13歳。派遣事業を立ち上げます。
部屋から出られない子供は5人。
そのうち3人は女の子。
年齢は14歳、12歳、10歳…10歳って?
どんだけ変態貴族爺共に嫌な思いをさせられて来たんだ?
気持ち悪い。
私の気分は後ろを歩く二人の王子にも伝染しているのか、子供たちの話を聞いた後から何も話さなくなっている。
ただただ、二人そろって眉間に皺が寄ったままの表情だ。
こうして見ると、やっぱり兄弟なのね…なんとなく面影が似てるわ。
私が忘れないようにとメモを取りながら、二人の様子を観察していると、そのメモが気になったのか
水色の髪の…ステイが一番気を張っているその人が私の手元を覗き込むように声を発した。
「なぜ、アテーナイエー嬢はご自分でメモを取られているのですか?しかも、その板のような物もそのペンも初めて拝見しますが。」
ああ…。
このメモ取りセットは私が領地の工具屋に特注で作らせた物だから、巷に売っていないのは当たり前だ。
薄い板に紙を挟めるようにクリップをつけたボードは、重さを軽量化するのに時間がかかった。
また、ボールペンが欲しかった私の要望で、インクが内蔵されている万年筆が出来た時は、父親が数本ほど城に献上しているはずだから…王子2人は見たことがあるはずだ。
「自分の考えをまとめるためのメモですから。それに、このペンは王城にも献上してある品ですよ?」
怪しいことが書かれていないかと疑っているのだろうと、私はわざと彼らに見えるようにクリップボードごと手渡す。
「お疑いでしたら、検めてください。」
数枚重ねられた紙には、走り書きが並んでいる。
子供たちの名前や特徴、年齢や特技、注意事項などが主な項目である。
私から受け取り、ペラペラと検めたコーネリウスが、私に返しながら言った。
「ブリジットが失礼をした。」
水色頭が頭を下げたことで、彼の名前がブリジットなのだと理解する。
数年前、自宅の執務室にて、父親が所持している王国内の貴族名鑑なる本を読んだ記憶を掘り起こす。
確か…王都ともクランベナー領とも隣合わせになっている領地、シャトーバルゼンの商業ギルドを纏めている中級貴族…アイズワール家次男がブリジットという名前だったような…
年齢も私より3歳年上だったはずだから、きっと合っているだろう。
「私の仕事ぶりを視察にいらしたのですものね。色々疑問を抱くこともあるでしょう。私は、どうやら普通の令嬢方とは違う…『異端』なのだそうですから。」
「シャトーバルゼンにはいないタイプでしょうね。」と私が笑って答えれば、ブリジットが少しだけ引き攣った表情を見せたのだった。
その空気の変化を読んだステイが私の肩を引くように腕を伸ばし、私を彼らから少し遠ざけた。
「私が婚約者にした理由が分ったでしょう?兄上。」
「ああ、確かに。スティアーノの思考に付き合える令嬢は、アテーナイエー嬢くらいだろうね。」
どういうことだろうか?
ステイを見上げれば、いつもの笑顔が振ってくる。
しかし、その顔に余裕はないように見えた。
「女の子たちの心の傷はしばらく時間がかかりそうですが、男の子たちの方は怪我が治れば平気そうでしたね。」
貴族に魔法で虐待を受けていた2人の男の子のことを話題にすると、ステイが頷いた。
「思っていたより、心の傷は小さそうで助かった。」
「ステイのお陰です。あの時咄嗟に魔法を使ってくださったでしょう?」
私たちが2人がいる部屋に入った瞬間、ベッドで横になっていた5歳の男の子は恐怖心からベッドから転げ落ちた。
瞬間、ステイが放った風魔法が男の子の身体を支え、そっとベッドの上に戻したと同時に、彼は光魔法で部屋中に蝶を飛ばしたのだ。
「とても綺麗な魔法でした。」
その光景を思い出し伝えると、
「アテーナの音も綺麗だったよ。」
と私の髪を撫でた。
私は蝶が舞う光景に合うように、オルゴール調の音色の音を放っただけだ。
『魔法は怖いものばかりではない。』
そう伝えるには十分だったようで、その後の男の子たちとの会話はスムーズに進んだ。
「魔法を攻撃や防御以外に使う術を、お前たちはどこで覚えたのだ?」
コーネリウスがふいに聞いてくる。
「コーネリウス王子殿下は、魔法で遊んだりはしないのですか?」
私の質問に彼は、「魔法は遊びではないだろう?」と訝しい表情で答える。
「確かに、魔法は仕事のための術ではあります。しかし、覚える時に遊びを取り入れることで、魔力のコントロールや属性の維持を身に着ける練習にもなるんですよ。」
私も基本的な魔法の使用方法を教えてくれたのは家庭教師だった。彼はただただ、理論に基づいた練習をひたすらにするタイプだったため、遊びはなかった。
私が魔法で遊ぶことを覚えたのは神殿だった。
神殿では、神の存在をどう民たちに伝えるかを試行錯誤していて、光魔法で光の粒を飛ばしたり、風魔法で花の匂いを飛ばしたり、音魔法で賛美歌のような曲を流したりとしていたのだ。
それを私も真似ながら、魔法の技術を学んできた。
「神殿では、遊びのような魔法を仕事として使っていますよ。」
私の言葉にコーネリウスは思い当たることがあったのか、納得したようだった。
「ああ、神殿に行った時に見た光の雨は…魔法だったな。」
「神官たちが考え出した演出です。」
私が笑って答えると、「そうか」と微笑んでくれた。
そんなコーネリウスに悪い気は全くしない私は、彼が素直であることは嫌でも理解できた。
子供たちがいる広間へ戻った私たちを待っていた年長組の面々は、すぐに走ってきた。
「アテーナイエー様、聞き取りは終了しています。」
そう言って紙の束を差し出してきたのは、桃色の髪を二つにしばった13歳の女の子、シェリー
「アテーナイエー様、特技別にあっちに並ばせています。何か気になることがあれば、案内します。」
年長組のリーダー格、14歳のモンテカルロは短髪の茶髪に寝ぐせがついているような、元気な印象の男の子だ。(あ、私より年上だけどね。)
忠誠を誓うと言い出したマイクと、大人しい性格で小さい子たちの面倒をよくみてるエリッサがキラキラと期待の籠もった視線を向けてくる。
「ありがとう。そうね、じゃあ、お料理が得意な女の子たちにまずは昼食の用意をお願いしようかしら。5歳以下の子供たちから先に食事にしましょう。それと、文字が書ける子と計算が出来る子はこちらに集めて頂戴。」
「はい!」
年長組4人はそれぞれに役割分担をしたのか、無駄な動きを見せずに動き出した。
「賢い子供たちだ。」
コーネリウスがその様子に感嘆の言葉を発した。
「自分たちで考えたのでしょうね。」
私が頷いて微笑むと、彼は何かを考えるように、黙ってしまった。
「ステイ。午後からはお母様たちが来るのですよね?」
「ああ、お茶の時間には集まるはずだよ。母上もね。」
王妃様も来るのか。
それなら、お母様が来るのはもっと早い時間に違いない。
下手すると、今頃孤児院の正門前に着くころかしら?
「お嬢様!奥様が来られました!」
「予想通りね。」
いつもは邸で留守番をしているマーシャを今日は連れてきて正解だった。
マーシャは母親についているメイド長に鼻が利くというか…近づくと気配を感じるという強者なのだ。
午前中は私の仕事の邪魔にならないように、別の部屋で小さな子供たちの遊び相手をしてもらっていたのだが、メイド長の気配を感じてからは私の側にいるように申し付けてある。
メイドらしさを一切見せず、走ってきたかと思うと、私の側に隠れるように控えたマーシャに
「犬みたいな特技だな。」と隣でステイが苦笑する。
「人間、苦手を極めると新たな特技を生み出すものなのよ。」
私の解釈にいつの間にか戻っていたシューリッツも笑った。
「苦手を極めるとは、新しい発想ですね。」
「マーシャですから。」
皆の視線がマーシャに向くも、彼女は気が気ではない様子でそわそわとしている。
「ああ、今日はどんなお小言を言われるのでしょう?怖いです。」
彼女の頭の中はメイド長でいっぱいのようだ。
「マーシャ、取り敢えずお茶の準備をしておきましょう。出すのはお母様が落ち着いてからでいいわ。」
私の提案に、何度も頷いたマーシャはお湯を貰いに厨房へと走り出した。
そんな彼女の様子をコーネリウスとその仲間たちは唖然とした表情で見ていた。
「アテーナイエー嬢の邸から戻った者たちが、楽しそうにしていた理由が分かった気がするよ。」
コーネリウスの言葉に、ステイの周りに控えている護衛たちを見回す。
皆一様に肩を震わせ、笑いを堪えているのが分かる。
そんな彼らを見なかったことにして、私はルシードと数人の護衛に母親の出迎えを頼む。
文字書きと計算ができる子供たちを集めた一角では、簡単な生活に掛かる予算の計算をさせることにした。
「生きていく為に必要なお金を計算しておきましょう。まず『食費』それから洗剤や掃除道具に必要な『備品代』それと…紙などの文房具類も必要よね。」
私が例えを出すと、子供たちも考え出すのが分かる。
「薪は?冬は寒いから暖炉は必要よ!」
「毛布もだね」
そうやって必要な物を書き出していく子供たちを見ながら、「学校の先生みたいだな」とステイが言った。
「私、お母様みたいな女性になることが目標だったのよ。」
小さい頃の目標を語る私の背後には、いつの間にか母親が立っていた。
「私のようになりたいのなら、もう少し落ち着きを身に着けて頂戴。アテーナ。」
「うげっ!」
私の驚きと共に、一斉に笑い声に包まれた空間の中で、母親が溜息を吐いたのが見えた。
子供たちには順次昼食を摂ることを告げ、私たちは応接室へ移動した。
そこで、2人の王子と挨拶を交わした母親は、私の孤児院運営計画を尋ねてくる。
私は時々ステイやシューリッツに助けられながらも、孤児院の子供たちで派遣事業を運営していくことを説明し、今までになかった事業であることを踏まえたリスクとメリットを明確にしながら話をしていく。
コーネリウスやその仲間たちからも驚愕の声が漏れる中、私はどうしたら子供たちが自立した成人になれる道を作れるのかを力説していた。
「派遣雇用という形でそれぞれの特技を伸ばして、成人と共に本採用してもらうっていうのは理解しました。確かに、それなら各邸でも積極的に教育を施すでしょう。」
「はい。平民だからという理由で有益な人材を使わないのは勿体無いと思うのです。彼らだってきちんと教育を受ければ、しっかりと働ける能力があるのですから。」
一通り説明を終えた所で、マーシャがお茶のおかわりをテーブルに並べだす。
「確かに…マーシャが良い例ですね。」
「ええ。マーシャは平民の娘とは思えないほどに、優秀です。」
私たち母子に視線を向けられたマーシャが固まる。
顔を真っ赤にしたかと思うと、一礼をしてその場を離れたのが見えた。
「照れましたね。」
「はい、照れくさくて逃げました。」
「あのメイドは平民の娘だったのか?」
ずっと様子を見ていたコーネリウスが驚いた様子でこちらを見ている。
「ええ、領地にあるネジ屋の娘です。なんでも、お転婆が過ぎて領主家以外では働けないと言われてやってきたようですよ。あれから5年、彼女は頑張りました。」
私が昔を思い出すように答えると
「ああ。確かに初めて会った頃は、アテーナの姉妹かと思うほど元気の良い娘だったね。」
「最初から気が合ったんです。私たち。」
ふふっと笑う私に、ステイとシューリッツも何かを思い出したように笑った。
「平民でも教育すればしっかり働くのか。」
「兄上、働かせるだけでは駄目なのです。ルシードは父上の酷い扱いに嫌気がさして、クランベナー領主邸に転職したのですから。」
突然の名指しに本日2度目の跳ねるような様子を見せるルシード。
「確かにルシードたちが城を去ってから、城の者たちの休暇の取り方が見直されたな。それまでは城に住んでいるのかと疑っていた宰相も週に1度は姿を見ない日があるからな。」
「父上が周りに仕事を振りすぎたのです。ご自分は遊んでばかりいたではないですか。」
「その度にクランベナー領主が呼び出されて激怒していたな…」
王子2人の会話は、国王の駄目具合を暴露するもので、私と母親は居た堪れない気持ちになった。
私たちはメイド長が持参した軽めの昼食を食べ終え、お茶を飲みながら子供たちの様子を母親に話している間に、ぞろぞろと選りすぐりの領主夫人たちが孤児院に到着するのを出迎えて過ごした。
「今回お手伝いくださる領主夫人は何名くらいいらっしゃるのですか?」
営業スマイルを貼り付けた母親に小声で尋ねると、「確か6名よ。王妃殿下を入れて7名の精鋭部隊でこの孤児院を立て直し、守ることになったの。」と教えてくれた。
今、ここにいるのは5名だから、あと1名の領主夫人が来る予定ということだ。
孤児院の食堂室に簡易的な会議室を設け、テーブルをセッティングしておいて良かった。
それぞれ顔見知りの面々ということもあるのだろう、あちらこちらでは情報交換に花を咲かせている様子が見える。
そんなご婦人たちから呼ばれ、母親は営業スマイルをマックスにして「まあまあ!」と速足で行ってしまった。
「いくつになっても女性が集まると賑やかだな。」
隣をキープしているステイが苦笑いを浮かべている。
「女性が元気な国は発展するという話もありますからね。この国は安泰ですね。」
私がクスリと笑って答えると、「確かに、安泰だ。」と彼も笑った。
そんな穏やかな昼下がり…という雰囲気だったのも束の間、背後から悲鳴に似た女性の喚き声が聞こえ、空気が凍るような気配を感じた。
声のする方を見ると、コーネリウスが一人の婦人に何やら言われ、コーネリウスの周囲にいた仲間たちと護衛たちが婦人を宥めるように諫めている様子が確認できた。
「ユーベリーナ領主夫人だ。」
「え?!」
昨日ルシードから聞いた名前だ。
確かコーネリウスの偏った正義感のせいで学園を退学に追い込まれた令嬢が、ユーベリーナ領主令嬢だった。
「うちの娘の将来を壊したあなたに孤児たちの将来を考える資格はありません!不敬でもなんでも言わせて頂きます。私はあの子のたった一人の母親なのですから。」
「夫人、今は落ち着いてください!」
今にも掴みかかりそうな勢いでお怒りの婦人を宥めるのは無理じゃない?
私は息を吐いて、そちらに向かおうと踵を返した。
「アテーナ?君にどうこうできる問題ではないんじゃないか?」
ステイの言葉が少し冷たく耳に届く。
「確かに、私がどうにかできる話ではないわ。でも、穏やかに過ぎていた空気をこのまま壊されたままも違うと思うの。」
そう言って、引き留めた彼を睨もうと視線を移すと、なぜか彼の目は面白い物を見つけた時のように輝いていた。
「ステイ…あなた…」
「ん?」
「何でもない。」
また何か企んでいるのかしら?
そんなことを聞いても答えてくれないことを知っているから、私は言葉を飲み込んだ。
怒りで我を忘れている様子の夫人の視界に入ると、目の前まで歩み出て、わざと一つ一つの行動をゆっくりに。
普通ならイライラしてしまうくらいのノロノロが丁度良いのだ。
「ユーベリーナ領主夫人ですね?お初にお目にかかります。私はアテーナイエー・クランベナーです。この度はこの孤児院の運営改革にお手伝いくださること、心よりお礼申し上げます。」
目の前の彼女の怒りをまるで感じていないかのように、優雅に丁寧に挨拶し、間を詰める。
彼女の視界には私しか入れないくらいに。
「あら、クランベナー領主令嬢。」
空気を読まない行動で、彼女の纏う怒りが一瞬にして霧散したのを感じ、私は一層の笑顔を彼女に向けた。
「あちらに皆様お揃いです。どうぞ夫人もいらしてください。ささやかではありますが、美味しいお茶とお菓子をご用意させて頂きましたの。」
私の指した先に見えるご婦人方を確認した夫人は「そうね。皆に会えることを楽しみにしてきたのです。」と頷き、歩き出した。
夫人が歩き出すと、集まっていた護衛たちも粛々と道を譲り、彼女の機嫌も直ったように思えた。
さてと。
「コーネリウス王子殿下、不躾な言葉をお許しください。」
私が何を言いたいか、きっと彼は察したのだろう。
彼は両手を軽く上げて、私の言葉を遮った。
「分かっている。もう帰るとするよ。」
「殿下!それでは計画が」
ブリジットが何かに焦ってコーネリウスを引き留めようとしている。
「いや、十分だ。私に足りないものも嫌というほど理解した。それに…」
思いがけないコーネリウスの怒気がブリジットに向けられたのを、私は察した。
「お前の話はもう聞き飽きた。…帰るぞ。」
コーネリウスの一団が帰るのを見送り、私は茫然と立ち尽くした。
何もなくて良かった。
ふーっと息を吐いて、肩を落とした私の肩に、ステイの手が乗せられた。
「お疲れ~。」
「お疲れ~じゃないし!」
「久しぶりに言葉が乱れたね。そんなアテーナも可愛いよ。」
この人は…
思わずそんな彼を睨みつける。
「気付いていたでしょう?ブリジットがずっと僕たちの言葉を聞いていたって。」
「ええ、なんだか気持ち悪い風がずっと口元付近を掠めてて、吐き気がしたわ。」
彼の風魔法はなかなかの腕前だと思う。
諜報部隊に入ってもやっていけそうな技術だ。
しかし、あまりに存在感がありすぎる。
自己主張が強いと、嫌でも警戒してしまうのは人間の性だろう。
「シューリッツくらいの腕前じゃないと、私は騙せないわよ。」
「光栄です。」
ステイの後ろで好々爺が綺麗な礼をして見せた。
「それに、ステイには何か言っていたんじゃないの?ずっと貴方の右耳付近の髪が揺れていたわ。」
私の指摘に、ステイは肩を竦めた。
「兄上だよ。『プロポーズはしたのか?』とか『どこまで進んでるんだ?』とか…。アテーナのこと気に入ったみたいだね。今度、魔術具対戦もしたいそうだよ。」
…そっち?!
私は脱力した。
この兄弟って…結構な仲良し?




