12歳。人生って…難しい。
夜、お風呂を済ませた後、寝間着に着替えて、マーシャが部屋を出ていくのを見送る。
私は、机の鍵付きの引き出しから、一冊のノート(と言っても、紙を数枚糸で閉じただけのメモ帳のようなもの)を取り出すと、自分の前世の記憶が箇条書きされているページを開く。
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1回目 弟に代わって腹減らしのために殺された。(5歳)
2回目
3回目
4回目
5回目 小さな子供をかばって馬車に轢かれた(18歳)
6回目
7回目
8回目 父親の借金を背負って風俗街に売られ、薬漬けになった(18歳)
9回目 片方の腎臓を臓器提供した後、多臓器不全になった(24歳)
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7回目の後に『空襲で母親と妹を失い、ご飯をくれたイボ爺を看取って餓死(8歳)』と付け加えた。
生まれてから思い出した前世の記憶たちの記録だ。
空白の部分も、頑張れば思い出せそうではあるのだが、思い出すとどっと疲れが出そうだから、無理に思い出さないようにしている。
夢を見た後ですら、そうだからだ。
多分、辛いとか苦しいとかだけじゃない気持ちもあるんだとは思う。
それでも、無理に思い出したくないのは、今の生活が楽しくて幸せだから、記憶なんかに邪魔されたくないのかもしれない。
薄っすらとだけど感じていたことではあるのだが、私ってつくづく『親の愛情に飢えた人生』ばかりだったな。
この世界では親の愛情があって、良かったと素直に思う。
ぼんやりと、しばらく見つめていたノートを閉じて、そっと元あった引き出しに仕舞う。
そして、鍵をかけた。
こんなノートを誰かに見られては、心配されてしまうだろう。
今は幸せなんだか、無駄に心配なんてさせたくはないのだ。
「さて、落ちている気分を変えないと!」
意識的に、ハーブティーを自分で淹れて、一気に飲み干す。
ふわりと鼻から抜けるハーブの香りに「ベルガモットね」と、茶葉の種類を一人で当てる。
答えは明日の朝にならないと分からないが、きっと合っている。
マーシャは私が元気がない時は決まって、香りの強いハーブを選ぶのだ。
軽く背伸びをして、ベッドに倒れ込む。
洗濯したてのお日様の香りがするシーツに、使用人たちの優しさが伝わってくる。
「気付けば遠くに来たものだ」
ふと、前世のどこかで聞いたセリフを思い出し、「上手いこと言うわね」と一人で笑った。
明日は久しぶりに街に行くことになっている。
来年の入学準備のためなのだが…わざわざ街に行かなくても、邸に呼べば済む話を、ステイが「元気がない時は元気な人たちを見るべきだ」と言って聞かなかったために、強行されることになった。
ステイ自らうちの両親に直談判してきた時は驚いた。
両親が許可した理由が、「邸の護衛と城の護衛が混合された状態で、何かを仕掛けて来る馬鹿がいると思いますか?」という質問の答えだったらしい。
それじゃ明日は護衛祭りじゃないか?
違う意味で大騒ぎが起こりそうだ。
この国の騎士は女性たちからの人気が高いらしい。
ルシードや他の護衛騎士たちを見ても、確かに、顔が良いように思う。
鍛えられた肉体美。
精悍で真剣な顔立ち。
そして騎士の制服も魅力を上げるアイテムだろう。
白地に青の指し色が入った、詰襟で清潔感のある制服は、スタイルが良くないと着られない代物だ。
制服萌え…ってやつかな。
そればそれで、周りの女の子たちを見ているだけでも楽しそうだな。
アイドルが通るかのような悲鳴に似た歓声が沸き起こる様子を想像して、ツボった。
何か歌って踊らせてみたら、興行収入狙えるんじゃない?
きっとイケメンにならお財布の紐が緩む女性が多数いるはずだ。(かつての私のように)
でも、ルシードの顔がアップになったうちわとか見ちゃったら、笑いが止まらなそうよね。
お腹がよじれて苦しむくらいなら、妄想で終わりにしておくべきだ。
瞬間、ルシードの決め顔を想像して吹き出す。
「あははは!なしなし!」
自分で自分の思考にストップをかけて、大きく息を吐く。
はあ、笑い疲れた。
「昨夜は何を一人で笑われていたのですか?」
怪訝そうに尋ねてきたルシードに、私は決め顔ルシードの妄想を思い出し、吹き出した。
「ぷっ!…な…な、何でもないわ。ちょっと…自分の思考がおかしくて…っていうか、やっと忘れていたのに思い出させないでよ!」
「はあ?」
意味が分からないと言わんばかりのルシードが眉間に皺を刻む。
「お嬢様は昔から一人で考え込んでいたかと思うと、笑い出したり泣き出したりすることがあるのです。情緒不安定?ってやつらしいですよ。」
マーシャが真面目な顔でルシードに説明をする。
「ああ…思春期か。」
この世界にも思春期あったのね?!
ちょっと驚きつつ、良い情報だとにんまりした。
これからは、いざという時に、『思春期』を理由に使わせて頂こう。
「お嬢様、馬車と護衛の準備が出来ています。」
「ありがとう。じゃあ、行きましょうか。」
御者に報告を受け、専属の二人を振り返る。
今日は王都でステイと待ち合わせだ。
神殿以外で王都に行くなんて、何年ぶりだろう?
ワクワクしてきた所で、呼び止められる。
「お姉ちゃま!」
「あら、ミッシェイル。」
「お出かけでちゅか?」
3歳になったばかりの弟が、舌っ足らずに話しかけて来る姿に私はメロメロだ。
抱き上げて「また大きくなったわね」と伝えると、「きゃはは」と嬉しそうに笑ってくれる。
天使だわ。
思わずぷにぷにのほっぺたをツンツンと指で突いてしまう。
「あら、アテーナ。まだいたの?そろそろ出ないと殿下を待たせてしまいますよ?」
ミッシェイルを追いかけてきたのであろう母親が、呆れたように言う。
「だって、ミッシェイルが可愛くって。」
「お姉ちゃまも可愛いでちゅ。」
「きゃーーー!」
二人でじゃれ合っていると、背後から大きな溜息が聞こえ、私ははっとする。
この邸で一番怒らせちゃいけない人を怒らせてしまいそうだ。
そっと弟を床におろすと、「行ってきます」と笑顔で母親に挨拶をする。
「護衛の言うことを聞いて、勝手な動きなどせずにね。」
「はーい。」
退散するかのように、馬車に乗り込むと、一足先にメイド長から逃げ込んでいたマーシャが、涼しい顔で座っていた。
「早いわね」
「長年逃げ続けていると、足音で分かるようになるものです。」
自信満々に答えたマーシャに苦笑いした。
彼女が逃げた理由は…母親の専属メイドでもあるメイド長リーンからである。
「王都で買い物だなんて、何年振りかしら?」
「お嬢様が8歳の頃が最後でしたから、4年ですね。」
「そんなに経つのね。」
「4年経って、奥様たちはやっと気づいたのでしょうかね?お嬢様は邸から出なくても結局、色々とやらかしてくれるってことに。」
そういえば、邸から出ちゃいけなくなった理由ってそんな理由だったっけ?と少し遠い記憶になっている自分に気付いた。
「別に、やらかしてなんていないわよ。」
「そうだぞ。お嬢様は『やってくれている』のだ。」
突然、馬車の窓越しに会話に割り込んできたルシードに驚く。
そのセリフ…あの時のお父様と同じだわ。
マーシャも同じことを思い出したらしく、吹き出した。
「でも、4年間引きこもっているとは思えないくらい、お嬢様の話題は尽きませんでしたからね。次々と料理本を出版するわ、稲の栽培を始めるわ、うどん屋に引き続き、甘味処にカレー店を開業。城の護衛騎士がごっそり引き抜かれたと思ったら、王子からの求婚。話題性だけで十分、有名人ですよね。」
言われてみれば、4年間引きこもっていたとは思えない話題ばかりだ。
マーシャが口にしなかっただけで、『しょっちゅう命を狙われる聖女』という触れ込みもあったはず。
サーリン嬢の一件が落ち着いて、脅迫文はなくなったものの、まだ、たまに乱闘騒ぎは起きる。
その度に主犯格がゴソッと城の犯罪者を収容する施設に送られ、尋問の末、罪状に合わせた罰を受けていると聞いている。
魔法が使え、父親に騙された神官も裁かれ、今は『国内で最も何もない僻地だ』と有名な領地の神殿に異動となったらしい。僻地だからお金を使う必要もなく、そもそも、もうお金の援助はないだろう彼は、今はどうしているのだろうか。
もちろん、彼を騙した父親も罪を裁かれ、貴族籍剥奪の上、どこかの領地の農民になっていると聞いたことがある。彼が営んでいた店は取り潰され、今はカレー店2号店が建設中だとのこと。
もちろん1号店はクランべナー領地内にある。
うちの父親と国王の無茶ぶりに付き合わされた中級貴族たちを始めとする大人たちには同情する。
領地を跨いで商売をしないとならないなんて、精神的にきついだろう。
「こんなに大事になるなんて思っていなかったのよ。」
「お嬢様は口が動くだけでも大事を生み出しますからね。」
大袈裟な!
と思った矢先に、思い当たる節もあり…
何も言えないわ。
実際、何気ない会話から色々始まっているのだから。
「そういえば、お嬢様。クランべナー領立公園の魔道具体験コーナーの、対決型の魔道具がバージョンアップしたらしいって聞きましたか?」
「そういえば、そのような話をお父様と執事がしてたわね。」
「はい。コントローラーを3種類にレベル分けしたそうです。平民用・初級中級貴族用・上級王族用で魔力量に合わせた物になったので、もう魔法量の違いで戦いの勝敗は決まらないみたいですよ。」
「あら、それなら、誰とやっても楽しめるってこと?」
「はい。是非、今度また再戦しましょう。」
握り拳を作り、鼻息を荒くするマーシャに被せるように、ルシードが窓越しに言葉を発する。
「次は私も混ぜてくださいね。」
ちょくちょく話題に入ってくるルシードに驚かされ、マーシャが怒るのをルシードが飄々とかわす様子を、笑いながら見ているうちに、王都の街並みが見えてきた。
門番に通行証を見せると「神殿ですか?」と尋ねられたので、「今日は買い物なの」と答えると、決まりの悪そうな表情で「デートですと言ってください」と小声で言われた。
「まさか…ステイがいるの?」
私が気付いたことを察したステイが奥から姿を現すと、私の馬車に乗り込んできた。
「あーあ、アテーナとデートだって国民中に知らせたい気分だったのに、残念。」
全く残念そうに見えないステイに、溜息を吐く。
「もう、あんまり門番さんたちを困らせちゃ駄目よ。」
「協力してもらっただけだよ。あ、マーシャは後ろの城の馬車に移ってくれない?店までの時間くらい二人きりにしてよ。」
甘えるように言う王子に否と答える理由が見つからなかったのか、マーシャは了解して移動してしまった。
マーシャがいなくなったので、私が席を変わろうかとお尻を浮かせると、「駄目」と腕を引っ張られてしまい、隣の彼の顔を見る。
「今日は私の隣にずっといて。」
「その顔はズルイ。」
今は同じ年とはいえ、12歳の少年に甘えられては、断りにくいではないか。
「お嬢様、こちらの隣には俺がついてます。」
窓越しに良い笑顔を向けるルシードに「そうね」と呟く私…越しに、ステイがルシードを睨んでいた。
なかなかのカオス状態かもね。
私は息を吐くと、話題を探すことにした。
そうしないと、ずっと私の手を握っているステイに気を取られそうだったからだ。
「そういえば、クランべナー領立公園の対戦型魔道具が新しくなったんだって。ステイは知ってた?」
「先月だったかな。君の父上が言っていたよ。一度試して欲しいって。…来月は、どう?」
「へ?」
「再戦の申し込みじゃなかったの?」
「そうね。それなら、いいわ。受けて立ちます。」
「いや、申し込んできたの君だから、受けて立つは私の台詞だよ。」
「あ、そっか。」
隣でケラケラ笑うステイに翻弄されている自分が情けない。
相手はまだ12歳の子供よ。
平常心・平常心。
「ねえ、アテーナ。少しは意識してくれてる?」
「へあ?」
ノーぅ!!
言い聞かせていた矢先のそれはないわ。
「声裏返ったし!可愛い~。」
「もう!ステイの意地悪。」
「あはは」と声を上げて笑う彼を、私は顔を熱くしながら睨むしかできなかった。
「どこに向かっているの?」
ふと話題のお店たちを通り過ぎていることに気付いて、尋ねた私に「内緒」と微笑んだステイは、何か満足気に目をつむった。
その顔は睫毛が長くて、色が白くて、陶器みたいに肌が綺麗で…って前に、あれ?デジャヴ?
以前どこかで同じような光景があったような…。
うーん?
「どうしたの?今度は難しい顔して。」
さっきまで閉じていた瞳がぱっちりと開かれ、私を覗き込んでいる彼に驚く。
「わあ!」
「あ、元気だね。」
「うん。ちょっと昔の記憶を辿っていただけ。」
そんな変な気分でしばらく過ごしていると、大きな湖のほとりに到着した。
「折角だからさ、お昼はピクニック気分でどう?」
「でも、私お弁当なんて用意してないわよ。」
「そんなの、城の料理人たちが用意したよ。君のレシピ本で特訓したらしいから、騎士たちにも食べさせてあげて。料理長の意地を感じる味になっているはずだよ。」
一足先に着いていたのか、シューリッツとマーシャが敷物を敷いて、簡単な机と椅子を用意していた。
「さあ、行こう。」
手慣れた様子で、私をエスコートしてくれるステイに、ちょっと驚いた。
「ステイ、慣れてる?」
「マナー講師相手に8年練習してきたからね。」
「ああ…そうか。凄い。」
8年ということは、4歳からマナーの勉強をしていたことになる。
他の勉強も王族教育の一環で、幼い頃から行っていたはずだ。
そんなステイは魔法の加護を全種類得られていないの?
私よりずっと努力してきた人なのに、そんなことってあるのだろうか?
他人に加護の種類を聞くことはご法度なのかもしれないと思って、聞けないでいた疑問を、そっと口にする。
「ねえ、もし言いたくなかったら言わなくて良いんだけど。ステイってご加護いくつ持ってるの?」
おずおずと尋ねた私の思考を察したのか、ステイは少しだけ悪戯に笑ったけれど、真面目な顔になって答えた。
「アテーナと同じ。全部だよ。…少し嘘つこうかと思ったけど、信じ込むアテーナを見るのもちょっと可哀想な気がして、素直に答えた。だから、本当だよ。」
「え?可哀想ってどういうこと?」
「絶対、気を使って挙動不審になった挙句、無言になるじゃん。経験上の推測。」
言われてみて納得せざるを得なかった。
そりゃあ、王族より私の方が上回っていたなんて知ったら、きっとどうしたらいいのか分からなくなる。
申し訳ないような。
そう思うのが烏滸がましいような。
悩むの自体失礼かもとか…ループするだろう。
「うん。正解。私もそう思う。」
「ね。だから、私に気を使わないで。」
そういえば、ステイが自分を『私』と言うようになったのはいつからだっただろう?
8歳までは時々『僕』って言っていたような…
私の知っている6年の間でも、彼は成長しているんだ。
私の前では決して見せない、王子としての努力をしてきた彼を、尊敬した。
ステイに勧められた席に着くと、シューリッツがお茶を淹れてくれた。
いつもはマーシャが入れてくれるから、ちょっと新鮮だ。
「頂きます」
「どうぞ。」
好々爺を崩さないシューリッツが入れたお茶は、なんとも優しい味がした。
「美味しい。なんか、懐かしい味がする。」
「それは、嬉しいですね。」
背後では騎士たちの歓声があがり、そちらを見ると、どうやら城の厨房からの差し入れが配られたらしいことが分かる。
それはサンドイッチや唐揚げやフライドポテトなど、私のレシピ本に乗っているお弁当レシピだった。
一口食べた人から「美味い!」「おお!腕上げたじゃん?」「ヤバイ。料理長のレベルが上がった」などの感想が聞こえることから、どうやら味については合格を得たようだ。
2年前に自害を考えた料理長の、名誉挽回ができた瞬間だった。
「アテーナ、僕たちも頂こう。」
「あ。」
「え?」
「ううん。久しぶりに『僕』って言ったなって思って。」
「あ…気が緩むと癖が出るね。」
照れくさそうに笑うステイに、私も笑った。
「癖だったんだ?」
「最初に覚えたのが『僕』だったからね。」
「私はステイが『僕』って言うの、結構好きよ。」
穏やかな風が吹く、湖畔での食事は、喉かでマッタリした幸せな時間になった。
食後、みんなが後片付けをする間、少しだけ散歩しようと言い出したステイに連れられて歩く。
「見て!蓮よ!レンコンも取れるかしら?」
湖の水面に浮かぶ大きな蓮の葉を指さして言うと、「レンコン?」とステイが目を丸くした。
「蓮の根っこって意味でレンコン。お通じに効く食物繊維が豊富で、炒め煮するととても美味しいんだよ。」
ああ、醤油がもっと簡単に手に入れば…実際に食べさせてあげられるのに!とちょっと悔しい思いを抱えていると
「知ってる。」と声がした。
「え?」
私が慌てて声の主を見ると、彼は少し悲しそうに笑った。
「君のことは前世から知っている」
「え?どういうこと?」
「前世で君は僕に腎臓をくれた。でも、そのせいで、君は死んだんだよね?」
あまりの衝撃で、私は言葉を失った。
ただ、彼に腎臓をあげたせいではない。
もし、そうだとしても、彼に臓器提供を決めたのは私の意思だ。
「あなたのせいじゃない。」
「え?」
「私は、私の意思であなたを助けたかった。その後、私が死んだのは、…たまたまよ。」
「そんな…だって、僕は君の名前も知らなかったし、僕も色んなことを黙っていたじゃないか!」
彼の今にも泣きだしそうな瞳が私を貫く。
「誰にだって言いたくないことの一つや二つあるでしょう?名前がなんだっていうの?私なんて今では10個も名前があるわ!」
一瞬にして彼の今にも溢れ出しそうだった涙は跡形もなく消えた。
代わりに目が点というに相応しい表情が現れた。
「は?」
あーあ。
ずっと黙っていたことだったけど、口が滑っちゃった。
「ねえ、どういうこと?10個名前があるって。」
彼の手が私の答えを急かすように腕を掴む。
その手から彼の温もりが伝わってくる。
「…私、この人生が10回目の転生なの。前の9回分の記憶があるから…名前が10個あるってわけ。」
「それは…」
色々想像したのだろう。
私よりも心を痛めたように悲しい顔をする彼に、笑って見せる。
「『メンタル仙人』だから大丈夫よ。結構、図太いのよ。私。」「
そんな私を、彼は抱きしめた。
「たった一回の前世の記憶でもキツイんだ。9回分もあったらしんどいに決まってるじゃないか。強がらないでいいから。前世の君もそうだったけれど、君の『大丈夫』は嘘ばっかりだ。」
ああ、私はそんな風に思われていたのか。
これは、参った。
…って、待って。
「ねえステイ。いつ、前世の記憶を知ったの?」
「んー?昨日かな。うなされている君を抱きしめた瞬間、ドバ―――ッと流れ込んできた感じで、しばらく放心状態になった。自分が泣きそうになっていることに気付いた時、腕の中で君が泣いていたんだ。そしたら、まあ…驚きのあまり僕の涙は引っ込んだよね。」
「マジか…」
起きている時ににドカッと思い出すのがしんどいのは体験済だ。
寝ている時より鮮明さには欠けるけれど、それでも感情は流れ込んでくる分、立ってるのも辛いはずだ。
昨日、なかなか私を離してくれなかった理由もそれだったのだろうか?
「アテーナは?いつから?」
「え?生まれる前に創造主から10回目の人生に行けって言われて転生してるからね。赤ちゃんの時にはすでに9回目の前世の記憶持ちだったわ。上手く話せない自分が面白かったのよ。それから数年に一度くらいのペースで思い出しているかしら。」
目の前の彼の顔が、愕然としたのが分った。
想定外だろう。
そりゃあそうだ。私も10回目の転生自体が想定外なんだから。
「創造主…?この世界を作った神ってこと?」
「そうね。今回の世界は自信作だって感じだったわよ。」
「…はあーーーー。」
ステイが大きく息を吐いて項垂れる。
「そりゃあ、天才児になるわけだよ。」
その溜息には激しく同意する。
「ええ。子供でいるのが難しかったからね。」
全肯定の返事をする私に、恨めしそうな顔を向ける彼。
ちょっとだけ、ドキリとした。
「君が何をしても当然な気がするって、以前言ったの覚えてる?」
「え?ええ。覚えているわよ。」
「なんでかって部分がやっとわかってスッキリした半面、なんか悔しい。」
「ええ?」
悔しいと言われても、どうしていいものか。
うーん。と困ってしまった私に、彼はクスリと笑うと「嘘」と言って私の頭をグリグリと撫でまわしてきた。
「なに?」
「いや、この世界ではちゃんと幸せそうに笑って生きているな~って思ったらね。ちょっと、お兄さん気分が再燃したっていうか。」
「ああ、前世のあなたは3つ上だったものね。」
「ずっと続く病院生活でやさぐれていたけどね。放っておいて欲しいのに、毎日現れる煩い女の子がいてさ、うんざりした頃、来なくなった。…で臓器提供者が現れたって聞いて、元気になったら探し出してやるって思ってたのに、今度は君がベッドの上にいたってわけ。やるせなかったわ。」
「…それは、どうも、失礼しました。」
ちょっと、しょんぼり。
元気になったから、弾けてました!って報告を期待していたんだけどな。
さっきから、なんだかそんな雰囲気はなさそうだ。
「結婚とかしなかったの?」
「好きな女性がいたんだけどね…運悪く、死んじゃったから。」
「そっか…」
人生上手くいかないものね。
「…ねえ。意味分かってる?」
「え?女性が死んじゃったから結婚できなかったんでしょ?」
「うん、その女性って君だったんだけど?指輪の代わりにネックレスをプレゼントしたんだよ。君はすやすや寝ていたけどね。」
「………ええ?」
そういえば、首に綺麗な宝石が付いたネックレスが掛かっていたっけ。
ふと、10回目の人生に行けと言われた時のことを思い出す。
人生って難しいのね。
「そういうわけだから、この世界では前世の分まで愛するつもりだから。よろしく。」
「…お手柔らかに?お願いします。」
私がおずおずと返す言葉に、彼は満足気に頷いていた。




