閑話 王子の決意
隣でメイドとふざけ合って,ケタケタ笑う彼女を見ている時間は、僕の至福だ。
この邸に来ると、野菜入りのお菓子や、変わった美味しさのお茶が出され、それも楽しみの一つである。
8歳で全ての加護を取得したこともあり、邸内引き籠り生活を余儀なく課された割に、彼女の引き籠りは楽しく忙しない。
僕が絶対敵わないと思っていた『天才少女』は9回の人生を走り抜けてきた『愛情に飢えた存在』ながらも、持ち前のバイタリティで『死』をも『強さ』に変えた、『精神的強者』であることを知ったのは、先週のこと。
僕の前世の記憶が舞い込んできて、前世でも彼女に恋焦がれていたことを知り、『絶対敵わない』理由に納得した。
真っ白い部屋で、時計の音と点滴が落ちる光景が日常だった僕の元に、決まって現れる女がいた。
彼女は同僚のお見舞いの付き合いだと言って、僕の病室に顔を出しては、良く分からない話を一方的にしては帰っていく。
「うるさい」と言ってみれば、コソコソ声で結局話を聞かされる僕は、小言を言うのを諦めた。
会社を立ち上げたばかりで病気が発覚した運命を呪っていた。
なんだよ、腎移植しないと死ぬって。
ずっと温めてきたアイデアを、やっと世の中に出せるって思った矢先だぞ。
最初から信じてはいなかったけど…
やっぱ、神様なんていないんだな。
俺の容態は、自分でも分かるくらいに弱っていった。
それでも彼女は変わらず現れて、勝手に話をしては帰っていく。
今日は会社の嫌な爺の話だった。
そんな爺のいる会社、辞めちゃえばいいのに。
そういえば、あいつ名前なんていうんだ?
明日、聞いてみよう。
苦しい…今日はまた一段と、駄目な日だ。
朝から看護師が何度も顔を覗きに来ては、なにやら話していく。
血も取られた。
また、検査か?
いつもの時間だったのか?
あいつは今日も現れた。
俺を見るなり、泣きそうな顔で笑って「絶対助けるから」と言った。
無理だろう?
もう、そんなんどうでもいいよ。
「臓器提供者が現れました」
遠くで聞こえる医者と両親の声に、神様っていた感じ?とちょっと笑った。
そうだ、元気になったらあいつに文句言ってやろう。
で、プロポーズして、会社を辞めさせてやろう。
今度は、こっちが勝手に喋って、うるさいって言わせてやろう。
そう思っていたのに…
「馬鹿か!?なんで、お前がここにいるんだよ?!」
社会復帰した俺と交換するように、彼女は病院のベッドの上で深い眠りの中をさまよっていた。
彼女を生かす為に、僕の温めてきたアイデアを金に換えた。
政治家の息子だという友人の名前で、『僕の長年の夢』が世に出た。
それで良かった。
彼女が生きててくれればいい。
アイデアを売ったお金を全て彼女の医療費に積み込み、僕はその日暮らしのバイトの生活を送っていた。
少しでも彼女の側にいたかったから。
そんな願いも、結局、叶わなかった。
神様は、やっぱりいなかったんだ。
眠ったまま、彼女の心臓は鼓動を止めた。
それからは、何をしても面白くなかった。
生きる目標を失った僕には、彼女がくれた腎臓が重く、熱かった。
それでも、彼女が残した腎臓を、無駄にする勇気も持てず、定期健診には行くものの…「安定しています」と言われるのが、苦しかった。
「ご飯はしっかり食べなさい」
こんな僕を心配する母親は、言葉少なに、健康管理をしろと告げて来る。
ある日出された『ぶり大根』は、いつもより塩辛い味がするようだった。
彼女の1周忌。
誰も身寄りのいない無縁墓地の彼女の墓の前で、俺は泣いた。
あの時、自分の夢を叶えられないという呪縛に縛られた僕には、本当の彼女の心の声が聞こえていなかったのだと…悔しかった。
「本当は、こんな所で殺すのは、流石に嫌なのですが。」
知らない声の男が背中に立った。
年は中年と言ったところだろうか。
「俺の知り合いもこの墓地にいるのでね。彼女に見られるのは嫌なのですが…欲に目がくらみ。彼女を騙して傷つけた挙句、彼女が欲しいと思ってしまった男への、罰なのでしょうか。」
ああ、友人が口封じの為に僕を殺すように命じたのか。
背後の彼と、目を合わさぬままに話していた僕は、現状は理解したものの、殺されることを『嫌だ』とは思わなかった。
何より、殺しを命じられたこの男の声は、酷く寂し気で…自分に似ているとさえ思った。
「僕を殺すなら、腎臓以外を狙ってくれ。腎臓は貰い物だから、綺麗なままで死にたい。」
僕の願いを告げると、彼は息を飲んだのが分かった。
「…了解しました。」
僕は痛みを感じることなく、人生の幕を閉じた。
一瞬、やけに身なりの良い、中年オヤジの涙を見たような気がした。
「生まれる前に創造主から10回目の人生に行けって言われて転生してるからね。」
神様って…いたんだな。
ちゃんと、コイツんとこにいたんだ。
恋焦がれた彼女が今は『アテーナ』だと脳が理解した瞬間、安堵した。
前世では『愛情』を知らず、『命』に振り回され、それでも『生きろ』と僕に言った彼女が、今ここでは幸せそうに笑っている。
両親からも愛され、貧困に喘ぐこともなく、彼女らしく生きている。
ただ…9回分の前世の記憶を持っているのって、しんどいよな?
1回分だって、精神的に参るのに。
なんで、コイツはいつも「大丈夫」って笑うんだ?
ああ…そうか。
そうしないと生きられない人生ばかりを歩んできたのか。
性格の悪い神様のせいで…へんな癖がついちまったのか。
でも、それならそれで、
彼女の心が曇らないように…守ってやろう。
前世で叶わなかった『仕返し』をしてやるんだ。
「ちょっと、ステイ!今の話聞いてた?」
「や?ごめん。聞いてなかった。」
「もーーーう!」
頬を膨らませる彼女が僕を見てる。
それだけで、幸せだ。
「アテーナ。もう体調は平気なの?」
「美味しい秋刀魚を食べたから、復活よ。」
満面の笑顔が眩しい。
「良かった、じゃあ、今度は僕の話を聞いてくれる?嫌だって言っても話すんだけど。うるさかったら、コソコソ声で話すから言ってね。」
わざと彼女の耳元で囁けば、頬を真っ赤にして手で顔を覆う彼女が可愛い。
君を失ってから、僕は凄く寂しかったんだ。
だから、このくらいの我儘は許してくれるよね?
…汐里。




