、私はステイに振り返る。
「ステイ。どうかしら?」
私は立ち上がり、くるりと回って見せる。
白地に金銀の糸で刺繍されたドレスは、年齢に合わせてか、可愛らしさが重視されたデザインになっている。
裾部分が、まあるい形でふんわりレースが使われていて、この歳ではないと着られない一品だ。
ステイと並べばお揃い感満載な刺繍の柄に、王妃殿下と母親の魂胆が見え隠れしている。
「凄く可愛いよ。流石アテーナだね。天使みたいだ。」
うわッ!小っ恥ずかしい発言頂きました。
なんて答えたら良いんだろう?
「あれ?珍しく照れてる?」
面白がるように覗き込んでくる黒い瞳に、戸惑いつつ答える。
「…まさかステイが、天使みたいだなんて…小っ恥ずかしい発言をするとは思わなかったから…心の準備ができてません。」
「あ…確かに小っ恥ずかしいね…」
自分の発言に恥ずかしくなったステイが顔を赤らめる。
「ステイが赤くなるのは珍しいから、嬉しいですね!たまには仕返しです。」
「仕返しって。僕は思ったことを素直に口にしているだけだし。アテーナが可愛いのが悪いんだよ。」
ジトッとステイが私を睨む。
「ええ?!」
黒い瞳に見つめられる恥ずかしさに耐え続けられるわけもなく、私は俯く。
「本当にお二人は仲睦まじいのですね。」
「初々しいです。キュンキュンします。」
「はぁ〜。素敵です。」
メイドたちの様子に苦笑いしたステイが「忘れないうちに」と言って、私の頭に何かを乗せたのが分かった。
「ん?」
「王太子妃がつけるティアラ。アテーナの髪色では目立たないかと思ったけど…アテーナの一部って感じで凄くいいね。」
そっと鏡を振り返る。
繊細な細工師が作ったことが分かる、年代物のティアラには、所々ダイヤモンドが付いていて、私の髪の中でキラキラと光っている。
「本物?」
「城に偽物があるわけがないだろう?」
「凄くキラキラしてる。」
「うん。凄く似合ってる。」
ステイの甘々甘露煮な笑顔が降ってきて、メイドたちがのたまうように悲鳴を上げた。
バタン!
勢いよく部屋の扉が開かれたかと思ったら、肩で息をするマーシャが立っている。
城の中を全力疾走してきたようだ。
「お嬢様!只今到着致し…なんと!聖女が降臨されてます?!」
「これはこれで、嬉しくないわね。」
「ぷっ。マーシャには敵わないね。」
白いタキシード姿のステイの横で、ガッカリした気持ちを擡げているうちに、わらわらと両親と護衛たちがやって来た。
「ぬ?マセガキ、何故ここにいる?」
ステイを見るなり皮肉を言う父親。
「婚約者にティアラを贈っていただけですよ。お義父様。」
父親の皮肉を難なく躱すステイ。
「まだお前の義父ではない!」
あ、父親が負けたか?
父親とステイの言い合いは、放っておいて、私は母親の前に立つ。
「お母様、どうですか?おかしくないですか?」
「綺麗よ。」
母親の手が私の頰に触れた時、勢い良く父親が参加してきた。
「アテーナがおかしいわけがないだろう?おかしいのは、このマセガキ王太子だ!」
「酷いな〜。お義父様。」
「だから!お前の義父ではない!」
流石に賑やか過ぎる2人に、母親の眉尻がピクリと動く。
ヤバッ…。
「ゼイウス様!スティアーノ王子殿下!殿方は廊下に出てらっしゃいませ!」
瞬間、周囲の空気が凍りつく。
「メ…メーティス?」
縋るような父親に、母親は視線1つで追い出した。
「…雷使いが奥方から雷を落とされた。」
呆然とステイが言葉を漏らす。
ああ…それは火に油だ。
「スティアーノ王子?」
温度を持たない声がステイを刺す。
流石のステイも身の危険を察し、踵を返した。
「はい!失礼しました!…じゃ、アテーナ、あとでね。」
ヒラヒラと手を振り出ていくステイに、溜息を吐くと、ふっと笑いが頭上から溢れた。
「アテーナの周りは、本当に賑やかね。」
「…そうですね。」
「それも、聖女の力なのかしら?皆生き生きとしていて、取り繕わない。」
母親の優しい手が、私の髪をそっと撫でた。
「もし、そうなら…私は嬉しいです。」
「…貴方らしい。」
母親に背中を押され、ソファに腰を下ろす。
さっとマーシャがジャスミンティーを差し出して、そそくさと定位置に着いたのを見て、私は小さく笑った。
「昨夜の事件は聞いてますか?」
私はジャスミンの香りを楽しみながら、私の身支度をしてくれたメイドたちをちらっと見てから、頷いた。
「はい。噂程度ですが。」
「そう。あのお守りはアテーナが?」
真っ直ぐに見つめてくる碧眼が怖い。
嘘を見抜くその眼力に、私は屈する他、術を持っていない。
「…はい。」
「良くやりました。」
内心ビクビクしていただけに、母親の言葉に驚いてしまった。
「へ?!」
「良い判断でした。グレステン様は…自己防衛が苦手と言いますか、神殿崇拝者に良く見られる、お花畑思考と言いますか、頭の中空っぽと言いますか…そこを、犯人に付け込まれたのです。」
お母様…それ、悪口ですね?
結構、辛辣な悪口ですね?
「先程、国王から報告を受けましたが、あのお守りが発動していなかったら、今日の儀式中にグレステン様に貴方は襲われていたことでしょう。昨夜捕らえられた魔術師が吐きました。」
…マジか。
お母様の口から『吐きました』って…
実際、恩師に襲われて、やり返す余裕が持てたかは分からない。
ちょっと、怖いね。
「それと、専属になる2人の子供は、儀式終了後、ここで顔合せになります。マイクは、貴方の指示をしっかり守ったようですよ。褒めてあげなさい。」
「はい!お話くださり、ありがとうございます。」
私がニコリと笑うと、母親もふわりと笑顔を返してくれた。
「グレステンは私の元同僚なの。彼を守ってくれて、ありがとう。アテーナ。」
母親が先に行っていると告げ、部屋を出てしばらくした頃、宰相が儀式の説明と案内のためにやってきた。
物腰柔らかな彼の仕草には「流石だ」と感服すら覚えた。
儀式が行われる、祭殿の間に移動すると、その入口手前の待合室に通される。
「出番まで、こちらでお待ち下さい。」
綺麗なお辞儀に恐縮しながら礼を告げた。
中に入ると、王家一家が優雅にお茶を飲んでいて、コーネリウス王子が「あ、アテーナイエー」と手を振ってきた。
私が無意識に手を振り返そうとするのを、いつの間にか隣に来ていたステイに腕を掴まれ阻止された。
「ステイ〜嫉妬深いよ~」
誂うように笑うコーネリウスに、ステイはひと睨みすると、
「当たり前です。兄上はすぐ僕のものを取るから、安心できません。」
淡々と答える横顔に、ちょっと驚いた。
「うふふ…本当、アテーナイエーの前ではステイが子供らしく見えるわ。」
穏やかに笑う王妃殿下。
「実際、子供ですから。」
表情を変えずに返すステイ。
「ゼイウスともやり合える根性があるからな。私でも勝てない相手だぞ?」
面白そうに笑う国王陛下。
「それは父上に非があるからでしょう?」
やはり、表情を変えずに返すステイ。
両親の会話にも鋭い突っ込みを入れるステイは、なかなかレアだ。
ステイの家族は、なんていうか…普通だ。
王族なのに、こうして見ると、普通の家族だった。
それぞれが言いたいことを言って、笑い合うような…一般家庭そのものだった。
「アテーナは僕と一緒に登場するから、隣にいて。」
「あ、うん。……って、私!国王様たちに挨拶してないわ!」
あまりに突然の、ほのぼの家族劇を見せられて、うっかりしていたことを思い立ち、はっとすると、当の国王は片手を軽く振って拒否をした。
「良い良い。儀式で挨拶は受けるんだ。今は家族で過ごす時間にさせてくれ。あ、アテーナイエーも今日から娘と思うから、心しておくように。」
「…はい。ありがとうございます。」
何を心しておくの?
そんな戸惑う私に国王が微笑み、その顔がステイに似てると思った。
「やっぱり、親子なのね。笑うと似てるわ。」
私の呟きに、隣のステイが複雑そうな表情を見せた。
「君の父親によく言われる。アルティスと同じ顔でイライラするって。これ、八つ当たりじゃない?」
膨れるステイに同情する。
「あはは!ゼイウスの宝は私がいつも掠め取ってきたからな〜。恨まれても仕方がない。」
「私の横取り癖は父親譲りでしたか!」
国王のとんでも発言に乗っかるコーネリウス。
「アテーナイエーは母親似で良かったなぁ。」
無邪気に笑う国王陛下に私も素直に答えた。
「……私も今、心からそう思いました。」
宰相が呼びに来て、3人は先に出ていった。
それを見送るや否や、ステイが私の両手を握りこんだ。
「アテーナ、君の気持ちを待たずに婚約になってしまって……後悔してない?」
さっきまでの凛々しい王子顔が無くなり、どことなく悲しげに目を伏せるステイが、新鮮に思えた。
睫毛長い。
肌白い。
てか、ニキビとか全然なくて、綺麗ね。
しみじみとステイの顔を観察していたら、ぱちりと視線が合ってしまった。
「あ。ごめん。ステイの肌が綺麗だから見惚れてたわ。」
「アテーナ…」
ステイががっくりと肩を落とす。
「後悔はしてないわよ?王太子妃教育も楽しみだし!お城ならではのスイーツも楽しみだし?」
「僕のものだって世間に知らしめることになるんだよ?」
「………それって、今更じゃない?」
気づいた時にはステイとの仲は公認されていた。
というか、噂が噂を読んで…外堀を埋められていたとも言える。
それは「なぜ婚約しないのか?」と問われる日々でもあった。
それもこれも、ステイの徹底した囲い込み作戦と、私の引きこもり期間があったせいなのだろうが。
私にはステイしか友人はおらず、ステイ以外の男の子は弟のミッシェイルと、孤児院の子供たちくらいしか知らないのだ。
他に好きな人を作るのは不可能というものだろう。
出会いがなさすぎる!
「ステイこそ。私と違って、あちこち社交の場に顔を出してきたのだから、素敵な令嬢や姫君に出逢ったでしょうに。」
私が心からの疑問を投げかければ、彼は簡潔に答えた。
「アテーナ以上に一緒にいて面白いと思える子は居ないからね。前世も含めて、君は目が離せない。」
顔が熱くなる。
前世も含めてってのは、ズルイ言い回しだ。
「あ…ありがとう?」
「どういたしまして。」
ニコリと笑う王子面に、ちょっとムカついた。
「顔が良いのは卑怯ね。」
私は今にも飛び出しそうな勢いの心臓を抑えるべく、深呼吸を繰り返した。
その様子を見ていたステイが耳元で小さく囁いたから、私の心臓はまた飛び跳ねたのだった。
「ねぇ、いっそ僕の部屋に住んじゃえば?そしたらずっと一緒にいられる。」
宰相に呼ばれ、2人揃って入場した祭殿の間には、国中の貴族たちが集まっていた。
拍手が鳴り響く中を、ステイにエスコートされて歩く。
赤い絨毯には光の粒が降り注ぎ、何処からともなくラベンダーの香りが漂ってきた。
この魔法を使うのは…神官長?
そっと彼の姿を探す。
「きょろきょろしてると、躓くよ?」
ステイに注意され、一旦探すのを止めて、真っ直ぐに進む。
「誰を探していたの?」
「神官長。多分、花の匂いは彼の魔法だから。」
小さな声で会話をしながら、貴族令嬢らしく笑顔を貼り付ける。
「アテーナが好きな匂いって、ラベンダーだったっけ?」
「ラベンダーは普通かな。私が好きな匂いは桜。この世界にはない匂いね。」
ステイが何か考えるのが気配から分かった。
私は敢えて、何も言わない彼をそのままに、王座前まで歩き、ステイに合わせて国王に向かい膝をつく。
階段状の玉座に座る、国王と王妃から声を掛けられて頭を上げた時、ふいに鼻先を懐かしい匂いが掠めた。
ん?!
隣で王太子として正式発表を受けるステイをそっと見る。
王子らしく凛々しい表情で、粛々と頭を下げる彼は、先程の鼻を掠めた匂いには気付いていないように見える。
「ここに2人の婚約を認め、婚約の儀を執り行うものとする!」
国王の堂々たる発言に、会場中から歓声が上がる。
「2人は神殿に移動し、これから儀式を行う。」
あ、そっか。
この後、神殿で神々に誓うのか。
宰相から受けた説明を思い出し、ぼーっとしていた頭を回転させ、次にすべきことを確認していると
「アテーナ、折角だからさっきの魔法のお礼をしておこうよ。」
「え?」
ふいに、立ち上がったステイが手をかざして光魔法で雪の結晶を降らせた。
ああ、そういうこと?
私も、音魔法で前世の結婚式恒例のあの曲を、オルゴール調で流す。
そこに風魔法であの匂いが渦巻いた。
「ステイ!?」
「さっき、思い出した。君の匂い。」
素直に嬉しいと思った。
その思いを伝えたい一心で、魔法を発動した。
私も風魔法と光魔法で星屑を作ると、ステイや皆に伝えたい言葉を空中に書いた。
「大好き♡」
瞬間、会場中から割れんばかりの歓声が上がり、私ははっとする。
やりすぎた?
ステイをちらりと見る。
「その演出はズルイ。」
珍しく、顔を真っ赤にしたステイがいた。
へへっ。
たまにはステイを見返してやれたかな。
ステイのエスコートで会場を後にする。
会場を出てすぐに、彼の腕に包まれ、壁際に追いやられてしまった。
「ミラージュ」
彼の口から紡がれた呪文は、私達の姿を隠すものだ。
「ステイ?」
「ああ…もう。好きすぎる。」
苦しそうに呟いた彼の唇に、私の唇が塞がれた。
そういや…この人も中身は大人だったっけ?
と思った時には、13歳らしからぬキスに、私の頭は思考停止を余儀なくされたのだった。
「ステイのバカ。」
「大丈夫だって、責任はしっかり取るから。でも、キスで赤ちゃんは出来ないよ?」
「知ってるわよ!」
真っ赤な顔で俯く私と、楽しそうに笑うステイを乗せた馬車は、神殿に向けて走り出したのだった。




