12歳。美味しいおにぎり
いつものようにあちこちの家から夕げの匂いがして、私も急いで家に帰った。
母親が小さな妹を背に抱いて、お鍋にお粥を作っていた。
お粥というには水の量が多いが、貴重な米だから、仕方がない。
お腹を空かせている妹が、フワフワと力なく泣いた。
それをあやしながら、母親が「ごめんね~お腹がすいたわよね~」と泣きそうな笑顔を向けていた。
「母さん。あとは私がやるから、フミの相手をしてあげて。」
私の提案に、母親は目を細めて頷いた。
「アヤには甘えてばかりで、申し訳ないわ。」
「何言っているの?お姉ちゃんなんだから、当たり前じゃない?」
フミが生まれてすぐに、父親が徴兵された。
赤札が玄関に届いた時、母親が泣きながら笑った。
器用なことができるな。
そう思ったけれど、今なら分かる。
本当は嫌だけど、嫌だって言えないから、ああいう顔になったんだって。
私は母親が作ったお粥を三人分小さなお椀に盛り付けて、二人がいる居間に運ぼうとしていた時だった。
ウウ―――――――ッ!!!
町中に鳴り響く空襲警報に驚いて、お盆ごとひっくり返してしまった。
「ああ!」
溢してしまったお粥に悔し涙が浮かぶ中、母親が叫ぶ。
「アヤ、逃げるわよ!」
私は腕で涙を拭って、外に走り出した。
瞬間、頭上を大きな戦闘機が走り抜けたのが見えた。
え?
こんな近くにいたの?
驚いている間に、何かが沢山落ちてきて、まだ外に出てきていない母親と妹のいるはずの家が潰れて燃え始めた。
え?嘘?
「お母さん!お母さん!」
何度叫んでも声は返ってこない。
家の中に探しに行こうかとした所で、近所のイボ爺こと、元町長で額に大きなイボがある爺さんが私の手を引っ張った。
「早く防空壕へ走れ!」
「お母さんが!フミが!」
私が叫ぶが、イボ爺は悔しそうに首を横に振ると「もう生きてない」と呟いた。
イボ爺に引っ張られるように辿り着いた防空壕には、こんなに町民がいたのか?ってほどの人の数でごった返していた。
みんな小さくなるように膝を抱えて座って、小さい子供たちはすすり泣いている。
私も隅の壁の方に、子供一人分の隙間を見つけて、座り込んだ。
「お母さん…フミ…」
一人ぼっちになってしまった寂しさに、涙が零れ落ちた。
どのくらいの時間そうしていただろう。
そのうち、どこからか「もう大丈夫だ」という声がして、一人、また一人と外に出ていくのを見送る。
私にはもう家が焼けてない。
どこに帰っていいのかと途方に暮れていた。
そんな私に手を差し伸べてくれた人がいた。
「イボ爺…」
「アヤ、一緒に来るか?」
「…だって、いいの?」
私が増えたら、イボ爺の家の食べ物が減ってしまう。
「そのくらい、大丈夫だ。」
イボ爺の言葉は嘘だと分かっていたけど、私はその手に縋った。
寂しかったから。
イボ爺の後ろをテクテクと歩きながら、燃えた町を歩いた。
あちこちで泣く声や、叫ぶ声が聞こえてきたが、私は歯を食いしばって耐えた。
途中私の家の前も通ったが、私は見るのをやめた。
もし、死体が出てきて、私が泣き叫ぼうものなら、イボ爺は困り果ててしまうだろうと思ったからだ。
「明日、明るくなってから一人で来ます。」
そう答えた私の頭をぽんぽんと優しく撫でたイボ爺は、私だけに聞こえる声で「そうか」と答えた。
イボ爺の家に着くと、イボ爺の息子の嫁だという女とその息子が、眉間にしわを寄せた。
「爺さん、その子はなに?」
「空襲で拾った。」
「な!?」
歓迎はされていないと子供ながらにも分かった。
それから数日、イボ爺の家で過ごす中で、私に話しかけてくれるのはイボ爺だけだった。
イボ爺のご飯は用意されるが、私のご飯はない。
そんな私にイボ爺は「半分な。爺だからこんなに食えん。」と言って、もともと少ないご飯を半分、私に寄こしてくれた。
「ありがとう。イボ爺。」
「いや、いいんだ。」
私は朝早くに自分の家があった場所に行き、遺品を探す。
元々貧しい暮らしをしていたので、遺品と呼べる品はそうそうない。
それでも、燃え残った残骸の中から、フミがおもちゃにしていた汚い人形を見つけ出した。
母親が襤褸切れを縫い合わせて作った、人とも動物とも呼べないそれは、フミの匂いがするような気がした。
人形を手に持って、立ち上がると、今度はイボ爺の畑に向かう。
コッソリだけどタダ飯を食わせて貰っている以上、何か手伝わないといけないと思っていたからだ。
すると、私が食べ物を盗むことを警戒したイボ爺の孫が、水汲みを言い渡す。
沢山穴が開いていて、水を汲んでもすぐに中身がなくなってしまう桶に水を汲んでは、走って畑まで行き、残った少しの水を撒くのだ。
その行動を繰り返すうち、孫に足を掛けられて転ぶこともあった。
「こんな少ない水を撒いた所で意味なんかねえ!」
意地悪な言葉はいつものことだった。
私は歯を食いしばって耐えた。
泣かない私が面白くないのか、今度は私を殴ってくる。
殴られて地面に尻もちをついた瞬間、フミの人形が懐から飛び出した。
「なんだこれ?」
「駄目!触らないで!」
私の必死の訴えに、ニヤリと嫌な笑顔を見せたかと思うと、孫の手は空高く人形を投げていた。
ポチャン
軽い音と共に、川に落ち流れていく人形を、必死に追いかけて、私は川に飛び込んだ。
「フミ!フミ!」
必死に死んだ妹の名前を呼ぶ私を見て、孫が表情を変えたのが横目に見えた。
「お前が可愛くねえのが、悪いんだからな!」
そんな捨て台詞を残し、彼は消えた。
川に飛び込んで、人形を手に掴んだ私は、どうやら死体の山が流れついて集まった川岸に辿り着いていた。
どのくらい流れていただろう?
死体を掻き分け、川から上がった私は、川沿いに来た道を歩いて帰ることにした。
お腹すいた。
フミの人形を抱え、フラフラと歩く道は、子供の足ではとても遠く感じた。
お腹が鳴って、その度に、吐き気がする。
このまま死ぬのかな…そう思った時、私の名を呼ぶ声がして顔を上げた。
「イボ爺」
「ああ、良かった。こんなに濡れて。寒くないか?」
「うん。ちょっと疲れて眠いだけだよ。」
「そうか。」
イボ爺は徐に懐から握り飯を取り出すと、私の手に握らせた。
「え?」
「食え。」
「でも、貴重な米でしょう?」
「昔、お前の父親に、あの孫は助けてもらったんだ。その恩を忘れてお前を死なせかけるとは…許せん。」
どうやら、私の父親のお陰で、あの孫息子は九死に一生を得たことがあったらしい。
ぼーっと聞いている私の口に、無理やりイボ爺は握り飯を詰め込んできた。
口の中いっぱいに広がる米の甘みに涙がこぼれた。
「美味しい」
「そうか、これが最後の米かもしれんからな、味わっておくんだよ。」
そう言って笑った。
その後、イボ爺の提案でこの町を出ることになった。
「恩を仇で返す奴らとは住めん」と言って、イボ爺は家を出てきたらしい。
二人で国道をテクテクと歩いていく。
私たちの他にも、安全に住む土地を探して歩いている人たちがいる。
みんな着の身着のままで、とても余裕のあるという人はいなそうだ。
ここの所あちこちで起こっているという空襲から逃げてきた人たちだろう。
口々に「もう家もない」と言っていた。
みんな私と同じだ。
道中、どこからともなく配給の情報が届き、イボ爺と向かう。
大した量ではないだろう。
そんなことは分かっている。
それでも、私に最後の米を食べさせたイボ爺のお腹が心配だ。
あれから1週間。
イボ爺が口にしたのは水だけだ。
昨日から目も見えていないのか、躓く様子も増えている。
「イボ爺。ここにいて。私急いで配給貰ってくるから。」
「アヤ…」
「もう、歩くの限界でしょう?これ、水。ここに置いておくから、ちょっと行ってくるわ。」
私も空腹の限界だった。
育ち盛りの子供が水と草の根だけで、腹がもつわけがないのだ。
でも、イボ爺には助けてもらった恩がある。
だから、今度はイボ爺にご飯を食べさせたいのだ。
配給が行われている村に着き、順番を待つ。
並んだ人間にしか配られないのだから、私は一人分しかもらえなかった。
当たり前だ。
それでも、貰った小さな芋をふかしたそれを大事に抱えて、イボ爺の所へ走った。
途中、腹をすかせた男が目をギョロっとさせて追いかけてきたけど、必死で逃げて、やっとの思いでイボ爺の元に辿り着いた時、イボ爺は息をしていなかった。
「間に…合わなかったの?」
イボ爺の半開きになった口の中に芋を詰め込み、水を流し込む。
イボ爺の喉が嚥下することはなく、体は冷え切っていた。
「イボ爺!イボ爺!」
何度呼んでも、ピクリともしない爺の身体は、思っていたよりも軽くて、驚いた。
私はもうどうしていいのか分からなかった。
どこにも行く所がない。
お腹がすいたが、吐き気もある。
水を飲んでみるが、嘔気が襲い、口から吐き出す。
何日そこでそうしていただろう?
隣に横たわるイボ爺からは腐った匂いがしている。
私もきっと腐りかけているのだろう。
目が見えなくなった。
そのうち、鼻がなんの匂いも感じなくなった。
ずっと深い眠りの中にいるような…混沌の中で、私の意識は途切れたのだ。
「アテーナ!?」
目を覚ますと、庭の木陰で読書をしながら居眠りしていたことを思い出す。
ああ。そっか。
ぼんやりしながら、目の前に現れた黒い瞳に見つめられ、目を瞬かせる。
「大丈夫?なんか、うなされていたよ。」
「…ステイ。来てたんだ?…うん、ちょっと嫌な夢を見ただけ。」
ステイが綺麗なハンカチで私の目元を優しく拭くのが分った。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
ふわりとした笑顔で答えた彼に、座ったままの態勢で抱きしめられていることに気付く。
「ねえ、ステイ。いつからこうしていたの?」
「うーん…5分程度じゃないかな?」
その間、全く起きなかった私って、どんだけ寝てたのよ。
自分で自分が嫌になる。
「ステイ?もう大丈夫だから、離してくれない?」
「えー、嫌だよ。やっとアテーナを捕まえられた気分が台無しになるじゃん。」
2年前、彼からの婚約の申し出は、15歳の成人の儀までに答えを出すということで落ち着いた。
「まだ子供だから心変わりするかもしれないじゃない?」という私の言葉が悔しかったのか、「絶対、心変わりしないって証拠を見せてやる!」と啖呵を切ったステイは、それまで以上に私にベッタリになった。
「15歳まで待ってくれる約束じゃない?」
「ちゃんと待ってるよ。でも、私がアテーナを好きなのは止められないのだから、諦めてよ。」
くっ。
どういう理屈だ。
12歳になったステイは、頬の丸みも消え、精悍な顔つきになってきた。
短く切られたブロンドヘアは変わらずサラサラと風に揺れ、黒い瞳は意思の強さを表すように深く光っている。
相変わらず、見た目の良い王子様だ。
とはいえ、彼は頭も良い。
第一王子は剣術に長けた、活発な性格であるのに対し、第二王子のステイは、頭脳明晰で6歳の時点で『策士』と呼ばれたほどだ。8歳で始めたミニトマトの研究は10歳で見事にやり遂げた。
幼い頃から『子供らしくない私』と話しが合うステイは、やっぱり優秀な頭脳の持ち主なんだと思う。
最近は、好き好き感情が暴走して会話が通じないことも多いけれど。
「ところで…マーシャとルシードの姿が見えないのだけれど。」
「ああ、アテーナの専属賑やか組は、あっちで戦っているよ。ほら、見えるでしょう?」
専属賑やか組って…
ステイに指さされた方を見ると、花壇と花壇の間、噴水の近くで剣を振り回す二人の姿が見えた。
「あれ、何してるの?」
「君が僕のお嫁さんになったら、城での先輩はどちらになるかを掛けてるみたい。」
「は?」
「アテーナの周りは面白いよね~。城は古巣だからって聞かないルシードと、専属歴は自分が長いと引かないマーシャ。もう、剣術で戦って決めなよって言ったら、本当に始まっちゃった。あ、ハンデとしてルシードの剣には1トンの錘付きだよ。」
「あなたが勧めたのですか?!」
「大丈夫だよ、ケガしても癒しの魔法が使える人間がここに3人もいるんだし。死にかけたって平気だって。」
3人とは私・ステイ・シューリッツのことだろう。
3人とも水と風と光の魔法が使えるってことだ。
「って、そういう問題じゃなくて、マーシャ!ルシード!そこまでよ。」
私の声に2人がとても良い笑顔で近づいてきた。
途中、お互いの健闘を称えるように、互いの拳を合わせている。
この人たち、あまりに楽しくなっちゃって、なんで剣術で戦うことになったのか忘れているわね。
溜息が漏れる。
「ステイ。そろそろ、喉が渇いたから離してくれない?」
「ちぇー。分かったよ。」
渋々と、離れてくれたステイを横目に、「マーシャ、お茶を貰える?」と言うと、はっとしたようにお茶を淹れ始めるマーシャと、慌てて私の側に立つルシードがいた。
その様子を眺めていたシューリッツが声を殺して笑うものだから、「シューリッツまで?」と膨れて見せれば、「すいません。つい、ここに来ると気が緩みまして。」と答えるのだった。
「ほら、そんなに膨れないで。そんな顔も可愛いけどさ、お腹すいてるんじゃないの?」
楽しそうに宥めるステイの言葉に、「そういえば。」と思い出す。
「久しぶりに『おにぎり』が食べたいわね。」
「なんで、おにぎり?」
この国でも稲作が始まって数年が経った。
麦ほどの需要はないけれど、米もしっかり根付いて来ている。
おにぎりはそんな米を『手軽に簡単に食べられる』と私が提案し、今では国中に浸透している食文化である。
「ちょっと夢の中でね。美味しいおにぎりを食べたから。」
「泣いてたのに?美味しかったの?」
ステイが不思議そうに尋ねるのを、私は笑顔で頷いてみせた。
「じゃあ、私が厨房に頼んできます。具は何が良いですか?」
マーシャが要望を聞いてくれるから、「そのままでいいわ。何も付けないで。」と答えたのを、シューリッツが驚いた顔をして見せた。
「お米の味がそのまま分かって美味しいじゃない?」
「…さようでございますか。」
どことなく落ち着かない様子のシューリッツに、首を傾げていると
「アテーナ。起きている時くらい、私を見ててよ。」
ステイの意味不明なヤキモチが始まって、私の思考は途切れたのだった。
投稿しておいて…出だしから滅茶苦茶だったことに唖然としました。
なので文章を整えました。
荒くれた文章から雰囲気を読み取れていた人がいたのなら。。。
拍手喝采!感無量!神と崇拝!そんな気持ちです。
ありがとう。




