12歳。嬉しいは長くは続かない…はずだった。
「アテーナ、ペンとかお揃いにしようよ」
「ええ?悪目立ちしちゃうんじゃないの?」
「良いじゃん。婚約者なんだから。そのくらい。」
「…返事はまだ出してませんけど?」
食後の買い物タイム。
王都で話題のショップを周りながら、来年の学校で使う物を一通り揃えて歩く。
その間、ステイが私の手をずっと繋いでいるものだから………正直、既に、倒れそうだ。
9回の前世持ちであっても、恋愛経験はゼロだ。
いつも生と死の狭間を必死に生き抜いていた私には、恋愛する余裕なんてなかったのだから。
それが10回目の人生で、突然10歳で求婚され、いまだ現在進行形で猛アプローチを受け続けているとか…どうしたら良いの?
誰か教えて!
「もうさ、中身が27のオヤジだって分かったんだからさ、なんで心変わりとか不安になってるのか、さっぱり分かんないんだけど?」
「だって…嬉しいって長くは続かないものでしょう?」
「いや、それ!前世までの話!今は違う。これからはもっと違うって!」
「でもさ…不安なんだもん。」
ステイの言っている意味は理解できる。
きっと、今までとこれからは違う。
でも、どうしても…今までが酷すぎた。
ちょっと嬉しいことがあると、次の瞬間どん底に落とされる人生ばかりを歩んできた私は、幸せに対しての耐性が出来ていないのだ。
「きっと長くは続かない。だから、今この瞬間を喜んで、思い出にしよう。」
そんな感覚が癖ついている。
「アテーナ嬢、殿下は浮かれておいでで、少し無視してくださっても良いのですよ?無理して貴女が倒れる方が、私には耐えられませんから。」
気分がついていかれない私に一番に気付いたのは、彼の側仕えだった。
「おい!シューリッツ。お前は誰の側仕えだ?」
「もちろん殿下の側仕えですよ。でもね…」
好々爺なシューリッツの目が真剣になるのが分った。
瞬間、ステイが青ざめる。
「殿下の大事なお嬢様を倒れさせてしまっては、元も子もないでしょう?殿下は少し反省なさってください。」
「…すまん。自分の意見を押し通しすぎたみたいだ。」
わーお。
シューリッツ、強い。
流石、諜報部隊上層部。
「これがギャップ萌え…?」
隣でウットリしているマーシャに気付き、はっとする。
ああ。マーシャは高齢者好きだったっけ。
少しだけステイが場所を離れたことにより、私は一息つける思いだった。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう。助かりました。」
マーシャがどこからか買ってきた飲み物を手渡してきた。
私はそれを受け取り、一口吸い込む。
甘酸っぱい味が、口の中に広がり…緊張をほぐしていく。
「私どもは二人の会話をずっと聞いていたわけではありませんから、詳しくは存じ上げません。…ですが、アテーナ嬢。爺の言うことだと思って、一つだけ騙されてくれませんか?」
「騙す?」
シューリッツが突然変なことを言い出したので、私はキョトンとしてしまう。
「殿下はずっと貴方のことが好きでした。6歳で貴方に出会ってからずっとです。それまでの殿下は、いつも本気で笑っていないような、マセガキでした。いやクソガキでしょうか。口先ばかり達者になり、周りの大人たちがゴマすりの意味も含め『策士』などと持ち上げたものだから、尚更に生意気加減が増したのです。…しかし、貴方に出会って、彼は変わった。色々な意味で『敵わない相手』に出会ったことで、人間らしく成長しました。あのままだったら駄目男まっしぐらだったのです。」
思い出すだけでも腹立たしいとでもいうように、眉間に皺を寄せて話す彼の側仕えに、唖然とする。
シューリッツって…案外、お口が悪いのですね…
好々爺な表情だけに、逆に怖い。
「殿下が貴方への恋心に気付いたのは確かに2年前ではありますが、既に6年間はあなただけを見てきたことは、この爺が証明致します。ですから、殿下の思いを一度信じてはくれませんでしょうか?もし、アテーナ嬢が言うように、彼の心変わりがあった時には、私が責任をもって半日説教の上、殿下に三行半を突き付けますゆえ。殿下を信じ、貴方自身未来を信じてもらえませんか?…アヤ。」
「…!!」
「もう、ここに空襲はないですよ。」
「イボ爺?!」
「はい。貴方が最後にくれた芋は美味しかったですよ。涙のせいで少し塩辛くもありましたが、とても優しい味がしました。」
「嘘…あの時にはもう、イボ爺息してなかったもん。」
「小さく…息してました。貴方には気付けなかったのでしょうが…」
「だって、冷たかったもん。」
「風がヒンヤリする川沿いでしたからね。」
私はボロボロと泣きだしていた。
遠くから、そんな私の様子を見たステイが飛んでくる。
「シューリッツ!?何をした?」
ステイに勘違いされて、シューリッツが怒られるのは避けたい。
「違…ステイを…信じろって…自分を…信じろって…」
私が慌てて説明するも、泣いているから言葉にならない。
その様子を見て、一つ息を吐きだしたステイが、私の肩を抱いて、ハンカチで涙を拭いた。
「そんなに泣くな。婚約もあと3年と言わず、いつまでも待つから。生きてる限り可能性はあるんだから、待つよ。だから…そうだ、その代わりに、気が向いたら教えてよ。…」
後に続いた「君の前世」という言葉は、私だけに届くように耳元で放たれた。
私は驚いて、彼を見る。
少し困った表情をしていた彼が「原因が分からないと、対策は立てられないだろう?」と頭を掻いた。
私は、そんな彼に吹き出してしまった。
だって、あまりに…病院のベッドの上で、私の話を聞いてくれていた彼の仕草そのものだったのだから。
「返事は?」
「…はい。」
結局、ステイに目元の腫れを癒して貰い、ペンだけお揃いの物を購入して帰路についた。
帰りの馬車も、私とステイだけで乗ることになった。
しかも、ルシードの邪魔を防ぐべく城の馬車の方に。
ステイ曰く、王族用の馬車はあらゆる効果がある魔道具が設置されており、その効果の中には防音機能も完備されているのだとか。
「これで窓も閉めてしまえば、お邪魔虫ルシードの攻撃を完全防御できる。」
「…そこまで…?」
「ずっと君が秘密にしてきたことを聞き出すんだ。これでも足りないくらいだよ。」
「…ステイ。」
「で、早速だけど。シューリッツと何があったか、話せる?」
私は小さく頷いた。
「前世でね…」
「うん、そうだと思った。9回も前世の記憶があるってことは、僕以外の人との関わりがある可能性を考えていたからね。…さすがにシューリッツとは思わなかったけど。」
「ふふ。私も驚いた。まさか…シューリッツがイボ爺だったなんて…。」
「イボ爺?」
ステイはイボ爺の名前が気になったようだ。
由来を話せばいいのかな?
「うん。額にイボがあったから、みんなイボ爺って呼んでたの。元村長で、凄い優しいお爺さんだったんだよ。」
ふと見ると、肩を震わせているステイがいた。
え?どういうこと?
「うん。…待って、早速僕の不安が解消されちゃって、ちょっと笑いそう。」
「え?」
だから、どういうこと?
「爺さんだったんでしょう?」
「うん。優しいお爺さんだったよ。」
…?
「恋愛感情はなかったってことだよね?」
「あるわけないじゃん!」
私の言葉に安心しきったステイがご機嫌で、先を促してきた。
私はゆっくりイボ爺との前世を話す。
途中、何度か感情に飲み込まれそうになって、苦しくなったけど、ステイは優しく私の手を握っていてくれた。
「だから、イボ爺を看取って、その後、私も餓死したんだと思う。」
「そうか…まさか、戦時中のことだったとは…」
「私まだ8歳だったしね。」
「8歳?それで、そんな状況を乗り越えていたのか?」
頷いた私を、彼がガバッと抱きしめた。
「よく頑張ったな~」
「うん。」
彼の言葉が嬉しくて、彼の胸の中で笑いながら泣いてしまった。
「僕も、味のないおにぎり、好きになるから。」
「へ?」
「アヤだった君が美味しいって思ったんだろう?だったら、僕も美味しいって思う。」
「なにそれ?」
「いいんだよ。それで。」
私の秘密を共有してくれる人が出来たことで、私の気持ちが楽になったことが分かった。
どうしても悲観的に考える癖がある私を、理解しようとして、注意してくれる人が近くにいることは心強い。
それでも、まだ婚約を受け入れるには、心が重かった。
「言ったでしょう。ずっと待つって。だから、焦らないでいいよ。」
ステイは優しく笑って、私の頭を撫でてくれた。
邸まで送ってくれたステイとシューリッツにお礼を言っていると、なんだか騒がしい声が庭の方から聞こえてきた。
「何かしら?」
「行ってみよう。」
ステイに手を引かれ向かった、東屋の方向。
バラのアーチを超えて、目に飛び込んできたのは…自室のバルコニーから、今にも落ちそうになっているミッシェイルとその下で騒ぐ使用人たちの姿だった。
「何してるの?ミッシェイル!」
「お姉ちゃま…たちゅ…けてくだ…あ」
「きゃーーー!」
私の顔を見た瞬間、力が抜けたのだろうミッシェイルの手が、捕まっていたバルコニーの手すりから離れた。
「ブラインド」
「クッション」
私が走り出すのと同時に、小さな呪文が聞こえ、ミッシェイルの身体がふわりと一瞬舞い上がると、下にふんわりとした弾力性がある空気の塊が出来たのが分かる。
私はミッシェイルの身体を空中で受け止めると、その塊の中に飛び込んで、「はあー」と息を吐いた。
魔法を発動したのはステイとルシードだとすぐに分かった。
なんとなくだが、魔力の色のようなものが、二人を示していたからだ。
「ミッシェイル、怪我はない?」
「はい。怖かったでちゅけど…大丈夫でちゅ。」
地面にゆっくりとミッシェイルを降ろすと、使用人たちに預け、ステイとルシードにお礼を言う。
「ありがとう。助かったわ。」
「ふふ。君が飛び出すのは分かっていたからね。間に合ってよかった。」
ステイが優しく笑ったので、私は頷く。
「お嬢様は誰よりも魔法が使えるはずなのに、咄嗟の時は必ず身体が動きますからね。」
「なんとなく…魔法に慣れていないのよ。ごめんなさいね。」
やれやれと言うルシードに「へへっ」と笑うと、苦笑いを返された。
そんな私たちの所に走ってきたミッシェイルが「お姉ちゃま!助けてくれてありがとうごじゃいまちゅ。」と飛びついてきたので、「お礼はこの二人に言って頂戴。」と伝える。
小さい彼は、キョトンとした顔をしたかと思うと、首を傾げ
「お姉ちゃまは、前の時も僕を助けてくれたから。」
と当たり前のように言ったので、邸の者たちは「え?こういうこと前にもあったっけ?」と首を傾げるのだった。
「前の時はね、高い崖の上から落っこちた。」
「え?それって…」
顔が青ざめていたのだろう、ステイがすかさず私の肩を引き寄せて、背中をさすってくれる。
「もしかして…?」
ステイが発した言葉の続きは「前世の記憶?」だと理解した私は、彼の顔を見つめ、頷いた。
今日一日で人生9回中、3人の主要人物に再会を果たした私は、軽く眩暈を覚えた。
あのまま、気を失っていたのか。
気付けば目慣れた天蓋と…布団の中だった。
今、何時かしら?
ふと気になって周りを見渡すと、ちょうど様子を見に来たらしいマーシャと私の目が合った。
瞬間、まるで猫用のネズミの玩具かと思うスピードでこちらに近づいてきたかと思うと、ガバッっと私に抱き付いたのだった。
「え?マーシャ?」
「ああ。お嬢様、目が覚めてくださって良かった。」
「…気を失っていたみたいね。ごめんなさいね。」
黄色い目に大粒の涙を溜めた彼女は、私の顔を覗き込むなり
「生きててくだされば、それでいいのです。」
と呟いたのだ。
その後、温かいミントティーを淹れてくれ、私にカップを手渡すと、ステイから搔い摘んだ話を聞いたと教えてくれた。
「お嬢様は内緒にしていたかったみたいだけど、今後、もしかしたら、こういうことが増えるかもしれないからと仰ってました。…その…お嬢様は前世の記憶をお持ちなんだと。」
ミントの香りで頭がスッキリしてきた私は、マーシャの物憂げな表情に笑顔を向けた。
まるで、なんでもないように。
「ええ。9回分の人生を覚えているわ。」
私の言葉に、分かりやすく動揺したマーシャが言葉を発する。
「9回…死んだってことですよね?」
「そうね。」
「9回も…痛かったですよね?」
「痛くない死もあったわよ。いくつか。」
「それって、ほとんど痛いじゃないですか!」
「でも、死んじゃえば痛くなくなるから。」
あ、言葉選び間違えた?
フルフルと震えだしたマーシャがまるで子供のように声を上げて泣き出してしまった。
その声に気付いたルシードが駆け込んできた。
「なんだ!?」
私は、「どうしましょう?」と両掌を上に向け。肩をすぼめるジェスチャーで訴える。
それで、色々察した彼は、溜息をついたかと思うと、ゴツン!と良い音がする拳骨をマーシャの頭に落としたのだった。
「いだっ!!!!」
「専属メイドが主を困らせて泣いてどうする?お前のが大人だろう?」
やり方はなかなかスパルタだが、マーシャの涙はなぜかピタリと止まったのだった。
「お嬢様、スティアーノ王子殿下に目覚めたことを連絡しても?」
「え?…ええ。いいわよ。今日はたくさん迷惑をかけたから。」
「…迷惑かどうかは、殿下が決めることです。きっと、彼の場合は好きでやってますから、気にせず甘えておけば良いんじゃないですか?」
「そうなの…?」
ニカッと笑った専属護衛は、懐から手帳のようなものを出すと、そこに何かを書き込み、パタリと手帳を閉じた。
ああ、父親の執事も使っている魔道具だ。と理解し、私はカップに残っていたお茶を飲んだ。
「お嬢様、今、幸せですか?」
突然、緑の目が私の嘘を見逃さないとばかりに見つめてくるから…
私はコクリと喉を鳴らしてしまった。
「この、私の人生は、今までのどの人生よりも幸せよ。」
私の言葉に彼は頷き、そっと部屋を出ていった。
さて、残されたしょんぼりメイドと二人きりのこの空気を、どうするべきか。
「マーシャ。今何時頃かしら?」
「夜の11時頃です。」
結構、寝てたな~。
「マーシャ、厨房にお夜食って頼めるのかしら?」
「私、聞いてきます!」
元気に走って出ていったメイドの背中を、ほっとして見送った。




