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世界は私の我儘で出来ている。  作者: ツクヨミ
我儘に生きるって大変です。
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閑話 王子の苦悩

出会いは6歳の時。

最近の兄上から誘われる遊びは、痛いことが多く、しかもやり返すと「弟は兄を立てるものだ」と癇癪を起される為、そんな暴君から逃げることが日課になっていた。

その日も朝食後から僕の後をつけてきていること彼に気付いた為、側仕えで『影』でもあるシューリッツが機転を利かせて、僕を隠してくれた。


「なぜ兄上は僕との勝負に固執するんだろう。武術は兄上が勝つに決まっているのに。」


実際、体格差も体力差もあり、2歳年上の兄に勝てる自信など皆無だった。

それでも、揉みあっているうちに、ふいに集中力が途切れる様子を見つけた瞬間、逃げるチャンスだと思って振るう一発が、なぜか火に油を注ぐ結果を生んでしまうのだ。


「喧嘩しているわけでもないのに、戦う意味が分からないよ。僕、痛いの嫌いだし。」


父上に相談しても、母上に相談しても、苦笑いで「性格が違うからね」と答えるだけ。

僕が嫌だと訴えても助けてくれる大人は、今は側仕えのシューリッツだけだと悟った。


だから、彼には本音を言う代わりに、普段は色んな感情を飲み込む努力をしたんだ。


仮面のように張り付けた笑顔を見せていれば、大抵の大人たちは「立派だ」と褒めてくれた。

そうしたら、余計な話をしなくて済むし、その間に苦手な兄上に見つかって捕まることもなくなる。


でも、シューリッツだけは、『いい子ちゃん』な僕に『クソガキ』と言った。

凄く、悲しそうな表情で。



今日はどこで兄上から隠れて過ごそうか。


そう悩みだした時、珍しく側仕えからの提案が名案だと思った。


「外に出掛けましょうか。城にいなければ、コーネリウス様にも会わないで済むしょう?」

「うん!」


隠密行動に長けている側仕えに連れられて、やってきたのは、父上の元によく来るクランべナー領主の領地にある、公園だった。


「クランべナー領主のお嬢様が身分に関係なく過ごせる場所を所望され、作られたとのことです。」

クランベナー領主は娘が可愛いと叫んでいる、変なおじさんだ。

そんな親馬鹿な男なら、娘の願いが公園であったとしても…作りかねない。


「身分に関係なくってことは、平民であっても貴族にかしずくことなく過ごせるってこと?」

「はい。逆に、貴族であっても大きな顔をしてはならないということです。なんでも、その為のルールとして『順番を守る』ことが徹底されているそうですよ。」


『順番を守る』がルール?


ぼんやり、考えてみるも、いまいち意味が分からないな…と思っていたけど、実際に公園に入った途端、意味を理解することができた。


公園内には様々な服装のお客たちが、それぞれ思い思いに楽しんでいる様子が見られた。

ちょっとシミがある服を着ている子供も、高級な生地を使ったドレスに身を包んだ子供も、皆が笑顔で、他人を批判するような態度は見られない。


ここでは、同じ人間同士なんだ。

『順番を守る』が『自分以外も尊重する』なのかと理解する。


城の庭を手本にしたらしいという花壇の続く広場を抜け、レンガが敷き詰められた小道を歩く。

「馬車は使わないのか?」

「ここでは乗り物は禁止です。思わぬ事故が起きたら、平民の子は大変なことになってしまいますからね。」

「それも、例の令嬢の願望?」

「はい。貴族なら癒しの加護が使えても、平民には使えないのであれば、最初から事故が起きないようにすればいいとのことですよ。」


なんで、そんなに平民のことまで考えるんだ?

貴族には関係ない話じゃないか。


いや…前々から、クランべナー領主の娘は聡いという噂は耳にしたことがある。

僕と同じ年なのに、確かトマトを他国から誘致したのも彼女だったはず。

苦い野菜は苦手な僕にも食べられるトマトや甘芋は、正直有難い存在だ。

それに、苦い野菜を美味しくするドレッシングを考案したのも彼女だったのではなかったか?


なんなんだ?

その聖女君主みたいな女は。

僕も本を読むのは好きだけど…僕以上ってことは、かなりの堅物なんじゃないか?

もしかして、平民の子供にまで虐められちゃうような弱っちいやつなのか?


そんな折、子供の歌声が聞こえてきて、はっとした。

聞いたことのない曲だ。

でも、なんだか心地良くて、懐かしい感じがする。


その声がどんどん近づいてきて振り返ると、楽しそうに歌って踊る女の子と、その傍らでケラケラ笑う女が見えてきた。

皆、彼女たちに注目しているが、その目はなんだか嬉しそう。


彼女の動きの邪魔にならないように、周りが道を開けていく。

そうか、邪魔をしちゃったら、この歌も途中で止まっちゃうんだ。


僕もそっと道の端に避けて、彼女が過ぎるのを見つめていた。

銀色に近い金髪の背中まである髪を揺らして、青い目がキラキラと輝いている。

彼女が回れば、仕立ての良い、可愛らしいドレスがふんわりと花開く。

『心から楽しい』という気持ちは、周りの人も『楽しい』気持ちにさせるのか…。


そんな彼女が、振り返りながら「ありがと~う」と手を振っていく。

呆気に取られた次の瞬間には、お腹が痛くなるくらいの笑いが込み上げてきた。


なんだ?あの子。

凄い面白い。





しばらく笑いが止まらず、思い出しては笑ってを繰り返しながら歩いていると、さっきのあの子の声が聞こえてきた。


歌声ではなく、今度はなんだか静かに怒っている声だ。


人込みで良く見えない中、「シューリッツ、何か見える?」と隣に立つ側仕えを見上げると

「どうやら、ルール違反をした人がいたようです。」

と教えてくれた。


僕はどんな奴がルール違反を犯したのか?

もしかして、さっきのあの子が巻き込まれているのか?

興味と心配が入り混じった気分になり、シューリッツに頼んだ。


「あの子の所まで連れて行ってくれない?なんか、心配なんだ。」


僕の言葉に、一瞬目を見開いた側仕えは、嬉しそうに笑うと「かしこまりました」と僕を抱き上げた瞬間、あの子の背中が見える所まで連れてきてれた。


人込みの最前列まで来たこともあり、会話が聞こえてくる。


「あら?この公園のルールをご存じありませんでしたか?この公園は領主の意向で身分に関係なく、皆平等に楽しむことをルールとしています。そのルールを守ることで、ひいては王国一安全性の高い場所として認識され、国中から観光客が押し寄せる日が来ることでしょう。観光客が増えれば、マークナー様の取り仕切るご商売の方も、売り上げが伸びますでしょう?」


凄い。

大狸みたいな爺を相手に、堂々と正論を述べている彼女に、目を奪われた。


僕の近くで見ていた人たちの中から、「領主のお嬢様頑張れ!」「そんな暴君に負けるな」「お嬢様に何かあったら、助けに行くぞ」などと、どうやら彼女を応援する声が聞こえてくる。

貴族相手に平民では強く出れないが、幼い彼女を守る大義名分があるのなら出れるのだろうか。

気付けば、その場にいる民衆の心は、幼い彼女を守るような視線を送っている。


「そんなルールを国王は認められたのでしょうか?貴族の特権が生かされないようでは、国のルールを破っていることになるではないでしょうか?」


大狸が発した言葉に、彼女が何かを考え込む様子がうかがえる。

何を考えているんだ?

考える必要ないだろろう?その狸の言っていることは大嘘だ。


民衆たちも成り行きを見守っている。

もし、彼女が言い負かされるようなことがあれば、問答無用で暴動が起きそうな雰囲気が漂ってきているのだが…きっと彼女は分かってないな。


「シューリッツ、僕が彼女を助けたいと思うのは、思い上がりになるのかな?」

「いいえ。ここは子供たちが笑顔で過ごすための場所です。子供の笑顔を守るために、この国の子供代表である王子が出ていくことに、なんら問題はないでしょう?」

「そうか。じゃあ、行ってくるよ。」

「私めは側に控えております。」


頼れる側仕えが近くにいるなら、安心だ。


僕は民衆の人込みから出ていくと、大狸に向かって声を上げた。

何が起こっているのか理解できていない狸とは違い、彼女はすぐに僕を誰だか察したようだ。

…『聡い』という噂は本当だったな。

ただ…まさか、こんなに面白い女の子だったなんて、嬉しい予想外だ。


大狸が青白い顔をし始めたのが分り、トドメを指してしまえば、2度と悪さをしないだろう。

そう思ったのに、彼女が僕を止めた。


「この方はまだこの国に来て間もないのかもしれません。または、他の国に行っていた時間が長かったとか。だから、今回は彼も反省しているようですし、この辺で勘弁して差し上げて頂けませんでしょうか?これ以上、王族の手を煩わせてしまうと、私も父も国王様からの心象だけではなく、今この場にいる皆様にも心象が良くありません。どうか、私の我儘だと思って、今回は引いて頂けたらと思います。」


そんなわけ、あるか?!

どう見ても、嘘しか吐かなそうな狸爺じゃないか?

民衆からも『嘘つき』呼ばわりされてるぞ?

こんなやつを言い負かしたって、父上は怒らない。


…!

彼女の青い目と視線が合った瞬間、これ以上大事にしたくないという意思を受け取る。

ああ、そっか。

狸の背後に、落ち着かない様子の少女が見える。

王都で何度か見たことがあった少女だ。

彼女の父親なのか…。


自分の父親が悪者になる所なんて、見たくはないか。


どれだけ、聖女君主なんだか…。

でも、その考え方は、嫌じゃないかな。


ここは素直に引くことにしよう。

折角だから、好印象を残して、彼女と接する機会を増やしたいしね。




その後の魔道具対戦では、互角の勝負をする彼女に、正直悔しい気持ちもあった。

でも彼女が歌った歌は、そんな僕のささくれだった気持ちを綺麗に洗い流してくれた。


アテーナ。

また会いたい。




「ステイ!」

城に戻った僕を仁王立ちで待ち構えていたのは兄上だった。

「逃げますか?」

こそっとシューリッツが尋ねてきたけど、僕は首を横に振った。

「今日は勝てそうな気がするんだ。本当の戦い方を教えて貰ってきたからね。」

僕の答えに、側仕えは嬉しそうに笑った。


「兄上!今日はトランプで勝負しましょう。疲れていつも以上に体力がない僕と戦っても、兄上の本当の勝利にはならないでしょう?」


こうして、わざと負けても結果的には勝つことを、僕は学んだ。

これを「負けるが勝ち」というのだと、後日、彼女は得意満面で教えてくれた。


いつか、彼女を負かせてやるんだ。

これが小さな恋心の始まりだとは、僕はまだ気づいていなかった。

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