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世界は私の我儘で出来ている。  作者: ツクヨミ
学生になるって大変です。
19/35

13歳。孤児院へ行こう。

 

ステイの視察に付き添う形で、孤児院訪問が叶った。

この国の子供たちの現状を、私は知りたかった。


決して慈悲深い気持ちとかではない。

私は『慈悲ではお腹が満たされない』ことを知っているのだから。


そういえば、一世を風靡したドラマの名台詞が合ったわね…

『同情するなら金をくれ!』

まさしく。


現実は…本心ではどうであれ。

立場上『聖女の慈悲』という大義名分を誇示しないとならない。

そういう立場なんだということは、理解してはいる。


隣で笑顔を貼り付けている彼もそれは同じなのだろう。

王子という立場で関わらざるを得ない現状に、苛立つこともあるのだろうと察する。

実際、さっきから無駄に長い説明を聞かされている彼の目は…苛ついている。


「孤児院長、大体の話は理解した。そろそろ見て回りたいのだが。」

遠まわしで言っても通じない孤児院長と名乗る、中年のご婦人に向かって、王子は直球の要求を突き付けた。

それを、孤児院長は笑顔で「まだ、子供たちの準備が出来てません」と拒否をしたのだから、大変だ。


「準備?普段の様子を見たいから視察をしているのに、何の準備が必要なのかな。」

「王族の方や聖女様に向かって、不敬はできませんから。」


うん。

伝わらないの平行線。

こちらの意図自体が伝わっていないのか、意図を掴んだ上で隠したいものがあるのか。

それは分からないが、孤児院長は「ほほほ」と笑って茶を飲むばかり。


私は早々に彼女に何かを言うのをやめて、窓の外を見つめていた。

外は晴れて、近くの商店からか…香ばしい美味しい匂いがしてくる。

空腹の子供がいたら、これは地獄だろう。


そんなことを考えていたら、一人の少女が孤児院長室に呼びに来た。

最低限の礼儀作法は習っているのだろうか。

平民であれば及第点と言える所作で、挨拶をする少女を微笑んで見つめ、聖女らしく頷いて見せた。

そんな私に、少女は一瞬頬を赤らめたように見えたが、すぐにまた硬い表情に戻った。


「ステイ。イライラしても仕方がないです。今は私たちに出来ることをしましょう。」

ステイが私を立ち上がらせる為に差し出してきた手に、自分の手を乗せ小さく言うと

「分かっている。」

そう言って、彼は私の手を握り力強く引き寄せたのだった。


周囲から見たら仲睦まじい姿に見えるだろう。

この国の第二王子は聖女の私をエスコートし、優しく微笑んでくれる。

私もそんな彼を頼るような姿を見せつつ、笑顔を返す。


―――――全てはここにいる大人たちを欺くために。―――――


王都にある孤児院は王城が主体となって運営されているようだ。

主体と言っても、実際に運営に関わっているのは王城から派遣された貴族たちだ。

各領地の孤児院は領主が主体になっているので、この王都の孤児院は、この国で一番大きな孤児院ということになる。

ちなみにクランベナー領にある孤児院は領主夫人である母が主導で運営している。


子供たちが住む3階建ての建物は、築数百年以上は経っているだろうと思われるほどの、老朽化が目立っていた。

応接室のある1階には他にも孤児院で働く大人たちの私室や、食堂、浴室などがある。2階は男の子たちの寝室、3階は女の子たちの寝室なのだと説明は受けた。

階段の手すりは擦り傷が沢山ついており、壁の至る所に落書きを消した跡がある。


大勢の子供たちが生活しているのだから、このくらいの傷や汚れは当然のように思える。


「ふふ。元気な子供がいるのかしらね?」

私が隣を歩く彼に、壁の傷を指さして言うと

「…そうだね。子供は活動的だからね。」

と答えた。


きっと彼は察したのだと思う。

不自然に丸い…誰かが強く殴ってできたような傷が、ある一か所に固まって沢山あることに。


事前に調査をしている私たちは、それがどうしてできた傷なのかを推察した。

ここに働く大人たちは魔力持ちだ。

そして、子供たちは将来、良ければ使用人、悪ければ奴隷として働けるようにと躾けられている。

王城が主体の孤児院という場所は、何か特別な成果を出さなくても、決まった額の手当が入る為、その職に就きたがる魔力持ちは『中級貴族』か『小級貴族』が多い。

上級貴族は領主か、王城の王家の側近になることが多いからだろう。

家業を継がない中級や小級貴族たちが、自分たちに良いように変えて今の孤児院が成り立っている。


無駄にプライドの高い貴族程、平民に触れたくないと言う理由で、暴力には魔法を使う。

その魔力で子供たちを傷めた結果、壁に傷がつく。

中には命を落とした子供もいたはずだ。書類でどうとでも誤魔化せたのだろうが…。


怯えた目で見つめてくる子供たち…、反抗しても無意味だと悟っている目に胸が締め付けられる。

何食わぬ顔で『寄付金』を期待する大人たちを、貼り付けた笑顔で見回す。


「彼らはここでどのように過ごされているのですか?」

何も知らない貴族令嬢を装って、少し鈍くささを醸し出すように質問すれば、貴族の大人たちが必死に説明を始める。

「ここでは、起床してから各自決められた場所を片付け、掃除をし、7時に朝食。朝食後8時~10時までは担当に分かれて小さい者の世話をしたり、洗濯や庭の手入れなど貴族の邸の使用人が行う仕事を。10時~13時に手作業や学習。13時昼食。14時~17時に午前中の続きの手作業。17時夕食。18時~20時各自入浴や片づけを済ませ、20時消灯。と規則正しい生活をさせております。」


まだ幼い子供たちもいるのに、食事時間が1時間で足りるのだろうか?世話をしながら食べる様子を想像して、難しいのではないかと眉根を寄せそうになるのを、ステイが視線だけで注意を促してくる。


「学習とあったが、主にどんなことを学んでいるんだ?」

今度はステイの番だ。何も知らないお気楽王子様風に穏やかに周囲を見回す。


「読み書き・簡単な計算をする者もいます。例え、貴族邸に雇われたとしても、役に立つような技術や知識を教えております。」

マニュアル通りの受け答えだ。

大人たちは完璧な演技を見せてくれている。


「ほーう。」わざとらしくステイは感心しているかのような声を出す。

その声に吹き出しそうになるのを堪え、私は笑顔を貼り付けたまま頷く。


私はそっと食堂の周囲を視線だけで確認する。

教科書になりそうな本…いや、本はもとより書物と呼べるもの一つ見当たらない。

紙やペン、せめて石板なりもないのだ。


書く時に必要な物がないのに、どうやって勉強をするのだろうか。

また、手作業と言っていたが、裁縫道具はあるのだろうか…見た所、子供たちの衣服は所々破けていて、つぎはぎさえもされていない。

小さい子供たちは何をして遊ぶのだろう?玩具の類も見られなければ、広い庭には無駄に花壇が点在しており、走り回れるような環境とは思えない。


これでは子供がいる家庭での「あるある」が「ないない」尽くしではないか。

しかし、それを指摘した所で「片付けた」で一蹴されるだけなのだろうことは、予測済みだ。

今日は『何も知らない、平和呆けした王子と令嬢役』に徹する。


手作業や勉強とここの大人たちが言った午前と午後の合計6時間の間。

本当は彼らは何をしているのだろうか?


事前調査の結果を聞いた時は驚いたものだ。

ここにいる貴族たちの身なりが無駄に煌びやかなのは、子供たちの稼ぎのお陰なのだから。


心がけて穏やかに話をしている、私たちを見つめている子供たちの目が『猜疑心』でいっぱいなのだろう。どことなく表情が硬く、暗い。

今ここいにる子供たちで全員ではないはずだ。

私たちに見せられる状態ではないから、どこかに隠されているのだろう。


さて、どのようにしてこの孤児院にメスを入れるべきか。

ステイはこの状況を私に話す前から知っていたようだが…。


ふと、黒い瞳と視線が合う。

その目が『お前ならどうする?』と語っているようで、私は肩を竦めた。


―――――本心が読めない人―――――


前世の記憶を思い出してからのスティアーノ王子は変わった。

私に甘々なのは元からだが、状況を読む力もそのままだが…『曲者』になった。

周りに考えを読まれなないように、精神力と策略を身につけた『王子教育』は流石と言うべきだろう。

現国王にも匹敵する統治能力を隠し持っていることを、一部の人間しか知らない。

それは、彼が第二王子だからなのだろうと推察される。

彼の兄である第一王子のことを考えると、下手に目立つこともしたくないのだろう。


つまり、彼が今回ここに私を連れて来た最たる理由は、私が表立って動くことで、第二王子は協力しただけという構図を作るため。


いつもステイにはお世話になっているしね。

この前貰ったクッキーはなかなかに美味しかった。

甘いクッキーが主流だが、彼がくれたクッキーはココア色で甘さ控えめな物だった。

『食べ過ぎて悩む君を見たくはないからね、僕は少しぽっちゃりしている女性も魅力的だと思うけど』

あの時、そんな台詞を吐いた彼をじっと見つめる。


「アテーナ?」

甘く優しい声に、私も慣れすぎている自覚はある。

「ステイ。私、お腹がすいてしまいました。」

我儘を言う子供のように(あ、まだ子供だった)、私は上目遣いで彼を見つめる。

少しモジモジするような仕草を見せれば、一瞬、彼の動きは止まり、次に笑顔で頷いて見せる。

「それじゃあ、どこか食事のできる所へ行こうか。今日はもう帰ろう。」

「はい。」


帰りの馬車の用意をさせるために一人の護衛が走り出す。

ゆっくりと廊下を歩きながら、私の手を握るステイがそっと耳元で囁いた。

「さっきの顔、一瞬理性が飛びそうになった。」

「え?」


「なんでもない」と言って、私の髪を空いている手で撫でるその手つきがいつもより甘くて、私の身体は熱を発した。


その仕草は13歳じゃないだろう?


赤い顔で俯く私に、隣の王子は揶揄うような視線を向けてくる。

「久しぶりの反応で嬉しい。」

「もう、ふざけないでください。」


「あはは」と笑う彼。

息を整えるように、数回呼吸を繰り返してから言葉を発する。


「どうにかして、裏口に向かえないかしら?」

「ふむ。子供だから大丈夫でしょ。」


私の手を引くステイが突然方向転換をするかのように、裏口のある方へと進みだした。

周りから「王子殿下?!」と止める声が聞こえるも、彼は笑顔でスルー。

「何が見たいの?」

「厨房です。」

「なるほど」

邸でもそうだが、大抵の家の厨房は裏口の近くに存在する。

仕入れた荷物を運びこむのに便利だという理由が主だ。

ここにいる子供たちの状況を知るには、厨房を確認することが必須だ。

育ち盛りの子供たちの食事は大事なものだから。



しかし、実際目の当たりにした厨房は…散々な物だった。

汚れたまま放置された食器たち。

薄汚れた大きな鍋と、萎れた野菜の葉っぱが散乱している。

料理を作っているのはどう見ても子供たち。


「ステイ。孤児院には料理人はいないのかしら?」

「昨夜、母上から孤児院の収支報告を読ませてもらったけど、料理人に払う金額が載っていたよ。」


ゆっくり振り返ると、青褪めて震える孤児院の職員たちがいた。

そんな職員たちの前で一人、堂々とした態度を崩さない孤児院長は、なるほど、彼女は上に立つ人間としての器はあるのだろうと納得する。ただ、方向性が問題なのだが。


「料理人たちは本日お休みを取られました。朝急になので、私共も困っておりましたの。」

「ふーん…」

納得出来るはずもない言葉に、隣の王子も目を細める。

しかし、言葉を繋がない辺り、言っても時間の無駄だということに至ったようだ。


「あなたたちは、お料理を作った経験があるのかしら?」

私は厨房で小さくなっている子供たちに視線を移す。

「い…いえ。」

怯えるその姿に、私の心は重く鈍いものを感じた。


「ステイ。先に謝っておくわ。私はあなたにも王妃様にも非礼を行います。」

「アテーナのやりたいようにしていいよ。君の行動は、僕はもちろん、母上も喜ぶから。」

王妃様が喜ぶ?

意味が分からないと小首を傾げるも、私は気を取り直して孤児院長とその取り巻きたちを見遣る。


「この孤児院の運営権と付随する諸々全てを、私アテーナイエー・クランベナーが買い取らせて頂きます。あなたたちには後日退職金をお支払い致しますので、即刻出て行ってくださいませ。」

今までの何も分からない令嬢の仮面を外し、慈悲の心では腹は膨れないのだと聖女らしからぬ勢いを見せる私に、目の前の大人たちの顔が見る見る赤く染まってきている。


「はあ?!」

「何を勝手なことを!」

「上級貴族の横暴では?」

「聖女のくせに」


ふん。

そんな言葉は私には刺さらない。

勝手?私は想像主に我儘に生きろと言われた女よ。

横暴?あなたたちが行ったことは貴族が平民に対する横暴以外の何ものでもないじゃない。

聖女?知らんがな!


実際に口には出さないが、心の中で反論を唱えつつ、表面的には穏やかに取り繕うことをやめない私の横で、小さく震える王子が彼らを一喝した。


その表情からは虫けらでも見下ろすかのような目と、周辺の空気を一気に冷やす覇気。

さっきまでの甘々な声の主とは思えないほどに、低く温度のない声色。


「お前ら、私の(未来の)婚約者に対して不敬すぎるのではないか?」

「ひい?!」

「彼女がここを仕切ることは母上である王妃も承認している。新たな運営指揮を執る者に対する無礼、そんな奴らに金など出す必要はない。クビだ。なんなら処刑してやってもいい。不正の証拠は山のようにあるからな。」

紙の束を使用人から受け取ったステイが、孤児院長の目に前に突き出す。


感情を見せない王子が私以外に感情を見せるのは久しぶりだ。


「ステイ、私は大丈夫ですから。一旦落ち着いてくださいませ。」

そっと怒りに震える王子の腕に寄り添うと、はっとしたようにこちらを見た彼は「ごめん」と溢した。

「ステイ。私はまだ婚約を受け入れておりませんよ。」

「…まだ、だろう?じゃあ、もう時期じゃないか。」

…ポジティブ。

まあ、あながち…なのかもしれない。


自分の事でも良く分からない感情というものは存在する。

ステイという彼については、特にそうなのだ。

好きではあるのだが…何かが引っかかる。

恋愛的な好きというより、どちらかというと主従的な意味が強いような。

彼の幸せは願うのだが、それは私ではなくても…という気持ちがあるというか。

今度、一度ステイと話をしようか。


今は目の前のこの状況を乗り越えなくては。


「王妃殿下の許可があるのです。あなたたちに口答えの権利はございませんわよね。さあ、荷物を纏めてさっさと出てお行きなさい。2時間以内に。」

「ひいいいいい!」


彼らが悲鳴を上げたのは私に対してではない。

私の横でマイナスの冷気を発する王子に対してである。

私はそっと振り返って、護衛の一人にお願いを伝える。


「ここにいる子供たちに何か食べさせてあげないといけないの。ちょっと街に行って買ってきてくださる?」

護衛が走り出すのを見送り、今度はそこにいる子供たちに視線を移す。

「あなたたちには、これから新しいお仕事を与えます。お料理はしっかり覚えて頂きますが、今日はとりあえずお腹を満たしましょう。この孤児院にいる子供たち全員を食堂に集めて貰えるかしら?」

私の言葉に驚いた顔をした子供は、少し考えて答えた。

「全員は無理。起きられない奴いるから。」


やっぱり…いたか。

頷く私に、ステイは「至急、医者を呼べ」と使用人に伝えている。


「アテーナ」

「ん?」

「好きだよ」

「は?!」


その場にいる者全ての動きが固まった。

当の本人は照れくさそうに笑って、何でもないように動き出す。


なぜ、今ここで言う?

―――――読めない。―――――


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