13歳。婚約者になりました。
食堂で子供たち総勢50名弱と共にご飯を食べ、起きられないほどに衰弱した子供たちを医者に診せ、子供たちに今後の展望を話していたら、あっという間に夕刻になった。
今まで運営に関わっていた大人たちを一括解雇したこの孤児院に大人は一人もいない。
それでは夜も不安だろうと、ステイが城から騎士を5名ほど見張り役として連れてきた。
子供たちの心の傷を考え、騎士とはいえ一線を退いているような、お爺ちゃん世代の者を多く起用したらしい。
「若い奴は地位を傘に子供を怖がらせる可能性があるからね。」
多少の偏見は否めないが、まあ、正論だとは思う。
国が一番に護らないといけない重要人物は王族だ。
身体能力の高い若い騎士は城を守る方が役に立つだろう。
現役を退いた元騎士たちは、普段国王のお目付け役だったり騎士団長の補佐役だったりを務めているらしいが、現役に比べほのぼのとした空気を纏っており、子供たちにも穏やかに笑顔を向けられる。
「何年にも渡る不正の数々を、どうして王妃様は見過ごしていらっしゃったのかしら?」
ステイが孤児院長に突き出した書類には、様々な罪状が記載されていた。
横領・詐欺・人身売買・誘拐…
国からの支援金と貴族たちからの寄付金は全て、ここの職員たちの懐に入っていた。
孤児院の運営に必要な金は子供たちを使って稼ぎ、その方法は詐欺・盗み・誘拐・人身売買・殺人未遂と多種だった。
奴隷として育てていた子供たちを犯罪の実行犯にさせることは、考えたくないがよくある話。
そうして、小さな身体には過剰すぎるストレスを溜めた子供は、心身を病んで、最悪殺される。
その殺し役も子供たちにさせる徹底ぶりに、恐怖支配の一片を感じずにはいられない。
「見過ごしていたわけじゃないよ。動きたくても動けなかっただけ。だから、最初は僕に依頼が来た。どうしようかと考えていた矢先、アテーナが授業中に孤児院について考えているのが見えたから、利用させてもらったって感じ。」
確かに、王妃自ら動くにはそれ相応の反動があるだろう。
子供たちの将来がかかっている場面で、下手な動きをすれば、全員殺されて無かったことにされてしまう可能性だってあった。
いや、貴族社会では常識である。
『不都合は消せばいい。』
今現在、孤児院長とその取り巻きたちは王城の地下牢にて尋問を受けているだろう。
2時間以内に出ていけと言った私の隣にいた王子は、建物から出た所で彼らを拘束するよう指示を出していた。
拘束するために騎士たちと揉みあう際、魔法も含めた暴力行為を目の当たりにするだろう。
心に傷を負っている子供たちに見せる場面ではない。
この子たちは知らない場所で、いつの間にか捕まり、いつの間にか終わった過去の事件として認識される方がいいのだ。
「で、アテーナ。子供たちにどんな仕事をさせる考えなんだい?」
「何でも屋さんよ。」
私が子供たちに説明している間、ステイは別のことをしていたから聞いていなかったのだ。
そう、騎士を呼ぶ手配をしたり、孤児院を片付ける使用人や夕食や朝食を作る料理人を呼ぶ手配などを王妃に早馬を使い行っていた。
子供とはいえ、これだけの人数がいるのだ。
王都中の小さな困りごとは片付けられるのではないか?
個性を伸ばして一人一人が得意分野を発揮すれば…人に使われて病んだ子供たちだからこそ、人に感謝される喜びを手にしてもらいたい。
『生まれてきて良かったのだ』と。
『自分も人間なのだ』と。
心から思える日常を与えてあげたい。
これは慈悲ではない。
前世の私が欲しかった願いだ。
「神殿とも共存できるようにしたいんだけどね」
「神官たちか…」
小さく頷いて、ステイに誘われるように馬車に乗り込む。
振り返ると、孤児院では最年長組なのだろう男女4人が見送りに出ていた。
「アテーナイエー様!ありがとうございました。」
「ふふ。あなたたちの戦いはこれからよ。明日も来るから、作戦を考えましょう。」
今日はご飯を食べてゆっくり寝るように伝えると、彼らは笑って手を振った。
「明日も付き合うよ。もともとは僕の仕事だったわけだしね。」
馬車が動き出した時、ステイが当たり前の笑顔を向けて言い放った。
「もう今は、私の仕事よ。」
「ああ、君に私が与えた仕事だ。」
「…そう来るか。」
本心はどうか知らないが、ステイはステイなりに孤児院の行く先が心配なのだろうことは理解した。
だから、それならそれでいい。そう思った。
「ねえ、アテーナ。本当は待っていてあげたかったんだけど、色々事情が変わった。そろそろ僕との婚約を受けてくれないかな?」
「事情…?」
いつになく真剣な黒い目が、私の視線を逃すまいと真っ直ぐ貫いて来る。
それだけで息が苦しくなるような、心の底から待ちわびた喜びが込み上げるような…不思議な感覚に捕らわれる。
「今回の件で、王都の…よもや国中の膿を出すきっかけを作ったことになる僕は、近々王太子としての任命を受けることになると思う。兄上が魔法騎士団に入りたいと言い出したこともあるんだけど、僕が最初にアテーナイエー嬢を囲うことに成功したことが大きい。」
「私、囲われていたの?」
呆気に取られた私に、苦笑したステイが頷いた。
「絶対、兄上には会わせたくないって思っていたよ。婚約するまでは。」
そういえば、ステイの2歳上の第一王子に、私は一度も会ったことがない。
コーネリウス王子。
活動的で負けん気が強く、ステイとは違う意味でカリスマ性のある王子との評判だ。
「兄上がアテーナを見たら、きっとすぐに好きになる。だから小さい頃は会わせたくなかったんだ。でも、今は違う意味で会わせたくないと思っているよ。兄上は君を利用し尽くすことを最善と考えるからね。その考えが間違いではないことを、今日君は自ら証明してしまった。兄上は君を欲してしまうだろう。だから、その前に手を打ちたい。」
「それが婚約?」
うーん…と考える。
「アテーナは僕が嫌いかい?」
「!嫌いなわけないでしょう?」
「じゃあ、好きなのか?」
「…!そりゃあ、好きではあるわよ。…ただ、それが恋愛感情というものなのか…主従関係なのか…分からないっていうか…」
「主従関係?」
はー。と私は一つ大きく息を吐くと、「話したいと思っていたのよ」と言い置き、いつも感じている不思議な気持ちを素直に伝えることにした。
「僕を生かさなきゃいけない使命感から、腎臓を提供したと?」
大きく頷く。
「なぜ?」
「…分からない。でも、あの時は本当に『死なせるわけにいかない』『私の腎臓なら合うはず』っていう確信?があったのよね…」
「ふーん」と今度はステイが何かを考える様子を見せた。
「ねえ、アテーナイエー・クランべナーは、スティアーノ・ロイヤル・カリミットに対して、一度もドキドキしたりとかないわけ?」
「!!!」
多分、私が一気に顔を真っ赤にしたのを見て、彼は分かっている。
「ねえ、アテーナ?教えて。」
酷く甘い口調、怖いくらいに蕩けた視線、耳が熱くなる声音。
「ずるい。」
まさに今、ドキドキさせられている。
悔しいくらいに、綺麗な顔で微笑むコイツに。
口惜しさと屈辱を混ぜ合わせたような感情で睨むと、彼は「ははは」と声を上げて笑い出した。
「じゃあ、命令なら聞ける?アテーナ、僕と婚約しなさい。」
一瞬にして目に温度を感じられない、畏怖すら感じる視線を投げられ、体中の毛がそば立つような感覚を覚える。
「はっ・・・」
危ない危ない、ノリで返事するところだった。
慌てて口を両手で抑えた私の背中に、冷や汗が流れた。
「…惜しい。ねえ、とりあえず形だけの婚約でいいよ。僕を好きかどうかは、ゆっくり考えて。君の安全が約束できる時期が来たら婚約破棄したって構わない。今予想される危険からアテーナを守りたいんだ。」
遊ばれている気さえする。
それでも、きっと身の安全を考えてっていうのは本当なのだろう。
「分かった。」
頷く私の手を握った彼は、子供のような(あ、子共だったか)キラキラ笑顔を向けて頷いた。
「大丈夫!アテーナは僕のことを愛するようになるから。一生、相思相愛だ。」
一生とか簡単に口にする人は信用できないと思っていたけれど、ステイなら信じていいのかな…って思わせるその美貌に、苦笑いが漏れた。




