10歳。恋愛と友愛。
「ルシード!ステイ様はこちらのお茶をご所望なのです。このお茶を提供したいのに、貴方がそこに立っていては私の邪魔ではありませんか?」
自室の片隅の、お茶を淹れるための棚の前でマーシャが甲高い声を荒げている。
「先輩。そのお茶はあれですか?今話題の緑茶。先輩の淹れる様子を間近で拝見する機会を奪う気ですか?」
そんなマーシャを面白がっている先日専属護衛騎士になったばかりのルシードが、変に真面目な顔をして質問を投げかけている。
「へ?!そんなに近くなくても見えるでしょう?」
マーシャの顔がみるみる赤く染まっていく。
「いや、茶番の一つ一つが湯に開く様子まで見たいので、ここが良いです。」
マーシャの様子を楽しむルシード意地悪を重ねる。
「ルシード!邪魔です!」
叫ぶマーシャ。
「気のせいです。」
涼しく答えるルシード。
ステイと側仕えで諜報部隊のシューリッツが邸にやってきて、専属二人のやり取りを物珍しそうに見つめている。
シューリッツに至っては、手帳に何やら書いている。
きっと国王にでも、ルシードたちの様子を知らせているのだろうと推察し、私は気付かないふりをした。
この世界には、手帳型の魔動具が頻繁に使われている。
うちの執事やルシードも使っているのを見たことがあるが、どうやら前世で言う所のメールのようなものらしい。
手帳に書き込み、少し魔力を注ぐことで契約をした特定の相手が持つ手帳に、その内容が送られるようだ。
「ルシードたちが昨日から私の専属護衛になったのだけれど…知ってますよね?」
恐る恐る尋ねる私に、ステイが頷く。
実はルシードだけではなく、その部下も併せて10名ちょっとが我が家の専属に移行したのだ。
城の有力な小隊が一つまるまるっと、領主家に引き抜かれたとなっては、王族的にどうなの?と内心ハラハラである。
ルシード以外の護衛たちの言い分は「うちの邸のご飯が美味しいから。」という理由が大半であった。せめて「団長についていきたいから」という理由であれば、私も少しは納得できたであろう。
「ああ、昨日の晩餐の席で、父上が悔しそうに言っていたからね。」
「…そうですか。」
「クランべナー領主邸のご飯が美味しいから、みんなあっちに行っちゃったって父上が泣いて、料理長が自害しそうになって、兄上がそれを上手いこと止めて、大事には至らなかったよ。」
なんだか物騒な話をサラリとされた気がする。
ステイが話す間、彼の側仕えは好々爺の表情のまま少し俯いていた。
この国の第二王子が来ているというのに、私の専属二人のふざけ合いは止まらない。
その様子に頭痛さえ覚え始め、私は目の前の王子と側仕えに頭を下げる。
「ステイ、ごめんなさい。お城の大事な人材を引き抜くようなことになってしまって。しかも…(こんなふざけている場面を見せてしまって。)」
「いや、いいよ。ルシードが生き生きしている姿を初めて見たから、ちょっと驚いただけ。」
ステイが大したことではないとでも言うように、笑顔で答えた。
「ええ。ルシードがこんなに気さくに話す姿は貴重ですね。納得も出来ました。」
シューリッツはあまりにしみじみとした口調で言うので、私は不思議な気分になった。
ステイとシューリッツに「へぇー。」と、なんとも曖昧な返事を返す。
ルシードの邪魔を牽制しつつ、無事にお茶を淹れたマーシャがテーブルにカップを4つ置いた。
ん?お客様は二人よね?一人分多くない?
首を傾げていると、隣にドカッとルシードが座ってきた。
「え?」
「マーシャがここに座れば飲ませてくれるって言うんで、失礼します。」
ルシードの言葉に驚き、マーシャを振り返る。
マーシャは「ゴメン」と両手を合わせた仕草を見せ、余程ルシードを遠ざけたかったのかと理解した。
「ルシード。女性は押してばかりでは逃げていくものですよ?」
私がお茶に口をつけて、隣の大男に言うと、「ほう?」と緑の目をキラッと輝かせ、胡散臭い笑顔を向けてきた。
「では、お嬢様も押してばかりの男は嫌だと?」
彼はなぜかステイの方をチラリと見ながら聞いて来る。
「…普通、嫌しょう?女はという言い方をしましたが、自分の要求ばかりを押し付けて来る人なんて、老若男女問わず、誰だって嫌でしょう?」
私の言葉に納得したのか、ルシードの表情がニヒルなものに変わる。
「…確かにそうですね。訓練だ。演習だ。遠征だ。と休む間もなく仕事を押し付けられ、部下の失態に反省文を夜中中書かされた挙句、そんなことを指示したことさえコロッと忘れられて、次の日は何食わぬ顔で、顔色が悪いのは自己管理が出来ていないからだと罵られる日々は…苦痛でしかありませんでした。」
目の前に座るルシードとシューリッツの顔色が青ざめていくのを見て、私は「ああ、お城でそんなことがあったのか」と納得する。
「それは、上司が人間として未熟だったことが原因でしょう?でも、それと同じことを貴方がしないことが一番大事なことじゃない?あなたは私が見ていたこの短い時間の中で、マーシャに対してその上司と変わらぬ態度をしていたように思えますよ。」
私の指摘に、隣に座る護衛の動きが固まった。
そのまま思考を逡巡させたのだろう。
彼は突然、先ほどまで揶揄っていたメイドの方を見ると
「全く…その通りです。…。マーシャ先輩!」
「え?」
突然呼ばれたマーシャが、ビクリとしたかと思うと姿勢を正す。
「すいませんでした。貴方の方がお嬢様に大事にされているように見えて、嫉妬してました。」
護衛騎士とは思えぬ、綺麗な仕草でメイドに頭を下げた。
「ええ?」
私とマーシャの声が重なった。
とんだ、とばっちりだ。
マーシャも私も、軽く息を吐く。
「正直に自分を見つめ直せる所がルシードの美点ね。きっとその性格のお陰で、実力も伸ばしてきたのでしょう。ただ、自分では抱えきれないほどの責任感も抱え込んでしまっていたことは、容易に想像できるわ。…これからは、私の専属である以上、自分を大事になさい。貴方が壊れたら、私を誰が守るのですか?しっかり食べて・寝て・働くこと!」
私が人差し指を立てて指摘すると、
「はい!喜んで。」
子供のように満面の笑顔を見せたルシードが、私たちに一礼をすると、自分の立ち位置である扉の前へ戻っていった。
彼の座っていた席の、カップの中の緑茶は綺麗に飲み干されていた。
本当に飲みたかったのか。
私は小さく笑った。
視界のは端でシューリッツが小さく頷くのが見えた。
「はは!アテーナに叱ってもらえる、ルシードが羨ましいよ。ねえ、私の事も叱ってみてよ。」
「ステイ、何を言っているの?!」
叱る理由がないと私が頬を膨らませて睨むと、「出来心だよ。」と彼は肩をすくめて見せた。
「で、シューリッツ。マークナー家のことが分ったのかしら?」
私が本第に入ると、シューリッツは得意げに笑って頷いた。
「はい。アテーナイエー嬢の読み通りでした。マークナー夫妻は離縁されていて、今は元夫人とその娘であるサーリン嬢はラズベナー領にある夫人の実家におります。離縁されたので、彼女たちは小級貴族として小さな農村の村長宅で、生活しているのですが…」
何か含みのある言葉に、私は先を促そうかと思ったが、シューリッツがステイの様子を伺うような視線を向けた為、「ああ、なるほど。」と悟った。
きっとこの王子は、サーリン嬢の行動の原因を理解していないのだろう。
「サーリン嬢はちょくちょく王都に出て来ているのかしら?」
「はい。週に2,3回の頻度で目撃されています。」
「もしかして、付けられていたりもするのかしら?」
「実は…今日がそうでした。」
「そう。」
ステイへの恋心を拗らせて、ストーカーになった令嬢…
それならば、きっとこの邸の近くにまだいるはずね。
「ルシード。私と変わらないくらいの年齢のサーリン様が多分、この邸の門の近くにいると思うの。悪いけど、この部屋に連れてきてもらえないかしら?お茶にご招待したいのよ。」
「は!すぐに。」
「え?どういうこと?」
一連の話の内容がいまいち理解できていない様子のステイに、私は一つ咳ばらいをすると指さして伝える。
「いい?ステイ。貴方の恋愛事情なんて私たちの友情関係には何ら関わりのないことだと、私は思っているのだけれど…違う?」
「ええ?…その通りだけど、なんか嫌だな。その言い方。」
「貴方に好意を抱いているお嬢様に、私が嫌がらせを受けるのって、不条理だと思わない?」
「それは不条理だね!私に直接言えばいいじゃないか?」
「そう。その通りよ。だから、今からそうします。」
「え?どういう意味?」
きょとん顔をするステイ。説明の時間は与えられず、ドアがノックされ、早速ルシードがサーリン嬢を捕まえてきたことが分かる。
部屋に招き入れられたサーリンはオドオドしながらも、私にはキツイ視線を向けて来る辺り、「うん、負けず嫌いな性格の子だ」と理解した。
「突然、お誘いしてごめんなさい。サーリン様、実はスティアーノ王子殿下が、あなたと少しお話をしたいそうなんです。」
「え?アテーナ?」
私はステイを睨むと、サーリンを顔で招き、私の座っていた席に着かせる。
「それでは、私は少し席を外しますので、お二人でゆっくりお話しくださいませね。」
「アテーナ?!」
ステイの混乱する叫び声を無視して、私はマーシャとルシードを連れて部屋の外に出た。
「ステイ様、大丈夫でしょうか?」
「シューリッツがいるから、大丈夫でしょう。」
少なくとも無理やり襲われることはないだろう。
「それにしてもお嬢様は大胆だ。展開が早すぎて俺にも読めなかった。まさか、私とマーシャのやり取りから始まっていたなんてね。」
「ふふ、二人があまりに仲良かったので利用させていただきました。」
実は私はずっとシューリッツの動向を観察していたのだ。
最初の手帳に書き込んだ時点では、もしかしたらという予感しかなかったのだが、その後俯いていた時に微かに動いていた口元や、小さく頷いた様子などを観見して、外にいる仲間の諜報部員にサーリンの様子を伺っていたに違いない。
彼女の想いが膨れ上がりすぎて暴走してしまったら…この邸に乗り込んでくることも考えられたからだ。
「仲良くなんてしていません!」
「え?俺は良い雰囲気までいけたと思っていたけどな。」
「な?!」
専属二人のふざけ合いがまた始まった。
さて、話は長引きそうかしら?
折角だから、しっかり話して、サーリンの思いを伝えられたらいいと思う。
それをどう受け止めるかは、王子殿下の手腕だろう。
「そうだ。昨日できなかった菜園の様子を見に行きましょうか。」
「はい。緑茶の茶葉もまた摘めるといいですね。」
「緑茶?俺も!手伝います。」
賑やかに三人で邸内にある私の菜園へと向かった。
もうすぐ秋。
私専用の菜園には、秋の味覚が色々出来ていた。
「あら、甘芋は収穫の時期ね。あ、こっちのカボチャも良いんじゃないかしら。あら!この人参大きく育ちすぎたわ。」
マーシャとルシードに加え、庭師が、私の指示の元で収穫にいそしむ。
「私もやる」と言ったら、「ドレスが汚れるからダメだ」って怒られたのだから仕方ない。
力仕事を皆に任せ、私はひたすらに野菜たちの出来を見て回る。
緑茶の茶葉は新芽はなくなってしまったが、瑞々しい葉を天日干しして手揉みすれば使えるので、少し収穫しておこう。
そんな長閑な時間を送っていると、遠くからステイとシューリッツがサーリンを連れて近づいてくるのが見えた。
「あら、お話合いは終わったのかしら。」
「これはまた、大収穫ですね」
シューリッツが好々爺な表情のまま、片手にサーリンの腕を掴んでいる。
うん、相変わらず表情が読めない。
そんなサーリンが意を決したように私に頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「!?」
驚いた私は言葉を発するのをやめた。
「私…スティアーノ王子殿下がアテーナイエー様と仲良くしているのが羨ましくて…」
「…うん。好きだから、悔しかったのよね?」
私が頷けば、彼女の目から大粒の涙が零れ落ちていく。
「2年前…目の前で父がお二人に諫められたのを目の当たりにした時、私は父のしていることは間違っていると分かっていたんです。…でも、私ばっかり嫌なことになって…誰かのせいにしたくて…」
「確かに、あの一件は幼いあなたには衝撃だったと思うわ。」
「お嬢様も同じくらいの年じゃないですか?」と小声でツッコミを入れてくるマーシャを無視する。
「でも、サーリン、あなたはちゃんと自分を見つめ直して考えることが出来たじゃない?それは立派なことよ。偉いわ。」
「そんな!」
ボロボロと泣く少女にハンカチを差し出す。
彼女は、申し訳なさそうに受け取り、涙を拭いた。
「アテーナ、私も君に謝らないとならない。」
次はステイが悲しそうな表情でこちらを向いてきた。
「私は考えが至らなかった。君を友人だと思っていたのに…これじゃあ、兄上の言う通りだ。私はもっと学んで、君を護れるような男になるよ。」
第一王子はステイに何を言ったのでしょう?
私は首をコテンと傾げながら、その言葉の意味を考える。
すると、突然私の前に跪いたステイが私の手を取り、見上げてきた。
「へ?」
これは、昨日ルシードで経験済みなあれ?
まさか、ステイも私の専属になるって言い出すんじゃないわよね?
「アテーナイエー・クランベナー。私、スティアーノ・ロイヤル・カリミットと婚約してくれませんか?」
「こ…婚約…?!」
専属より重いのがキターーーーッ!
さーっと意識が白冷めていく感覚を覚える。
「ステイ…?それは…どういうこと?なに?婚約って…え?あれよね…結婚を前提にとかっていう…え?」
私の頭の中は混乱だ。
さっきまで、ただの友人だったじゃないか。
それがこの短い時間でなぜ、婚約までいった?
「昨夜、兄上に『どうせ、お前ら結婚するんだろ?』って言われて、その時は何のことか分からなかったんだけど、アテーナに会ってルシードが護衛のくせに叱られてて、ムカついて…。サーリン嬢と話している間も、君は側にいなくて…どこに行ったのかと思ってたら…なんか落ち着かなかったんだ。それで、サーリン嬢の話を聞いていて、私はアテーナのことが好きすぎることを理解した。」
「はい?」
私は呆気に取られるままサーリンを見る。
彼女は不貞腐れたような表情を見せながら補足した。
「私がどんな時にスティアーノ王子殿下を想っているかとか、どんな気持ちがするかとかを力説している前で、アテーナイエー様のことを話されるんですよ。『アテーナに会うとこういう気持ちになるのだが、それと同じか?』とか、『アテーナが他の男と話しているとムカつくのは、そういうことか?』とか真剣に聞いて来るんです。信じられます?振られる以前に眼中に入っていないことを突き付けておきながら、私の気持ちをそっちのけで…無神経にもほどがあります!こんな人だと思いませんでした。」
不敬ではないかと思われる台詞を吐いている彼女を気にもしていないようなステイは、ニコニコと私の手を握ったまま見つめてくる。
「なんということでしょう…」
前世で好きだった、お家のリフォーム番組の名台詞が口から零れる。
「アテーナ、とりあえず私と婚約しとけば良いじゃない?私の婚約者ってことになれば、このようなことも減るだろうし、私も他の男どもへの牽制ができるし、なにより父上が安心する!そのうちルシードはアテーナと共に戻ってくることになるからね。」
ブロンドヘアを靡かせて、キラッキラに蕩ける笑顔を向けて来る王子に見つめられ、背中を嫌な汗が吹き出すのを感じた。
「はっ!お嬢様、よくお考えください!私は二度と、横暴な命令する上司の元に行きたくはございませんよ?それより、さっきお嬢様が言っていたじゃないですか?王子殿下!ご自分の要望を一方的に押し付けるのは良くないと。」
「ルシード、それは不敬ですぞ。」
思わず口出しをするルシードにシューリッツが正論をぶつける。
しかし、悪びれる様子も見せないルシードは飄々と言いのけた。
「俺は今はクランべナー領主の娘の専属だ。主が違うから関係ない。私が怒られる前に領主様が怒られるだけだ。」
…うん。あまり良いことではないんじゃないか?ルシード君。
思わずジトっとルシードを見上げてしまう。
「あ!お嬢様がお城に住むようになったら、私もお城のメイドになるんですか?出世しすぎじゃないですか?王族の物を壊したら、私の命はいくつあれば足りますか?」
マーシャが頓珍漢なことを騒ぎ始め、なんだか真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきた。
はー。
「ステイ。ちょっと考える時間を貰えるかしら?今即答して良い話じゃないと思うの。」
「もちろんだよ!君のご両親ともしっかり話し合ってからでいいよ。私はいつまでも待ってるから。」
私たちはまだ10歳だ。
そんなステイに「無神経だ」と怒るサーリンも、「好きだから婚約しよう」と勢いで言い出すステイも、結局は子供なのだ。
これから先、気持ちが変わることは大いに予想できる。
今、簡単に婚約していいのか…ちゃんと考えないといけないと思う。
出来れば…答えを出すのを、あと10年は待って欲しいのだが。
難しいのかな?
ずっと私の手をつないだままニコニコとしているステイに、どう説明するのが正解かと、私の頭の中はエンドレスな思考ループに陥ったのであった。
投稿したは良いけれど、文章の荒れ具合に眩暈がしました。
なので、少し文章を整えました。
以前よりは読みやすくなったかと思います。




