13歳。婚約祝いの贈り物
孤児院は凄腕母さんたちのお陰で、みるみる立て直しが進んでいるようだ。
あれから1ヶ月、彼らの教育を頼まれていた私の恩師が邸を訪れて、報告してくれた。
「一度に数十人の子供たちに教える経験はなかったので、私も良い勉強になりました。」
邸のサロンで領主である父親が来るのを待つ間、私の家庭教師だった彼の話に耳を傾けている。
「今は、アテーナイエー様はやはり優秀すぎる子供だったのだと、確信していますよ。」
「あら、お母様には令嬢らしさの足りない娘だと叱られてばかりですよ?」
マーシャが淹れてくれた紅茶に口をつけ、ふっと息を吐くと、茶葉の渋みを含んだ香りが鼻から抜けていく。
「優秀でない方が王太子妃になれるはずがないではありませんか。いよいよ、明日ですね。実は、今日は私から、王太子妃になられるアテーナイエー様に、推薦したい人材を連れて参りました。」
「私はまだ王太子の婚約者にすぎませんよ。…え?人材ですか?」
「優秀な執事はいかがでしょうか?」
そう言って、恩師が一つ合図を送ると、サロンの扉の向こうに控えていたのであろう少年が、室内に入って来た。
「あら、マイクじゃない?」
孤児院の年長組の一人。
孤児院改革2日目にして、私に忠誠を誓おうとした少年だ。
彼は私の前に膝まづくと、真っ直ぐ私の目を見て訴え始めた。
「アテーナイエー・クランベナー様。私はあれからずっとあなた様の言葉を思い出し、真実を探し、受け止めて過ごしてきました。あの時、私はあなた様に認められたい一心で、周りが見えておりませんでした。王子殿下2人がいる場所での軽率な言動、大変申し訳ありませんでした。だから、今日は先生にお願いして、アテーナイエー様がご自宅にいる時に改めてお願いをしに参りました。私をあなた様の執事として教育して下さい!やはり、私が忠誠を誓うのはアテーナイエー様だけなのです。私をあなた様のお側に置いて下さい。」
何度も言葉を選び、練習をしてきたのであろうことは、一目瞭然だ。
言葉遣いも、姿勢も、表情さえも、立派にできている。
私と同じ歳よね?
「マイク…本気なの?」
さて、どうしたものかと考える私の背後より、おかしそうに笑う声が近付いてくる。
「派遣雇用してやればよいではないか?アテーナ。主に最初から忠実な執事など、なかなかいないものだぞ?」
「お父様。」
「明日には王太子の婚約者になるんだ。執事がいた方が便利ではないか?なんならメイドももう数人付けたいくらいだが、マーシャの仕事量を少し分散するためにも何人か派遣雇用しておかないか?アテーナのことだから、どこかの貴族の娘より平民の方が扱いやすいだろう?」
娘が可愛くて仕方ないと言わんばかりの空気を纏い、甘々に笑顔を向けながら、父親が私の隣に腰掛ける。
「実は、領主様たってのご希望もあり、マイクを連れて来たんです。」
恩師がちらりと父親に視線を向けつつ、私に説明をしてくれる。
私は息を吐くと、膝まづいたままのマイクを椅子に座らせ、「話を聞きましょう。」と紅茶を一口含んだ。
孤児院内で、私の側で働きたいと申し出た者は多いらしい。
桃色の髪を2つに結んだシェリーは、メイド希望。
リーダー各の茶髪のモンテカルロは、私が運営するカレー店勤務を希望。
幼い子供たちを面倒みていたエリッサは、私の着るドレスを作りたいと言って仕立て屋に勤務を希望しているらしい。
他にも私が大事に育ててきたトマトや甘芋を育てる為に農家に勤務したい子供たちや、美味しい秋刀魚を提供できるようにバーベキュー店に勤務したい子供たちもいるんだそう。
「実は、ベッドから起きられなかった子供たちにも変化がありまして、5歳のハリーは王太子殿下の使用人になりたいのだと勉強中ですし、14歳と12歳のモニカとキャンベルは聖女の手伝いがしたいと神殿に入ることを希望しています。」
「みんな、やりたいことが見つかってきたのね…」
私がほっと胸を撫で下ろしていると、父親が楽しそうに私に提案をしてくる。
「だからアテーナ、マイクとシェリーを邸住まいの見習いとして、派遣雇用しようと思うんだよ。あと、モンテカルロは王都のカレー店に通いで務めて貰うし、エリッサはお前の婚約用ドレスを仕立てたドーベルッツの店に推薦しよう。結婚式には彼女が仕立てたドレスを着れるかもしれないな?いや、結婚はしなくても良いんだぞ。ドレスは買ってやるから。」
「お父様、結婚式はまだ先です。それと、ドレスは必要な時に必要なだけあれば十分ですから。…エリッサが作るドレスは気になりますけど。…分かりました。マイクとシェリーを明日付けで私の専属として雇用致しましょう。」
私は雇用の書類に必要事項を記入するために、マーシャにペンとインクを持ってくるように頼むと、父親の執事にお仕着せの用意をお願いした。
私と父親で分担して、子供たちの雇用契約書や推薦状を書いていると、使用人がステイからの贈り物を届けに入ってきた。
「お嬢様、こちら王太子殿下からの贈り物ですが、中は検めますか?」
私は軽く闇の魔法を発動させると、箱の中身を透視した。
大小合わせて5つある箱の中身は、ネックレスに髪留めに靴にストール…それから?
「あ、とりあえず、その箱だけ検めて貰える?」
私が透視することを知っていて、見せないようにしたかったのか?箱の内側には魔力を無効化する布が貼られている。
「どれもステイからの贈り物にしては、違和感があるわ。リボンのセンスもイマイチだしね。」
私の言葉で、ルシードたち護衛数名が怪しい贈り物を使用人から受け取ると、庭に出て小さく呪文を唱え始める。
「何が始まったのですか?」
マイクが驚きと不安の表情を向けてくる。
「私の命を狙う犯人からの贈り物なのよ。だから護衛たちが処理しているの。」
「爆弾とか?」
「分からないわ。中身が見えないのだから、怪しまれることは必然でしょうに。あ、念の為ステイに連絡して、何を贈ったかを聞いてくれる?ガスや毒なら贈り物と一緒に入るものね?」
父親の執事が手帳に書き込みを始めた時、庭先ではドンッ!!と大きな音と、護衛たちの風の盾に阻まれながら火花を撒き散らす魔道具らしき黒い物体が光っていた。
「本当に狙われてるのですね?」
視線を庭先に捕らえられたままに、マイクが呟く。
「聖女になった時からね。婚約者が王太子になるから、一段と手段を選ばなくなってきているわ。私の近くにいたら、命の保証はないと思うわよ?それでも良いのかしら?」
契約を結ぶのは止めておいた方が良いんじゃない?と私が笑うと、負けず嫌いな顔をこちらに向けてきたマイクは首を左右に振った。
「疑うことを怖がるなと貴方に言われました。今、理由をはっきりと理解出来ました。」
「実際、貴族は私の使用人にはなりたがらないのよ。だから、私の専属になりたいなんて子は大歓迎よ。」
私の説明にマイクより、恩師の方が悲しげな表情を向けてきた。
「アテーナイエー様が大人びていらっしゃるのは、こうした環境のせいだったのですね?」
いいえ。
9回の前世の記憶を持つ『メンタル仙人』だからです。
「お嬢様、スティアーノ王子殿下からの贈り物はないとのことです。明日、城で直接渡すからと。」
「あら、そう。じゃあ、ステイが現れる前に始末しましょう。(面倒臭いことになるから。)」
私の判断で全ての贈り物が護衛たちにより処分される。
どうやら、ストールと一緒に発火するガスが、ネックレスと髪留めには毒が、靴には足先を斬り込む魔法陣が付いていたらしい。
「犯人は分かっているのですか?」
恩師が不安気に尋ねる。
私はちらりと父親を窺う。
「着いたか。」
サロンのドアが開き、大股で近付いてくる予想通りの姿を見て、私と父親が肩を竦めた。
学園に直通の魔法陣の上に、王城直通の魔法陣を重ね掛けしたのはいつだったか。
お陰で神出鬼没な王子に、邸中が慣れ始めている。
領主である父親には邸の者以外の気配を感じるための魔法が邸全体に掛けられているのだそう。
「アテーナ!ケガはない?怖くなかった?」
ガバッと私に抱きついてきたステイを、宥めるように、彼の私の肩に巻き付いた腕を叩く。
叩けば叩くほどきつくなる力に、引き剥がすのを諦めながら答える、
「ええ。皆さん居てくれたので平気です。今回は爆発物とガス、毒に足を斬り込む魔法陣とありました。執念深さを感じますね。」
「執念深さか。まぁ…その通りだね。」
「スティアーノ王子殿下、そろそろ娘から離れてくれませんか?」
全く離れようとしないステイに父親が注意をする。
しかし、ステイは「嫌だ」と答えるばかりで、父親の額には見る見るうちに血管が浮き立ち始めている。
「父が父なら息子も息子だ!私のアテーナから離れろ!マセガキ!」
「親馬鹿オジサマは煩いな〜。婚約者にくっついて何が悪いんです?」
ああ…喧嘩が始まった。
この2人、何かと私を巡って喧嘩ばかりなのよね…
見かねたシューリッツが助け舟を出してくれた。
「殿下、証拠品の回収と、今回の事情聴取を手短にお願いします。まだ、執務の途中ですからね?」
「うっ!……分かってる。」
やっと私から離れたステイは自分の護衛たちに証拠品の回収を命じると、マイクを凝視し始めた。
「あ、私の専属執事にマイクが名乗りを上げてくれたの。」
「専属〜?マイク、まさかとは思うけど、アテーナに惚れてないよね?」
どストレートな牽制に、苦笑いが漏れる。
「人間性には惚れてますが、恋愛感情はありません。…まさか、王子殿下でも不安になるんですか?」
思いの外、好戦的な回答をするマイクに、ステイは口元を引き攣らせる。
「不安ではない!アテーナは私の婚約者だからな。変な虫が付くのは許せんだけだ。」
しばらくの間、無言の牽制が続く。
そのうち、マイクが笑みを浮かべ、口を開くと
「虫…ですか。」
王子も何故か笑顔で答える。
「虫除けは大事だろう?」
何だか良く分からないが、意気投合したらしい2人は握手を交わす。
「アテーナ第一で頼む」
「心得ております。王子殿下の安心をお約束しましょう。」
おーい!
私の安心はどこ行った?
証拠品の回収を終えた護衛たちが、戻ってくる。
それを見るや、寂しそうに私に振り返ったステイが、私の頰を両手で包み込むと、額にキスをした。
「こら!マセガキ!」
父親がまた叫びだす。
「アテーナ。明日、全ての決着をつけるから。もう少しだけ、我慢してて。」
「?…うん。分かった。」
「じゃ、舅が煩いから今日は帰るよ。」
嵐のように過ぎ去った彼らを見送ると、恩師は唖然とした様子で固まっている。
マイクは若さのせいか、状況を受け入れるのが早いようだ。
隣に座る父親はまだブツブツ言っているが、これは無視しておこう。
「お二人にも馬車を出しますね。今日はこんなことがあったので、護衛をつけさせてください。」
「あ…ああ。助かります。」
恩師がやっと戻ったようだ。
良かった良かった。
明日、王城で専属2人と待ち合わせることにして、今日は帰らせる。
明日はマーシャとルシードも一緒だ。
2人に子供たちの教育を任せよう。
それと…
「先生、マイク。私は大切なことは全て直接会って話します。もし、私や邸からの早馬などがあっても、信じないでください。全ては明日王城で会えば分かることですから。くれぐれも『注意深く、疑って』くださいね。手紙は読まずに燃やして下さい。」
私の言葉の意味を理解したマイクが、大きく頷いて了承してくれた。
まだ他人事な恩師にも「利用されるのは嫌だろ?」と話をしている。
私の手が届く範囲くらいは、守ろう。
2人を邸の馬車に乗せると、私は馬車ごと風と闇の魔法でバリアを施す。
ついでにそっと、光魔法を2人に施した。
「お守りとしては十分よね。」
「年々、逞しくなられるお嬢様に感服しています。」
ルシードが私に頭を下げた。
「聖女らしくなってきたでしょう?」
「お嬢様は、最初から聖女らしくありましたよ。ただ、私の仕事も残しておいてくださると嬉しいですが。」
その夜、王都のある邸にて、一人の男が騎士団に拘束されたのだった。




